第百一話 「裁きの流星」
黒ずくめの集団が、棍棒や縄を振り回して突撃してくるのを見て、僕は反射的に身を構える。
人数は計十三人。圧倒的に不利な状況で、逃げ出せる隙間もなさそうである。
仕方なく突破口を開こうと考えていると、隣にいるコスモスが小さな声で呟いた。
「七秒だけお願い」
「七秒……?」
一瞬だけ首を傾げてしまう。
しかしすぐにその意味を悟ると、僕は接近してくる黒ずくめたちを寄せ付けないように道端の樽などを転がした。
「【キラキラの笑顔――ドキドキしたこの気持ち――輝けわたしの一番星】」
後方から、コスモスのその言葉が聞こえてくる。
幼稚な式句を並べただけのような台詞を聞いて、黒ずくめの集団は吹き出すような笑い声を漏らした。
「ふっ、何よそれ。おまじないのつもり?」
「英雄様が助けに来てくれる魔法の言葉なのかしら?」
意味を知らない者たちにとっては、その程度にしか思えない言葉。
ゆえに奴らからはそんな嘲笑を向けられてしまうが、コスモスは感情的になることもなく、冷静な様子で返した。
「いいえ、あんたたちを泣かせる“裁きの呪文”よ」
刹那、コスモスから凄まじい魔力が迸り、僕は思わず背筋を震わせた。
「【浮遊流星】!」
コスモスがそう叫ぶと同時に、彼女の頭上に複数の魔法陣が展開される。
それは的確に黒ずくめの集団たちに照準を定めて、奴らが近づいて来ると呼応するように光を放った。
瞬間、魔法陣から岩石が射出される。
「ぐはっ!」
人の頭ほどの大きさの岩石が、かなりの速度で黒ずくめの連中に撃ち出されて、こちらに近づこうとしていた複数人をほぼ同時に撃退した。
「な、何よあの魔法!?」
「全員迂闊に近づくな!」
奴らは手の平を返したようにコスモスの魔法を警戒する。
一方でコスモスは奴らに脅しを返すように、杖を手元で遊ばせながら言った。
「敵意を持って近づいて来た相手を自動で迎撃する『流星魔法』――【浮遊流星】。これであんたたちはろくに近寄って来られないわ」
「流星、魔法……?」
警告のためだろう、わざわざ能力を開示したコスモスは語気を強めて続けた。
「あんたたちの目的はよくわからないけど、今みたいに痛い目に遭いたくなかったら、さっさと尻尾巻いて逃げ帰ることね」
「な、なんでこんな使い手がこの町にいるのよ!?」
圧倒的な強さを見せられたからか、奴らは好戦的な姿勢を崩してたじろいでいた。
これで勝負ありか、と思わず安堵しかけると、最初に声を掛けてきたリーダーと思しき女性が前に出て来る。
奴は懐から“赤い髪飾り”を取り出して、それを左手に握りながら声を張り上げた。
「だったらこれでどうよ……! 【紅矢】!」
瞬間、女性は右手をバッと構えて、そこから“炎の矢”を放ってくる。
かなりの速さで放たれた矢は、真っ直ぐにコスモスを狙って飛来した。
近づけないのなら、遠距離から攻撃しようという算段。
その考え自体は正しいが……
「よっ!」
僕は閃くようにナイフを振り抜き、コスモスに放たれた火の矢を空中で“斬り落とした”。
「なっ――!? い、今の魔法に、反応できるわけが……!?」
