第百五十話 「清涼なる訪問者」
モネの唐突な問いかけを受けて、僕はこくこくと頷き返した。
「そうそう、その“役割”が大きく関係してるんだよ。モネもよく覚えていて偉いね」
褒めてあげると、モネは嬉しそうに微笑む。
するとアネが対抗するように即座に手を上げた。
「はいはい、私も覚えてますよ! 天職にはそれぞれ“役割”があって、役割に見合った戦い方をすれば神素をいっぱいもらえるんですよね」
「そう。“戦士系”の天職の人は剣や槍で戦ったり、“魔法使い系”の天職の人は魔法で戦ったりした方が成長が早いんだ」
天職とはすなわち、神様に定められた生き方。
その神様の言う通りに魔獣と戦うと、神様から高く評価をされてより多くの神素をもらえるというわけだ。
そして戦闘が主目的ではない天職に関しては、魔獣と戦うよりも役割に見合ったことをした方が神素を多くもらえたりする。
コンポスト王国次期女王となる【姫騎士】のネモフィラさんみたいに。
あの人の天職は“魔獣から人を守る役割”で、しかもその神素獲得傾向があまりにも極端だった。
彼女は魔獣と戦っても神素を得られない代わりに、魔獣から攻撃を受けることで神素を得られる特殊な成長方法だったのだ。
で、最近になって気付いたのだが、僕もおそらく“そっち側”の人間だと思う。
「僕の場合は人の成長を手助けする天職だから、支援魔法で戦いを補助したら“戦いに貢献した”っていうより、“役割を果たした”って見られるんだ。だから魔獣討伐そのものの神素獲得量は少なくて、獲得できなかった分は他の人に振り分けられてるんじゃないかなって考えてるよ」
火鹿を倒した際に得られる神素量は数字にして2000。
この内およそ900ずつがアネとモネに振り分けられて、残った200が僕の体に取り込まれる。
そして僕はそれに加えて役割分の神素を神様から与えてもらえるというわけだ。
だから“火鹿を倒した時の神素”っていうのは、ほとんどアネとモネの体に取り込まれているはずということである。
「私は蹴闘士だから、蹴り技で魔獣を倒せばより多くの神素をもらえて……」
「私は供物師だから~、魔法で魔獣を倒せばいい~、ってことだよね~」
「そうそう。二人ともそれを忘れずに魔獣討伐を心がけてね。自分の役割を理解しているかどうかで、かなり神素獲得量が変わってくるから」
改めて効果的な修業方法を伝えると、二人は素直にこくこくと頷いてくれた。
こういう知識面の教育も育て屋として立派な仕事の一つである。
若い芽がすくすくと育っていく姿に感心しながら、アネとモネと一緒に森を出てヒューマスの町へと帰ってきた。
そして門の近くで次回の予定を話した後、僕は二人と別れて真っすぐ家へ向かっていく。
すると道中、見知った顔の高身長青年が前から歩いてきた。
「やあ、ロゼ。なんだか久しいね」
「あっ、スイセン」
輝くような金色の髪と、透き通るように綺麗な碧眼。
黒いロングコートの裾を揺らし、周りの女性たちから妙に視線を集めながら声をかけてきたのは、以前に育て屋として手助けをしたスイセン・プライドだった。
最近見ていなかったから、てっきり他の町に移住したのかと思っていた。
「まだヒューマスの町にいたんだな。町中じゃまったく見かけなかったけど」
「あぁ、近頃は冒険者として依頼を受けて外に出ることが多くてね。君に天職を覚醒させてもらったおかげで、それなりに冒険者として活躍できているからさ」
スイセンは元々、生まれながらに天職を持っていないという稀有な存在だった。
けど色々あって無事に【魅惑師】という天職を覚醒させることができて、冒険者としてようやくスタートラインに立つことができた。
聞けば魅惑師の力は凄まじいものらしいので、冒険者として早々に活躍できているのは不思議ではない。
スイセンの近況を聞きながら、僕たちは合図をすることもなく、なんとなく通りの端に寄っていく。
人通りを邪魔することがない場所まで移動すると、久々に立ち話をした。
「聞いたよ、大活躍だったそうじゃないか」
「んっ? なんのことだよ?」
「森王軍と霊王軍の話さ」
「あぁ……」
