第百四十五話 「主人公にしてあげる力」
突然育て屋を訪ねて来たユーストマは、僕に話があると言ってきた。
だからローズとコスモスをうちに残しておいて、ユーストマと外で話すことにする。
「何でしたらついて行きましょうか? 万が一向こうがロゼさんに変なことをしないように」
「け、喧嘩しに行くわけじゃないから大丈夫だよ」
以前にここでダリアとユーストマの二人と一悶着あって、それを見ていたローズが心配するようにそう言ってくれる。
その心遣いは嬉しいけど、ユーストマの気疲れしたような声音からその心配はないと思うから。
むしろローズがいたら、僕たちの間に凄まじい緊張感が走ってろくに会話にならないと思う。
というわけで二人を置いて外に行き、玄関から軽く離れたところでユーストマと話す。
「で、うちに何の用なんだ?」
「別にお前の家に用があったわけじゃねえ。東の勇者の称号を継いだあの赤髪に渡すもんがあってここに来たんだよ」
「ローズに……?」
いったい何を渡したいというのだろう?
だとしたらやっぱりローズについて来てもらった方がよかっただろうか、なんて考えていると、ユーストマが懐から紙の束を取り出した。
「ダリアに届いてた依頼と協力要請だ。後であの赤髪に渡せ」
「あぁ、勇者関連のものか」
どうやらダリアの代わりに、次期勇者のローズに渡しに来たらしい。
これも勇者の称号を継承する時の決まりなんだそうだ。
でも別に、ここに直接来る必要はなかったんじゃないかな?
ギルドの人に頼めば渡してくれるだろうし、何より今日ここにローズがいる保証はなかったのだから。
まあ、以前にここで直接会っているし、僕に任せた方が確実だと思ったのかな。
そしてユーストマは僕に勇者関連のものを託した後、くるりと踵を返してしまう。
「えっ? それだけ?」
「他に何か用があるとでも思ったか。顔も見たくねえのはお互い様だろ」
そう言って早々に帰ってしまいそうになった。
いや、確かに顔も見たくないのはお互い様だろうけど。
てっきり何か憎まれ口の一つでも叩かれると思っていたので、なんだか少し拍子抜けしてしまった。
しかし、ユーストマは二、三歩進んだ辺りで、不意に足を止めた。
「…………今でも、お前を追い出したことは間違ってなかったと思ってる」
「えっ?」
「って、ダリアがそう言ってた」
ユーストマはこちらを振り返りながらそう言ってくる。
思いがけず固まっていると、ユーストマは宣言でもするように強気な態度で言った。
「今さらお前を引き戻そうとも思ってねえし、もうパーティーに戻って来いとも言わねえよ。俺たちは自分たちの力だけで勇者の称号を取り戻して、勇者パーティーとして復活する」
負け惜しみのようにも聞こえるが、どこか決意表明のような捉え方もできる。
もしかして改めてそれを伝えるために、ギルドを介さずにわざわざ直接依頼用紙を渡しに来たのかな?