「何して来るかわかってるなら、そこまで難しいことじゃないよ」
僕の目には、奴の天啓が映し出されている。
触れている色に応じて使える魔法が変わる天職――『色彩師』。
傍目からではどんな魔法を仕掛けて来るのかは確かにわからないが、奴の天啓にはその魔法の種類もすべて記されている。
だから赤色が、高速の火矢を放ってくる魔法だと僕はわかっていた。
黒ずくめの女性から悔しげな気配を感じていると、後方のコスモスが気の抜けるようなことを言った。
「【浮遊流星】の効果対象は生物だけじゃなくて、私に害をもたらすものはすべて撃ち落とすようになってるから、別に助けてもらわなくても大丈夫だったわよ」
「あれっ、そうだっけ?」
余計な手出しをしてしまったかもしれない。
しかしそれにしたってコスモスの魔法が便利すぎるだろ。
自動迎撃魔法の【浮遊流星】を発動しておけば、あらゆる害意から身を守ることができるなんて。
改めてコスモスの力に驚かされていると、彼女は魔法を放って来た黒ずくめに目を向けて……
「にしてもあんた……」
鋭い睨みを利かせた。
「穏便に済むように、逃げられる機会をあげたっていうのに、よっぽど痛い目に遭いたいみたいね」
「くっ……!」
コスモスが器用に杖を回しながら、怯える黒ずくめたちにゆっくりと近づいていく。
傍らにいながらその殺気を感じ取った僕は、密かに冷や汗を流しながらコスモスに声を掛けた。
「お、おーい、手加減を忘れないように……」
「わかってるわよ」
肩をすくめたコスモスは、まるで脅しでも掛けるみたいに、噛み締めるように式句を唱える。
「キラキラの笑顔――」
「ま、また何か仕掛けてくるわよ!」
黒ずくめたちは見るからに慌て始める。
先刻の岩石の痛みが記憶に新しいせいか、戸惑いと焦燥がこの場を包み込んだ。
「ドキドキしたこの気持ち――」
「だ、誰か早くあの娘を止めて……!」
「無茶言わないで! 近づいたらまたあれが……!」
コスモスは構わずに唇を動かして、奴らに絶望を叩きつけていく。
そして、最後の式句を唱えた瞬間――
「輝け私の……一番星」
コスモスの全身に、再び凄まじい魔力が迸り、彼女は“夜空”に向けて杖を構えた。
「【爆発流星】!」
その声に呼応するように、杖の先端に巨大な魔法陣が展開される。
通路を丸ごと飲み込んでしまいそうなほど大きな魔法陣は、僕たちの目を灼くように光り輝くと、そこから“特大の岩石”を撃ち出した。
夜空に向かって勢いよく撃ち上げられた岩石は、速度を緩めることなく遥か上空へと到達する。
刹那――
ドッゴオオオォォォン!!!
僕たちの真上で、凄まじい音と光を放ちながら、空中で“爆散”した。
直後に強烈な熱風と衝撃が辺りに四散して、そのあまりの威力に“町全体が震える”。
黒ずくめの集団は夜空を見上げながら、声を失くして呆然としていた。
「……」
同じく僕も驚きながら、ゆっくりとコスモスに視線を移す。
一見すると、コスモスが得意としている【流星】にしか見えなかった。
しかし先刻の岩石は僕の予想に反して、空中で強烈な爆発を起こした。
爆発効果を持った【流星】……ということだろうか?
