第十話 「愛弟子の怒り」
テラさんとの会話の後。
そろそろローズが来る頃だろうかと思って、ギルドの前で待つことにした。
そのために屋内から外に出て、きょろきょろと辺りを見回す。
するとローズを発見することはできなかったけれど、代わりに町の通りに僅かな人だかりができているのを見つけた。
「……何の騒ぎだろう?」
少しだけ気になった僕は、釣られるようにそちらに歩いていく。
まばらな人ごみの隙間を縫って、集団の中央に近づいていくと、やがて中心の景色が明瞭になってきた。
そして中央から少しだけ離れたところに立って様子を窺ってみると……
「えっ……」
そこには、なんと待ち人のローズがいた。
待ち合わせの時間まであと少しだったので、近くに来ていたことに驚きはなかったけれど。
よもや人を集めていたのが彼女だとは思いもしなかった。
しかもどうやら集団の中央にいるのは彼女一人だけではなく、別の三人の人物も一緒にいる。
全員女性、というか女子。
心なしか萎縮した様子のローズを、半ば取り囲むような形で対峙している。
何やら人だかりを作っている原因はローズを含めたその四人のようだけれど、いったいどういうわけで人が集まってきたのだろうか?
「まだこの町にいるなんて、本当にしつこいわねあんた。さっさと冒険者なんか諦めて田舎に帰ればいいのに」
「……」
人だかりの隙間からそんな声が聞こえてくる。
三人組のうちの一人が、ローズに対して放っている台詞だった。
なんだか穏やかならない雰囲気である。
「なんだなんだ? 冒険者同士の喧嘩か?」
「なんか突然あの三人組が、赤髪の子に絡みに行ったらしいんだよ。で、少し言い返したら言い争いみたいになっちまったって」
人ごみの中からそんな会話が聞こえてくる。
つまりはローズが悪いというわけではなく、絡みに来たあの三人に非があるというわけだ。
どんな会話をして、言い争いにまで発展したのかはわからないけれど。
とにかく彼女たちの声は、いまだに大きく響き渡っている。
「もう才能がないのは自分でもわかったでしょ? あれだけ“私たちと一緒”に活動してても、まったく成長しなかったっていうのに、もしかしてまだ自分には冒険者の素質があるとか思ってるわけ?」
今の言葉を聞く限り、どうやらあの子たちはローズの元パーティーメンバーたちのようだ。
で、たぶん一番前で凄んでいる金色長髪の少女がパーティーのリーダーだろう。
ローズに攻撃的な言葉を送って威圧している。
そういえばさっきテラさんから聞いた話だと、ローズは前に所属していたパーティーに戻ろうとしていたみたいだ。
しかしそれはこっぴどく拒絶されてしまって、傷心している彼女を見兼ねてテラさんが声を掛けたとか。
もしかしてこの人たちが、その拒絶してきた元パーティーメンバーたちだろうか?
「無能なあんたに教えてあげる。どれだけ努力したって、才能がない奴は絶対に上には行けないのよ。今あんたがやってることも全部時間の無駄。さっさと荷物まとめて田舎に帰って、麦畑でも育ててる方が泥臭くてお似合いよ」
「……」
という罵りを聞いて、取り巻きの二人も大いに笑っていた。
一方でローズは目に涙を浮かべて、何も言い返せずに立ち尽くしている。
彼女のその悲しげな表情を見た僕は、我知らず人ごみの中から一歩踏み出していた。
「ローズには才能があるよ」
「えっ?」
ローズの代わりに言い返すように、僕は彼女たちの会話に割って入った。
横から突然言葉を挟まれて、ローズを含む四人が驚いた顔を向けてくる。
あまり目立ちたくはないんだけど、これだけは見過ごすことはできなかった。
まだ知り合って間もない相手だけれど、放っておくのは心苦しいと思ったから。
「……誰よあんた? この役立たずの何なのかしら?」
「僕はローズの……」
金髪少女に問いかけられて、僕は思わず言い淀んでしまう。
僕はローズの……なんて言えばいいんだろう?
