第百十五話 「希望の花」
僕から一蹴を受けたダリアとユーストマは、一瞬驚いたように目を見張る。
直後、ユーストマが瞳を細めて睨みを利かせてきた。
「……また勇者パーティーに戻って来られるんだぞ。それを棒に振るってのかよ」
「誰がいつ戻りたいなんて言ったんだよ。僕は別に勇者パーティーに戻りたいなんて思ってない」
勝手にそっちがそう思い込んでいるだけじゃないか。
どうやら勇者パーティーの価値というものに、絶対の自信を持っているらしい。
でも僕は、勇者パーティーに対してもうそこまで魅力を感じてはいないのだ。
今は冒険者として頑張るよりも、育て屋の方に力を入れたいと思っているし。
ていうか、またこいつらにいいように使われる可能性があるというのに、ほいほいとついて行くわけがないだろ。
「なら別に戻って来なくてもいい。育て屋としてダリアの力を元に戻してもらえれば充分だ」
「だからそれも嫌だから『出ていけ』って言ってるんだ。僕はお前たちに力を貸すつもりは一切ない」
完全な拒絶を示すと、ユーストマは憤りを覚えるように額に青筋を立てた。
だが、その怒りを爆発させることはせず、一度気持ちを落ち着かせて嘲笑を浮かべる。
「ハッ、追い出されたことをまだ根に持ってるってことかよ。気の小せえ野郎だな」
「……当然だろ。逆になんでまた力を貸してもらえると思ってるんだよ。あれだけのことをしたくせに」
お前はもういらないから、さっさと出て行けよ。
あの時のことを鮮明に思い出して、胸を痛めながら僕は呟く。
「仲間だと思ってた連中に侮辱されて、突然パーティーを追い出された。いきなり居場所を失って、心細い気持ちになったりもした。恨みがあるのは当たり前のことだろ」
できればもう二度と関わり合いになりたくないとさえ思っていた。
そんな連中がまた偉そうに指図をしてきて、それで僕が素直に頷くはずもないじゃないか。
もう、こんな連中に利用されるのは絶対に嫌だから。
僕は心底呆れながらため息をこぼして、怒りに震えるユーストマを見ながら続ける。
「でもそれ以上に、ただの“自殺行為”に手を貸すつもりはないって言ってるんだ」
「自殺行為?」
「育成師の力で急速に成長して、またレベルを限界値に戻すつもりなんだろ? それでもう一度森王軍に戦いを挑もうとしてるみたいけど、それが命知らずの“自殺行為”だって僕は言ってるんだ」
今のユーストマたちを見ていれば簡単にわかる。
勇者パーティーとして鼻を高くしていた最中に、魔王軍に完膚なきまでに敗北して、完璧に尊厳を踏みにじられた。
そのせいで勇者パーティーは今、明らかに冷静さを失っている。
森王軍に仕返しすることしか考えていない。
たとえダリアの力を取り戻したとしても、こんな状態で戦えばまたきっと敗北するに違いない。
自ら命を投げ出すような、そんな愚かな行為に、僕は手を貸すつもりはないと言ったのだ。
また一層、ユーストマの怒りが募ってきたのを感じながら、僕は冷静に説得する。
「育成師の力を使えば、たぶん一年か二年くらいでレベル限界値に戻せると思う。でもきっと結果は同じだ。大した実戦経験もないまま、また森王軍と戦っても、同じように返り討ちに遭うだけだぞ」
「……次こそは失敗しねえよ。前は霊王軍の連中に不意を突かれただけだからな」
「だとしても、勇者パーティーはまだ森王軍の長の『森王ガルゥ』にも会ってないんだろ。幹部連中にも歯が立たなかったっていうのに、本当にレベルを限界値に戻すだけで勝てると思ってるのか?」
「――っ!」
それが煽りに聞こえてしまったのだろうか。
いよいよユーストマが拳を固く握りしめて、こちらに一歩を踏み出そうとしてきた。
