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第百四十八話 「その名は世界に轟く」

 その後、二時間ほど東区で服屋巡りをした。

 結果としてコスモスは僕が似合っているかもと言った服をほとんど買い、すごくご満悦そうにしていた。

 そして歩き疲れたからと、カフェに入ろうと提案されて、僕たちは今頼んだドリンクを席で待っている。


「なかなかにいい買い物ができたわ。誰かと服屋を回るのも悪くないわね」


「満足してくれたみたいでよかったよ」


 正直僕は何かしてあげられたような気はしないけど。

 コスモスが似合っているかどうか聞いてきて、僕はただそれに「はい」か「いいえ」と答えるくらいしかしてなかったから。

 さすがにこれではお礼として成り立たないと思ったので、荷物はすべて僕が持ち、ここのカフェの代金も僕が持つことにした。

 でも本当にこれだけでいいのかな? 森王軍と霊王軍の企みを阻止するためにあそこまで協力してもらったのに。

 なんてことを考えていると、コスモスも同じことを思い出していたのか、カフェの窓から町の景色を眺めながら呟いた。


「それにしても、平和なものねぇ。ついこの間、森王(しんおう)軍と霊王(れいおう)軍の計画を潰すために、奴らと戦ってたなんて夢みたいだわ」


 そのタイミングでコスモスが頼んだ生クリーム乗せ果実ジュースと、僕が頼んだホットコーヒーが運ばれてくる。

 コスモスはスプーンで生クリームを一口食べて、目を瞑りながらじっくり味わうと、ストローで果実ジュースを飲みながら再び窓の外に目を向けた。


「私たち、あの魔王軍の計画を阻止したのよね。美味しいスイーツを食べたり、いつもと変わらない町の風景を見てると、なんだか信じられない気分だわ」


「まあ、みんなで頑張って奴らの計画を止めたから、この町が平和でいられてるんだよ。実際、森王軍と霊王軍が壊滅したって情報はちゃんと回ってきてるけど、この町の人たちは遠い国の話くらいにしか思ってないみたいだし」


 はじまりの町――ヒューマスの人たちが危機感を覚えることなく、普段通りの生活ができているのは他でもないローズやコスモスたちのおかげだ。

 だからいつもと変わらない町の景色は、僕たちの頑張りの証だとも言える。


「遠い国の話、ねぇ。そう思わせるくらい穏便に解決できたんだから、これは誇ってもいいことなのよね」


「なんだよ、ちょっと不満そうだな」


「不満ってわけじゃないわよ。ただあまりにもみんながいつも通りだから、現実味がないだけ」


 コスモスの言っていることも一理ある。

 僕たちはあの魔獣の頂点に君臨する森王ガルゥと霊王ヴァンプを打ち倒したのだ。

 それは歴史的に見ても分岐点であり、世界が激震していてもおかしくはない。

 この町だって奴らの被害に遭っていても不思議ではなかったのだ。

 けれど僕らの周りにはいつもと変わらない景色が広がっているだけ。

 現実味は希薄に感じてしまうかもしれない。


「戦いが起きた場所がこの中央大陸の最東端だからな。二つも隣の国での話だし、ここで騒ぎになってないのは当たり前なんじゃないか? それにローズとコスモスは、とっくの昔にこの町で実力が知れ渡ってるから、みんなそこまで驚いてないのかも」


「それもそれで複雑な気分ね。もうちょっとびっくりしてくれてもいいんじゃないの?」


 それはまあ確かにそうかも。

 いくらローズとコスモスの実力が知れ渡っているからといって、相手はあの魔王軍だ。

 びっくりというかしばらく町の話題になっていてもおかしくはない。

 てか、コスモスはもっとみんなに褒めてもらいたかったみたいだな。

 承認欲求からというわけではなく、森王軍と霊王軍を壊滅させたという実感を持つために。


「コスモスの実力ならもっとすごいことができるってみんな期待してるんだよ。僕だってその一人だし。それともローズみたいにファンに取り囲まれて、褒めちぎられたいっていうのか?」


「それだけはごめんだわ」


 コスモスは心底うんざりするような顔で果実ジュースを啜った。


「有名になりすぎるのもよくないって、あの子を見ていたら痛いほどわかるわよ。気の毒だけど『東の勇者』の称号がローズの方に渡ってくれて本当によかったって思ってるわ」


「本当に気の毒だけどな」


 戦乙女ローズは、元勇者のダリアに代わって『東の勇者』の称号を授与された。

 元々この辺りでは目覚ましい躍進をしていて、名前が知られるようになっていたが、勇者の一人となったことでローズの名はひと際その界隈に轟くようになった。

 道を歩けば町人たちに声を掛けられて、冒険者たちからはパーティー勧誘が途絶えず、ギルドからは常に大量の依頼を任されている。

 聞けばファンなどもかなりいるようだ。

 元来、勇者とはそういう憧れを抱かれるのも仕事の一つではあるが、ローズの場合は史上最年少かつ低階級で勇者の称号を得て、健気で真っすぐな子とも知られているためファンの数も相当らしい。

 他の町ではファンに取り囲まれるのも日常茶飯事となったそうで、最近は人疲れした様子で育て屋に来ることもしばしば。

 さすがにそこまでの称賛はいらないようで、コスモスは渋い顔でジュースを吸っていた。


「ま、コスモスの実力なら、遠くないうちに同じくらい有名になっちゃうと思うけどな」


「怖いこと言わないでよ。私は程々でいいわよ、程々で。ていうかそれを言うならあんたもでしょ」


「えっ、ぼく?」


「あんたも近いうちに相当名前が知られるようになるんじゃない? だってあの『東の勇者ローズ』を育て上げた育て屋ロゼなんだもの」


 ローズが有名になったことで、僕にも多少の影響はあるのか。

 勇者になる以前から、ローズは度々他の町で僕の育て屋を宣伝してくれていたから。

 そのローズが勇者となった今、彼女を育て上げた育て屋が注目されるのも時間の問題なのかもしれない。


「そしたら他の町からお客さんもどんどん来て、はじまりの町と育て屋が賑やかになるんじゃない?」


「えぇ、今くらいの忙しさでちょうどいいんだけどな」


 まあ、みんなから認めてもらえるっていうのは、悪いことじゃないけどな。

 そう思った刹那、僕は胸の内に微かな引っかかりを覚えて、コーヒーへ伸ばしかけていた手をピタッと止めた。

 その違和感の正体を知るより先に、コスモスが「ていうかデザートも頼みましょうよ」と話しかけてきたので、僕の意識はそちらへ移ってしまう。

 ともあれまた一段と忙しくなりそうだなと、僕は仕事へのやる気を人知れずみなぎらせたのだった。


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