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第百十九話 「武器集め」


 コスモスを仲間に加えて、夕ご飯を食べ終わった後。

 暗くなった空の下、食堂の前でコスモスが聞いてきた。


「で、この後はどうするのよ?」


 その問いかけに同調したように、ローズも首を傾げて聞いてくる。


「今度こそ王都チェルノーゼムに出発ですか? 今のこの状況を王都の人に伝えなければいけませんから」


「そういえば、私のところに来る前はそんな話になってたらしいわね。じゃあさっそく王都行きの馬車でも探しましょうよ」


 ローズとコスモスがそう言い合っている中、僕は心苦しい思いでかぶりを振った。


「ううん、その前に工業区の“工房”に行こう。この時間ならまだ空いてると思うし」


「工房、ですか……?」


「そこに何か用でもあるの?」


 と言った二人は、直後にハッと息を飲む。

 どうやらローズとコスモスも、とても重要なことを思い出したようだ。


「ほらっ、そろそろ“あれ”ができてるかもしれないでしょ。今回の旅にすごく役立つだろうし、ちょっと見に行ってみようよ」


 その提案に二人は同意してくれて、僕たちは次に工業区の工房に向かうことにした。




 街灯に照らされた通りを歩き、程なくして工業区に到着する。

 時間的に閉じている施設が多い中、ここではいまだに金槌の音と火花による光で賑わいを見せていた。

 そして僕たちは、数多くある工房に目移りはせず、目的の工房を目指して足を止めず進んでいく。

 やがて目当ての工房に辿り着くと、ちょうどその時……


「あっ……」


 一息入れるために外の空気を吸いに来たのか、一人の人物が工房から出て来た。

 だぼっとした作業着とすすけたエプロンを着て、首元のタオルで額の汗を拭っている、亜麻色の髪の少女――

 いや、少女ではなく少年。

 向こうもこちらに気が付いて、淡褐色の瞳を大きく見開いた。


「ロゼ!」


「久しぶり、フラン」


 田舎村で麦畑の手伝いをしていそうな、大人しげな印象の少女……

 に見えるこの少年は、以前に僕が成長の手助けをした鍛治師フラックス・ランだ。

 職人らしい格好とは打って変わって、女の子のような華奢な体躯と愛らしい顔をしている。

 フランは僕の他にローズとコスモスがいることにも気が付いて、“あっ”と思い出すかのように声を漏らした。


「もしかして、ローズとコスモスの……?」


「そそっ。フランに頼んでた“武器”、もうそろそろ出来上がるかなぁって思ってさ」


 フランの成長の手助けをする代わりに、育て屋の看板と二人の武器を作ってもらうことを約束していたのだ。

 あれから数週間も経っているし、そろそろ完成しているかなと期待して工房にやって来た次第である。

 もし完成していなくても、あと一日や二日で出来上がるなら、それを待ってから旅立った方がいいからね。

 と、思って来てみたら、嬉しい誤算が発生した。


「実は、もう出来てるんだ」


「「「えっ!?」」」


「ご、ごめんね。ちょうど三日前に完成はしたんだけど、最近忙しくて、届けに行く暇もなくて……」


 フランは再び額の汗を拭って、疲れた色を見せる。

 確かに、少しだけ痩せたように見える。

 元から細いフランが、さらに痩せてしまうくらいに、最近は忙しい思いをしているようだ。

 つい少し前まで見習い鍛治師だったフランからしたら、嬉しい悲鳴なんだろうけど。

 そんな中でもローズとコスモスの武器をきちんと仕上げてくれたみたいで、フランには頭が上がらない。


