第百三十九話 「剣聖の育て方」
僕からの提案に、ダリアは口を開けて呆けてしまう。
言葉の意味がわかっていないように固まっていたが、彼女はすぐに我に返って裏返った声を上げた。
「バ、バカなのあんた!? 私を今から強くするって、そんなことできるわけ……」
その時、ダリアの後方からスカルナイトが斬り込んで来る。
僕はすかさず彼女の横を通り抜けて背後に回り、スカルナイトにナイフを突き出した。
骸骨頭が吹き飛ぶ景色を見て、ダリアは驚愕したように目を見開く。
僕に助けられるとは思っていなかったのだろうが、今はダリアの力が必要不可欠なのだ。
再び彼女の近くまで後退して、スカルに聞こえない声量で話す。
「やらなきゃどの道ジリ貧で殺されるんだ。死にたくなかったら協力しろ」
「で、でも、今の私じゃ……」
ダリアは自信がないように目を伏せる。
そんな彼女を勇気づける、というわけではないが、説得しやすいように僕は魔法をかけた。
「【筋力強化】、【敏捷強化】」
「――っ!?」
「僕の育成師の力で支援して、ネモフィラさんの障壁魔法で身を守る。そうすれば今のダリアでも安全に戦闘ができる。骸骨騎士の神素取得量もかなり高いから、応援スキルの効果範囲内なら短い時間で急成長できるんだ。それで改めて、スカルに再戦しろ」
「……」
ダリアは見開いた瞳で墓地を見渡す。
周囲で骸骨騎士たちが蔓延っている絶望的な景色を見てから、彼女は薄紅色の長髪を掻きむしって長剣を抜いた。
「あぁ、もう! 死んだら化けて出てやるからね!」
「そうなったら僕が討伐してやるから安心しろ」
改めて戦意を宿らせたダリアを見て、スカルが訝しむように目を細める。
「おや、あなたも前線に出て来るのですか? 苦し紛れの無駄な足掻きですね」
どうやらこちらの作戦は向こうには気付かれていないようだ。
声を落として話して正解である。
スカルには骸骨騎士を出し続けてもらわなければならないから、この作戦に気付かれるわけにはいかないのだ。
そのことに注意しながら、ダリアの成長を手助けする。
ここに来ても誰かの育成に勤しむ僕は、どこまで行っても“育て屋さん”なのだと内心で呆れた。
「はあっ!」
ダリアに斬りかかろうとしていたスカルナイトの一撃を、真正面から受け止めて押し返す。
骸骨騎士の体勢が大きく崩れたのを見てから、僕は背後のダリアと入れ替わるように身を引いた。
直後、ダリアの長剣がスカルナイトの肩口に叩き込まれる。
「せ……やあっ!」
ガッ! と鈍い音が響くと同時に、スカルナイトは地面に叩きつけられる。
しかし絶命には至っていない。
まだダリアの力が不足しているという何よりの証拠だ。
スカルナイトが即座に起き上がって来たのを見て、僕は再び隙を作り出すように奴の脚を払う。
上手い具合にもう一度体勢を崩すことに成功すると、ダリアが“今度こそ”という意気込みで長剣を力強く振り下ろした。
「う……らあっ!」
ズガンッ! とスカルナイトの骸骨の体を粉砕し、周囲にその破片がパラパラと飛び散る。
これでようやく一体討伐。
そのことに密かに安堵していると、後ろにネモフィラさんがやって来て、小さな声で問いかけて来た。
「私は、どうしたらいい?」
「ダリアの障壁が切れないように注意していただけたらありがたいです。僕のことは気にしなくていいので」
「……わかった」
ネモフィラさんにも聞こえない声量で話していたため、彼女もこの作戦については知っていない。
それでも僕とダリアが何かを企んでいるとわかって、できることがないか聞きに来てくれたのだろう。
そんな彼女と短くやり取りを終えると、僕は再びスカルナイトの一体に近づいていく。
「カカカッ! 東の勇者さんを加えてスカルナイトを一掃しようという策ですか。正直あまりおすすめはできませんね」
スカルが都合よく勘違いしてくれている中、奴に構わず僕とダリアは墓地から這い出て来るスカルナイトと戦い続ける。