刹那……
「…………じゃあ、どうするって言うのよ」
ずっと黙り込んでいたダリアが、ようやく口を開いて細々とした声を漏らした。
驚きながらダリアの方を見ると、奴は怒りと悔しさが入り混じった表情で、こちらに鋭い視線を向けていた。
「森王軍と霊王軍が手を組んで、今じゃ過去最大規模の魔獣軍団になってる。このコンポスト王国が手に掛けられるのも時間の問題よ。奴らを止められるのは私しかいないんだから、早くしないと手遅れになるわよ……!」
「……」
脅しのつもりだろうか、ダリアはそう言いながら詰め寄って来る。
さらに彼女は、僕の考えを改めさせるためか、危機感を煽るようなことを言い出した。
「西の勇者は大陸の反対側で岩王軍と交戦中。南の勇者は竜王軍との戦いで大怪我を負った。北の勇者なんて何をしてるのかさえまったくわからないわ。この中央大陸にはまともに育った冒険者もほとんどいないんだから、さっさと私を強くしなさいって言ってるのよ……! そんなこともわからないバカだとは言わないわよね」
…………ダリアもやはり、心の中ではかなり焦りを覚えているみたいだな。
僕には頼りたくないと言っていたのに、ここに来て僕に協力させるように脅しをかけてきている。
確かに奴の言うことが事実ならば、危機的状況であることに間違いはない。
森王軍と霊王軍は、呪葬樹の復活を計画して手を組んだ。
それを阻止するためには相応の戦力が必要になる。
しかし他所からの応援も期待できない以上、東の勇者ダリアを復活させるのが最善だと彼女は言いたいみたいだ。
ユーストマもその意見に賛同するように、ダリアと揃って僕のことを睨んでいる。
それでも僕はかぶりを振った。
「自殺に手を貸すつもりはないって言っただろ。僕はダリアたちに協力はしない」
「あんたのくだらない意地だけで人類の歴史を終わらせるつもり……? 本当に手遅れになっても知らないわよ! いいからさっさと私を強くしなさいよ!」
「……断る」
「――っ!」
頑なに頷こうとせず、ダリアたちを拒み続けていると……
やがてダリアが手を伸ばし、僕の胸ぐらに掴みかかって来た。
ぐっと服を引っ張られるが、そこに以前のような力強さはない。
それでもダリアは僕に凄みながら、目の前で震えた声をこぼした。
「…………だったら、言ってみなさいよ」
僕の胸ぐらを掴む手も震わせながら、ダリアは悔しさを滲ませる。
「東の勇者ダリアは戦えない。別の勇者たちも自分たちの戦いで手一杯。他に実力のある冒険者だって誰一人いない。それでどうやって、“あんなに強い”魔王軍に対抗するって言うのよ……」
「……」
敗北した時の屈辱を思い出しているのか、ダリアは血が滲む勢いで唇を噛み締める。
そして、その怒りをすべて僕にぶつけるようにして……
心からの怒りの叫び声を、こちらに浴びせてきた。
「勇者ダリアが戦えないっていうのに、いったい誰が魔王軍を倒すっていうのよ!!!」
その時……
コンコンコンッ。
「――っ!?」
突然何者かが、控えめに育て屋の扉を叩いた。
僕たちは揃って声を失くして、扉の方を振り返る。
その人物は、いつまでも応答がないことを不思議に思ってか、恐る恐るといった感じでゆっくりと扉を開いていく。
そして、僅かにできた扉の隙間から、ちょこんと幼なげな顔を覗かせて、不安げな声を漏らした。
「あのぉ、お外まで声が響いてるんですけど、大丈夫ですか……?」
「……」
まるで、ダリアの叫びを聞き届けたかのようにして……
あるいは、僕の心の声を聞き届けたかのようにして……
ローズ・ベルミヨンが、姿を現した。