第百四十九話 「神素の分配」
コスモスとの買い物を終えた翌日。
僕は育て屋として、いつも通り駆け出し冒険者の手助けに勤しんでいた。
「モネ、援護お願い!」
「ん~、アネはせっかちだな~」
ヒューマスの町の近くの森で、火鹿の群れと対峙している二人の少女。
片方は桃色のミディアムヘアの活発そうな女の子。もう片方は水色のミディアムヘアの眠そうな女の子。
名前をアネとモネという。
二人は十二歳の双子姉妹で、一週間ほど前に育て屋を訪ねてきた。
いわく冒険者をしていた母親が怪我で引退を余儀なくされて、女手一つで育ててくれた母を今度は二人で支えようと冒険者になったのだとか。
「アネ~、水いくよ~」
「お願いモネ!」
そんな二人は少し珍しい天職を宿している。
アネの天職は『蹴闘士』。
素の身体能力に上乗せされる恩恵の力が、脚に対してのみ倍にかかる『蹴技』というスキルを持った天職だ。
そのため蹴り技を主体に戦うという珍しい近接戦闘型の天職である。
一方でモネの天職は『供物師』。
何かしらの所有物を供物として捧げることで様々な魔法を使える魔法系の天職だ。
供物として捧げた物の価値が高ければ高いほど、より強力な魔法が使えるという。
高価な宝石なんかを供物として消化した際は、今の段階で二級冒険者の魔法に匹敵するものも使えるとか。
「それ~」
モネは懐から拳大ほどの青色の鱗を取り出した。
海類族の魚型の魔獣から採取した鱗の素材。
魔獣から採れた素材も供物として捧げることができ、それなりの価値が秘められている。
それを供物として捧げると、モネの手元から鱗が消え、代わりに彼女の頭上に水の塊が生成された。
水は真っすぐに群れの先頭にいた火鹿のもとに飛んでいき、激しく衝突する。
その衝撃で火鹿は打ち上げられて、すかさずそこにアネが飛び出した。
「はあっ!」
空中に投げ出されて無防備な火鹿に、蹴闘士の強烈な蹴りをお見舞いする。
その一撃によって地面に叩きつけられた火鹿だが、倒し切るまではいかずふらふらと立ち上がった。
僕はそれを見て二人に手を向ける。
「【筋力強化】、【魔力強化】」
アネには筋力強化の支援魔法、モネには魔力強化の支援魔法を施す。
それを察した二人は顔を見合わせると、同じ連携でまた火鹿を攻撃した。
すると今度は一撃で倒すことができて、アネとモネは驚いた様子で一瞬固まる。
すぐに我に返ると、残っている火鹿たちも同じ要領で倒していき、辺りが静かになった。
無事に戦いを終えた二人に労いの言葉をかける。
「お疲れ二人とも。いい連携だったよ。火鹿の弱点もちゃんと覚えてたね」
「はい、ありがとうございますロゼ先生!」
「ロゼ先生ありがと~」
そっくりな二人の少女がタタタッと駆け寄ってくる。
アネとモネは僕のことを先生と呼んでくる。
少し照れ臭かったけど聞いているうちに慣れてすっかり定着した。
「ロゼ先生の支援魔法もやっぱりすごいですね! 力がぐんぐん湧いてきます!」
「おかげで簡単に倒せた~」
アネとモネは温度差はあるものの、二人して嬉しそうに語っている。
双子というだけあって顔がそっくりなので、髪色と話し方くらいでしか見分けがつかない。
ちなみにアネがお姉さんでモネが妹だ。
「この調子なら次の四級昇級試験までに、試験に挑戦できるだけの力は付けられそうだね」
「はい! 絶対に次の試験で四級に上がってみせます!」
「ますます~」
二人は気合が入った様子を見せてくれる。
彼女たちの実力なら充分に試験を突破できるはずなので、成就すればローズよりも若くして四級に上がれることになる。
若い芽の成長を目の前で見られて嬉しく思いながら、町への帰り道を歩いていると、不意にアネが尋ねてきた。
「そういえばロゼ先生もレベル上がったんじゃないですか! 支援魔法で手伝ってくれたから、ロゼ先生にも火鹿を倒した時の神素が分けられてるはずですよね」
「おっ、神素のこともちゃんと覚えてるみたいだね。偉いぞアネ」
アネは『えへへぇ』と子供らしく褒められたことを喜んでいる。
二人は駆け出しの冒険者で神素についてほとんど知らなかったようなので、前に教えてあげたのだ。
「確かに僕にも少なからずの神素は分け与えられているけど、僕はもうレベルが限界値なんだ。だからこれ以上は上がらないんだよ」
「あっ、そうなんですね」
と、改めて説明をしたついでに、もう一つ後学のために教えておくことにした。
「それと一つ補足しておくと、火鹿を倒した時の神素は、ほとんどアネとモネの体に取り込まれてるはずだよ」
「ほとんど? どうしてロゼ先生にはまったく神素が分けられていないんですか? 確か戦いで一番活躍した人に、たくさんの神素が分けられるはずですよね?」
「ロゼ先生の支援魔法~、一番活躍した~」
アネとモネは不思議そうな顔で首を傾げている。
その辺りのこともきちんと覚えているみたいだな。
密かに感心しながら、僕は詳しい話を始めた。
「アネの言う通り、戦いに大きく貢献した人に、より多くの神素が分け与えられるようにはなってるよ。けど僕の支援魔法は少し特殊で、大きな貢献として見られないようになってるみたいなんだ」
「えっ、そうなんですか? もしかして神様から嫌われてるとか……」
「そういうわけじゃないけどなぁ」
でも言い得て妙かもしれない。
神素は魔獣討伐を祝して神様から与えてもらうものだから、見方によっては神様から嫌われていると捉えることもできる。
ただより正確に言うなら……
「僕の天職は“人の成長を手助けする天職”だからね。たぶん他の人から神素を余計に取らないように、支援魔法がそこまでの活躍として見られないようになってるんだと思うよ」
「そういうことですか! 確かにそうしないと、私とモネはすごい支援魔法に助けられただけって思われて、神様からほとんど神素をもらえませんもんね」
「アネ~、どゆこと~?」
アネに比べて少しのんびりしているモネは、僕が言った意味がわからなかったようで眉を寄せていた。
それを見てアネが、『もうしょうがないわね』と言って眠そうなモネに根気強く説明を始める。
やがてそれが終わると、モネは『そういうことか~』と間延びした声を上げながら頷き、次いでこちらに向き直った。
「それって~、前に先生が言ってた~、“役割”と関係ある~?」