第十一話 「乙女の怒り」
ギルド前での一悶着の後。
僕とローズは当初の予定通り、西の森へとやってきた。
そして修行のために魔獣討伐を始めるが、ローズの足取りが鈍くてあまり森を散策できていない。
彼女の足が重い理由は、言わずもがな先刻のことだった。
「ご、ごめんなさい。私のことにロゼさんまで巻き込んでしまって」
「いや、こっちこそごめんね。ローズに相談もせずに、あいつの挑戦を買っちゃって」
こちらこそ謝りたい気持ちでいっぱいだった。
ローズの才能を否定されて、それを悔しいと思ってしまって安い挑発に乗ってしまった。
するとローズは僕の罪悪感を消すようにかぶりを振った。
「いえ、それは別に気にしていません。ロゼさんが言っていなかったら、たぶん私が言っていましたから」
「そ、そう? なら、あれでよかったのかな」
それくらい悔しい気持ちになっていたのだろう。
それは傍から見ている僕でも簡単にわかった。
だからあれで正解だったのだと、ローズは今一度そう肯定してくれる。
少し気が引けたけれど、聞かずにはいられないと思って改めて尋ねてみた。
「あの人たちがローズの、元パーティーメンバーたちでしょ?」
「はい。パーティーネームはまだもらっていない、駆け出しの冒険者パーティーです。それで金色の髪をしていた方が、リーダーのフリージアさんです」
雰囲気からなんとなく察せたけど、やっぱりあの強気な金髪少女がリーダーだったのか。
とてもローズのことを嫌悪している様子だったけど、何か理由があるのかな?
「始めは駆け出し冒険者同士で集まってできたパーティーで、実力もほとんど変わりはなかったんです。でも私だけ成長が遅くて、フリージアさんはそれが気に入らなかったみたいで、一ヶ月で追い出されてしまいました」
「一ヶ月……」
随分と見切りの早いことだ。
もう少しだけ様子を見てからでもいいというのに。
というかパーティーメンバーだったら、仲間の成長くらいは手助けしてやるべきだろう。
仲間を駒としか思っていないということなのだろうか。
「それから町で会う度に、フリージアさんたちに揶揄われるようになってしまって。今朝もロゼさんとの待ち合わせ場所に向かう途中でばったり……」
「なるほどね」
自分よりも下だと決めつけたローズをいじめて、優越感に浸っているというわけだ。
とんでもない人物に目を付けられてしまったものだな。
あれっ? でも確か……
「見てた人の話だと、今日はちょっかいを掛けられたローズが何かを言い返して言い争いになったって聞いたけど……」
「そ、それはその……」
ローズはなぜか目を逸らし、気まずそうな顔で答えた。
「『どうせお前なんか呪われた母親を助けられるはずがない』って言われて、自分のことよりロゼさんの力を否定された気持ちになってしまって……」
「僕の……?」
首を傾げかけた直前で、その言葉の意味を理解する。
今は母親を助けるために強くなろうとしていて、僕が成長の手助けをしている最中だ。
その目標が叶わないと言われたら、遠回しに僕の力が不足していると言われているみたいに聞こえる……というかローズにはそう聞こえてしまったのだろう。
義理堅い子だと思いながら、僕は笑みを浮かべた。
「ありがとう、僕のために言い返してくれて」
「い、いえ……」
「それと今朝も、僕のために怒ってくれてありがとう。あれ、すごく嬉しかったからさ」
「えっ?」
僕は朝のことを思い出しながら、素直な気持ちを伝える。
「フリージアに謝らせようとしてたでしょ。苦手な相手のはずなのに凄んでて、ローズすごくかっこよかったよ」
「……」
素直に褒められたことが恥ずかしかったのか、ローズは頬を染めて顔を逸らしてしまった。
「お、恩人を貶されたりしたら、怒るのは当たり前のことですから」
次いで彼女は気を取り直したように、意を決した表情で言った。
「絶対にロゼさんを悪く言ったことを、フリージアさんに謝らせます。お母さんの呪いを解くのと同じくらい大切な目的ができました」
「ありがとう、ローズ」
僕はそこまで気にしているわけではないけど、ローズとして許し難い行いだったようだ。
ともあれ消極的なローズがやる気をたぎらせてくれたのは僥倖だ、と思っていると、彼女は不意に肩を落とした。
「……とは言ったんですけど、本当に四級に上がれるかちょっと心配になってきました。フリージアさんの言う通り、あと一週間しか時間がありませんし、試験内容は毎回変わるって聞いてますから」
「まあ、そこは僕がなんとかするよ。試験に合格できるようにローズを可能な限り成長させる。それに四級に上がることができれば、たぶん他の冒険者たちもローズのことを見直して、パーティーに誘ってくれる人たちが出てくると思うから」
冒険者階級を上げるための昇級試験。
階級を上げれば受けられる討伐依頼の数が増える。
同時に実力を示すこともできるので、他の冒険者たちからパーティー勧誘の声が掛かるはずだ。
それでパーティーに入ることができれば、冒険者としてますますの活躍が見込める。
そうなれば解呪師への依頼料を稼ぐことも現実的になるし、何なら呪いを掛けてきた張本人を倒しに行くこともできる。
一週間後の昇級試験に合格するというのは、母親の呪いを解くための最短距離と言っても過言ではないのだ。
フリージアの勝負に乗ったという経緯はともかくとして、一週間後の昇級試験に挑むことになったのはそれはそれでよかったと思う。
「何はともあれ、今はできることを精一杯やっていこう」
「は、はい!」
予定通り、僕たちは魔獣討伐を開始した。