勇者の称号を取られて、標的にしていた森王軍と霊王軍も僕たちに倒されてしまって、このままやられっぱなしでただ引き下がるのは悔しいから。
だとしたら、ちょうどいい。
僕も今一度、勇者パーティーに伝えたいことがあったから。
「僕の方こそ、平和のお告げから追い出してもらえて、今では感謝してるよ」
「あっ?」
「だって、今はこうして楽しく育て屋をやれてるわけだから」
この返しに、何か特別な意味があるわけではない。
いや、もしかしたら僕も、ずっと胸に抱えていた負け惜しみのような気持ちを、ぶつけたくなってしまったのかもしれない。
勇者パーティーを追い出された時から感じていた、悔しさみたいなものを。
「この世界、この町には、主人公になれるような逸材たちがたくさん眠ってる。そしてその才能の覚醒を、僕の力で手助けしてあげられるっていうことがわかった。あのパーティーにいたままじゃ、絶対に気付けなかったことだ」
だから勇者パーティーを追い出してもらえて、今は逆に感謝をしている。
ずっと伝えてやりたかったことをぶつけると、ユーストマは思った通り不機嫌そうな顔をした。
「自分の力は、平和のお告げに留めておくだけじゃもったいなかったって言いてえのか」
「そこまで自惚れるつもりはないけど、僕の目標を達成するのなら、結果的に追い出してもらった方が正解だったなって思っただけだ」
元々、僕が勇者パーティーにいた理由は、両親の仇である竜王軍を討伐するためだった。
しかしその悲願も、育て屋としてたくさんの冒険者たちを強くしてあげた方が、最終的には叶う可能性が高くなる。
だから、向こうが僕を追い出したことを間違っていなかったと言うように、こちらも追い出してもらえて正解だったというわけだ。
何より僕は、『人を育てるのが好き』ということを改めて自覚することができたし、結果的にこの町で成長の手助けをしたローズたちが森王軍と霊王軍を倒したわけだから。
嫌味のように聞こえてしまっただろうかと不安に思っていると、ユーストマは別段怒ったような様子を見せず意外な返答をしてきた。
「今回森王軍と霊王軍を倒したのはお前たちだ。それに文句を言うつもりはねえし、今は東の勇者の称号を持つべきなのはそっちだって認めてやる」
「……」
まさかユーストマが自ら敗北を認めるとは。
ただ、すぐにいつもの調子に戻って続けた。
「けどな、まだ完全にダリアが負けたってわけじゃねえからな。あいつはこの先もまだまだ強くなる。育成師の力なんか借りなくてもな。だからお前を追い出したことは今でも間違ってなかったって俺も思ってるし、謝りだってしねえ」
「……別にいいよ」
どこまでもダリアの才能を信じて疑わないユーストマ。
強情な彼は、そこで不意に声を落として言う。
「ただ……」
こちらを振り返り、複雑そうな表情を見せてきた。
「今回、ダリアの暴走を止めてくれたことだけは、あいつの仲間として感謝してる。俺には、それができなかったからな」
「……」
ダリアはたった一人で森王軍の侵域にまで来ていた。
奴らにやられた分をやり返すために。
ユーストマはその暴走を止められなかったことを、仲間として深く悔やんでいるみたいだ。
他の仲間二人は戦いの影響でいまだに寝込んでいるみたいだし、止められるのは自分しかいなかったはずだから。
その暴走を止めたことを感謝されて、思いがけず固まっていると、ユーストマは今度こそ踵を返した。
彼は『いつかこの借りは返す』と言い残し、足早に路地の奥へと姿を消す。
本当はこのことを直接伝えたかったから、今日は育て屋までやって来たのだろうか。
「……まさかね」
あのユーストマに限ってそれはない、と思いながらも、僕はなんだか清々しい気持ちになって青空を見上げる。
これでようやく、勇者パーティーとの因縁が解消されたような気がする。
もちろん、勇者パーティーを追い出されたことを、もう一切根に持っていないと言ったら嘘になるけど。
ダリアやユーストマの顔を見るだけで、あの時の辛い気持ちを思い出してしまうし。
だから完全に許したというわけではないけれど、別にもう謝ってもらわなくても大丈夫だ。
今回ダリアたちに代わって森王軍と霊王軍を倒すことができたし、勇者の称号もローズに渡って、それで充分すっきりしたから。
それに……
「あっ、おかえりなさいロゼさん。お話しってなんだったんですか?」
「また憎まれ口の一つでも叩かれたんじゃないでしょうね? なんだったら私が懲らしめるの手伝ってあげるわよ」
僕にはもう、立派な心の支えがあるから。
大好きなはじまりの町に、大切な育て屋に、信頼できる仲間たち。
勇者パーティーを追い出されても、今の僕にはたくさんの支えがある。
だから今さら、勇者パーティーに戻る気はないし、また向こうがそう言ってこなくて心底安心している。
やっぱり僕は、人を育てるのが好きな育成師で、これからもこの町で駆け出し冒険者たちの成長を手助けしたいと思っているから。
一つの大きな戦いが終わり、この町の平穏を守り抜くことができて、育て屋にまた穏やかな日々が取り戻されたのであった。
第四章 おわり