第百二十話 「準備万端」
まず最初の行き先は、王都チェルノーゼム。
ダリアたちから聞いた話を王城に伝えるために、僕たちは王都に向かうことにした。
まだ森王軍と霊王軍の計画が確かなものだと明らかにはなっていないが、一応報告しておくべきだろうと思った次第である。
そして王都に向かう馬車の中で、僕はコスモスにスイセンのことを話した。
「へぇ、本当にあいつに天職が覚醒するなんてねぇ。じゃあダンデライオンの英雄譚は、やっぱり事実に基づいた物語だったってことかしら?」
「うん、そういうことになると思う。覚醒した天職も物凄い力を秘めてたし、とんでもない逸材だったよ」
相手の心を巧みに操り、完璧に服従させてしまう『魅惑師』。
天職が覚醒したその段階で、複数の冒険者を一網打尽にできるほどの力を宿していた。
「じゃあ、スイセンも今回の旅に誘えばよかったんじゃないの? どうせ暇でしょあいつ?」
「き、決めつけてやるなよ。アリウムさんへの告白だって上手くいったわけだし、これから色々と忙しくなるはずだよ」
アリウムさんだって、『私との恋愛はとても足早になるぞ』って言っていたことだし。
今頃はデートの予定で一杯一杯になっているのではないだろうか。
「それに、強くなったって言っても、スイセンはまだ天職を覚醒させたばかりだからさ。経験不足で力の使い方もわかってないだろうし、今回の旅について来てもらうのはさすがに危険かなって……」
「まあ、妥当な判断ね。ハマれば心強い戦力になったでしょうけど」
相手の心を掌握することができれば、如何様にも命令を下すことができる力。
高位の魔獣ほど知性が高く、自我も相応に強いものになっているので、スイセンの能力は今回の旅で大いに役立ったことだろう。
しかし万が一ということもあるので、今回は誘うのをやめておいた。
「……あのぉ、先ほどからどちら様の話をしているんですか?」
「んっ?」
不意に右隣から袖を引っ張られて、そちらに目を向けてみる。
するとローズが不機嫌そうに頬を膨らませながら、ジトッとした眼で僕を見ていた。
「私だけ仲間外れにしないでくださいよ」
「ご、ごめん」
そういえばローズは何も知らなかったね。
改めてローズにもスイセンのことを話しながら、王都に到着するまでの時間を有効的に使ったのだった。
馬車を乗り継いで、四日ほどで王都に到着した。
以前に来た時から、あまり期間は空いていないはずなのだが、なんだか妙な懐かしさを感じてしまう。
そんな気持ちを抱きながら王城へと向かうと、守衛さんにはすっかり顔を覚えられていたみたいで、すぐにネモフィラさんを呼びに行ってくれた。
顔が通行証代わりのような感じがして、自分が王族にでもなったような気分である。
能天気にもそんなことを考えていると、たったの三分ほどで王城の方から背の高い女性が駆けつけて来てくれた。
鮮やかな青色の髪を肩で切り揃えていて、前髪の隙間から青い瞳を覗かせている美女。
以前までは感情の色を窺わせない顔が印象的だったが、今はほのかな笑みをその頬にたたえている。
「ロゼ、お待たせ」
「お久しぶりです、ネモフィラさん」
彼女の隣にはキクさんもいて、僕たちは久々に再会を果たしたのだった。
ネモフィラさんとキクさん、二人とも元気そうで何よりである。
「突然押しかけてしまってごめんなさい」
「ううん、全然いいよ。今日はどうしたの?」
ネモフィラさんのそわそわしている様子からして、どうやら遊びに来たのだと思ってくれているらしい。
しかし今回の目的はまた別にある。
僕は辺りを一度見渡してから、声を落として告げた。
「魔王軍のことで、王様たちの耳に入れておきたいことがありまして」
「魔王、軍……?」
ネモフィラさんが一瞬残念そうに肩を落として、直後に真面目な様子で表情を引き締める。
そして色々と察してくれたのか、すぐに客室まで招き入れてもらえることになった。
そこで少し待っていると、ネモフィラさんの姉であるクレマチス様がやって来る。
現在、カプシーヌ国王は多忙の身で、時間を作れないらしい。
そのため話はクレマチス様に聞いてもらうことになり、あとで王様に伝えてくれることになった。