スイセンの耳にもちゃんと届いているらしい。
「まさか俺が知らないところで、魔王軍と死闘を繰り広げていたとは思わなかったよ。どうやらこのコンポスト王国だけでなく、中央大陸全土の危機だったらしいじゃないか。その計画を阻止したなんて、大手柄だったねロゼ」
「まああれは僕が活躍したっていうより、他の仲間たちが頑張ったって感じだけどな。現にローズは東の勇者の称号までもらったし」
「でもその彼女だって君の力で強くなった駆け出し冒険者の一人なんだろう? だったら君も胸を張っていいじゃないか」
「……そうかなぁ」
スイセンは僕を気遣うように頷いてくれる。
僕の力で強くなった。だから僕も胸を張っていい。
素直にそんな気持ちになるのはやっぱり難しいけど、その言葉になんだかすごく助けられたような気分になった。
「ところで、そっちのあれはどうなんだよ」
「そっちのあれ? 随分と抽象的な言い方だね。ロゼらしくないじゃないか」
「いや、その、不躾に聞いていいものなのかわからなかったから、なんか言い淀んじゃって……」
なぜか僕の方が気恥ずかしい気持ちになりながら、改めてスイセンに問いかけた。
「アリウムさんとは、あれから仲良くやれてるのか?」
「まあそのことだろうとは思ったよ。心配せずとも、怖いくらい順調にいっているさ」
「そっか、ならよかった」
まあ、スイセンとアリウムさんならそんな簡単に破綻することはないだろうと思っていたけど。
「アリウム氏は忙しい身だから、俺との時間を作るのは難しいと思っていたけれど、彼女の優秀さは俺の想像以上だった。私生活の時間もきちんと確保する人でね、あの日から毎日のように食事に行ったり、彼女の家に遊びに行かせてもらっているよ」
「そ、そうなんだ……」
スイセンは結構赤裸々に語ってくれる。
一方で僕は恋愛経験皆無だから、どう反応するのが正解なのかわからなかった。
もうお家にまで遊びに行ってるんだな。
でもこれ以上深堀りしない方が良さそうだ。
まあ話を聞いた感じ、本当に順調そうにいっているみたいだし、背中を押して告白させた甲斐があったというものだ。
「恋はやはりいいものだ。今の楽しい日々があるのもすべて、君が俺を強くしてくれたおかげだよ。改めて本当にありがとう、ロゼ」
「育て屋として当然のことをしたまでだよ」
スイセンから今一度お礼を言われて、僕は照れ臭い気持ちになりながら肩をすくめたのだった。
こうやって伸び悩んでいた駆け出し冒険者たちの成長を見届けることができて、さらに感謝もしてもらえるのが嬉しいから、僕は育て屋を続けているんだよなぁ。
キリもいいところだったので、僕たちはそこで立ち話を終わらせて、また今度ご飯でも行こうと約束してから別れた。
その後、帰路を進みながら改めて感慨深い気持ちになる。
こうしてはじまりの町を歩いていると、駆け出し冒険者の人たちとよくすれ違う。
その多くは、以前に僕が育て屋として手助けした顔見知りたちで、明らかに手助けをする前より生き生きとした顔をしている。
先ほど話したスイセンのように。
駆け出し冒険者たちの成長を見届けられるのもやりがいの一つだけど、こんな風に人脈が広がって顔見知りが増えていくのもいいことだよな。
自分がますます町に馴染んでいく感じがする。もっとこの町を好きになれる。
そんなことを考えながら家の近くに辿り着くと、玄関の前に誰かが立っているのが見えた。
「もしかしてお客さん……?」
遠目からだけど、見覚えのない人物だった。
肩の辺りまで伸ばされた純白の髪。
透明感のある色白の肌。
女性らしいシルエットを包むのは同じく真っ白なローブ。
全体的に“白い”という印象を与えてくるその人は、僕が来たことに気が付いて宝石のように輝く碧眼を向けてきた。
僕は慌ててその人の元に駆け出す。
「すみません! 少し外に出てました」
待たせてしまったお客さんだと思って、開口一番に謝罪をする。
どうやらそれは当たっていたみたいで、その女性は優し気な顔に柔和な笑みを浮かべてくれた。
「初めまして、わたくしはラン。ラン・ラヴィと申します。育て屋さんに依頼があって、ここを訪ねさせていただきました」