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第百話 「育てることの喜び」

 

 スイセンと別れた後、僕は家に帰るフリをして小道のところに隠れた。

 そしてスイセンが図書館から出てくると、僕は内緒で彼の後をつけていく。

 先ほどは『悩みなどない』と言ってはいたが、あの顔は確実に思い当たる節がある様子だった。


「だからこうしてこっそり尾行して、“隠してる秘密”を暴こうってわけね。なかなか面白そうな作戦じゃない」


「……別にコスモスまでついて来ることなかったんじゃないかな?」


 気配遮断の支援魔法を掛けた後で言うのもなんだけど。

 図書館では人手が必要不可欠だったけれど、この尾行は僕だけでも大丈夫な気がする。


「こんな中途半端なところで帰るなんてすっきりしないじゃない。ここまで手伝ってあげたんだから、もう少しくらい付き合っても別にいいでしょ」


「そ、それもそうだけどさ……」


 そんな話をしている間に、スイセンが人混みの中に消えてしまいそうになった。

 僕たちは慌てて歩速を上げて、スイセンを見逃さない距離を保ち続ける。

 きっとスイセンは、普通の人とは違った大きな悩みを抱えているはずなので、日常の中にその正体が垣間見える瞬間が必ず訪れるはずだ。

 それを見落とさないように注意しなければならない。


「それにしても“これ”、本当にあんたがやるべき“仕事”なの?」


「えっ?」


 一緒に尾行に付き合ってくれているコスモスが、僕の隣を歩きながら首を傾げた。


「“これ”ってもしかして、スイセンに協力してることを言ってるのか?」


「そうよ。育て屋の力はあくまで、天職の成長を手助けするためのものでしょ。それなのに“天職の覚醒”まで手伝うなんて、『仕事の範疇超えてんじゃないの?』ってこと」


「……」


 言われてみれば確かに、仕事の範囲を超えている感じは否めない。

 育て屋は今まで、僕の育成師の能力を使って、他人の天職を急成長させていただけだから。

 天職の覚醒なんて専門外だし、果たして育て屋の仕事なのかどうかと問われると当惑してしまう。

 けれどまあ……


「育て屋の仕事は、天職のレベルを上げることだけじゃなくて、その人を“強くしてあげる”ことだからね。別に宣伝用紙にも『天職を持たない人はお断り』なんて文言を入れたわけでもないし、強くなりたい意思があるなら僕はそれに応えてあげるだけだよ」


