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第百四十一話 「特異的な成長」


「な、なんですか、この風……?」


 どこからともなく吹いてきた不気味な黒い風。

 霊王ヴァンプの手元に集まっていくそれを、僕は反射的に神眼のスキルで確認する。

 その正体を知り、思わず瞳を見開いた。


「あれ、霊王軍の兵士たちだ」


「えっ? ど、どういうことですか?」


「霊王軍の配下の命を、呪力に変えて手元に吸い寄せてるんだ」


 死霊族の魔獣たちは、全種族のうち最も強力な呪いを扱うことができる。

 その魔獣たちの命そのものを犠牲にすることで、霊王ヴァンプは莫大な呪力を生み出したのだ。

 そんな絶大な量の呪力をいったい何に使うのかは、定かではないけれど……


「あいつ、まだなんかするつもりってことね」


 コスモスがそう言った通り、霊王ヴァンプからはいまだに好戦的な意思を感じた。

 青年の姿に成長したヴァンプは、幼い姿の時とは比べ物にならないほど不気味な笑みを浮かべる。


「これで人類の時代は終焉を迎える。憐れに泣き叫びながらその瞬間を見ているがいい」


 直後、奴は黒い風を纏った右手を掲げた。

 何かしらのアクションを起こす前兆を感じる。

 それを食い止めるために動き出そうとしたが、すでにヴァンプの後ろに赤い影があった。

 深紅の直剣を構える、戦乙女ローズ。

 彼女は誰よりも先に危険を察知し、即座にヴァンプの裏に回り込んでいた。


「はあっ!」


 ローズはヴァンプに気付かれることなく、直剣を一閃。

 正確に首元を狙ったトドメの一撃は、しかし紙一重のところで首を傾けられて避けられてしまった。

 結果、ローズの振った剣は、奴が掲げていた腕を斬り飛ばすだけにとどまる。

 霊王相手にその一撃を入れただけでも称賛ものだが、彼女は倒し切るつもりだったようで、悔しげに顔をしかめた。

 ヴァンプは宙を舞っている自身の右腕を掴み取り、そこから左手に呪力を移す。


「さらばだ、弱小な人間どもよ」


 黒いオーラを纏った左手を服の懐に入れると、奴はそこから小さな“木の枝”のようなものを取り出した。

 神眼のスキルが強く反応を示す。

 あれは、“呪葬樹の苗木”……!


