第百九話 「魔性の天職」
「断罪? ハッ、何言ってやがんだてめえ」
「能無しのスイセンが、今さらこの状況をどうにかできるとでも思ってんのかよ」
唐突に自信に溢れたスイセンを見て、男性冒険者たちは薄ら笑いを浮かべる。
先刻に比べて雰囲気を変えたことに違いはないが、それだけでこの人数差を覆せるとは到底思えなかった。
何よりこの大人数には、あの強豪受付嬢のアリウム・グロークですら為す術がなかったのだ。
しかしスイセンは余裕の笑みを貫く。
「逆に聞くが、アリウム氏に狼藉を働こうとしたのに、ここから無事に帰れるとでも思っているのかい?」
「あっ?」
「それと一つ失言を謝っておく。『このスイセン・プライドが断罪する』と言ったが、正しくは俺が直接手を出すまでもなく、君たちはこの埃まみれの床に頬を擦りつけることになる」
「……」
圧倒的格下から放たれた、挑発にも聞こえる侮辱的な発言。
男性冒険者たちは怒りを覚えて、額に青筋を立てた。
「ハッ、急に調子付きやがって。そこまで言うなら、望み通り痛い目に遭わせてやるよッ!」
怒りのままに声を轟かせて、男性冒険者の一人がスイセンに斬りかかろうとした。
刹那――
「【俺を守れ、シオン】」
「――っ!?」
終始硬直していたシオンが、スイセンの声に反応して間に割り込んだ。
「【雷雲】!」
シオンの手から紫色の雲が生成されて、そこから紫電が放たれる。
すぐ近くにいた男性冒険者は、その放電に巻き込まれて全身を痙攣させた。
「ぐああぁぁぁ!!!」
焦げつくような臭いを酒場跡に残して、男は地面に倒れる。
その光景を前に、他の冒険者たちがシオンを糾弾した。
「お、おい! 何してんだよシオン・ナーバス!」
「俺たちのことを裏切るつもりか!」
「ち、違いますの! これは、体が勝手に動いて……!」
我知らず、スイセンを守るように男性冒険者を倒してしまったことに、シオンはひどく困惑する。
自分の意思とは無関係に体が動いて、今も思うように身動きが取れない状態だった。
額に冷や汗を滲ませるシオンの後ろで、スイセンは再び前髪を掻き上げる。
「言っただろ。このスイセン・プライドが直接手を出すまでもないと」
次いでスイセンは呆然としている男性冒険者たちを見下すように、顎を上げて笑みを深める。
「さあ、引き続き実験台になってくれたまえ。脇役の諸君」
「ちょ、調子に乗ってんじゃねえッ!」
さらに怒りを煽られた一人が、槍を構えてスイセンのもとに駆け出した。
しかし矛先はスイセンに届く前に、シオンによって遮られてしまう。
「【雨雲】!」
「――っ!?」
青色の雲がシオンの手から生成されて、直後に水の塊が雲の中から射出される。
通常の水とは比べ物にならない重さの水弾が、男性冒険者の腹部に直撃した。
また一人の冒険者が床に倒れて、スイセンの言った通りの展開になる。
「ど、どうなって、いますの……? わたくしの体が、まるで言うことを聞きませんわ……!」
シオンが自分の体を見下ろしながら呟くと、スイセンはいつの間にか取り出していた”二枚の天啓”を見ながら、得意げになって始めた。
「これが俺の持つスキル……『魅了』の能力だよ」
「み、魅了……?」
「このスイセン・プライドの“声”を聞いた者に、“命令を遵守”させる力。シオン氏は今、この魅了の能力によって、俺からの命令に絶対に逆らうことができないんだよ」
「……」
命令を遵守させる能力。
それを聞いて、その場にいる誰もが絶句した。
明らかに規格外のとんでもない力だ。
しかも冒涜者だったスイセンが、この土壇場でそんな能力を覚醒させたというのも信じられない。
「わかっただろ。君たちでは、スイセン・プライドという存在には決して敵わないということを。圧倒的な力を前にして、心の底から絶望するといいさ」
「――っ!」
得意げになって話すスイセンを見て、その隙を突くように一人の男が飛び出した。
男は、眠っているアリウムを人質にするか、スイセンに不意打ちを狙うかの二択で後者を選択。
