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第百三話 「自信」

 

「じ、自分に自信がない?」


 僕は聞き間違いかと思って、つい聞き返してしまう。

 よもや“あのスイセン”から、そんな言葉が出てくるなんて想像だにしていなかったからだ。

 僕は頭を疑問符でいっぱいにしながら、思わず首を曲げた。


「……な、何かの冗談、とかじゃないよね?」


「冗談なんかじゃない。俺は本当に、自分に自信がないんだよ。自信がないというか、こんな自分が“嫌い”ですらある」


「……」


 はっきりと、自分のことが嫌いだと言った。

 しかもスイセンは、すっかりと人が変わったように顔をどんよりと曇らせて、ぶつぶつとネガティブな発言を漏らし始める。


「俺なんて天職がなくてどこのパーティーでもお荷物だったし、取り柄も何もない役立たずな男だ。女性と付き合ったこともないのに女性冒険者を食いものにしている女たらしとまで呼ばれている始末だし、俺は冒険者ではなく他人から嫌われる素質を持ったクズ男なんだよ……」


「……」


 その呟きを聞いて、僕は信じがたい思いで立ち尽くす。

 これが本当に、あのスイセンなのだろうか……?

 こんなの演技としか思えない。


「だ、だって、いつも自信満々な態度で、自分のことが大好きなのがスイセンだっただろ? それなのに自信がないなんて……」


「あんなの、ただの演技に決まっているじゃないか。自分を鼓舞するためのまじないみたいなものさ。『俺は美しい』のだと自分に言い聞かせて、安心していただけに過ぎないんだ」


「えぇ……」


 むしろあちらの一面が演技だったということか。

 今までの自己愛的な発言は、すべて虚言。

 てっきり自分が大好きで仕方がない性格なのかと思っていたが、事実はまったく違ったらしい。


「じゃ、じゃあ、しょっちゅう鏡とかで自分の顔に見惚れてたのは?」


「自分の容姿に自信がないから、常に顔とか髪型が気になって仕方がないんだよ」


「気取った感じで花とか買ってたのは?」


「少しでも周りからよく見てもらおうと思って、かっこつけてみただけだ。特に意味なんてないよ」


「……」


 僕の頭にあったスイセンのイメージが、音を立てて崩れていってしまう。

 これまでの行動すべてが、自信の無さから来ていたものだったなんて。

 しかし言われてみると、納得できるような気もする。

 事あるごとに髪型を気にしたり、化粧を確かめている人たちは、自信がなくて不安だからそういう行動を多発させていると聞いたことがある。

 特に思春期になって身なりを気にし始めたり、好きな人ができるとそういう行動が増えると聞いた。

 スイセンもそれと同じだったということか。


「というか、なぜ俺が花屋で花を買ったことをロゼが知っているんだい? あの時あの場所には、俺しかいなかったはずだけど……」


「あっ、それは……」


 僕は昨日の尾行について明かすことにした。

 スイセンの悩みを知るために、こっそりと行動を監視していたと伝えると、彼は微かに頬を緩めた。


「君もなかなか大胆なことをするね」


「ご、ごめん。何も言わずに後をつけるようなことをして……」


「別に謝ることじゃないさ。俺の悩みを知るためにやってくれたことなんだろう? それで俺が責めるのは筋違いじゃないか。というかむしろ、そんなことのために君たちの貴重な時間を使わせてしまった方が申し訳ない」


「……」


 再びスイセンはマイナスな発言をして空気を澱ませる。

 本当に人が変わっちゃったみたいにネガティブな発言が多いなぁ。

 こんなの僕の知っているスイセンじゃないよ……。

 自分に自信がないというのは本当のことみたいだ。


「もしかして、アリウムさんに自分から声を掛けに行かなかったのも、まともに話せる自信がなかったからか?」


「うん、そうだよ。シオン氏の愛好家(ファン)たちに好意を悟られたくないという理由もあったけど、一番は自信がなかったからなんだ」


 スイセンは表情を曇らせて、その顔を深く俯けながら暗い声を漏らした。


「俺はいつもそうなんだ。幼い頃から周りの目ばかり気にして、他の人からよく見られようと必死になっていた。女性から告白をされても、こんな俺を好いてくれる人なんかいるはずがないと思って、悪戯や揶揄いではないかと疑ってすべて断ってしまうんだ。というか今でさえ悪戯だったのではないかと思っている」


「……」


 気が弱すぎるだろ。

 それほどいい面を持っているなら、普通なら寄って来る異性がいても不思議じゃないって思うはずだけど。

 そんな恵まれた容姿を持っていたとしても、自信を持つことができないほどの気持ちの弱さ。

 それこそがスイセンの抱えている“大きな悩み”ということだ。


「思えば六歳の時、俺のことを好きだと言ってお菓子の包みを渡してくれたあの子は、本当に俺が好きだったのか? 単に買いすぎたお菓子の消化を手伝わせるために俺にそんなことを言ったんじゃないのか? 八歳の時にもらった恋文も、差出人の名前は確かに女の子の名前だったが、俺をよく思っていない男子たちが嫌がらせで書いたものだったんじゃ……」


「も、もういいって。スイセンの悩みについては、もうよーくわかったからさ」


 まさかここまで重度の心配性だったとは思ってもみなかった。

 もしかして毎度、待ち合わせ場所に最初に来ていたり、初めて会った時に育て屋の前で六時間ほど待っていたのも、その心配性のせいだったりするのだろうか?

