第百四十二話 「終焉の一撃」
「ね、根っこ!? これってもしかして、呪葬樹の根ですか?」
驚くローズに対して、僕は頷きを返してみせる。
神眼のスキルで確認した限りでも、これは間違いなく呪葬樹が地中から突き出している根っこだ。
気が付けば見渡す限りの周囲が、その呪葬樹の巨大な根だらけになっていた。
それらは鞭のようにしてしなり、近くにあるものを無差別に攻撃している。
僕たちも気取られて、根っこが鞭のようになって襲いかかってきた。
「ぐっ……!」
ネモフィラさんに張ってもらった障壁で根っこを防いだが、内部にまで強烈な衝撃が襲いかかってくる。
それによって全員が呪葬樹の巨大な根に吹き飛ばされてしまうが、障壁魔法のおかげで怪我はない。
ただ、根っこに多大な呪力が込められているからか、障壁には相当なダメージを与えられてしまった。
「ただの樹のくせに自衛本能はあるみたいね。このままじゃすぐに障壁壊されちゃうわよ」
「ローズ、この根なんとかできないか?」
「やってみます!」
短くそうやり取りをすると、ローズは剣を構えて近くにある根っこに斬りかかって行った。
ズバッ! と横一閃の一撃が根っこを両断する。
さすがローズ。あっと言う間に斬り倒してしまった。
しかし根はすぐに新しく一本二本と生えていき、ローズが斬り倒す以上に数を増やしていった。
「これじゃあ埒が明かない……!」
やっぱり狙うなら本体の呪葬樹か。
いくら根っこを相手にしても、本体を斬り倒さなければ呪いの散布は止まらない。
ただ、呪葬樹はとんでもない再生能力を目覚めさせてしまい、加えて根っこがこちらの妨害をしてくるので、本体の破壊はかなり絶望的になってしまった。
ローズも果敢に呪葬樹の根を掻い潜って本体を攻撃するが、付けた刀傷は見る間に修復されてしまう。
再生する暇も与えないくらい、一撃で粉々にしないと破壊はできないようだ。
巨大な根に押し返されて戻って来たローズが、悔しげに唇を噛み締めていた。
その時――
「……はぁ、しょうがないわね」
「……?」
「ローズはそのまま根の方を斬り倒しててくれないかしら。本体は……私が壊すから」
コスモスが杖を構えながら、自信げにそう言い切った。
ローズが破壊できなかったあの呪葬樹を、壊せる自信があるのか?
「な、何か、策があるのか……?」
「正直“これ”は使いたくなかったけど、この際しのごの言っていられないものね。準備にしばらく時間がかかるから、それまであんたもローズと一緒に根っこを斬り倒してて頂戴」
何か絶対的な自信はあるみたいだが、気乗りしないといった様子。
普段であれば他人の天啓を盗み見ることには抵抗がある僕だが、この時ばかりは確認せざるを得ないと思って神眼のスキルを使わせてもらった。
そしてコスモスの言葉の意味を理解した僕は、なんだか“申し訳ない”気持ちになってしまう。
彼女が多くを語らなかった理由も納得できてしまった。
けど、確かにこれならいける。
コスモスが準備を整えながら、ローズが根っこを斬り倒して妨害を防ぎ、ネモフィラさんが絶えず皆に障壁魔法を掛け続けて身の安全を守る。
この三人の力を合わせれば、この究極の呪葬樹を破壊して東の国を守り切ることができるはずだ。
それぞれが自分の役目のために動き出す中、ダリアがそれを見て唖然とする。
「な、何するつもりなのよ、こんな状況で……。もうどうやっても、東の国は終わりだっていうのに……」
「まあ、あとはあの三人に任せて、僕たちは僕たちでやれることをやるぞ。それで、世界が救われる瞬間っていうのを、あの子たちに見せてもらうとしよう」
「……」
少し大袈裟な言い方かと思ったが、実際にこれはまたとない貴重な瞬間である。
戦乙女ローズ、星屑師コスモス、姫騎士ネモフィラ。
いずれその実力と名を歴史に刻み込むだろう、規格外の存在たち。
そんな彼女たちが一堂に会して、力を合わせて強大な敵を打ち倒す場面は、もしかしたら今後二度とないかもしれない。
まさに冒険譚の一つとして綴られてもおかしくないそんな瞬間に立ち会えて、僕は嬉しい気持ちで一杯になった。
その気持ちに背中を押されるように、僕もナイフを構えて根っこの一つに斬りかかる。
「はあっ!」
コスモスの準備が整うまで、少しでも相手の攻撃の手数を減らすんだ。
ネモフィラさんの障壁魔法があるので、臆せず斬り込むことができたが……
ガンッ!