僕が隙を作り、そこにダリアが剣を叩き込む。
もし向こうに反撃をされても、ネモフィラさんの障壁魔法ですべて弾く。
最初の方は一体を討伐するのにも二撃や三撃が必要になっていたが、次第にその回数は減って一撃で倒せる場面も増えてきた。
一度力を奪われたはずのダリアは、この短期間で目覚ましい成長を遂げている。
【種族】骨兵
【ランク】B
【神素取得量】15000
やはり神素取得量“15000”は伊達ではない。
ローズを限界突破させた時に倒した帝蟻が25000。
この骸骨騎士たちは、一体一体がそれに迫る神素取得量を宿しているのだ。
正直、こんなに美味しい狩場は他にないだろう。
加えて育成師の応援スキルによって、神素取得量に五倍の補正が掛かっている。
おかげでダリアは見る間に力を取り戻していった。
「はあっ!」
ついにはたった一人でスカルナイトを倒せるまでになり、十分足らずで合計二十体のスカルナイトを討伐してみせた。
「んっ……?」
そこでさすがに、スカルも異変に気が付く。
数分前まで何もできずに固まっていた、枯れ木のようだった勇者ダリアが……
今は前線に出て、スカルナイトたちを華麗に斬り捌いている。
改めてその状況に引っかかりを覚えたスカルは、ハッとした様子で大声を上げた。
「スカルナイトたち! ただちに身を引きなさい!」
「もう遅いわよ!」
骸骨騎士たちに撤退の命令を出すが、それよりも早くダリアが長剣を横に薙いだ。
その衝撃で周囲のスカルナイトが揃って粉砕される。
ほとんどの兵士が討伐される光景を見て、スカルは悔しげに歯を食いしばっていた。
新たに骸骨騎士が出没して来る気配はない。
どうやらスカルはこちらの思惑に勘づいたらしい。
しかしそれはダリアの言う通り、ほんの少しだけ遅かった。
【天職】剣聖
【レベル】40
【スキル】両手剣
【魔法】聖火魔法
【恩恵】筋力:S+820 敏捷:S720 頑強:S750 魔力:A+680 聖力:A+680
レベル40。
完全ではないが、レベル限界値に近い力を取り戻している。
スキルも魔法もちゃんと元通りになっていて、恩恵も申し分ない数値へと戻っている。
「な、なぜ、力が戻っている……? この短期間でどうやって……」
これにはさすがに、ダリアをレベル1にまで弱体化させたスカルが一番驚いているだろう。
よもやこの場で失った力を取り戻すなど、できるはずがないと。
「……誠に信じがたい話ですが、他人の成長を促進させる能力、というものをどなたかがお持ちなんでしょうか? でなければ説明がつきません。まさか私の【墓界】をこのような形で利用されるとは……」
さすがの洞察力だが、もう少し早く気が付くべきだったな。
なまじ強い骸骨騎士を無制限に排出できる能力が仇となったのだ。
ここは“墓場”などではない。むしろ勇者ダリアの再生に打ってつけの絶好の“狩場”。
僕とネモフィラさんがこの場に招かれたのも予期せぬ僥倖で、ここまで育成環境が整えられた場所も他にあるまい。
結果、勇者ダリアは弱体化以前に近い力を取り戻すことができた。
「さあ、反撃開始よ」
ダリアの戦意が完全に戻ったことで、スカルは怒りをあらわにするように歯噛みしていた。
同時にスカルナイトを出せない状況に追い込まれて苦しそうにしている。
そう、ここで増援としてスカルナイトたちを呼び出してしまったら、それはすべてダリアの肥やしになってしまうのだ。
だからスカルはこれ以上、増援の魔獣を呼び出すことができない。
この作戦は、ダリアを戦力として蘇らせつつ、スカルナイトの増援も防ぐ一石二鳥の妙案となっている。
「【聖火】!」
ダリアがそう叫ぶと、彼女が持っている長剣が松明のように炎を迸らせた。
普通の炎ではない。暗闇を明るく照らし出すような『純白の猛火』。
魔獣に対して絶大な威力を発揮する、武器に纏わせて使う聖火魔法――【聖火】。
幾度となく見てきた、東の勇者ダリアの代名詞とも呼べる技だ。