 たとえいつもとは違った方法になったとしても、強くしてあげられる可能性があるのならそれに協力する。


「それが育て屋として依頼を受けた、僕の役目だって思うからさ」


「……」


 改めて心情を吐露してみると、コスモスは少しだけ黒眼をぱちくりと見開いた。

 次いで“クスッ”と吹き出すように呆れた笑みを滲ませる。


「本当にあんたは、人を育てるのが大好きな“育て屋”なのね。面倒くさいことになっても知らないわよ」


「そ、それはまあ気を付けるよ」


 すでに相当面倒なことになってしまっていると思うけど。

 ともあれこれは、ちゃんと育て屋の仕事だと僕は認識している。

 いつもとは少し毛色が違う依頼だけれど、伸び悩んでいる冒険者を強くしてあげるということに変わりはないから。

 スイセンの悩みをちゃんと理解して、それを解消する手伝いもしてやって、英雄ダンデライオンのように天職を目覚めさせてやるんだ。


 ……なんて、そんな熱い決意を抱いていたのだが。


「…………何やってんだよあいつ」


 スイセンの後をつけてみると、とことんあいつが“変な奴”ということしかわからなかった。

 町を歩いているスイセンは、窓ガラスや水溜まりを見つける度に立ち止まり、反射して映っている自分の顔に見惚れている。

 僕と一緒にいる時も同じようなことをしていたが、一人でいる時も当然のようにやっているようだった。

『あぁ、本当に美しい顔だ……』とスイセンが自分の顔に見惚れていると、隣を通りかかった女性陣たちが気味悪そうに眺めていた。

 やはりいくら顔がいいからって、さすがにあの言動は多くの女性たちが嫌悪するようだ。

 黙っていればかっこいいから、それでも寄って来る人たちは多いんだろうけど。

 スイセンはそれらの視線も意に介さず、度々立ち止まって自分の顔に見惚れたり、気取ったように花屋で一本の花なんかも買ったりしていた。


「本当にあいつに悩みなんてあるのかしらね」


「さ、さあ……」


 花の香りを楽しみながら、優雅に町を歩くスイセンを見ていると、悩みとは無縁の人種のように思えて仕方ならない。

 本当にあいつに悩みなんてあるのだろうか?

 もしかして僕はとんでもない勘違いをしてしまったのかな?

 そんな一抹の不安に襲われている中、まったく思ってもみなかった方向から、助け舟が流れて来た。


「んっ?」


 スイセンの後をつけていると、前方からジャケット姿の青髪の女性が歩いて来た。

 その者の姿を見るや、スイセンは消えるようにして小道の方に折れてしまう。

 僕たちも釣られて手近な木樽の裏に身を潜めると、やがてその人物の姿が明瞭になった。


「あの人って確か……」


 すらっとした体格と、凛とした顔立ちのクールな女性。

 テラさんと同じギルドの服装に身を包んでいるその人は、ローズの昇級試験の時に担当をしていた、アリウム・グロークという人物だ。

 言わずもがな、スイセンの想い人である。


「アリウムさんだ……」


「えっ? あの人が……?」


「そう。スイセンがこれから告白しようとしてるギルドの受付さんだよ。あの人に想いを告げるために、スイセンは今強くなろうとしてるんだ」


「で、なんであいつ隠れてるのよ? せっかく好きな人が目の前にいるのに、話しかけに行ったりしないのかしら?」


「さ、さあ……?」


 スイセンなら積極的に行きそうな気がするんだけど。

 しかしスイセンは小道の陰から静かにアリウムさんを見つめているだけで、決して接触しようとはしない。

 思えば僕、スイセンとアリウムさんが、今どれくらい仲が良いのかもまったく知らなかった。

 今朝アリウムさんのことを見ようと思って、ギルドに行こうとしたのだが、結局進路を図書館に変えてしまったし。

 二人が接触する場面を目撃できる機会はまったくなかったのだ。

 もしかしてほとんど会話もしない間柄なのだろうか?

 てっきり僕は、普段からすごく仲が良くて、むしろスイセンから積極的にアプローチしているものだと思っていたんだけど……


「何よあいつ。もしかしてあの見た目と性格に反して、とんでもない“奥手”って言うつもりじゃないでしょうね? それが抱えてる“悩み”なのかしら?」


「……ま、まあ、その可能性もあるとは思うよ」


 あの様子を見る限りだと、僕もそのように思えてきてしまう。

 考えてみれば、スイセンは思いのほか慎重な考えの持ち主だ。

 アリウムさんへの告白を成功させるために、まずは自分自身が強くなろうと決めていた。

 奥手で慎重だからこそ、告白を完璧なものにするために、スイセンは育て屋の僕を頼ってきたのではないだろうが。

 もしかしてそんな臆病とも言えるような“奥手な心”が、スイセンの“悩み”なのだろうか?