「い、今持って来るから、ここでちょっと待ってて!」


 そう言ってフランが工房に駆け戻ろうとすると……

 ちょうどその時、中からまた一人の人物が出て来た。


「アタイが代わりに取って来てやるよ」


「キ、キキョウさん?」


「久しぶりに友達と会ったんだろ? ならせっかくだからここで話してな」


 青色の長髪を靡かせる、凛々しい顔つきの美しい女性。

 現工房長のキキョウ・アンヴィルさんだ。

 誰よりも早くフランの才能を見抜いて、工房に引き入れた先見の才を持つ天才鍛治師。

 キキョウさんは気を利かせてくれて、フランの代わりに出来上がった武器を取りに行ってくれた。

 その間、せっかくなのでフランと話をさせてもらう。


「工房の調子がいいみたいでよかったよ」


「うん、ボクの神器の評判もよくて、今は依頼の数がすごいんだ。これも全部ロゼのおかげだよ」


 僕のおかげ、という気は正直あんまりしない。

 フランの才能の凄さと、あの競売会での出来事があったから名前が知れ渡ったのだと思う。

 よもや無名の鍛治師のデビュー作に、歴代最高額の1500万フローラなんて値が付くなんて、いったい誰が予想できたことだろう。

 ともあれあの衝撃的なデビューがあったおかげで、鍛治師フランの名前は世に広まったのだと僕は思っている。


「ところで、三人揃って武器を取りに来たってことは、何か大掛かりな冒険者依頼でも受けたのかな?」


 フランからの鋭い問いかけに、僕は一瞬だけ逡巡する。

 隣にいるローズとコスモスも、なんだか複雑そうな顔で僕のことを見てきた。

 フランの考察通り、僕たちはこれから重要な旅に向かう予定だ。

 ただそれは下手に風聴してしまうと、いらぬ騒ぎを起こす原因になってしまう。

 まだ不確かなことも多くあるので、ここは心苦しいけれど隠しておくことにしよう。


「まあ、そんなところかな。ちょっと遠くの方まで足を伸ばさなくちゃいけなくて、強い魔獣もたくさんいるみたいだから、強力な武器が必要だったんだよ」


「じゃあ、それに間に合ってよかったよ。二人の才能に負けないような、強い武器を作ろうと思って槌を振ったから、喜んでもらえるといいな」


 フランがそう言ったタイミングで、ちょうどキキョウさんが工房の入口に帰って来た。

 その手には、一本の直剣と、一本の杖が握られている。


「待たせたね。フランの打った武器、持って来たよ」


 剣と杖、その両方とも、言葉を失ってしまうような美しさがあった。

 直剣は、緑色の柄の先に、鮮やかな真紅の刀身を輝かせている。

 赤い刃には一切の淀みもなく、武器としての凄まじい完成度を物語っていた。

 杖は、黒色の柄の先に、薄紅色の花のような装飾が施されている。

 柄の部分が花を支える花柄のようになっており、全体を通して一輪の花のように見える美しい杖になっていた。

 思わずその二本の武器に見惚れていると、キキョウさんからそれを受け取ったフランが、唐突に呟いた。


「【天啓を示せ】」


 瞬間、武器の近くに二枚の羊皮紙のような紙が現れる。

 フランはそれを掴み取ると、僕たちに見せるように開いて渡して来た。


【名前】神血(かんけつ)聖剣(せいけん)

【レベル】15

【攻撃力】200

【スキル】不変

【耐久値】350/350


【名前】星樹(せいじゅ)黒杖(くろづえ)

【レベル】10

【魔法力】150

【スキル】月光浴

【耐久値】300/300


 これはもしかして、この神器の天啓……?

