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第百三十四話 「弱い側の人間」


「ただいまです」


「おかえりー」


 森王軍の侵域であるレイン大森林への侵攻中。

 休憩をとっている間に水を汲みに行ったローズが、僕たちのところに戻って来た。

 時間にしておよそ二十分くらいだろうか。

 僕は少しの違和感を抱く。


「随分と時間が掛かったみたいだけど、そんなに遠くの方まで水汲みに行ってたの?」


「いえ、水場自体はそこまで遠くはないですよ」


 まあ、今のローズなら、全速力を出せば森の端から端まであっという間に駆け抜けることができるだろうからね。

 水場との距離はあまり関係ないか。


「じゃあ、何かあったとか? ローズにしては戻って来るの遅かったし」


「少し魔獣と戦っていました。そのせいで少々戻るのが遅れてしまって」


「あぁ、そういうこと……」


 魔獣との戦闘か。

 そういえば微かに喧騒が聞こえていたような……

 だから一人で行くのは危ないって言ったのに。

 でもまあ……


「怪我とかはしてないの? って、ローズにはいらない心配だったか」


「はい、全然大丈夫ですよ。ただ……」


「ただ……?」


 ローズはみんなの方を申し訳なさそうに見ながら、しょんぼりと水筒を掲げた。


「お水は汲めませんでした」


「えっ、どうして?」


「戦っていた魔獣が、汲もうと思っていた川の中に逃げ込んでしまって、その水を汲んで来るのはさすがに憚られて……」


「あらら……」


 まあ、確かにそれは嫌だね。

 そもそも魔獣の生息地帯の川が安全に飲めるかどうかも怪しいので、自前の飲み水だけで凌ぎ切ることにしよう。

 生憎まだ余裕はあるし。

 にしても……


「うーん……」


「んっ? どうしたのよ? そんなに難しそうな顔して」


「あっ、いや、ちょっと気になることが……。ローズ、その魔獣って結構“強かったり”したのかな?」


「えっ? んーと、どうだったでしょうか……? 見た感じは森王軍側の魔獣で、少しだけ強かったような気もしますけど、別にそんなこともなかったような……」


 僕に問いかけられたローズは煮え切らない返答をする。

 たぶんあまり印象に残っていないのだろうな。

 ローズからしたらそれくらいの魔獣ということ。

 でも、今のローズと戦って、逃げ果せるくらいの魔獣ってそこそこ強いような。

 そこら辺にいる魔獣なら、彼女と目が合った瞬間に首が飛ぶはずだし。

 そのローズから逃げてみせた魔獣って、どんな奴だったんだろう……?


「あっ、そういえばなんですけど、王国軍の常駐場所で会った冒険者さんたちが、その魔獣に襲われていましたよ」


「そうだったんだ。じゃあローズは彼女たちを助けたってことかな?」


「はい、そうなりますね」


 頷くローズを見て、コスモスが露骨に嫌そうな顔をする。


「えぇ。あんな奴ら助けなくていいじゃないの。ああいう連中は一回痛い目に遭うべきなんだわ」


「で、ですけど、かなり劣勢の状況だったので……。それに助けた代わりに、王国軍への非礼をお詫びする約束を取りつけることができましたよ。大人しく森からも帰って行きましたし」


「本当にあの連中が素直に謝ったりするかしら? にわかには信じられないんだけど」


「うーん、涙ながらに感謝されたので、さすがに嘘ではないかと……」


 涙ながらに、か。

 あいつらが涙を流している姿もまるで想像できないけどね。

 相当怖い目に遭っていたみたいだな。

 となるとますます彼女たちを襲っていたというその魔獣のことが気に掛かる。

 あの人たちもそれなりに名の知れた冒険者らしいし、実力もかなりのものだったと僕は感じた。

 そんな凄腕の冒険者たちが涙するほど恐怖した魔獣。

 実は森王軍の幹部とかだったんじゃ……

 僕が一人で深く考え込んでいると、その思考を遮るようにしてローズの声が聞こえた。


「それにしても、呪葬樹の苗木というのはいくつくらいあるんでしょう? まだまだたくさんあるんでしょうか?」


 ここまでですでに六本の呪葬樹を僕たちは破壊している。

 森王軍と霊王軍の魔獣を倒しながら手当たり次第に壊して回っているけど、確かに総数がまったくわからない。

 どれくらいあるものなのかは気になるところだ。

 ちなみに、呪葬樹の姿形を知らない僕たちでも、育成師の神眼のスキルを使えば普通の木と見分けることができる。


「森王軍か霊王軍の魔獣でも取っ捕まえて、無理矢理にでも吐かせればいいんじゃないかしら?」


「おっかない言い方するなよ……。せめて“聞き出す”って言って」


 そんな会話をコスモスとしていると、不意にネモフィラさんが現実的な意見を口にした。


「今は、とりあえず、森王ガルゥと霊王ヴァンプを探せば、それでいいんじゃない。そのついでに、呪葬樹の破壊」


「まあ、そうですよね。その二人さえ降伏させれば両軍とも無力化できますもんね。あとは王国軍やこの国の冒険者たちに呪葬樹の残りを掃除してもらえば解決ですから」


 僕たちがやることは両軍の無力化。

 それさえ叶えばあとはこの国の人たちでも呪葬樹の破壊は可能になる。

 だから早いところガルゥとヴァンプを見つけて降伏させるのが解決の近道なのだ。

 ただ、そいつらがどこにいるのか、糸口すらもまったく掴めてないけどね。


「いっそのこと手分けして探すってどうかしら?」


「手分け?」


「一人一人に分かれて探した方が早いんじゃない? っていうこと」


「だからおっかないこと言うなって! 僕を一人にする気かよ!」


 他の三人なら一人になってもまったく問題ないだろうけど、僕が一人になったら命がいくつあっても足りないだろ。

 それをわかって言っているコスモスの頬には、やはり悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「冗談に決まってるじゃないの。この中で一番弱いあんたを一人ぼっちにするわけないじゃない。あんたは後ろで私たちの活躍を我が物顔で見てればそれでいいのよ」


