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第百十七話 「旅支度」


 ダリアたちが去った後。

 静けさを取り戻した育て屋で、僕とローズは改めて腰を落ち着けることにした。

 話の整理と今後のことを相談するために、一度お茶を入れてひと心地つく。


「なんかごめんね。色々と巻き込んじゃって」


 今一度今回のことに巻き込んでしまったことを謝罪すると、対面のローズは大切そうにお茶カップを持ちながら微笑んだ。


「いえ、気にしないでください。私自身、霊王軍に仕返しできるいい機会をいただけたので、ちょうどよかったと思っていますよ」


「……そう言ってもらえると助かるよ」


 本当にローズが来てくれてよかったと思う。

 たぶんあのまま僕一人だけでダリアたちと話していても、埒が明かなかったと思うから。

 ローズの圧倒的な実力を目の当たりにさせたことで、奴らはようやく手を引いてくれたのだ。

 結果的に森王軍と霊王軍を僕たちで倒すことになってしまったけれど、この国の危機なら結局は戦うことになっていただろうし。


「ところで、うちに何か用でもあったの?」


 遅まきながら、僕はローズが訪問して来た理由を尋ねる。

 すると彼女は懐から巾着袋を取り出して、それをこちらに差し出してきた。


「またお金を返しに来ました。立て替えていただいた解呪費、まだ返し終わっていないので」


「あっ、毎度どうも。……って、今回は随分多くない?」


「三級冒険者になったことで色んな依頼を受けられるようになって、近頃はすごく余裕が出てきましたので」


 そういえばローズは三級に昇級したんだった。

 三級から一流とも言われているくらいなので、受けられる依頼の幅も相当広がったはず。

 僕としてはゆっくり返してもらってもいいのだけど、余裕が出てきたのはいいことだ。


「それで、これからどうしますか?」


 改めてローズから問われた僕は、腕を組んで考え込む。

『魔王軍は僕たちが代わりに倒すから』と宣言してしまったし、この国に危機が迫っているのも事実だ。

 だから早急に森王軍と霊王軍を倒す手段を……奴らの計画を阻止する手段を考えなくてはならない。

 そうしなければ大陸全土の人類が呪いに冒されることになってしまうから。

 でも……


「うーん、何から始めたもんかなぁ」


 色々と漠然としすぎていて、どう動き出したらいいか迷ってしまう。

 僕たち、何から始めたらいいんだろうか?


「さっそく今から森王軍倒しに行きますか?」


「いや、そんなぶらり散歩気分で行けないでしょ」


 今から買い物行きますか? くらいの気軽さで聞いてこないでほしい。

 ローズほどの実力者からしたらそれくらい気楽なことなんだろうけど。


「森王軍の侵域に攻め込むなら、色々と準備が必要になると思う。そもそもこの状況を王家に報告しておく必要があると思うんだ」


「そうですね。今のところ森王軍と霊王軍の実情を知っているのは、東側の一部の人たちだけみたいですし」


 実際にどこまでが事実なのか、東側の人間も完璧に把握できていないから、下手に情報を流せずにいるのだろう。

 ダリアたちの話も本当のことかはわからないし、不用意に広めればいらぬ混乱を招くことになる。

 ただ、東の勇者ダリアが霊王軍の幹部から呪いを受けて、弱体化させられたのは事実だ。

 森王軍と霊王軍が手を組んで、東の侵域でよからぬことを企んでいるのは間違いないだろうから、それだけでも王家に伝えておいた方がいいと思う。

 幸い僕たちには王家との繋がりもあるし。


「では、まず目指すは王都チェルノーゼムですね!」


「…………いや」


 意気揚々と宣言してくれたローズには申し訳ないが、その前にいくつかやりたいことがある。


「ひとまずはギルドに行こっか」


「ギルド、ですか……?」


「うん。そこでちょっと“人探し”をしたいからさ」


 なぜこのタイミングで人探し? と言わんばかりにローズが首を傾げたので、僕は理由を話した。


「ローズ一人だけでも相当な戦力だとは思うけど、“心強い味方”は多いに越したことはないでしょ?」


「心強い、味方……」


 そこでローズも気が付いたようで、ハッと目を見開いた。


「もしかして、“コスモスさん”をお誘いするんですか?」


「そっ。コスモスならものすごい戦力になってくれるし、魔獣討伐の経験も充分だと思うからね。協力してくれないか聞いてみようと思うんだ」


 正直、ローズの力だけあれば充分のように思えるけれど、僕としてはもう一つ戦力を足したいと思っている。

 そして僕が知る限りで、魔王軍との戦いにとても有効的だと思える人物が、星屑師コスモスだ。

 彼女もローズと同様、規格外の力をその身に宿している。

 現代最強の魔術師としても噂されている賢者グリシーヌを差し置いて、瞬間魔力値1200超過(オーバー)を叩き出すとんでもない魔法使いだから。


「コスモスはまだ四級冒険者で、ヒューマスの町で活動継続中だし、たぶんギルドに行けば会えるんじゃないかな」


「では、まずは仲間集めのために、ギルドに向かうというわけですね」


 頷きを返すと、ローズは意気込むようにしてお茶を飲み干した。

 僕も同様にカップを呷ると、二人して手早く出掛ける準備を整える。

 にしても、突然こんなことになるなんてまったく思わなかったなぁ。

 なんでいきなり魔王軍討伐に行くことになったのだろうか?