 当たり前のように神器の天啓を出すフランを見て、僕は口をぽかんと開けた。


「も、もしかして、神器の天啓出せるようになったの?」


「うん。神器強化のために魔獣と戦ってたら、『鑑定』っていうスキルが目覚めたんだ。これで神器の天啓を取り出せるようになったんだよ」


 神器を打つ力はあっても、それを調べる術は持ち合わせていなかった。

 だからフランは自分の打った武器を、特別な神器だと認識することができず、長年苦しむ羽目になったのだ。

 今後もその問題には悩まされるだろうと思っていたのだが、それがまさか『神器匠』として成長することで克服してしまうなんて。

 ともあれ見せてもらった天啓を見るに、この二本の神器はかなりの性能を有しているみたいだ。


「剣の方はボクが鍛え上げたから、レベルも“15”まで上げることはできたよ。でも杖の方は魔法が使える人じゃなきゃ鍛えられなかったから、別の人に任せたんだ」


「だから杖の方のレベルは“10”なんだ」


「うん。一応これでも、充分に実用的な武器になってると思うよ。本当だったら完璧に完成させてから渡したかったけど……」


 申し訳なさそうにするフランに対して、ローズとコスモスがかぶりを振った。


「いえ、とても素晴らしい武器だと思います」


「そうね。ここまで鍛えてくれただけでも充分よ。あとは自分たちで成長させるから」


「……そ、そっか」


 フランは胸を撫で下ろすように、ほっと安堵の息をこぼした。

 確かにこれでも充分に強力な武器だ。

 あとはこの二人が魔獣討伐をするにつれて、自然と神器のレベルも上がっていくことだろう。

 その後、神器に宿っているスキルの説明を軽くしてもらってから、ローズとコスモスは改めて剣と杖を受け取った。


「スキルの説明は、これくらいで大丈夫そうかな? あとは実際に使ってみてもらった方が早いと思うから」


「そうですね、さっそく今回の旅でたくさん使わせていただこうと思います」


「これならまったく壊れる心配もないものね」


 店売りの武器の耐久力に不満があった二人には、とてもぴったりの性能をしていると思う。

 これならローズとコスモスの才能を埋もれさせることなく、むしろより強大な力を発揮させてくれるに違いない。

 新しい武器にわくわくしているのか、二人はニマニマとした笑みを隠し切れていない。

 そんな二人を横目に見ながら、僕は今一度フランにお礼を言った。


「二人の武器を作ってくれてありがとう、フラン。文句なしの完璧な仕上がりだよ」


「ううん。ボクもみんなの役に立てて、すごく嬉しいよ」


 満面の笑みを浮かべるフランを、キキョウさんが傍らから微笑ましく見守っている。

 僕は再び二人が受け取った神器を見てから、今になって変な遠慮を覚えてしまった。


「それにしても、本当にこんなにすごい武器、もらっちゃってもいいのかな? 二本合わせたら、城とか建っちゃう値段になるんじゃ……」


 フランの成長の手助けをしただけで、見返りがあまりにも大きすぎる気がする。

 という今さらの申し訳なさを感じていると、それは杞憂に過ぎなかった。


「ボクをここまで成長させてくれたお礼だから、是非とも受け取ってよ。そもそもロゼがいなかったらこの神器だって完成してなかったんだし、これはロゼが作ったものとも言えるんじゃないかな?」


「そ、そう……?」


 僕が成長させたフラン。

 そんなフランが作った武器。

 だから僕が作った武器とも言えるってこと? なんかよくわからなくなってきたな。

 ただまあ、フランがそう言うのなら、ありがたく受け取っておくことにしよう。

 最後にフランは、僕たち一人一人に目を向けて、胸の前で両拳を握った。


「三人なら心配はいらないと思うけど……依頼、気を付けて行って来てね」


「うん、ありがとうフラン」


「フランさんも、鍛治の依頼頑張ってください」


「また工房に顔見せに来てあげるわよ」


 そして僕たちは互いに手を振り合って、短い再会を終わらせたのだった。

 僕もいつか、フランに手製の武器を作ってもらおうかな。

 ローズとコスモスが武器をもらってるところを見ていたら、なんか僕も欲しくなってきちゃったし。

 その時はどれだけの依頼料になるのか、考えるだけで今から背筋が凍えてしまうけれど。

 ともあれこうして僕たちは、仲間集めに続いて、武器集めの方もつつがなく終了させた。


 そしていよいよ、はじまりの町を飛び出して、旅が始まる。

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