「……別に我が物顔なんてしないよ。まあ、“弱い”っていうのは否定しないけどね」


 だから大人しく後ろで見届けさせてはもらうよ。戦闘中に僕にできることなんてほとんど何もないから。

 そんなこんなあって、とりあえずは侵域の探索を続けることにした僕たちは、休憩を終わらせて先に進むことにする。

 コスモスが花を摘みたいということで、ローズと一緒に木陰に行っている間に、僕とネモフィラさんは全員分の荷物をまとめておくことにした。

 その時、不意にネモフィラさんが声を掛けてくる。


「ねえ、ロゼ……」


「んっ? どうかしましたか?」


 見ると、ネモフィラさんは青い前髪の隙間から、訝しむような視線を僕に向けていた。

 そんな目で見られる覚えがなかったため、僕は思わず息を詰まらせる。

 何か変な発言でもしただろうか?


「私、ロゼに強くしてもらってから、少しは相手の強さもわかるようになってきたの」


「へっ? 強さ? あの、何の話でしょうか……?」


「私の天職は、誰かを守るための力だから、相手がどれだけの脅威なのか、感じ取りやすいんだと思う。だから、ローズとコスモスからも、とんでもない力を感じるし……それとロゼからも、ものすごい力を感じるの」


「……」


 脈絡のない話をされて、僕は目を丸くする。

 ネモフィラさんの言いたいことがまったくわからずに、何も返すことができずにいると……


「さっきは、自分のこと弱いとか、あんたこと言ってたけど……」


 彼女は、じっと僕の目を見つめながら、何かを見透かすように言ってきた。




「ロゼって本当は…………もっと強いんじゃない?」




「……」


 …………僕が、強い?

 ネモフィラさんはいったい、何を言っているのだろう?

 ここまで散々、不甲斐ない僕のことを見てきたはずなのに。

 どうしてそんな確信を持った様子で、そう言えるのだろうか?

 ネモフィラさんには、何かが見えているのかな?

 僕がもっと強いだなんて、僕自身ですら気が付いていない力でもあるのか?

 でもたぶん、それはネモフィラさんの勘違いで、ただの買い被りに決まっている。


「……強くはないと思いますよ」


 だから僕は自重的な気持ちで首を横に振った。


「“強さ”っていうのは、自分の意思を貫き通せる力のことだと、僕は思っています」


「自分の意思を、貫く力……?」


「圧倒的な力と速さで困っている人を助けられるローズ。唯一無二の魔法で自分の持つ正しさを貫き通せるコスモス。自分の願望を自分自身の力だけで叶えられる人。そういう人を僕は、強い人だと思っているんです」


 これまでたくさんの強い人をこの目で見てきた。

 そういう人たちに比べて、僕は明らかに力が足りていない。

 自分の願望を確実に実現できるような、そんな力は微塵も持っていないのだ。

 だから……


「その基準に当て嵌めるのでしたら、僕はどう考えたって……弱い側の人間ですよ」


「……」


 あまり自分のことを卑下したくはない。

 でもこれは紛れもない事実なのだ。

 僕は明らかに弱い側の人間で、守られる側の存在。

 長い間、勇者パーティーに所属していて、才能の違いというのをまざまざと見せつけられた。

 育て屋を始めてからも周りにはすごい人たちが集まって来て、みんなの強さを見る度に自分にだって何か才能はないだろうかと期待を抱いてしまう。

 しかし結局、自分には秘められた力などは何もなく、無能さに落胆するばかりだ。

 僕には才能がないということを、僕自身が一番よく知っている。

 少し自嘲的になりすぎたせいか、その気持ちを察したようにネモフィラさんが申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。変なこと、言ったかも」


「い、いえ、ネモフィラさんが謝るようなことでは……」


「何が謝るようなことじゃないのよ?」


 そんな話をしていると、いつの間にかローズとコスモスが僕たちのところに戻って来ていた。

 深く考え事をしていたあまり、彼女たちに気が付かなかった僕は、慌てて“なんでもない”と誤魔化す。

 ローズとコスモスは、僕とネモフィラさんがどんな話をしていたのか気になっていた様子だったが、深く言及してくることはなかった。

 それから僕たちは、再び森の探索を始めることにする。


 それにしてもネモフィラさんは、どうして突然あんなことを言ってきたのだろうか?

 姫騎士の天職が成長したことで、他人の強さを感じ取れるようになったとは言っていたけど、僕からもすごい力を感じるなんておかしな話だ。

 そのことについては少しだけ気になったが、それはひとまず忘れて森王ガルゥと霊王ヴァンプの捜索に集中することにした。

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