仮にスイセンの言っていることが事実ならば、人質を取ったとしても完全に無意味だ。
それならばスイセンの声が届くよりも先に攻撃をする。
念のために両手で耳を塞ぎながら、スイセンに飛び蹴りを繰り出そうとしたが……
「【止まれ】」
「ぐっ――!」
すぐに気付かれてしまい、スイセンが男に言葉を投げた。
飛び出した男は、耳を塞いでいるのにも拘らず、スイセンの声によって体を硬直させる。
まるで頭に……否、“心”に直接言葉を叩き込まれたような感覚がした。
これが魅惑師の持つもう一つのスキル――『畏怖』の特殊効果。
スイセンの声は対象者の“耳”にではなく、“心”に直接響くようになっている。
ゆえに物理的に遮断することはできない。
「チッ……!」
男は体を固まらせながら、思わず舌打ちを漏らした。
だが、すぐに硬直が解けて、彼はすぐさま後ろに飛び退く。
自分の体を見下ろしながら、自由が戻ったことを自覚して、戸惑っている仲間たちに冷静に告げた。
「おい、落ち着けお前ら」
「……?」
「“命令を遵守させる力”なんてただのハッタリだ。奴の声にそこまでの強制力はねえ。事実、俺の拘束はこうしてすぐに解けた」
冷静なその判断に、男性冒険者たちは動揺を薄める。
しかし別の一人が、スイセンを守るように立ち塞がっているシオンを見て、不安げに返した。
「だ、だが、シオンは実際に声を聞いただけで、ああして完全に操られて……」
「人数が増えれば強制力が落ちるのかもしれない。それかもしくは何かしらの条件があんだよ。シオンが満たしていて、俺たちが満たしていない強制力を高めちまう条件がな」
男の推測は正しかった。
魅了の能力には条件がある。
それは対象者が、スイセン・プライドを強く"意識”しているということ。
怒り、憎しみ、恐れ、嫌悪、嫉妬、劣情、恋心……
どのような感情であれ、スイセンのことを強く意識している者が魅了の対象になる。
そしてその意識が強ければ強いほど、スイセンの命令に対する抵抗力が弱まり、支配されやすくなってしまうのだ。
事実、スイセンに対して並々ならない劣情を抱いているシオンは、魅了の能力によって完璧に服従させられていた。
一方で男性冒険者は、シオンほどの強い感情をスイセンに向けていないので、命令に対する抵抗力がいまだ強い状態である。
「……ハ、ハハッ! 俺たちにその力が効かねえんだったら、結局状況はほとんど変わってねえじゃねえか!」
「シオンの魔力もすぐに底を尽きる! そいつ一人を服従させたところで俺たちには勝てねえよ!」
男性冒険者たちは威勢を取り戻したように、嬉々として手持ちの武器を構え始めた。
その光景を前にして、スイセンはいまだ余裕の笑みを崩さず、手を叩いて称賛を送る。
「なかなか察しがいい人間もいるみたいだね。まあ、確かにこのままでは、俺の魅了も大して効力を発揮しない。だから“こうする”のさ」
「はっ?」
スイセンは、唐突に右手を構えて、『パチンッ』と指を鳴らしながら唱えた。
「【幻影】」
瞬間、スイセンの周りに白煙のような薄い空気が漂い始める。
それは次第にスイセンのもとに集まって彼を覆い、やがて目を疑うような光景を映し出した。
「なっ――!?」
白煙が晴れたそこには、スイセンは立っておらず、変わりに名も知らぬ“黒髪の美女”が佇んでいた。
艶やかな黒い長髪を靡かせる、魅惑的な体つきの絶世の美女。
肌は透き通るような透明感を宿しており、ネグリジェのような白い衣服は無防備にも見えるくらい薄いものになっている。
その姿を前にして、冒険者たちは唖然とした。
「な、なんだ、こいつは……?」
「さっきまでこんな女、いなかったはずじゃ……」
動揺する冒険者たちを他所に、黒髪の美女は長いまつ毛の下でつぶらな瞳を細める。
同時に妖艶な笑みを白魚のような頬に浮かべて、魅惑的な笑い声を漏らした。
「ふふっ……」
「……」
男性の欲望を体現したような体から、甘い香りにも似た空気が漂ってくる。