「い、今の新技?」
「そっ、新技」
なんとも軽い感じでコスモスは頷いたが、とんでもない威力の流星魔法だった。
爆発する巨大岩石――【爆発流星】。
あれは正直、絶対に人に向けて撃ってはいけない。
どころか魔獣相手ですら躊躇われるような一撃である。
下手をしたら易々と町を壊滅させられそうな、そんな魔法を見せられて、黒ずくめたちは戦慄の表情を浮かべていた。
「な、なんなのよ、あれ……」
「あんなの……は、反則じゃない……!」
脅しの効力は充分のように見える。
ただ、コスモスはそのためだけに、【爆発流星】を夜空に撃ち上げたのではないらしい。
「な、なんだ今の爆発は……?」
「この辺りで何かやっているのか?」
爆発を聞きつけた人たちが、次第にこの辺りに集まって来た。
コスモスが【爆発流星】を撃った意図は、周囲の人間にこの状況を知らせるため。
直接魔法を当てたら確実に殺してしまうだろうから、今の使い方はなかなか効果的だと思う。
ていうか爆発の威力が高すぎて、現状ではああいう使い方しかできないのか。
「さてと、これで直に衛兵たちも駆けつけて来るし、あんたたちの逃げ道はほとんどなくなっちゃったわよ。ここから全員で逃亡するのは難しいんじゃないかしら」
「くっ――!」
リーダーの女性は悔しがるように体を震わせる。
次第に周囲から聞こえて来る喧騒が大きくなってきて、黒ずくめの連中は見るからに焦りを覚えていた。
するとリーダーの人物が、咄嗟に懐から“白い布”を取り出す。
「【白霧】!」
触れている色に応じて使える魔法が変わる能力。
白は……煙幕の魔法。
あらかじめそうとわかっていた僕は、白い布が見えた瞬間、すかさず右手を自分にかざしていた。
「【視覚強化】」
刹那、周囲に煙幕が広がると同時に、視覚支援の効果で視界が明瞭になる。
どのような意図で視界を遮ろうとしたのかは知らないが、僕は万全の状態で迎え撃てる構えをとった。
だが……
「んっ?」
こちらが前のめりになる反面、奴らは意外にも消極的な行動に出た。
リーダーが指を鳴らした瞬間、左右の建物の屋上から、複数の人物が“縄”らしきものを垂らしてくる。
その縄には特殊な塗料が塗られているのか、煙幕の中でも微かに光って見えた。
連中はその縄を手慣れた様子で上っていき、瞬く間に建物の一番上まで到達する。
僕たちと戦うことは諦めて、逃亡する選択をしたらしい。
「仲間を上に潜ませてたのか……」
逃げる算段も備えていたとは、なかなか用心深い連中である。
縄もきちんと回収していき、奴らは手際よくこの場から撤収していった。
支援魔法を掛けて身体能力を強化すれば、追いかけることは難しくないだろうけど……
連中の方が夜目には慣れていそうだし、仲間の総数も計り知れない。
深追いするのは得策じゃないな。
やがて白い霧が晴れると、コスモスが埃を払うように手を振りながら首を傾げた。
「煙幕の魔法も使えるなんて、結構便利な能力ね。天職はなんなのかしら?」
「手で触れてる色に応じて色んな魔法が使える『色彩師』らしいよ。赤は火の矢を撃てて、白は煙幕を広げるみたいだ」
「へぇ……」
自分で聞いておいて、あまり興味が無さそうな反応を示す。
特にあいつらを追いかけようとも提案してこないので、本当に奴らに興味が無いんだろうな。
それにしてもやっぱり、コスモスは恐ろしいくらい強かった。
「ありがとうコスモス。助けられちゃったな」
「別にいいわよこれくらい」
狙われていたのはあくまで僕の方なので、コスモスを巻き込んでしまった形になる。
だからお礼の言葉を掛けたのだが、彼女は特に気にも留めていないようだった。
「それにしても、あいつらなんだったのかしらね? なんでスイセンから手を引くように脅しに来たのかしら?」
「うーん、はっきりとはわからないけど……」
煮え切らない反応を示したからだろうか、コスモスが怪訝な顔で僕を見た。
「何か心当たりでもあるのかしら?」
「まあ、ちょっとね」
確かなことは何一つ言えないけれど、とりあえず明日スイセンにこのことを話してみよう。
ともあれ、唐突な襲撃者たちは、コスモスの圧倒的な力によって迎撃することができたのだった。
「ち、ちなみになんだけど、くれぐれもさっきの魔法は、絶対に人に向けて撃たないように……」
「わかってるわよそれくらい。下手したら町だって消し飛ばしちゃうかもしれないんだから。…………ていうか、もし私が町を壊しても、私のことをこんなに強くしちゃった、あんたの方にも責任があるんじゃないかしら?」
「えぇ!?」
コスモスはそう言って、舌先を僅かに見せながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。