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第百二十五話 「目には目を」


「化け、物……?」


 何やら物騒な言葉を耳にして、僕は思わず身を強張らせた。

 そんなこちらの動揺をさらに煽るかのように、セージさんは続ける。


「ある日突然のことじゃった。何気ないその日に、本当に何の前触れもなく坑道の中に一体の巨大魔獣が出現したんじゃ。見たことも聞いたこともない種族の魔獣で、見た目は粘魔(スライム)という魔獣を巨大化させたような、ドロドロの泥の塊みたいな奴じゃった」


 粘魔(スライム)

 低級の魔獣として広く知れ渡っており、生息地に決まりはなく、各地の危険区域で度々目にする。

 泥の塊のよう、という表現から、確かに身体的な特徴は合致しているように思える。

 ただ、粘魔(スライム)はどれも人の膝丈にも満たない小さな個体ばかりで、巨大魔獣と呼べるほどの種族とはとても言えない。

 だとすると粘魔(スライム)の上位種、と言ったところだろうか。

 というか、まるで見てきたようなその言い方に、僕は違和感を覚えた。


「ず、随分とお詳しいようですけど、もしかしてセージさんは実際にその魔獣と会ったことがあるんですか?」


「ワシもこう見えて、昔は坑道でつるはしを振っておった“坑夫”じゃったからな。というか、その巨大魔獣が出現した瞬間を、目の前で見ておった数少ない目撃者の一人じゃよ」


 やっぱりそうなんだ。

 やけに実体験のように語るから、セージさんも直接見たことがあるのではないかと思った。

 にしても、いきなり目の前に巨大粘魔(スライム)が出現するのは、かなり心臓に悪そうだ。

 魔獣は通常繁殖する個体の他に、地中や空中から突然現れる種族もいる。

 それがどこからやって来たのか、いまだに詳しい研究結果は出ていないようで、永久に世界の謎として残り続けることだろう。

 そう考えると魔獣はとんでもない存在であり、突然坑道の中に巨大粘魔(スライム)が現れたとしても不思議はないわけだ。


「その巨大魔獣は坑道の中間地点に現れて、大きな通路を丸ごと塞いでしまったのじゃ。その特殊な体からは猛烈な毒液が排出されており、坑道はたちまち半分ほどを“毒の沼”で覆われてしまった。ゆえにワシらはその化け物のことを『(どく)()まり』と呼んでおる」


 話を聞いているだけでも、かなり厄介そうな魔獣だと思った。

 おそらく人体にとってかなり有害な毒だと思われるので、半ばまで毒沼で覆われた坑道はろくに立ち入ることもできないはず。


「一応、町の方の一級冒険者たちにも討伐依頼を出した。かなり腕利きの者らで、界隈でも名を馳せている連中ばかりと聞いてはおったが、坑道を見た全員が見事に匙を投げおった。『生まれた場所が悪すぎる』と言ってな」


 きっと僕も同じ感想を言ったことだろう。

 もしその(どく)()まりが生まれたのが、森の中や草原の上とかならば、毒液が滞ることもなく対処が楽だったと思う。

 しかし運悪く閉鎖的な坑道に現れてしまったため、魔獣としての厄介性が増してしまったようだ。


「だから坑道を封鎖して、誰も近づけさせないようにしたってことですか?」


「あそこをあのままにしておったら、無茶をして鉱業を続けようとする者が現れたはずじゃからな。それならばいっそのこと完全に廃坑させて、坑道ごと(どく)()まりを封じ込めてしまおうということになったのじゃ」


 なるほど。

 坑道を封鎖したのはそんな理由があったからなのか。

 確かにそのままにしておくのは危険すぎるから、妥当な判断だと思われる。

 坑道での鉱業が続けられなくなるのは痛いけど、どうせ倒すことができないのなら魔獣ごと封じちゃった方が安全だし。


「あれはもう魔獣という括りにも含まれない。大嵐や地震などと同じ“災害”の一つじゃよ。悪いことは言わん。坑道に近づくのはやめて、大人しく山の天気が回復するのを待っとるのが賢明じゃ」


 セージさんは念押しをするようにそう言ってくる。

 彼の言う通り、確かに手出しが困難な、まさに災害にも近い存在の魔獣のようだ。

 化け物、と表現したことも頷ける。

 大人しく山の天気が晴れるまで待つのが、利口な選択のように思えるな。

 ……と、一般人の僕はそう思った。


「では、坑道に行ってみましょうか」


「はっ?」


 不意にそう言ったのは、戦乙女ローズだった

 同時にセージさんの素っ頓狂な声が食事処に響く。

 恐ろしい事実が語られたことで、この場に重苦しい空気が流れていると思いきや、僕の仲間たちは平然とした顔をしていた。


「ようはその魔獣を倒せばいいってことよね?」


「それなら、普通に坑道は通れるんでしょ?」


「……話聞いとったかおぬしら?」


 セージさんは呆然とした様子で三人のことを見ている。

 自分がなぜ今の話を長々と聞かせたのか、その意味を汲み取ってもらえずに驚愕していた。


「お、おぬしらのような若造たちでは絶対に倒すことはできん! 無駄死にするだけじゃ!」


「そんなのやってみないとわからないでしょ。これでも私たちだって冒険者なわけだし。ま、三級以下だけど」


「腕利きの一級冒険者たちが匙を投げたと言ったではないか!? 本当に話を聞いておらんかったのかおぬしらは!」


 実力に絶対の自信を持っている彼女たちにとって、冒険者階級などまるで指標にならない。

 そのため一級冒険者が諦めたという魔獣が相手でも、前のめりな姿勢を見せていた。

 各々が席を立ち上がり始めて、釣られて僕も腰を上げる。

 僕一人だけだったら確実に山の天気が回復するまで待っていただろうけど、今は頼もしい仲間たちがいるから大丈夫だ。


「とりあえず一度だけ、坑道を見に行かせてもらってもいいですか? 一目見て無理だと思ったらすぐに引き返しますから。あっ、もちろん出入り口もちゃんと塞いでおきますよ」


「お、おい! そういうつもりで話したわけでは……! というか今のは“普通”に諦める流れではないのか!?」


 ……まあ、この子たち普通じゃないんで。

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[一言] セージ「全く最近の若者は一般離れしおって…」
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