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第百三十五話 「種族」


 ローズとの戦いの後。

 森王軍の長である森王ガルゥは、水に濡れた格好で基地まで戻り、怒りに顔を歪ませていた。


「あ、の……! クソガキがァ……! 奴だけは、ぜってぇに、生かしちゃおかねえ……!」


 久しく感じていなかった恐怖を刻まれた。

 圧倒的なまでの敗北を喫した。

 耐えがたい屈辱を味わった。

 あの赤髪の少女だけは忘れまいと、ガルゥは怒りを迸らせる。

 失くした右腕を痛がるように、右肩を押さえながら覚束ない足取りで基地まで辿り着くと、少女との再戦に備えて体を休めることにした。


「おい! 誰かいねえのか! さっさと治療係呼んでこい!」


 遺跡基地に入りながらガルゥは叫び声を響かせるが、誰も駆けつけては来ない。

 いつもであればすぐに出迎えが来るはずなので、その異変にガルゥは違和感を覚えた。

 呪葬樹の防衛任務で出払っている者たちは多い。

 それでも基地内部や周辺には半数近くの配下が待機しているはず。

 訝しみながら遺跡の奥へと進んでいくと、そこには……


「……んだよ、ちゃんといるじゃねえか」


 見慣れた森王軍の配下たちが、遺跡の中央広間に集まっていた。

 しかしガルゥの命令は届いていないように、全員ただ黙って立ち尽くしている。


「おい、どうして誰も来なかった! さっさと治療係呼べっつってんだろ!」


 と、今度は間近で命令を出す。

 だがやはり配下たちは、ガルゥの言葉には従わず、ぼんやりとした様子で佇んでいるだけだった。

 よくよく見ると、森王軍の魔獣たちは、まるで“死んでいる”ように…………全員顔が真っ青だった。


「んだよ、こりゃ……? どう、なってやがる……」


 自分が留守の間に、いったい何が起きたのか。

 それに遺跡全体に妙な臭いが立ち込めており、ガルゥは訳がわからずに戸惑うことしかできなかった。


「森王軍はすでに我が手に落ちた」


「…………ヴァンプ?」


 遺跡の広間の暗がりから、黒髪赤目の少年がやって来る。

 それを目にした瞬間、ガルゥはこの事態の元凶が何者なのか反射的に察し、獰猛な獣のごとく牙を噛み締めた。


「ヴァンプ! こいつはいったいどういうことだ!」


 森王軍はすでに我が手に落ちた。

 その台詞とこの状況が何よりも証明している。

 自分の配下たちに何かをしたのは、間違いなく目の前にいる霊王ヴァンプだ。

 その疑いに頷きを返すように、奴は言った。


「貴様が間抜けで、随分と楽をさせてもらったぞ、ガルゥ」


「なん、だと……!」


「度々頭足らずだと思ってはいたが、ここまで無能な奴だとはさすがに驚いたぞ。その愚かさが自らの配下たちを殺すことになったのだ」


 ヴァンプは幼なげな目でこちらを見ながら、ほのかに笑みを浮かべている。

 勝気な彼の様子を見たガルゥは、悔しげに牙を鳴らしながら、脳裏で必死に状況を飲み込もうとした。

 ヴァンプに裏切られた。

 元から何かを企てている様子もあったので、そのこと自体に別段驚きはしなかったが、配下たちがまるで言うことを聞かなくなっているのは戸惑いを覚えた。

 いったいどのようにしてこの状況を生み出したのか。


「おいてめえら! しっかりしやがれ! 森王ガルゥの命令が聞けねえのか!」


 青ざめた顔で佇む配下に駆け寄り、怒り交じりの声を掛ける。

 しかしその魔獣は、魂が抜けた人形のように固まり、ガルゥの声に耳を傾けることはなかった。

 森王ガルゥは魔獣特性として、森魔族の魔獣に命令を強制させることができる。

 だが、今はなぜかその魔獣特性がまるで効いていない。

 その疑問の答えを、ヴァンプは色のない顔で告げた。


「無駄だ。その者たちはすでに森魔族ではない……死霊族だ」


「はっ……!? こいつらが、死霊族だと……? ふ、ふざけたこと言ってんじゃ……」


 突如、ガルゥは閃くように目を見開く。


「この臭い、まさか……!」


「ようやく気が付いたか。呪葬樹の苗木を一つ頂戴してな、我の力で特殊な一本に成熟させた。現在この基地の裏で、魔獣を“死霊化”させる呪いを散布している」


「死霊化、だと……!」


 霊王ヴァンプは魔獣特性として、死霊族の魔獣を傀儡として操れるという力を持っている。

 確かに配下たちが死霊族の魔獣になっているのだとしたら、こちらの命令を受けつけずにヴァンプに従っているのも頷けるが……


「魔獣の種族を変える呪いなんざ、聞いたことがねえぞ……!」


 呪いは基本的には、人体にしか影響を及ぼさない。

 呪葬樹から放たれる呪いも同様で、呪葬樹を使ったとしても森王軍の魔獣は被害を受けることはないはずだ。

 しかし実際に目の前には、死霊化されてヴァンプの傀儡になっている自分の配下たちがいる。

 霊王ヴァンプは魔獣すらも呪う力を持っているというのか。

 それを呪葬樹という触媒を介して広範囲に散布することで、森王軍の配下をすべて死霊族に変えられてしまった。


「てめえが珍しく呪注作業をしてやがったのはこのためだったのか……! この裏切りもんが……!」


「裏切り者? 始めから協力しているつもりなどなかったがな。言ったであろう、我の目的は死霊族の生物圏の獲得と呪葬樹の復活だと」