 勇者ダリアの突然の訪問によって、とんでもない事態になってしまったものだ。




 コスモスを戦力に加えるべく、僕とローズはギルドに向かうことにした。

 自宅を出発してから程なくして、西区のギルドに辿り着く。

 時間的には夕暮れ前なので、ちょうど冒険から帰って来た冒険者たちでごった返していた。

 ただでさえ体の小さなコスモスを、この集団の中から見つけ出すのはなかなかに至難だろう。

 それでも僕とローズは目と脚を懸命に使い、コスモスがギルドにいないことを確認したのだった。


「もう今日の依頼を終わらせて、宿に帰っちゃったのかな?」


「コスモスさんが普段泊まっている宿屋とか、ロゼさんはご存知ないんですか?」


「そういうのは聞いてないなぁ」


 確かコスモスは西区の宿屋を転々としていると聞いたことがある。

 そしてたまに東区の方にある宿にも泊まりに行くとのことで、勘だけを頼りに探すのは無謀だろう。

 なるべく早めに王都チェルノーゼムに向けて出発したいところなので、手早くコスモスを見つけたいところだ。

 ギルドの掲示板でも使って呼び出してみようか。

 なんて考えていると……


「およ、ロゼ君じゃん?」


「んっ?」


 どこからか、聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。

 声のした方を振り返ると、ギルドの隅っこの方に見知った人物を発見する。

 壁に背中を預けながら、小さな水筒を片手にしている、ギルドの制服に身を包んだ茶髪の女性。


「あっ、テラさん」


「なんか久しぶりだね、ロゼ君。ローズちゃんは三日ぶりくらいだけど」


「こんにちはです、テラさん」


 ギルド受付嬢のテラ・ブルーヌさんがいた。

 確かになんだか久しぶりに会った気がする。

 ちょこちょこギルドには顔を出してはいたのだが、なんだかんだ依頼の受付は毎回違う係の人が担当してくれていたから。

 こうして話すのはいつ振りになるだろう?


