第百四十七話 「あの時のお礼」
コスモスの買い物に付き合うために、僕は集合場所の東区の中央広場まで走った。
集合時間まで残り僅かだったけど、足を速くする支援魔法【敏捷強化】のおかげでなんとか五分ほど早く待ち合わせ場所に到着する。
すると中央広場には、すでに石柱に背を預けて待つ黒髪少女の姿があった。
「おぉ、早いなコスモス。待たせちゃったか?」
「わ、私もちょうど今来たところよ。別に楽しみにしてて、何十分も早くここに着いたわけじゃないから」
「そ、そう」
別にそんな風に疑ってないけど。
ともかく間に合ってよかった。
今回の買い物の付き添いは、コスモスへのお礼という名目なので、絶対に遅刻するわけにはいかなかったから。
と、そこで僕は、遅まきながらコスモスに対して違和感を抱く。
その違和感に従って彼女の格好をじっと見つめていると、コスモスは僕からの視線を受けて何やらそわそわし始めた。
「な、何よ。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「えっと……」
僕はすぐに違和感の正体に気が付き、ハッとなって答えを言った。
「コスモスが……“白い”」
「白いって何よ白いって! もっとマシな感想なかったの!」
「いやだって、いつも真っ黒な格好してるから」
黒ローブに黒の三角帽子がトレンドマークであるコスモス。
しかし今日は帽子を取り払い、杖の代わりに純白のハンドバッグを持ち、黒ローブの代わりに真っ白なワンピースにその身を包んでいた。
いつもとは正反対な格好だったから、つい『白い』なんて謎の感想が出てしまった。
するとコスモスは心なしか頬を赤らめながら、咳払いののちに小声で何か呟いた。
「……まあ、服の違いに気付いてくれただけ良しとするわ」
次いで彼女は石柱から背中を離して、歩き始めるよう促してきた。
「それじゃあさっそく行きましょう。見たいお店が結構多いから、割と急ぎ足になるわよ」
「今日って何買う予定なんだ? まだなんにも聞いてないんだけど。あんまり重い物は持てないからな」
「別に荷物持ちとしてあんたを呼んだわけじゃないから安心しなさい」
コスモスは着ている白ワンピースの裾を片手でさっと撫でながら続けた。
「最近色々と忙しかったから、新しい服とかあんまり買えてないのよ。だから今日は服屋を回るわ」
「服屋? 僕に付き合ってほしかった買い物って服屋巡りだったのか? それって僕がついて行って意味ある?」
「ま、まあ、淑女の嗜みとして、男子の意見も取り入れて服を選んでみてもいいかなって思ったのよ」
はぁ、なるほど。
僕は男子として服の良し悪しを判断すればいいってわけか。
買い物に付き合ってほしいっていうのはそういう意図があったのか。
でも、なんか難しそうだな。
そんな気持ちが表情にあらわれていたのか、コスモスが前もって言ってくれた。
「難しいこと聞くわけでもないし、気楽に答えてくれたらそれでいいわ。ほら、さっさと行くわよ」
「あっ、待てよコスモス」
先立ってコスモスが歩いていく後ろを、僕は慌てて追いかけたのだった。
しばし歩いて、僕たちは商業施設が集まっている通りにやってきた。
東区には様々な店が構えられていて、大体のものだったらここで揃えることができる。
食材や雑貨、服に家具など、僕もここで日常生活に欠かせないものを色々と揃えさせてもらったものだ。
反対に西区は、工業施設や冒険者関連の施設が多く、職人や冒険者がたくさん見受けられる。
いつもであれば西区に行くことが多いだろうコスモスは、久々にこちらの東区の商業施設を見たようで、新鮮そうな反応を見せていた。
「少し見ない間に色んなお店が増えてるじゃない……! ほらロゼ、のろのろ歩いてたら置いてくわよ」
「ちょ、歩くの早いって……!」
見知らぬ店が増えていた高揚感からか、コスモスの足取りは早まっていくばかりである。
僕はそれについて行こうとするけれど、商業施設が密集したこの通りはヒューマスの町でも指折りに人通りが多い場所だ。
そのため人の壁に阻まれて足踏みさせられることが多々あり、コスモスの背中が見る間に遠ざかって行ってしまう。
コスモスは体が細くて小さい分、人ごみの間を縫って歩くのが得意なようだけど。
って言ったら怒られるだろうから黙っておき、楽しそうに通りを歩くコスモスに水を差さず、なんとか彼女について行った。
やがてお目当ての一軒目の服屋に辿り着く。
「まずはここよ。服を買う時はいつもこの店で済ませることが多くて行きつけなの」
「へぇ、子供用のサイズが結構置いてあるのか?」
「……杖がなくても【流星】は撃てるのよ?」
「ち、違う違う! 別に馬鹿にしたとかじゃないって。店に置いてある服のサイズとか結構大事だろ?」
店によっては巨漢サイズしか置いてない場所とかもあるし。
ましてやコスモスは人より少し華奢で小さいから、ジャストサイズを探すのも苦労するだろうから。
でも確かに言葉選びが悪かったと思いながら、悪気はなかったと視線で訴えると、コスモスはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「サイズが色々揃えてあるのは確かよ。何より服のデザインが好みだからよく来てるの」
「そ、そうなんだ」
「とにかくパパッと見て、次の店に行くわよ」
そう言ってコスモスはさっそく目についた服を手に取り、姿見の前で合わせ始めた。
何着か吟味したのち、水色のワンピースを取って僕に見せてくる。
「これとかどうかしら?」
「どうって言われてもなぁ……」
僕はこのワンピースを着たコスモスを想像し、率直な感想を彼女に伝えた。
「スカート部分とか木に引っかかりそうでちょっと動きづらそうじゃないか? 魔法で戦うからって、急に魔獣に距離を詰められることだってあるんだぞ。いざという時すぐに動ける格好じゃないと……」
「誰がこんな可愛いのを戦闘用の服にするってのよ! 完全にプライベート用の服よ!」
あっ、戦いでは着ないのね。
だとしたらなおさら僕の助言とか意味ない気がするんだけど。
僕自身、あんまりオシャレに気を遣っている方じゃないから。
ていうか僕に意見を求めるくらいだから、戦闘も考慮しての服選びかと勘違いしてしまった。
「防御力とか機動性とかじゃなくて、単純に、その…………似合ってるかどうか見てほしいだけよ」
「うーん、そういうことなら……たぶん似合ってるとは思うよ」
自信なさげに答える。
するとコスモスはぱちくりと目を開閉させて、くるっと後ろを向くと、何やら足をバタバタと動かした。
次いでこちらに向き直ると、心なしか頬が赤らんでいるように見えたが、スンと澄ました顔で言う。
「……その調子で忌憚のない意見を言ってちょうだい。ほら、次のお店行くわよ」
「う、うん、こんな意見でよかったらいくらでも」
こんなことで本当にお礼になっているのかなぁ、と不安に思いながらも、コスモスの買い物に僕は付き合ったのだった。
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