薄い衣からは今にも大きな乳房がこぼれ落ちそうになっており、美女はそれを隠すように両腕を前で組んだ。
だが、腕が乳房の下に潜り込み、余計に巨大な双丘が強調される。
正体不明の美女に男性冒険者たちは戸惑っていたが、欲望に正直な彼らは黒髪美女の妖艶なその姿に、思わず目を奪われていた。
「【全員ひれ伏せ】」
「――っ!?」
刹那、黒髪美女の大人びた声が響くと同時に、男性冒険者たちは地面にひれ伏した。
まるで不可視の力によって強制的に地面に押しつけられているかのように、彼らは頬までビタッと埃まみれの床に擦りつけている。
「から、だが……!」
「う、動かねぇ……!」
先刻のような単純かつ強制力の弱い命令ではない。
決して逆らうことのできない、圧倒的な支配力を持った一声。
彼らと同じく、地面に倒されたシオンが、ハッとした様子でスイセンの力の正体に気が付いた。
体を上手く動かせない中、彼女は冒険者たちに伝えるように声を絞り出す。
「み、皆様……! スイセン様の“幻”に、惑わされてはいけません……! 心を奪われたら、操られてしまいます……!」
「無駄だよシオン氏。意識というのは自分の意思で易々と操れるものではない。そして一度意識した相手は、そう簡単に忘れられるものではないんだよ」
スイセンは黒髪の美女から"元の姿”に戻りながら、哀れみの目で地面に倒れる冒険者たちを見渡す。
魅了の強制力を最も高める感情が“劣情”。
その感情を煽るために、スイセンは魅惑師が持っている唯一無二の力を使った。
幻によって他者を惑わして、心を強く刺激することができる『幻惑魔法』。
そのうちの一つである【幻影】は、スイセンのイメージによって姿を自在に変えることができる魔法である。
あくまで幻覚ではあるが、スイセンの自信の力によって、幻はより濃く、如実に現実味を醸し出す。
姿形だけではなく、声や香り、実際に触れた際の感触まで、すべてが現実のそれと遜色なく再現が可能。
それによって限りなく実体に近い美女の幻影を見せることで、スイセンは男性冒険者たちの心を鷲掴みにしてみせた。
そしてスイセン・プライドという存在を強く意識させたことで、複雑な命令を大勢に同時に強制させることも可能になったのである。
「君たちを籠絡させることなんて、一人の片恋相手を落とすことに比べたら、息をするより容易いことだよ」
幻によって相手を惑わし、心を掌握する魔性の天職――『魅惑師』。
覚醒したばかりの天職ではあるが、その圧倒的な潜在能力の高さだけで、絶望的な劣勢を容易く覆してみせた。
一度心を掴まれてしまえば、魅惑師の支配から逃れる術はない。
アリウムへの劣情だけでこの計画に手を貸した奴らならなおさら、魅惑師の力の前では無力でしかなかった。
「体を鍛えることはできても、心まではそう簡単に鍛えることはできない。君たちの運命はもはや、完全に俺の手の中にある」
「く、そがァ……!」
完全に屈服させられた男性冒険者たちは、地面に頬を擦りつけながら歯を食いしばった。
と、その時――
「シオン様!」
外で見張りをしていたシオンの愛好家たちが、中の騒ぎを聞きつけてやって来た。
愛好家たちは酒場に入ってくるや、地面に伏している冒険者たちを見て唖然とする。
同時に、自分たちが崇拝しているシオン・ナーバスも、彼らと同じ姿勢で地に頭を付けているのを見て、叫びにも似た声を漏らした。
「シ、シオン様! どうしたというのですか!?」
「この状況はいったい……!?」
愛好家たちが激しく困惑する中、今度はシオンが“勝ち”を確信して笑みを浮かべる。
「皆様、一刻も早くスイセン様を捕らえてくださいませ!」
「……?」
「あははっ! 観念なさってくださいスイセン様! 彼女たちの心はすでに、わたくしの手中にあります! 魅了なんて力は一切通用いたしません! 他の方に心を移すようなことは決してありませんわ!」
魅了の力は、スイセンのことを強く意識するほど効果的に働く。
しかしすでにシオン・ナーバスという存在を強く崇拝している愛好家たちは、彼女の言う通り魅了に対して絶大な抵抗力を備えていた。
