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第百二十四話 「秘密の通路」


 森王軍の侵域を目指して旅をすること一週間ちょっと。

 僕たちは馬車を乗り継いで、町や村を転々としながらひたすら東に向かって突き進んだ。

 道中、自分たちの足で魔獣区域を抜けなければならないことも多々あった。

 しかし不思議なことに襲われることはほとんどなく、波一つ立っていない水面のように静かな旅となっていた。

 初めて組むパーティーだったので、多少の不祥事などは覚悟していたのだけれど、ここまで上手く行くとは想定外である。

 ただ、すべてが順調、というわけにも行かなかった。


「スラッグ山脈の方、天候が荒れてるみたいでしばらく通れそうにないってさ」


 コンポスト王国と、隣国のスファグナム王国に挟まれている巨大山脈――スラッグ山脈。

 その目前にある小さな田舎村――ローム村に辿り着いたところで、僕たちは思わぬ足止めを食らっていた。

 ここから先、さらに東に進むには山脈を越える必要がある。

 しかしタイミング悪く、山の方は悪天候に見舞われていて、山越えができない状況となっていた。


「まあ、こればかりは仕方がありませんよね。悪天候の中、無理に山を越えようとするのは危険ですし」


「うん。いくらみんなが強いからって、山中で遭難したら強いも弱いもないからね」


 村の食事処で、昼食を取りながら窓の向こうの山を眺める。

 僕の仲間はみんな、勇者を超えるくらいの逸材たちだ。

 それでもさすがに自然の脅威には敵わない。

 だからここは無理をせず、大人しく天候が回復するのを待っているしかないのである。

 すると、手早くパンとスープのセットを平らげたコスモスが、紙とペンで何かを書きながら、片手間に問いかけてきた。


「あのスラッグ山脈を抜ければ隣国のスファグナム王国に行けるのよね」


「そっ。ていうかここを越えなきゃ東方面に進めないんだよ」


 あの巨大山脈はコンポスト王国と東のスファグナム王国の国境線とも言える。

 だからここを越えなければ東の方に進むことができない。

 天候が良ければそれほど山越えは難しくないようで、交易路として整備された山道も使えるらしい。

 だからまあ大丈夫だろうと甘く見ていたら、まさかタイミング悪く天気が荒れるなんてね。

 人知れず苦笑を浮かべながらパンを齧っていると、難しい顔をしているコスモスがペンを走らせながら、またも片手間に問いかけてきた。


「どれくらいで通れそうになるの?」


「天候が回復するまで、おそらく一週間近くかかるだろうって。下手したらもっとらしいけど」


 このローム村には山の方に詳しい人たちが多く、皆が口を揃えて同じくらいの時間を答えた。

 一週間も足止め。歯痒い限りだが、自然の気まぐれなので致し方ない。

 すると今度はネモフィラさんが、姿勢正しく匙でスープを飲みながら、声を落として尋ねてきた。


「なるべく早く、森王軍の侵域に辿り着いた方が、いいんだよね? 呪葬樹って、どれくらいで復活するの?」


「詳しいことは何もわかってはいないです。奴らの作戦がいつ実行されるのか、ダリアたちも知らなかったみたいですから」


 ただ、そう遠くないうちに、連中は何かしらの動きを見せると思われる。

 馴れ合いが嫌いな魔王軍同士が手を組んだのが何よりの証拠だ。

 だからやはり、一刻も早く森王軍の侵域に向かって、状況を確かめた方がいい。


「早く着けるに、越したことはないってことだね」


「はい。もしかしたら明日にでも、奴らが動き出してもおかしくはないですから」


 ゆえに僕は、窓の向こうの山脈を見つめながら、天気が晴れることを密かに祈った。

 その時、手元でくるくるとペンを弄んでいるコスモスが、何気ない様子で呟いた。


「【流星(メテオ)】で山ごと消し飛ばした方が早いんじゃないかしら」


「冗談に聞こえないからやめて」


 今や山をも消し去る力を持っている人が、軽々しくそんなことを言わないでほしい。

 確かに山ごと消してくれたら、悪天候のこととかで頭を抱えることはなくなるけどさ。


「ていうか、さっきからコスモスは何書いてんの? 『ああでもないこうでもない』って言いながらさ。お絵描きなら宿に帰ってからにしなさい」


「子供扱いしてんじゃないわよ! こんな時にお絵描きなんてするわけないでしょ!」


 じゃあさっきから真剣に何を書いているんだよ。

 話の最中にチラチラと見えて、気になって仕方がなかった。

 するとコスモスは、得意げな顔で鼻を鳴らしながら、卓上の紙を掲げて僕に見せてきた。


「“サイン”の練習に決まってるじゃない。これから私たちは森王軍と霊王軍の企みを阻止して、大英雄として称えられることになるんだから、今のうちから練習しておかないと恥を掻くわよ」


「気が早すぎるでしょ」


 もうサインの練習してるんだ。

 まだこのパーティーで旅に出てから一週間と少ししか経っていないのに?


