第百二十一話 「雑用係」
「…………ネ、ネモフィラさんが、ついて来てくれるんですか?」
まさか彼女がそう言ってくれるとは思わず、僕は恐る恐る聞き返してしまう。
するとネモフィラさんは、無表情で右手を掲げたまま、静かにこくりと頷いた。
「私なら、たぶん、みんなの足を引っ張らないと思う。魔獣との戦いでも、役に立てると思うよ」
「……」
覇気のない声とは裏腹に、なんとも自信げなことを口にする。
しかし彼女の言葉には説得力があった。
確かに、ネモフィラさんの力は、魔獣討伐においてとても効果的だと思う。
過去に類を見ないほどの脅威的な耐久力を誇る守護職――『姫騎士』。
莫大な頑強の恩恵値によって、あらゆる毒や呪いも無効化してしまう天職。
加えて、彼女に危害を加えたその時点で、罰として恐ろしい呪いまでかけられてしまう。
いわば、触れることすら許されない無敵の守護神なのだ。
障壁魔法による支援もとても心強いし、密かに不安に思っていた防御面の助けにもなってくれるはず。
呪いを得意としている霊王軍を相手にするわけだし、守り役がいてくれたらすごくありがたいんだけど……
「さ、さすがに、ネモフィラさんについて来てもらうわけには……」
「私じゃ、役に立たない?」
「い、いえいえ! 役に立たないどころか、とても心強いですよ! ただ、“お姫様”を危険な目に遭わせるのは、やっぱり忍びないと言いますか……」
たった一人で幾百幾千の兵隊と同じ戦力を有しているネモフィラさん。
これほど頼りになる人物を他に知らないほどだが、彼女は立場的について来てはダメな気がする。
コンポスト王国の第三王女にして、王位継承戦にて次期国王の座を獲得している未来の女王様。
今回の旅について来てもらったとして、もし彼女の身に万が一のことがあったら居た堪れないどころの話ではない。
王族の人たちや国民たちに、いったいどのように顔向けすればいいだろうか。
内心で冷や汗を滲ませていると、そんな僕を気遣うようにネモフィラさんが言った。
「別にこれは、ロゼたちのためだけじゃないよ。私は未来の王様として、みんなを守りたいから」
「みんなを……」
「この国と、国に住んでる人たち。森王軍と霊王軍を野放しにしてたら、みんなが苦しめられちゃうんだよね。だから私は次期国王として、みんなのために戦いたい」
あくまで次代の王様として責務を果たすために、僕たちに協力してくれるらしい。
次いで……
「あとね、これは私のためでもあるの」
「ネモフィラさんの……?」
「だって、相手の中には、霊王軍の魔獣もいるんでしょ? 霊王軍は、クレマチス姉様に呪いを掛けた、絶対に許せない相手だから」
「……ネモフィラ」
そういえばネモフィラさんは、王様になってキクさんの故郷を助けた後で、次は霊王軍をどうにかしたいと言っていた。
使用人のキクさんは貧民窟の出身で、王様としてそこを立て直した後で、クレマチス様の仇である霊王軍をどうにかしたいと。
クレマチス様は健全な様子ながら、魔獣の呪いによって天命を削られていて、実は残り僅かの寿命となっている。
そのことは自分の落ち度だから気にしなくていいとクレマチス様は言っているみたいだが、いまだにネモフィラさんのその意思は固いようだった。
「いつか、自分の手で霊王軍を倒したいって思ってた。だからこれは、私にとって、すごくいい機会なの。私を連れてって、ロゼ」
「……」
真っ直ぐな気持ちをぶつけられて、僕は激しく心を打たれる。
次期国王として民を守りたい、というだけではなく、敬愛する姉のクレマチス様のためにネモフィラさんは戦いたいと思っているようだ。
彼女もまた、僕たちと同じように、魔王軍と戦う理由を持った戦士の一人。
改めてそれがわかり、僕は意を決してクレマチス様の方を振り向いた。
「妹さんの手、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「別に私に断る必要はないさ。というかむしろ、こちらからお願いしたいところだよ。ネモフィラは君たちと過ごした修練の日々を、今でも嬉しそうに語ってくれる。そんな君たちと、また同じ時を過ごせる機会が訪れたのだ。是非とも妹を、今回の旅に連れて行ってくれ」
ネモフィラさんの実力を承知しているクレマチス様は、もとより不安なんか微塵も感じていなさそうだった。
もう彼女は、前のように臆病で病弱な守るべき存在ではないから。
僕は今一度ネモフィラさんの方に向き直り、僕の方から頭を下げた。
「では、こちらこそよろしくお願いします。一緒に森王軍と霊王軍の計画を止めて、みんなを守りましょう」
「うん」
新たに僕たちは、姫騎士ネモフィラさんを旅の仲間に加えることができた。
「とっても心強い味方が増えてよかったですね!」
「なんだかちゃんとしたパーティーっぽい感じになったじゃない」
ローズとコスモスも嬉しそうにしている。
確かにこれで、改めてパーティーらしさみたいなものが出てきたように思える。
みんなそれぞれが自分の役割を持っていて、魔獣との戦闘では個々を補い合える編成になっている。
ローズが近接戦で相手を圧倒して、コスモスが遠距離の敵を狙い撃ち、ネモフィラさんが戦闘の要の二人を堅実に守る。
まさに理想的なパーティーが完成して、僕は内心で胸を熱くさせた。
「んっ……?」
そのとき僕は、ふと微かな疑問を抱いて、仲間たちを順に見ていく。
戦乙女ローズ。星屑師コスモス。姫騎士ネモフィラ。
改めて見ても豪華な顔ぶれだ。
それぞれが百人力どころか千人力とも言える規格外の力を秘めている。
たった一人で一国を落とせるやもしれない、とんでもない逸材たち。
だからこそ僕は、そんな三人を前にして、思わず首を傾げてしまった。
「…………これ、僕いる?」
あまりに過剰すぎる戦力に、僕は自分の存在意義を見失いそうになってしまった。
僕、果たしてやることあるんだろうか?
後ろで見守っているだけで戦いが終わっちゃいそうな、そんな悪い予感が脳裏をよぎった。
…………とりあえず雑用は頑張ります。