 刹那、ヴァンプの左手に握られた苗木は、黒い風を吸い込んで急速に“巨大化”した。


「――っ!?」


 近くに立っていたローズはすかさず飛び退く。

 傍らでそれを見ていた僕たちも、驚きながら距離をとった。

 巨大化した呪葬樹の苗木は、ヴァンプの体をも飲み込みながら、みるみると成長をしていく。

 遺跡の床を突き破って地面に太い根を張り、ついには見上げるほどにまで呪葬樹は巨大化したが、まだ留まるところを知らずに成長を続けていた。


「な、何よこれっ!? あいついったい何したのよ!」


「ヴァンプの奴、配下と自分を犠牲にして、莫大な呪力を呪葬樹の苗木にぶち込んだんだ……!」


 なんでそんなこと……! とダリアは困惑した様子を見せる。

 理由はなんとなくだけど想像がつく。

 神眼のスキルで見た限りだが、あの呪葬樹は通常のものと比べて成長速度が速く、呪いの散布範囲が格段に広いようだ。

 おそらく通常の呪力注入と違って、霊王軍の全兵士と霊王の命を犠牲にして呪力注入をした結果だろう。

 注ぎ込まれた呪力の総量は計り知れないものとなり、呪葬樹が特異的な進化を遂げてしまったのだ。

 非常に厄介な置き土産を残してくれたものだ。

 そう内心で毒吐いていると、危惧した通り早々に呪いの散布が始まってしまった。

 成熟するまでの時間も驚くほどに短い。

 僕たちはネモフィラさんの障壁魔法のおかげで無事だが、この呪いが町の方にまで届いたら大惨事だ。

 急いでなんとかしないと。


「ローズ! 斬り倒してくれ!」


「了解です!」


 すかさずローズに向けて声を張り上げると、彼女は理由も聞かずにすぐに頷いてくれた。

 どうやらローズも目の前の呪葬樹の危険性を直感で理解したらしい。

 閃くように動き出したローズは、ヴァンプを斬った時と同様に素早く呪葬樹に肉薄する。

 見る限り、呪葬樹はかなり強固で分厚い大木になっている。

 並の剣と腕では、ろくに傷を付けることもできないだろうが……


「はあっ!」


 ローズが振った剣は、途中で止まることもなく綺麗に横線の刀傷を刻み込んだ。

 いける。

 彼女の力と剣なら、あの特殊な呪葬樹にも傷を付けることができる。

 斬り倒すことも難しくはない……と密かに安堵していたが、それは残念ながら束の間のものとなってしまった。


「えっ……」


 ローズが付けた横一閃の傷が、見る間に塞がっていく。

 そして瞬き一つの間に、完全に傷が無くなってしまった。

 呪葬樹の自己再生。

 ここまでで何本かの呪葬樹を斬り倒してきたけれど、こんな現象は初めて見た。

 ローズは立て続けに剣を叩き込むが、傷が付いたそばから瞬く間に塞がってしまう。


「こ……のっ!」


 しぶとい呪葬樹に憤りを募らせたローズが、今度は全力で剣を薙いだ。

 それにより鋭い衝撃波が生まれ、まるで斬撃が飛翔したように目に映る。

 その一撃は呪葬樹の幹に深く食い込み、止まることなく裏側から飛び出していった。

 一刀両断された呪葬樹が、その巨大な幹をぐらっと揺らす。


「よし、これで……! んっ?」


 ローズの一撃によって倒れるかと思った呪葬樹は……

 なんと、両断された傷も即座に塞いでしまった。

 渾身の一撃も完全に無かったことにされて、ローズは唖然と呪葬樹を見上げている。

 一方で僕の横に立つダリアも、驚愕した様子で呟いていた。


「な、なんで今ので倒れないのよ……! ちゃんと真っ二つに斬ったはずなのに……」


「あの呪葬樹、莫大な呪力を得たことで驚異的な再生能力が目覚めたんだよ。細かい傷を付けていくだけじゃすぐに再生される」


「めんどくさいもん作ってんじゃないわよ……!」


 非常に同感だ。

 ただ、あの呪葬樹の生成をさせたことで、霊王ヴァンプと霊王軍の兵士をまとめて消滅させることができた。

 この子たちに追い込まれたことで、命を賭したこの作戦に賭けるしかなかったのだろう。

 言わばこれは、“最後の奥の手”ということである。

 つまり……


「じゃ、あれ壊したら、今度こそ完璧に私たちの勝ちってことよね?」


「……ま、そういうことだな」


 こちらの心中を代弁するようにコスモスが言って、僕は頷きを返した。

 そう、あの呪葬樹さえなんとかしてしまえば、霊王軍の企みを完全に阻止することができる。

 どうやら森王軍の連中も、この戦いの前にほとんど霊王軍の兵隊にされてしまったみたいなので、呪力変換で犠牲になって呪葬樹に取り込まれたはずだ。

 森王ガルゥと思しき死体も、遺跡の途中に転がっているのを確認したし。

 あの大木を破壊すれば、この戦いが決着する。


「……けど、そう簡単に壊させてくれそうもないな」


 凄まじい再生能力と頑丈さは目を見張るものがあり、ローズとコスモスの力を合わせても破壊できるかどうかわからない。

 という懸念がある他、さらに頭を悩ませてくる事象が発生する。

 突如、地面が激しく揺れたかと思うと、周囲の床から槍のように呪葬樹の根が突き出してきた。

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