 互いの配下には干渉しないこと。互いの侵域は荒らさないこと。

 その協定もヴァンプにとってはただの飾りでしかなかった。


「我々霊王軍が世界を統べるためには、呪葬樹の復活が必要不可欠だ。その苗木を植え終えてしまえば、貴様らなど無用の長物ということだ」


「て、めえ……!」


 すべて仕組まれていたこと。

 そもそも霊王軍が森王軍に協力を申し出て来た時から、何か裏があるとは思っていた。

 しかしそれもガルゥが力尽くでねじ伏せられるほどの浅い策略だと高を括っていた。

 それがよもや、仲間を手駒に盗られるとは考えてもいなかった。

 加えて現在のガルゥは、ローズとの戦いによって片腕を失い、体力も大幅に消耗している。

 彼に勝ち目は皆無だと言えた。


「【本能解放(リベレーション)】!」


 それでもガルゥは勝負を捨てず、魔獣の本能を解放して身体能力を向上させる。

 臨戦態勢になったガルゥを見てヴァンプが赤目を細めた。


「死霊化の呪いは貴様も例外ではない。その傷付いた体でどこまで持ち堪えられるか、試してみるか?」


「グ……ガアッ!!!」


 猛獣と化した森王ガルゥが駆け出し、ヴァンプの傀儡となった配下たちが立ち塞がってくる。

 それらを容赦なく蹴散らしていきながら、ガルゥは霊王ヴァンプに爪を立てようとした。




「腐っても、森王と呼ばれるだけのことはあるな」


 戦いは、時間にして十分にも満たなかった。

 しかし遺跡内部は変わり果てたように崩れており、森王軍の魔獣の死骸がそこら中に転がっている。

 その中に、森王ガルゥの姿もあった。

 片腕を失くし、体力を消耗した状態ではあったが、ガルゥは傀儡となった魔獣の大群と激戦を繰り広げた。


本能暴走(デストラクション)が可能なほど体力が残っていれば、その爪も我に届いていたやもしれぬがな」


 それでも軍配は霊王軍側に上がり、ガルゥは自らの配下に殺される形で息絶えた。

 嘘のように遺跡内部がシンと静まり返る。

 その時、シルクハットとジャケットを身に付けた骸骨姿の魔獣が、『カカカ』と奇妙な笑い声を漏らしながらヴァンプに声をかけてきた。


「しかしよろしかったのでしょうか。森王ガルゥも死霊族にして配下に加えてしまえば、それなりの戦力にはなったと思いますが」


「我の死霊傀儡も絶対ではない。これでも魔王の一人として数えられている魔獣だ。呪縛に抗い反逆してくる可能性も皆無ではないだろう」


 他の魔獣たちならいざ知らず、森王ガルゥともなると魔獣特性に抗ってくることも考えられる。

 僅かでも危険分子を排除するために、ヴァンプはガルゥを完全始末することにしたのだ。

 結果として霊王軍は森王軍の幹部数体、兵士数十体を確保し、呪葬樹とこの森をも手中に収めたのだった。


「我は少し休む。他の者たちは呪葬樹の破壊を行っている冒険者を始末してこい」


 死霊化の呪葬樹の生成により、ガルゥほどではないがヴァンプもそれなりに消耗していた。

 そのため他の者たちに侵入者の排除を任せて、遺跡の奥の祭壇で休むことにする。

 じきに出払っている森王軍の残党にも呪いが浸透する見込みで、森王軍の全兵士がヴァンプに降ることになるだろう。

 もっと言えば、大陸全土に死霊化の呪いが蔓延すれば、すべての魔獣を傀儡にすることができる。

 その野望も実現に大きく近づき、ヴァンプは内心で微かな笑みを浮かべた。

 ちょうどその時――


「ヴァンプ様」


「……スカル」


 先ほどのシルクハットの骸骨魔獣がやって来た。

 相変わらず『カカカ』と奇妙な笑い声を漏らしている。


「スカル。貴様も他の魔獣どもに続いて侵入者を排除してこい」


「いいえヴァンプ様。私はヴァンプ様のお命を第一に考えるよう命を受けております。休息中の主人を放っておくことは命令違反になってしまいます」


 そんな屁理屈のようなことを言ったスカルは、左手でくるくると杖を回しながら、右手でシルクハットを取って華麗な一礼を見せた。

 スカルは霊王軍の幹部の一人であり、ヴァンプの付き人を許されている数少ない魔獣の一体である。

 ヴァンプほどではないが特殊な呪いを使用することができ、霊王ヴァンプに一目置かれている存在でもある。

 ヴァンプの魔獣特性にかかわらず忠実に命令を聞く、優秀な配下ではあるのだが……

 少し、面倒ごとを引き込みやすい魔獣でもあり、ヴァンプの頭を抱えさせることもしばしばあった。

 そして、今この瞬間も――


「……我の護衛をするのは構わんが、ならせめて貴様に用があるらしい“羽虫”だけは片付けておくんだな」


「羽虫……?」


 ヴァンプがそう言うや、突如石柱の裏から人影が飛び出して来る。

 それは真っ直ぐにスカルの背後に迫っていき、手に握った剣でジャケットに包まれた背中を斬り裂こうとしてきた。

 スカルは少し驚いたように目を開いたが、すぐに反応して杖を背中に持っていく。

 ガンッ! と甲高い音と共に、剣を杖で受け止めると、その襲撃者を背中越しに見てスカルは笑った。


「カカカッ! どこかでお見かけした顔ですね」


「私に呪いをかけたこと、忘れたとは言わせないわよ……!」


 それは、怒りを体現するように薄紅色の髪を靡かせる、東の勇者ダリアだった。

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