第十二話 「才能の芽吹き」
昇級試験を受けると決めてから五日が経過。
くだんの試験が明後日に迫る中……
僕とローズは冷や汗を滲ませていた。
【天職】見習い戦士
【レベル】9
【スキル】
【魔法】
【恩恵】筋力:E140 敏捷:F90 頑強:E125 魔力:F22 聖力:F22
「レ、レベルが全然上がりません……」
「だ、だね」
フリージアに対してあれだけ調子のいいことを言ったのに、あの日からたったの二つしかレベルを上げられていない。
修行開始初日は、一日で四つも上げることができたというのに。
昇級試験が間もなく迫ってきて、僕たちの焦りは限界まで達していた。
「ど、どうして私のレベル、こんなに上がりづらくなっているんでしょうか?」
「えっと、それは……」
わからない。
本当にどうしてローズの成長が遅いのか、理由がまったくはっきりしていないのだ。
別にこの五日間、討伐をサボっていたわけではない。
むしろ魔獣の討伐数は日に日に増しているくらいだ。
しかしそれでもレベルは次第に上がりづらくなっている。
五日前に一つ上がって“レベル8”に、そして三日前に一つ上がってようやく“レベル9”に到達できた。
それからというもの、森の魔獣をいくら倒してもレベルがまったく上がらない。
まるでレベル10の手前に分厚い壁が存在しているかのように。
育成師の応援スキルも効果を発揮しているはずなのだが、どうしてこんなに成長が滞ってしまっているのだろう?
それにいまだにスキルや魔法も発現していないし、本当になんなんだこの天職?
「討伐する魔獣を変えた方がいいんでしょうか? もうこの森の魔獣の大半とは戦ったことがありますし、初討伐神素ももらえないと思うので……」
「……」
討伐対象の変更。
それは僕も考えたけれど、正直あまり現実的ではない。
初討伐神素は確かに飛躍的な成長に繋がる。でもこの辺りの魔獣で手頃な種族がいないというのが現実だ。
今のローズの実力で安全に討伐が可能で、かつ弱すぎず神素取得量が多い程々の魔獣。
そんな都合のいい魔獣は僕の記憶では存在していない。
「…………いや」
いないこともない、かもしれない。
でも仮にあの魔獣を討伐するとしたら、かなり面倒な問題とぶつかることになるんだよなぁ。
正直それは避けたいところだけど……
「ロゼさんにお力を貸してもらっているのに、どうして私……」
「……」
……いいや、この際しのごの言っていられない。
ローズが成長できる可能性があるなら、少しくらいの面倒ごとには付き合ってやろうじゃないか。
ある程度成長するまでは面倒を見ると約束したし。
フリージアとの約束もあるわけだから。
僕は意を決してローズに提案した。
「よし、ちょっと危ないかもしれないけど、ローズの言った通り別の魔獣を狙ってみようか」
「別の魔獣? それってどんな魔獣ですか?」
「とりあえず進みながら説明するよ」
僕とローズは森の奥を目指して足を進めていく。
やがて木の枝先に生えている木の葉の色が、緑から黄色っぽくなり始めてきた辺りで、ローズが不安げに言った。
「あ、あの、黄葉付きの木の向こうには行かないようにって、ギルドで教わっているんですけど……」
「そうだよ。この先は森の奥地で、駆け出し冒険者が手に負えないような魔獣が多いから、なるべく近づかないようにって言われてるんだよ」
「じゃ、じゃあどうして……」
僕は笑みを浮かべて答えた。
「この先に目標の魔獣が潜んでるから」
「えっ?」
「確かに森の奥には、駆け出し冒険者が敵わない魔獣が多いけど、しっかり対処ができれば討伐可能な魔獣も少なからずいるんだ。中でも今から倒しに行く帝蟻は、難しい対処が必要なくて神素取得量も段違いに多いから、ローズの成長の糧になってくれるはずだよ」
「そ、そんな魔獣がいるんですか?」