このままでは確かに、命令を聞かせることはできないが……
「あぁそうか。じゃあそれなら……」
スイセンは余裕の笑みをそのままに、指を鳴らして唱えた。
「【幻影】」
再び、白煙のようなモヤがスイセンの周りを取り囲む。
やがて白煙が晴れると、その先の光景を見て愛好家たちは息を呑んだ。
「えっ……」
紫色の巻き髪に、ドレスエプロンのような衣服。
外見から雰囲気まで、すべて忠実に再現された見慣れた姿。
シオン・ナーバスが、そこにはいた。
「シオン、様……?」
「ど、どうして、シオン様がもう一人……?」
愛好家たちが戸惑う最中――
スイセンの企みを気取ったシオンが、血相を変えて叫び声を上げた。
「ま、惑わされてはいけませんッ!!! それは――!」
刹那、シオン・ナーバスの幻影が声を響かせた。
「【全員動くな】」
「――っ!?」
愛好家たちは見えざる力によって、全身を石のように硬直させた。
確かにスイセン・プライドの姿のままでは、彼女たちに命令を聞かせることはできない。
ただそれならば、シオンの皮を借りればいいだけの話である。
それによって愛好家たちの意識を完全に集中させることができたため、圧倒的な強制力を持って支配が完了した。
「熱心な愛好家ほど、付け入りやすいものはないね。君たちもアリウム氏を誘拐する際に手を貸したと聞いたから、当然制裁は受けてもらうよ」
スイセンはシオンの姿のまま、愛好家たちに鋭い視線を向ける。
次いで地に伏すシオンを見下ろしながら、元の姿に戻りつつ言った。
「じゃあそろそろ、本格的に断罪を始めさせてもらうよ。まずは元凶であるシオン氏からだけど、やはり君にはこの姿が一番効果的かな」
「スイセン、様……」
スイセンに魅力を感じてはいけない。
強く意識するほど心を支配されてしまう。
頭ではそうわかってはいるが、意識は思うように制御ができない。
シオンの瞳には、スイセンの姿が、艶やかな髪が、麗しい顔が……何よりも愛おしく映ってしまっていた。
自分はこの雄に、決して逆らうことができないのだと痛感させられる。
だが……
「あ、あぁぁ……!」
シオンは、蔑むように自分を見下ろしてくるスイセンを見上げて、唐突に嬌声を上げ始めた。
「わたくしは、スイセン様に逆らうことができない……! わたくしは、スイセン様の下僕となってしまったのですね……! 一生、スイセン様に飼われてしまう、奴隷のような存在……!!!」
シオンはもはや、新しい“快楽”を覚えつつあった。
自らが支配しようとしていた男に、逆に支配されるという屈服感。
今までに味わったことのない興奮を覚えて、シオンは頬を紅潮させながら嬌声を漏らし続けた。
その心境を悟ったスイセンは、小さなため息を漏らして、シオンと目線を合わせるように屈む。
「それじゃあ、シオン氏にはまず、こう命じさせてもらおうかな」
「は、はい! なんなりと、このシオン・ナーバスにお申し付けくださいませ……!」
いったいどのような辱めを受けてしまうのだろうかと、シオンは期待に胸を膨らませた。
「【二度と、俺の前に醜い面を見せるな】」
「……」
直後、シオンはスイセンから完全に拒絶をされた。
愛する人物から、存在そのものを否定されて、シオンは興奮も忘れて愕然とする。
期待していたような命令を受けることもなく、シオンは金輪際、スイセンの前に現れることを許されなくなった。
「あぁ、あとそれから、自主的に教会に行って罪を告白して来てくれ。これ以上このスイセン・プライドの貴重な時間を、君のような下賤な輩に費やしたくはないからね」
「……はい、かしこまりました」
シオンは茫然自失とした様子で、虚ろな目をしながらスイセンの命令に頷いた。
続いてスイセンは、地に伏したままの男性冒険者たちに視線を移す。
「さて、それじゃあ次に君たちの処罰についてだけど……」
「……」
男性冒険者たちは体を動かせないまま、怯えた様子でスイセンの声を待つ。
