第十四話 「そして花は咲く」
昇級試験当日。
試験会場となる、町の西部の訓練場前に冒険者たちは集まっていた。
見物人もそれなりに来ていて、僕もその中の一人として試験を見守ることにする。
「ローズ、もしかして緊張してる?」
「そ、それはもちろんですよ。毎回不合格者が続出していると聞きますし、何よりもし昇級できなかったらロゼさんにご迷惑を……」
「ま、そのことは気にしないで気楽にやってきなよ。今のローズならきっと大丈夫だから」
試験開始までの間、そんな風にローズと他愛ない雑談をしていると……
「あらっ、あんた本当に来たのね」
集団の中から金色の長髪を靡かせる少女が出てきて、僕たちに声を掛けてきた。
ローズが所属していたパーティーでリーダーを務めているフリージア。
約束通り昇級試験を受けに来た僕たちにちょっかいを掛けに来たようだ。
「てっきり勝負に負けるのが怖くて逃げ出すかと思ってたけど」
「私は逃げません。絶対にロゼさんを悪く言ったことを謝らせますから」
先日と変わらず、ローズは強気な様子で言い返す。
そんなやり取りをしていると、訓練場の中心に一人の人物が現れた。
深い青色の長髪を揺らす女性。黒ジャケットに白シャツという格好から、おそらくテラさんと同じギルド職員だと思われる。
青髪の女性は訓練場の中央に立つと、周囲の冒険者や見物人たちを見渡して声を上げた。
「それではこれより、四級昇級試験を開始する!」
迫力あるその声に、途端に周りが静まり返る。
その沈黙を利用するように、青髪の女性はさらに続けた。
「私が試験を担当するアリウムだ。今回の試験内容は私の力を使って行う模擬討伐となる」
「模擬討伐?」
聞き慣れない試験内容に思わず首が傾いてしまう。
それに試験にギルド職員の力を使うというのも聞いたことがなく、必然的に皆の耳はアリウムさんの声に寄って行った。
「【召喚】――【火鹿】!」
アリウムさんがそう唱えるや、彼女の右手から赤い光が放たれる。
それは訓練場の中央に集まっていき、やがて見覚えのあるシルエットに変化した。
尻尾から背中にかけて火を迸らせている鹿の魔獣――火鹿である。
「私の天職は『召喚師』。召喚魔法によって、自らの魔力で魔獣を象って戦わせることができる。今回の試験はこの召喚獣と戦ってもらい、無事に討伐できた者が合格となる」
「へぇ、召喚獣討伐か……」
珍しい試験内容だと思った。
昇級試験は毎回内容が変わるようになっている。
危険域の探索や指定魔獣の討伐、はたまた試験官との模擬戦なんか。
当然上の階級の試験ほど難しいものになっていて、僕もこれまで何度も不合格を味わってきた。
合計で何回受けたかもうわからないけれど、それだけの数を経験してきた僕でも召喚獣討伐は見たことがない。
おそらくあのアリウムさんというギルド職員がいるからこそできる、この町のギルド特有の試験内容なのだろう。
「魔獣は私の魔力で生成したものなので、どのような方法で討伐してもらっても何ら問題はない。また召喚獣は四級冒険者が担当する討伐対象と同じ強さで生成する。基本的に私の指示一つで自由に動かすことができるが、万が一ということもあるため怪我や事故は自己責任とする」
召喚獣の強さをあの人が自由に変えられるなら、確かに合理的な試験が実施できる。
四級冒険者になりえる実力があるかどうか、はっきりさせることができるから。
「制限時間は十分間。それまでに指定の召喚獣を単独で撃破できた者を合格とする。四つに仕切った訓練場の中から、範囲外に逃げ出したり、その他不正が発覚した時点で不合格となるので注意するように」
説明は以上となり、いよいよ昇級試験が開始された。
試験は四人ずつ行われるようで、事前の参加申請の順に試験が進んでいく。
ローズは昨日、ぎりぎりで試験申請を済ませたので、順番は一番最後ということになった。
番が来るまでは訓練場の柵の外で、試験の様子を見守ることにする。
「【召喚】――【透牛】!」
アリウムさんは召喚魔法を使って、試験用の召喚獣を四体呼び出した。