「今日はどうしたの? 依頼でも受けに来たとか? なら私、今ちょうど休憩だし、担当してあげよっか?」


「あっ、いえ。今日は依頼を受けに来たんじゃなくて、少し人探しを……」


 と、言いかけた僕は、そこでふと思いつく。


「そうだ、テラさんにお尋ねしたいことがあるんですけど」


「んっ? なになに、そんな改まった感じで? いったい何を聞きたいのかねロゼ君?」


「コスモスがどこにいるか知りませんか?」


「コスモスちゃん?」


 戯けた様子を見せていたテラさんは、やや虚を突かれたように目を丸くした。

 テラさんなら、よくギルドでコスモスと顔を合わせているだろうから、居場所を知っているのではないかと思ったのだ。

 という僕の予想通り、テラさんはすぐに心当たりを話してくれた。


「コスモスちゃんなら図書館にいるんじゃないかな?」


「図書館……?」


「なんか最近は熱心に調べ物してるらしいから、たぶん今日もいると思うよ」


 そういえばつい数週間前も“図書館”で見かけたっけ。

 あの時は何を読んでいたのか詳しくは聞かなかったけれど、調べ物をするために図書館にいたのか。

 今日までほぼ図書館に缶詰めとは、随分と真剣に調べ物をしているみたいだな。


「何を調べてるんでしょうか?」


「さあ? 私も詳しくは知らないから、直接コスモスちゃんに会って聞いてみたら」


 それもそっか。

 とりあえずコスモスのいそうな場所がわかったので、僕はテラさんに会釈しつつ背中を見せた。


「では、ありがとうございましたテラさん」


「えっ、本当にそれだけなの!?」


「は、はい。コスモスを探しに来ただけなので……」


「……」


 そう言うと、テラさんは唖然とした様子で固まってしまう。

 その後、頬をひくつかせながら、ぎこちない笑みを浮かべた。


「も、もっとこう、『久々にテラさんに会えて嬉しいなぁ』とか、『もう少しお喋りしてたいなぁ』とか、そういうのもない感じ?」


「い、急いでるので……」


「……」


 突如、テラさんは大きく肩を落とし、壁に寄りかかりながら盛大なため息を漏らした。


「はぁぁ、小さい時は『テラさんテラさん!』って言って、脇目も振らずに駆け寄って来てくれたのに、今じゃこんなに素っ気なくなっちゃって」


「い、いつの話してるんですか!」


 そんな風にしていたのは本当に十年近くも前のことだ。

 具体的には僕がまだ一桁の年齢の時だったと思う。

 歳の近い知人も他にいなかったし、二つ上のテラさんはお姉さんみたいな存在だったから。


「ロゼさんとテラさんって、随分と昔からの知り合いなんですね」


「そうだよ。私がギルドの受付になったのが十歳で、その時からの付き合いだからちょうど十年くらいになるのかな?」


 僕が冒険者登録をしたのが六歳の時。

 それから二年後に新人受付嬢としてテラさんがやって来たのだ。

 まあ、幼馴染と言えば幼馴染である。


「幼い頃のロゼ君は危なっかしくて、よく怪我をしてギルドに帰って来てたかな。どこのパーティーからも門前払いをされてたから、私がよく依頼を見繕ったりしてあげたよ」


「そ、そうなんですか……!」


 なぜかローズは前のめりになって話を聞き始めてしまう。

 そんな熱心に聞かなくてもいいのに。

 恥ずかしいからもう行こう、と提案しようとしたけれど、テラさんの口は止まるところを知らない。


「だからロゼ君も私にはよく懐いてくれてたんだけど、今は反抗期みたいでそんなに構ってくれなくなっちゃったんだよね。はぁ、お姉ちゃんは寂しいよ」


「誰がお姉ちゃんですか……」


 自分で言わないでほしい。

 思わせぶりな様子でため息を吐くテラさんに、僕は呆れた視線を向ける。

 するとテラさんは、次に何を思い出したのだろうか……


 突然、ハッと目を見開いて、なぜか僕から目を逸らしてしまった。


「……?」


 直後、テラさんの頬っぺたが、心なしかほのかに“赤らんだ”ように見える。

 いったい今度は何を思い出したのだろう?

 と、疑問に思っていると、すぐさま彼女は悪戯っぽい笑みを取り戻して、またも僕を揶揄ってきた。


「昔は、『テラさんと結婚するんだ!』とか言ってたくせに」


「い、言ってませんよ!」


 たぶん、言ってない。

 そんな大胆な発言をした覚えなんてないから、きっとテラさんの勘違いに決まっている!

 瞬間、背中に何やら寒気を感じた僕は、すぐさま話を打ち切ることにした。


「も、もう本当に行きますからね! あと、しばらくの間、僕たちはこの町を離れていると思うので、ギルドにも顔を出せませんから」


「あっ、そうなんだ。どこ行くのか知らないけど、気を付けて行って来てね」


 ひらひらと手を振ってくるテラさんに踵を返して、今度こそローズと共にギルドを立ち去ろうとする。

 しかし、その寸前……


「ところでロゼ君?」


「んっ、なんですか?」


「何かいいことでもあった?」


「……?」


 テラさんが唐突にそんなことを聞いてきた。

 なぜ今そんなことを……?


「いや、なんとなくなんだけどね。ロゼ君がすごく“晴々とした顔”してると思ったからさ」


「そ、そんな顔、してましたか……?」


「ロゼ君は気付いてなかったかもしれないけど、君が久々にこの町に帰って来た時、心に雲が掛かったみたいな顔してたんだよ。最近までそのもやもやが残ってるように見えたんだけど、今はそれが無くなったみたいに、すごく爽やかな顔してる」


「……」


 勇者パーティーを追い出されてすぐの時。

 気持ちを沈ませながらこの町に帰って来て、一番最初に顔を合わせたのはテラさんだった。

 だから彼女は、落ち込んでいた時の僕を知っていて、最近までそのもやもやを払い切れていないことにも気付いていたのだ。

 でも今は、それが晴れたように清々しい顔をしているから、何かいいことでもあったのではないかと聞いてきたのか。


「あっ、勘違いだったらごめんね。なんかそういう風に見えたから、いいことでもあったのかなぁって思ってさ」


「そう、ですね。上手くは言えないんですけど……」


 いいことは、確かについ先ほどあったばかりだ。

 僕は、顔を真っ赤にして逃げ帰って行ったダリアを思い出しながら、思わず深々とした笑みを浮かべた。


「今は、ほんの少しだけ、“スカッ”としてる気分です」


「……そっか」


 笑いかけてくれたテラさんを尻目に、僕とローズはギルドを後にした。




――――


 お知らせです。

 この度、『はじまりの町の育て屋さん』の書籍化が決定いたしました!

 ここまで応援してくださった読者の皆様方、誠にありがとうございます!

 レーベルは『GCノベルズ』様で、イラストは『大空若葉』様に担当していただきます。

 詳しくは活動報告にて掲載してありますので、よろしければご覧になってみてください。

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