深く考え込むように顎に手を添えていたスイセンは、やがて何かを思いついたように人知れず頷いた。
「色々考えたけど、やっぱりこれが一番いいかな」
スイセンは、一番近くにいた男性冒険者に歩み寄り、目線を合わせるように屈んでから微笑をたたえた。
「“このまま”、教会まで行ってくれないかな」
「はっ? こ、このまま……?」
「そう、“このまま”だ。最大限の謝意を示したこの体勢のまま、教会まで行って罪を告白して来てくれ。脚を地面に擦りつけながら、大人数が教会を目指して行進していく様は、なかなかに滑稽だと思わないかい?」
「……」
スイセンからの提案に、その場にいる全員が戦慄する。
自分たちは今、足のつま先から膝先までべたっと地面に付けている。
ひれ伏したこの状態のまま、脚を引き摺りながら教会まで行くとなると、恐ろしいことになるのは容易に想像がつく。
単純に見積もっても、今から明け方になるまでの二時間は、脚を引き摺り続けることになるだろう。
その耐え難い激痛を想像して、全員が身震いしていると、スイセンが何かを思い出すように呟き始めた。
「そういえばある国では、罪人を自白させるためにヤギと塩水を使った拷問を行なっていると聞いたことがある」
「ヤ、ヤギ……?」
「罪人の足の裏や膝に塩水を塗って、そこをヤギに舐めさせる『ヤギ責め』という拷問だよ。一見するとなんてことはない拷問のように思えるけど……」
スイセンは僅かに声音を低めて、男性冒険者たちに囁く。
「ヤギの舌はヤスリのようにザラついていて、やがて脚の皮膚が剥がれ落ち始めるそうだ。血が滲み、肉が削がれて、骨が見えるまで脚を抉られても、ヤギは舐めることをやめないってね」
「……」
その痛みを連想させられて、冒険者たちは背筋を凍らせた。
これから同じような激痛を味わうことになるとわかって、全員は額に脂汗を滲ませ始める。
いくら天職の恩恵があると言っても、自分たちが教会に辿り着く頃には、脚は擦り切れて、最悪骨まで剥き出しに……
「あっ、でもそれだと、町の通りを汚すことになってしまうね。ならそこは交代制で、半数がひれ伏しながら前進して、もう半数が汚れた通りを綺麗にしながら進んでいくってことでどうかな?」
スイセンが具体的な計画を述べていくほど、提案の現実味がさらに強まっていく。
そのため冒険者たちは恐怖心を煽られて、体を震わせながら騒ぎ立てた。
「じょ、冗談だろ? マジでここから教会まで、この体勢で行けって言うのか?」
「んなこと、できるわけねえだろうが……!」
「ふざけたことばっか言ってねえで、さっさと俺たちを解放しやが……」
刹那、スイセンの冷たい声が、彼らの頭に響いた。
「【いいからやれよ】」
「――っ!」
「君たちがアリウム氏に味わわせようとしていた辱めに比べれば、まるで大したことはないだろう。むしろこれでも手心を加えているつもりだよ」
その声に、計り知れない怒りが含まれていることがわかる。
目の前で恩人とも言える片恋相手を犯されそうになり、スイセンは生まれて初めて他者に対して殺意にも似た激情を抱いていた。
「本当だったら君たち全員に、考えられる限りの痛みと辱めを受けさせてから、牢獄に叩き込んでやりたいと思っているんだ。これくらいで済むことをむしろありがたいと思ってほしい」
そう言うや、スイセンは立ち上がって、冒険者たちを見下ろしながら冷酷に告げる。
「この“指”を鳴らした瞬間から命令を実行してもらう。心の準備はいいかな?」
「ま、待て! 少しだけ待ってくれ!」
「アリウムを襲ったことは謝る! もう二度とちょっかいは掛けねえよ!」
「た、頼むからそれだけは……!」
スイセンはゆっくりと右手を掲げて、指にぐっと力を込めた。
「アリウム氏に手を掛けようとしたことを、心の底から後悔するといい。もう二度と同じ真似ができないよう、激痛と恐怖をその身に刻み込めっ――!」
「やめろおおぉぉぉ!!!」
パチンッ。
スイセンが指を鳴らした瞬間、酒場の跡地は時が止まったかのように静まり返った。