「意外と言えば、まあ意外だけど……」


 やがてアリウムさんが小道の前を通り過ぎて行くと、それを最後までしっかりと見つめていたスイセンが、小道から通りに戻って来た。

 そのまま再び進み始めてしまったので、僕たちも慌てて彼の後を追いかける。

 その後は特に何事もなく、スイセンは西区にある一軒の宿屋に姿を消した。

 とりあえず一日の尾行を終えて、僕たちは一息入れる。


「で、どう? あいつの悩みに繋がりそうな手掛かりは見つけられた?」


「うーん、どうだろう……?」


 はっきりとしたヒントは得られなかったけれど、少しだけ気になることは見つけられた。

 いつも自信過剰で自己肯定感の塊みたいなスイセンが、実は“奥手”だという意外性。

 果たしてあれがスイセンの悩みなのかはわからないけれど、その可能性は充分にある。

 ともあれ明日、このことをスイセンに問いただしてみることにしよう。

 それから一緒に悩み解決に向けて相談できればいいな。

 というわけで尾行も終えたところで、僕たちは今度こそ帰ることにした。

 夜もすっかり遅くなってしまったので、東区への近道をするために路地裏に入っていく。


 しかし、路地裏を少し進んだ、その瞬間――


「――っ!?」


 脇の小道から、突如として“黒ずくめの人物”が現れた。

 僕とコスモスは驚いたように飛び退いて、その人物を警戒する。

 真っ黒なフード付きマントと黒マスクで全身を覆っている者。

 体格からしておそらく“女性”。

 やがて路地裏の奥や後方の脇道からも、複数人の黒ずくめ集団が現れて、僕たちは見事に囲まれてしまった。

 街灯も僅かにしか入らない薄暗い小道に、静寂と緊張感が迸る。


「…………どう考えても、友好的な集団じゃないわよね?」


「まあ、友達になろうって感じじゃないね」


 黒ずくめの集団を警戒しながらそう呟いたコスモスに、僕は静かに頷きを返す。

 頭をフードやマスクで覆っていることからも、何かよからぬことを考えている連中なのは間違いない。

 それにどうやらただの物盗りとかでもなさそうで、的確に僕たちのことを狙って来ているようだった。

 僕とコスモスのどちらを狙ってのことか。あるいはその両方か。

 僕は一番始めに出てきた黒ずくめの人物をじっと”見据えて”、僅かな驚きを隠しながら問いかけた。


「……僕たちに何か用ですか?」


 問いかけを受けた黒ずくめは、単刀直入に驚くべき一言を投げてくる。


「スイセン・プライドから手を引け」


「はっ?」


「貴様が奴に協力している育て屋ということは知っている。ただちに手を引け。さもないと……」


「……」


 僕狙いの急襲だったのか。

 しかもまさかスイセンの依頼を止めようとしてくるとは思ってもみなかった。

 言ったところで、スイセンの依頼は告白を成功させるためだけのものだというのに。

 なぜそれを妨害しようとしているのだろうか?

 改めてこの黒ずくめたちが、僕を狙った集団だとわかると、コスモスが何かを思い出したように呆れ笑いを浮かべる。


「なんかこの展開、ちょっとだけ既視感があるわね。あんた、夜道を襲われる変な才能でも持ってるんじゃないの?」


「それはコスモスの兄貴のせいだろ……」


 以前にコスモスの手助けをした時も、同じように夜道で彼女の兄貴に襲われた。

 確かにあの時と少し状況が似ているかもしれない。

 それを僕の才能のせいにしないでほしいなぁ、なんて緊張感のないやり取りをしていると、再び目の前の黒ずくめの女性が語気を強めて言った。


「大人しくスイセン・プライドから手を引けば、手荒な真似はしない。だから金輪際、あの男には近づくな」


「……」


 警告を無視すれば痛い目に遭わせるという意思を感じる。

 どういうつもりでスイセンから手を引けと言っているのかは、正直さっぱりわからない。

 僕がスイセンに協力することで、この連中にとってどんな不利益があるのだろうか?

 それは知る由もないけれど……


『だから俺は、アリウム氏に心を奪われた。生まれて初めて人を好きになった。今まで救ってもらった分だけ、生涯を通してアリウム氏を支えていきたいと思うようになった』


 スイセンは今、強くなることを望んでいる。

 純粋な恋心に従って、告白を成功させるために育て屋を訪ねてきた。

 その気持ちが間違いだなんて思わない。

 誰かに迷惑を掛けるような行いだとも思わない。

 何より僕は育て屋として、『強くしてほしい』という依頼を最後まで全うすると、もう決めているのだ。


「僕はスイセンを助けるよ。悪いけど、あんたたちの言うことは聞けないな」


「……」


 反抗的な意思を示すと、黒ずくめの女性が手を上げて、周りの連中が一斉に動き出した。

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