大きな牛の形をした召喚獣。
どうやらアリウムさんの召喚獣は、実際に存在している魔獣を下敷きにして生成されているようだ。
先ほどの火鹿のように、今回呼び出された魔獣も実在する種族の透牛。
牛に近い姿をした魔獣で、特技として全身を透明にすることができる。
姿が見えなくなった隙に相手の背後に回り込み、強烈な突進によって撃破するというのが透牛の得意技だ。
激しい動きをすると透明化が解除されるという特徴を知っていれば、対処はそこまで難しくはないけれど。
まだ経験不足の五級冒険者たちでは対応は厳しいだろうな。
「それでは……試験、始め!」
僕の危惧した通り、まず最初の四人がそれぞれの召喚獣と戦いを始めて、五分程度で全員が音を上げて出てきてしまった。
その人たちは不合格となり、また次の参加者たちが訓練場の中に入る。
するとまたしても四人全員が、透牛の透明化に翻弄されて、大怪我をする前に諦めて出てきてしまった。
「む、無理だろこれ! 四級はこんなの相手にしてんのかよ!」
その後も続々と不合格者が出ていき、試験開始から三十分ほどで二十人もの脱落者を出してしまった。
試験は別に標準的な難易度なので、特にこれといった感想も出てこないけれど、僕はそれよりもあのアリウムさんの方が気になった。
よくこれほどの召喚獣を四体も同時に出せるものだ。
あの人自身が相当な実力者なのは一目瞭然。
どれくらい強い魔獣なら、召喚魔法で再現が可能なのだろうか?
なんて別の方向に思考が持っていかれそうになっていると、突然訓練場の周りで“わっ”と歓声が上がった。
「す、すげえあの子……!」
「召喚獣を一分もしないで倒したぞ……」
見ると四つに仕切った訓練場の一つで、一人の少女が透牛を消滅させていた。
金色の長髪を靡かせるその少女は……
「フリージア・オール。合格だ」
「はい、どうも」
一番最初に合格者の欄に名前を刻んだのは、あのフリージアだった。
奴は勝ち誇った笑みを浮かべて、その顔をローズの方に向けている。
大口を叩くだけあって、他の参加者よりも実力があるようだった。
「フリージアさんの天職は『錬成師』で、錬成スキルで様々な素材を掛け合わせて、独自の道具を作り出して戦っているんです」
「へぇ、それはまた珍しい天職だね」
自分で武器や魔法を振るって戦うのではなく、作り出した道具で戦う天職。
魔獣討伐以外にも、味方の治療や強化などができる道具も作り出せたりするのだろうか?
まあ、それはいいとして、フリージアだけではなく奴の仲間の二人も危なげなく試験を突破していた。
そこからチラホラと合格者が出るようになってくる。
だが依然として不合格者の波は途絶えず、ほとんどの参加者たちが透明化する牛の怪物に悪戦苦闘していた。
「見てみなさいよ。レベル10を超えた冒険者たちでも、あんな風に手も足も出ない試験なのよ」
いち早く試験に合格したフリージアが、余裕のある様子でこちらに近づいてくる。
「一年も活動してレベル3止まりのローズちゃんに、あの怪物が倒せるかしらね?」
「……そんなの、やってみないとわかりません」
「大怪我をしてから泣いても遅いって言ってるのよ。現にもう何人かは痛々しい怪我をしてるみたいだし」
確かに周りを見てみると、生傷を作って涙を浮かべている参加者たちが少なからずいる。
それを脅しの材料にするように、フリージアはローズへの恫喝を続けた。
「あんたの番が来るまで待つのも面倒だし、さっさと諦めて頭下げた方が身のためなんじゃないの? あんたみたいな落ちこぼれが、たった一週間の頑張りで昇級試験に合格できるはずもないし、試験官さんも早く試験が終わって楽できるんだから」
「……」
その挑発に対して、ローズは何も答えない。
ただ自分の順番をじっと待ち続けている。
「……ま、あんたがやる気ならそれでも別にいいけど。私たちは無様に転がされてるあんたを見て、盛大に笑わせてもらうから」
ちょうどそのタイミングでローズの番がやってきて、アリウムさんから呼び出しを受けた。