戦う意思を蘇らせたダリアを見て、僕は隣で小さく囁く。
「僕がスカルに斬り込んで隙を作るから、そこをダリアが叩いてくれ」
「……まさかあんたとまた一緒に戦うことになるなんてね」
それはこっちの台詞だよ。
内心でそう返しながら、僕はスカルに斬りかかって行く。
奴は手に持っていた杖を振って、僕のナイフを的確に捌いていった。
しかし反撃まではしてこない。ネモフィラさんの障壁があるため、反撃すれば【判定】の対象に含まれてしまうからだ。
そのため僕は遠慮せずに前に踏み込んでいく。
ダリアも隙を見つけてスカルに斬りかかっていく。
僕では傷一つ付けられなかった魔獣も、力を取り戻したダリアと協力することで、次第にダメージを負わせることができた。
「ぐっ――!」
聖火の聖なる白炎がスカルの肉体を徐々に灼いていく。
たとえ杖で長剣を防いだとしても、迸る白炎の熱が骸骨の体に牙を剥く。
それを嫌がってか、はたまた怒りが募ったのか、痺れを切らしたようにスカルが吠えた。
「こ、のッ……! 【呪手】!」
奴の手に黒いモヤが灯る。
その手を手刀の形にして、貫くように僕の方に伸ばして来た。
障壁ごと破壊してこちらに呪いを掛けるつもりだったのだろう。
だが……
カンッ!!!
姫騎士のネモフィラさんが張った障壁魔法は、傷一つ付かずにスカルの一撃を止めた。
「【判定】――【不敬罪】」
刹那、スカルは全身に鉛でも付けられたかのように、唐突に地面に跪いた。
ネモフィラさんの肉体、および障壁魔法に攻撃を行った者に呪いを付与するスキル……【判定】――【不敬罪】。
それによって体を衰弱させられたスカルは、たまらず地に膝をついた。
「から、だが……うごか……!」
その隙を、僕は見逃さなかった。
「【鋭利強化】!」
ナイフの刀身に銀色の光が迸る。
武器の鋭さを強化する支援魔法――【鋭利強化】。
それによって強化された刃が、宙に銀色の軌跡を残しながら風切り音を立てて、スカルの首元に吸い込まれるように迫っていった。
「う……らあっ!」
ズバッ!
確かな手応えと共に、髑髏の頭とシルクハットが宙に舞う。
それが地面に落ちるのと同時に、残されたスカルの体がカラカラッと乾いた音を上げながら崩れていった。
続くように、周囲にいたスカルナイトたちも骨となって散らばっていく。
直後、足元の近くまでスカルの頭が転がって来て、そこから途切れ途切れの笑い声が聞こえてきた。
「カ、カカッ……! これで勝ったと……思わない、ことですね……」
僅かに意識が残されているようで、負け惜しみにも似た言葉を投げかけてくる。
そして最後に、こちらの不安を煽るような捨て台詞を吐いた。
「あなた方は、必ず、ヴァンプ様によって殺されます……! ほんの少し、寿命が伸びた、だけのことですよ……!」
そう言うや、髑髏の頭が焼けたように、灰となって散らばった。
無事にスカルを倒せたと確信して、僕らは揃って安堵の息を吐く。
しかし奴に言われた台詞が脳裏をよぎって、抜けそうになっていた肩の力を今一度強く入れ直した。
そうだ、戦いはまだ終わっていない。
むしろここからが本番だ。
今、ここの外では、ローズとコスモスが霊王ヴァンプと戦っているはず。
早く二人に加勢しないと。
するとその時、スカルが生成した墓場の空間が、霧が晴れるようにして徐々に薄れていった。
次第に元いた遺跡の景色へと変わっていく。
すぐに戦闘に参加できるように身を構えると、僕の視線の先には……
「えっ……?」
完全に崩れ落ちた遺跡の風景と、小鳥の囀りが流れる真っ青な空が広がり、戦闘が行われている様子は微塵もなかった。
むしろ、戦闘後に訪れる静寂の中にいるようだ。
その僕の予想はどうやら当たっていたようで、崩れた瓦礫の真ん中に目を疑うものを見つけてしまう。
それは、傷だらけになって倒れている…………霊王ヴァンプの姿だった。
「……も、もしかして、もう終わってる?」