「かたっ!」
ナイフの刀身は呆気なく弾かれてしまった。
強固な岩でも斬ったような感触だ。
よくローズのやつ一撃で斬り倒してるな。
見るとダリアも根っこ切りに協力してくれているが、僕と同じく苦戦しているらしい。
何度も斬りつけてようやく一本を斬り倒していた。
その分、ローズが瞬く間に十本、二十本と呪葬樹の根を斬り飛ばしていく。
おかげで攻撃の手数も少なくなり、コスモスの準備も滞りなく進められていた。
彼女は山のように積み上げられた瓦礫を登っており、今ようやくてっぺんに到達する。
呪葬樹の本体を狙いやすい立ち位置。
そこで杖を構えたコスモスは、大きく息を吸って唱え始めた。
「【キラキラの笑顔――ドキドキしたこの気持ち――輝け私の一番星】」
もうすっかり聞き慣れた、星屑師の【詠唱】スキルの式句。
スキルのレベルは“35”で魔力上昇倍率は驚異の“5倍”。
現在のコスモスの魔力が350なので、魔力値1750という未知の領域へと到達することを意味する。
その規格外のスキルによって、コスモスは“家”と見紛うほどの巨大岩石を飛ばすことができ、僕たちはその力で何度も助けてもらった。
しかし、今回はいつもと違い、コスモスの詠唱がさらに続く。
「【ポカポカの手の平――キュンッとした私の心――二人だけの秘密の時間】」
それを聞いて、ローズとネモフィラさんが耳を疑うようにコスモスの方を振り向く。
コスモスはコスモスで、見る間に頬を赤らめていった。
その恥ずかしさに耐えながら、コスモスは幼稚な言葉を羅列したような詠唱を、さらに続けた。
「【ピカピカの星空――ワクワクさせてくれる大好きな君――届け私のこの想い】!」
大きな声を上げた、その瞬間――
コスモスの小さな体から、可視化された魔力が豪炎のように迸った。
傍から見てもわかる。コスモスが爆発的に魔力を上昇させて、異次元の存在へと昇華したことが。
その突然の変化に、たまらずローズが目を見開いた。
「な、なんですか、その力は……? なんだかとても、可愛らしい台詞を言っていたような……」
「これが私の“新しいスキル”なのよ! 【詠唱】スキルのさらに上のスキル……【大詠唱】!」
コスモスは限界まで顔を真っ赤にさせて地団駄を踏んだ。
新しく覚醒させたスキル――【大詠唱】。
詠唱スキルの式句に加えて、さらに式句を重ねることで魔力値を上昇させる能力。
どうやら詠唱スキルのレベルが35に達した時に発現した力らしい。
式句を重ねることで詠唱スキルの“5倍”という上昇倍率を、“10倍”にまで跳ね上げる効果を持っているようだ。
魔力値10倍。現在のコスモスの魔力値が350なので、大詠唱後の数値はなんと…………3500。
歴代でも1000を超える魔術師が記録されていないというのに、その中で3500を叩き出す異常事態。
ただ、その代わり……
「あぁ、もう! なんで私ばっかりこんなスキルを覚えなきゃいけないの! もっとかっこいいスキルとかがよかったのに!」
確かにあんな小っ恥ずかしい台詞を詠唱しなければいけないのは同情する。
ていうかこのスキルを出し渋っていた理由は絶対にこれだよね。
「本当は使うつもりだってなかったけど、こうなった以上は仕方がないもの。この怒り、全部全部あの呪葬樹にぶち込んでやるわ!」
コスモスから迸る強烈な魔力が、彼女の構える杖の先端に集まっていく。
それを見た僕たちは、その恐ろしい一撃に巻き込まれないように、咄嗟に後ろに飛び退いた。
これだけの魔力ならいける。
いや、もはや僕たちではどのような威力になるのかもまるで想像ができない。
最後の望みを彼女に託すように、僕は精一杯の声を張り上げた。
「ぶち壊せコスモス!」
その声を合図にするように、星屑師の全霊の一撃が解き放たれた。
「【流星】!」
瞬間――
杖の先に、見たことがないほど巨大な魔法陣が展開された。
そこから見慣れた“巨大岩石”が飛び出してくる。
しかし、大きさがこれまでとは比べ物にならない。
家なんてレベルの話ではなく、もはや“村”を丸ごと押し潰せるほどの“巨大流星”が、漆黒の巨木に向かって飛来した。
ドゴッ!!!
「ぐっ――!」
流星が巨大な呪葬樹と激突し、爆発的な突風が吹いて僕たちに襲いかかってくる。
その衝撃で周りの根っこもまとめて吹き飛び、遺跡の残骸も弾けるようにして四散した。
直後、目の前で砂塵が吹き荒れて、視界が完全に覆い尽くされる。
障壁魔法の外殻に、様々な破片がバチバチと降り注ぐ中、僕たちは土煙が晴れるのを待った。
やがて視界が開けた先に、僕らは信じがたい光景を見ることになる。
「…………はっ?」
目の前に屹立していたはずの、霊王軍の集大成とも言える巨大な呪葬樹が……
枝の一本も残さずに、完全に消滅していた。
いや、それどころの話ではない。
コスモスの流星が、あまりにも強力だったのか……
呪葬樹が立っていた場所を境目に、その先の大陸が欠けていた。