巨大な蟻の姿をした魔獣――帝蟻。
森の奥地にある洞窟の中に隠れ住んでいて、人間や自分よりも弱い魔獣を好んで食している。
昔はよく森の奥に行った駆け出し冒険者が攫われて犠牲になるという報告を聞いたけれど、今ではしっかりギルド内で指導が入っているようで、被害はほとんど出ていないらしい。
ただ何も知らない一般人が森の奥に立ち入って被害に遭うことも多く、今でも討伐推奨の魔獣に指定されている。
今回僕たちが狙うのはそんな魔獣だ。
二時間ほど森の奥を目指して進んでいると、僕たちはくだんの帝蟻の巣の前に辿り着いた。
森の木々に身を隠している大岩が、中央に穴を開けて洞窟のようになっている。
近くの茂みからその穴を注視しながら、突入前に対処方法を伝えておく。
「帝蟻は基本的に力強い大顎と下腹部からの酸液で攻撃してくる。一撃一撃はかなり殺傷性が高いけど、よく見てれば躱すのは簡単なはずだよ」
「よく見ていれば……」
復唱するローズを待ってから、さらに僕は続ける。
「あとは頑丈な体にも注意が必要で、たぶん武器強化の支援魔法を掛けても剣で斬れないと思う。ただ一点、関節部分が柔らかいっていう特徴があるから、攻撃する時はそこを狙うと戦いやすくなるよ」
「関節部分……」
なんだか長々と説明すると頭に入らなそうだったので、手短にまとめることにした。
「よく見て回避! 関節部に攻撃! この二つを徹底すれば今のローズでも充分に倒せる相手だよ。もしローズが平気そうなら、帝蟻に挑みたいって思うんだけど」
「は、はい。私は大丈夫です」
ローズは力強い頷きを返してくれた。
気合充分なその様子を見て安心し、最後に僕は最も大事なことを伝えておく。
「それからもう一つだけ言っておくことがあるんだけど……」
「な、なんでしょうか?」
「たぶん戦いが始まったら、巣のあちこちから兵蟻っていう魔獣が出てくると思う。帝蟻を守る役割の魔獣なんだけど、それは全部僕が相手をするから、君は自分の相手だけに集中してね」
「……わ、わかりました」
僕自身も気合を入れなければならないと思い、両手で自分の頬をパチッと叩いた。
その後、右手を僕に、左手をローズにかざして唱える。
「【視覚強化】」
支援魔法による視覚強化。
これで松明などがなくても、暗いところを見通すことができる。
それと水中や悪天候の中でも明瞭な視界を保つことができるので、意外と有効的な場面が多い魔法である。
“おぉ”と新鮮そうな反応を見せるローズと共に、僕は洞窟の中へと入っていった。
中は大岩を削って作られたような洞窟そのものだった。
基本的には曲がりくねった一本道だが、地面の土にはいくつか盛り上がっている部分があり、所々でデコボコしている。
そんな道を慎重に進んでいると、やがて道の先に開けた場所が見えてきた。
「ローズ」
僕はローズに一層慎重に進むように促して、広場の様子が窺えるぎりぎりのところで身を屈めた。
広場の中心では、巣の外で捕らえてきたと思われる火鹿を、巨大な蟻が捕食していた。
生々しいその光景に、ローズは思わず“うっ”と顔をしかめる。
捕食されているのが人間じゃなくてよかった、なんて思いながら、僕は声を落としてローズに話しかけた。
「あれがこの巣の主の帝蟻だよ。僕が一緒に広場に突っ込むから、ローズは躊躇わずにあいつに斬りかかっていって」
「は、はい。やってみます」
実際に魔獣を見てもらってから、挑むかどうか決めようと思っていたけど。
ローズの様子を見るに、怯えて動けなくなってしまうということはなさそうである。
さらに僕はローズを元気付けるかのように、彼女に掛けられるだけの支援魔法を施した。
自分にも最低限の魔法を使って準備を整えて、いよいよ僕たちは帝蟻討伐を開始する。
「よし、行こう!」
その掛け声を合図に、僕たちは同時に広場に飛び込んだ。