「あんたたちも今のうちから考えておいた方がいいわよ。突然サインを求められたら、不慣れなへなちょこサインを書くことになるんだから」


「いや、そもそもサインを求められるかもわからないのに、今から練習するのは恥ずかしいでしょ」


 もしこれで誰からもサインを求められなかったら虚しくなるだけだ。

 僕以外の三人だったらサインをねだられる可能性は高いと思うけどね。


「じゃあ、私が代わりに考えといてあげるわよ。“育成師アロゼ”だけだと、ちょっと物足りないわよね……。『冒険者育成の達人、究極育成師アロゼ』とかどうかしら?」


「やめてやめて!」


 そんな珍名で覚えられるくらいだったら自分で考えるから。

『試しに書いてあげるわよ』と、さっそく紙に起こそうとしているコスモスを止めていると、不意にローズが首を傾げた。


「ところで、“ここの道”は通れたりしないんですか?」


「んっ?」


 彼女はこの村でもらった山脈の地図を卓上で開きながら、ある一点を指で示している。

 見るとそこには、山の中を突っ切るように真っ直ぐとした道が書かれていた。

 山を越えるための山道ではなく、どうやら地下に掘られた道のようだ。


「これは……“坑道”かな?」


 おそらく鉱石や資源の採取のために造られた地下道だろう。

 パッと見ただけではわかりづらかったが、坑道はかなり長くて山の反対側まで続いているように見える。


「ここを通れば、悪天候に悩まされることなく、スラッグ山脈を抜けることができるんじゃないんですか?」


「まあ、地下なら天気は関係ないからね」


 もし坑道の通過許可が出れば、天気が悪い今でもスファグナム王国に行くことができる。

 希望の道を見出した僕は、パンの最後の一切れを口に放り込んで、さっそく席を立ち上がろうとした。


「よしっ! それじゃあとりあえず、この坑道に行ってみ……」


 その時……


「そこは通れんよ」


「……?」


 唐突に後ろの席から渋い声が聞こえて、僕は咄嗟に動きを止めた。

 次いで不思議に思いながら振り返る。

 そこには……


「坑道はすでに何十年も前に封鎖されておる。行っても無駄じゃよ」


 顔や腕、体の至るところに傷を付けている、背の曲がったおじいさんが座っていた。

 短い白髪と白髭。それだけでかなりの年が行っているように見える。

 肩にはタオルを掛けており、食事をしている席の端には鍬が置かれているので、おそらく畑仕事の合間の休憩中ではないだろうか。


「え、えっと、どちら様ですか……?」


 唐突に口を挟んできたおじいさんに問いかけると、彼は顎髭を撫でながら答えてくれた。


「ワシはこのローム村で村長をやっておるセージじゃ。すまんな、盗み聞きするつもりはなかったのじゃが、たまたまおぬしらの話が聞こえてきての。坑道に行くような話をしておったじゃろ?」


「は、はい。そこなら天気の悪い今でも、スラッグ山脈を抜けられるんじゃないかなと思いまして……」


 しかしセージさんと名乗ったおじいさんの話によると、坑道は何十年も前に封鎖されてしまったとか。

 それを知らずに僕たちが坑道に向かいそうだったので、無駄足をさせないために声を掛けてくれたようだ。


「あの、坑道が封鎖されているって本当ですか?」


「うむ。だから行っても通れはせんよ。大人しく天気が回復するまで待っておることじゃな」


 うっ、せっかく抜け道を見つけたと思っていたのに。

 坑道を通ることができれば、ここで足止めされることもなく森王軍の侵域に近づくことができたのになぁ。

 大きく肩を落としていると、ローズがセージさんの方を見ながら首を傾げた。


「どうして坑道は封鎖されてしまったのでしょうか?」


 純粋な好奇心、というか疑問を抱いたのだろう。

 スラッグ山脈のことに詳しいこの村の村長さんなら、確かに色々な事情を知っていそうだし。

 その問いかけに対して、セージさんは心なしか声を低くして答えてくれた。


「この辺りのことに疎い旅人たちに教えておいてやろう。スラッグ山脈の坑道は数十年前まで、鉱石や宝石の採掘のために普通に使われておった。しかしやむを得ず廃坑にするしかなかったんじゃ。誰も近づかぬように完全に封じなければ、今頃は多くの“犠牲者”があの坑道で生まれていたじゃろう」


「……?」


 なぜ?

 僕たちが揃って疑問符を浮かべると、セージさんはまるでこちらを怖がらせるかのように、さらに声を低めて続けた。


「あそこには、“化け物”が住んでおるからの」

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