 ともあれこれが、スイセンの天職の覚醒を妨げている悩みであることは理解した。

 これを解消してあげれば、おそらく英雄ダンデライオンのように改めて神様から天職をもらえるに違いない。

 しかし、どうやってスイセンの悩みを取り払ってあげればいいのだろう?

 自分に自信がない。ということは、自信を付けさせてあげれば天職が目覚めるのだろうか?


「自信を付ける……自信を付ける……」


 と、口に出して反芻してみても、その方法はすぐには浮かんでこない。

 ていうか、これはいわばスイセンの“心の問題”なので、僕が介入できる余地は一切ないんじゃないか?

 せっかく悩みが明らかになったのに、解決してあげられる方法がわからなくて黙り込んでいると、その様子を見たスイセンが自嘲的な笑みを浮かべた。


「ははっ、やっぱり無理だよな。こんな俺を強くするなんて。天職もなければ根性も取り柄もない、そのくせ人望だって皆無な『股狙いのスイセン』だもんな……」


「……」


 そ、その不憫なあだ名は、今は置いておくとして。

 僕は人知れず、脳内で深い思考に入る。

 自信のないスイセンに、自信を付けさせてあげる方法。

 生まれながらにして持ち合わせている繊細な心によって、力強く根付いてしまった気の弱さ。

 そんなもの、一朝一夕で取り払えるはずもない。

 そもそも悩みを解決して天職が覚醒するという保証だってどこにもない。

 ……となれば、スイセンを強くしてあげられる方法なんて、たった一つに限られてくるじゃないか。


「……確かに、スイセンの悩みを解決するのは難しいと思うよ。今すぐに克服できるようなものでもないと思う」


「それはもちろん自分でもわかっているさ。自分のこの自信のなさが、すぐに治せるようなものじゃないってことくらいね」


「うん。だからさ、ここはひとまず天職を覚醒させるのは置いておくことにしないか?」


「えっ?」


 唐突な提案に、スイセンはぽかんと口を開ける。

 直後、動揺して顔を引き攣らせながら、僕に問い返してきた。


「そ、それはつまり、強くなるのを諦めるってことかい? 俺に天職が覚醒する見込みがないから、もうすべてを諦めた方がいいと……?」


「いいや、そうじゃないよ。天職の覚醒をひとまず置いておくだけで、別に強くなることを諦めるわけじゃない。たとえ天職が覚醒しなくても、強くなる方法は他にもあるからさ」


「他にも?」


 不思議そうに首を傾げるスイセンに、僕は袖を捲って二の腕を見せながら言った。


「差し当たっては、素の“身体能力”を向上させて、強くなることを目指してみようよ」


「素の身体能力? 体を鍛える、ということか?」


「そっ。筋肉強化訓練に武術指南、それと魔獣討伐で実戦経験も積んで体を鍛え上げるんだ。現状、目覚めるかどうかもわからない天職に賭けるよりも、この方法なら確実に地力を付けられるだろ」


「……」


 スイセンは驚いたように目を見張る。

 まるで予想だにしていなかった修行方法を提示されて困惑しているのだろう。

 今さら身体能力を強化したところで、天職そのものがなければほとんど強くなることができないのだから。

 しかし何もしないよりかは遥かにマシなはずだ。

 どこかで聞いた話によれば、天職の恩恵そのものは貧弱だったある冒険者が、地力の強さのみで一級までのし上がったことだってあるらしいし。


「それに体を鍛えれば、自然と自信も身に付くものだって、筋肉愛好家たちも言ってるくらいだからさ。とりあえずはその趣旨で修行を進めてみるのはどうかな?」


「た、確かにそういう話は聞いたことがあるけどね。筋肉と自信は伴って身に付くものだって。でもそっか、筋肉か……」


 スイセンは呟きながら顎に手を添えて、しばし無言で考え事に浸る。

 次いで自分の体を見下ろすと、二の腕やお腹などを摘みながら、吹き出すような笑いを漏らした。


「ロゼはやっぱり、面白い奴だね。まさかこんな原始的な方法を提案してくるなんて」


「しょ、しょうがないだろ。今はそれしか方法がないんだからさ」


 スイセンは可笑しそうに笑っていたが、最後には僕のその提案に賛成してくれた。

 地力を付けつつ、天職の覚醒も見込める奇策。

 スイセンの言う通り原始的というか、あまりにも単純な方法だとは思うけれど、現状では最善策と言っても差し支えないと思う。

 地力も自信もないスイセンだからこそ、シンプルな特訓が一番効果的だと僕は考えた。


 というわけで、その日から僕はスイセンの特訓に付き合うことにした。

 期間は二週間だけの約束。

 筋力強化や魔獣討伐、武器の扱いについてもできる限りの指導を行なっていく。

 僕も育て屋の別の仕事が入ったりもするので、その合間を縫うようにスイセンの特訓を見ることにして、地道に地力を付けさせてあげることにした。

 すべては、アリウムさんに告白するために。




 それから、早くも二週間が経過した。

 スイセンは、短期間にしては目覚ましい成長を見せて、体格などにも変化が訪れ始めてきた。

 武術の飲み込みも早く、魔獣討伐での実戦経験も着実に積み重ねていって、スイセンは格段に成長することができた。

 だが……


【天職】

【レベル】

【スキル】

【魔法】

【恩恵】


 結局、スイセンに天職が目覚めることはなかった。

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