まあ、一度クレマチス様に話を聞いてもらって、王様への報告が必要なものかどうか判断してもらうことにしよう。
彼女とも久々の挨拶を終えると、僕はさっそく例の話をした。
「森王軍と霊王軍が、結託だと……! 東の方ではそんなことが起きていたのか……」
同じく話を聞いていたネモフィラさんも驚いたように目を丸くしている。
「まだ事実かどうかは確証を得られていませんけど、とりあえず王城にはこのことを報告しておくべきかと思いまして」
「あぁ、非常に助かるよ。確かにこれは大問題だからな。『呪葬樹の苗木』か……。まさか奴らがそんな危険なものを持ち出してくるとは」
クレマチス様は紫色の髪を掻きながら顔をしかめている。
少しの間、何かを考えるように眉を寄せていたが、やがて得心したように頷いた。
「その話が事実かどうかは、まだ判断ができないところだが、父には私から伝えておくとしよう。一応、国民たちの混乱を招かぬよう、それ以外への他言はしないようにしておく」
「よろしくお願いします」
というわけで、カプシーヌ国王には後で伝えてもらうことになった。
これで万が一の時の対策を考えておいてもらえるだろう。
もちろん僕たちで奴らの計画を止めるつもりだけど、もし失敗した際は王様たちが何か手を打ってくれるに違いない。
「それにしても、君が勇者パーティーの元メンバーだったとはな。言われてみれば育成師アロゼと共通する部分は多くある。どうして今まで気が付かなかったのだろうな」
「そ、それは純粋に、育成師アロゼの影が薄いからかと……」
他のメンバーたちに比べたら地味だもんなぁ。
だから気が付かなかったとしても無理はない。
「それで、弱体化した勇者の代わりに、君たちが森王軍と霊王軍の企てを止めようということだな」
「ダリアたちの代わり、と言うよりかは、自分たちのためって感じですけどね」
他の魔王軍の情報を引き出すため、霊王軍に仕返しをするため、大好きな町を守るため。
僕たちはその思いを胸に、今回旅立つことを決意したのだ。
だからこの際、ダリアたちのことは関係ないとも言い切れる。
「呪葬樹の苗木が成熟してしまえば、このコンポスト王国にも甚大な被害が出る。この件は君たちだけの問題ではなく、すでに国の問題だ。まだ確証を得られていない分、充分な助力はできないと思うが、こちらからもいくらか兵を寄越そうか?」
「い、いえ、そこまでしてもらうわけには……。勇者ダリアたちが持って来た情報が確かなものなのか、今回はそれを確認しに行くような旅ですし」
で、もしそれが事実で、奴らの計画を止められそうなら、ついでに止めちゃおうかな……くらいの気構えなのである。
だから国から兵を寄越してもらうのはなんだか気が引ける。
クレマチス様は何か手助けをしたいという顔をしてくれているけれど、こちらは大人数での行動も慣れていないし。
「まあ、奴らの侵域に攻め込むのなら、中途半端な戦力はむしろ逆効果になるか。長期の旅なら少数精鋭が適しているだろうし、それに君たちと肩を並べられるほどの兵など、残念だがうちには見当たらないからな」
「……主に僕の隣にいる二人が、規格外なだけって感じですけどね」
すでにローズとコスモスの強さを理解しているクレマチス様は、『ハハハッ!』と豪快な笑い声を響かせた。
本当に笑ってしまうくらいの力を持っているので、僕も二人の足手まといになってしまわないか今から心配に思っているくらいだ。
なんか勇者パーティーにいた時も、こうして格上の仲間たちに食らいつこうとしていたように思う。
しかも今回は勇者ダリア以上の化け物二人……
「だからこの二人がいれば、おそらく戦力的には充分だと思います。心強い味方は多いに越したことはないですけど、二人の足を引っ張らないくらい強い人なんてそうそういませんから」
僕もクレマチス様に同調して、『あはは』と笑い声をこぼす。
今からどうやって二人の足を引っ張らないようにするか、真面目にそんなことを考えていると……
思わぬところから声が上がった。
「なら、私がロゼたちについていく」
「「「えっ……」」」
振り返ると、ずっと傍らで話を聞いていたネモフィラさんが、控えめに右手を上げていた。