しばらく自力で考えてみたけれど、何も答えが浮かばず、堪らず僕はローズの方を振り向いた。
「えっと、あの……僕ってローズの何?」
「えっ? な、何と言われましても、それはもちろん……」
と、言いかけたローズも、思わずといった感じで首を傾げてしまった。
「な、何なんでしょうか?」
「ね。なんて言えばいいんだろうね?」
「ふ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ! 突然割り込んできて、あんたいったい何のつもりよ!」
いきなり空気を乱されたせいか、金髪少女は機嫌を損ねたように怒声を上げる。
僕とローズの関係を、一言で表現できる言葉が見つからなかったので仕方がないじゃないか。
と思いながらも、ようやくそれらしい台詞が思い浮かんだので、僕は金髪少女に言い返した。
「僕はローズの味方だよ。それ以上でも以下でもない」
「味方? あぁ、そういうことね。どこのパーティーにも相手にされないからって、あんたこんな男一人に泣きついたってわけ? 本当に情けない奴ね」
「……」
ローズに対する罵倒がなおも続く。
彼女に対して並々ならぬ嫌悪感があるみたいだが、その理由を探る暇もなく金髪少女が僕に言った。
「それにあんたも見る目がないわね。そんな役立たずとパーティーを組むだなんて。大方顔だけが好みで承諾したって感じかしら? 趣味も悪いみたいね」
「別にパーティーを組んだわけじゃないけど……」
説明するの面倒だなぁ。
どうもこの子は、ローズが僕に泣きついて、パーティーを組んだコンビだと思っているみたいだけど。
本当は成長の手助けをしているだけなのに。
と、あれこれ言い訳のように語るのも手間だったので、僕は言いたいことだけをズバリと告げることにした。
「まあとにかく、ローズには才能があるよ。君の言ってることは間違ってる」
「はっ! 負け惜しみ言ってんじゃないわよ! そいつは一年も冒険者活動をしておいて、いまだにレベル3なのよ。スキルも魔法も使えない、恩恵能力値も最低クラス。そんなことも見抜けないだなんて、あんたも才能なしの三流冒険者なのかしら。どうも目が腐ってるみたいだから、ハエがたかる前に治療院に行ったほうが……」
金髪少女が言いたい放題に喚く中、意外にも僕の後ろにいたはずのローズが、前に出てきた。
僕と金髪少女の間に割って入り、頑張って鋭い目つきを作って少女を睨めつけている。
その思いがけない視線を受けて、一瞬は動じた金髪少女だが、すぐに彼女は不快そうに眉根を寄せた。
「……いったい何のつもりかしら?」
「わ、私の悪口は、いくら言っても構いません。ですけど……」
ローズは意を決したように息を飲み、真のある声で少女に言った。
「私の大切な恩人を貶すことだけは、絶対に許せません!」
「……」
三人組の少女たちは驚いたように目を丸くする。
同じように僕も驚かされて、赤髪の少女を見開いた瞳で見つめてしまった。
まさかあの穏やかなローズが激情をあらわにするとは思いもしなかった。
それに僕のことを大切な恩人と言って庇ってくれたのも、とても驚きである。
「謝ってください」
「はっ?」
「ロゼさんに、謝ってください!」
ローズは絞り出すような声で金髪少女に文句を言っている。
しかし心根ではやはり怖いのだろう、彼女の手は密かに震えていた。
予想外の反応を返されて、一時は固まっていた金髪少女だったが、やがて怒りの感情が勝ったのか額に青筋を立てた。
「なに調子こいてんのよあんた……! 泣き虫ローズの分際で、よく私にそんな口利けるわね……!」
「――っ!」
ローズの顔が怯えるように引き攣る。
けれど決して目を逸らさない。
真正面から相手と向き合っている。
ただならぬその雰囲気に、いよいよ金髪少女から手が出るかと思ったけれど、彼女はローズを嘲笑うように続けた。
「はっ! いいわよ別に、そいつに謝ってあげても」
「えっ……」
「ただそれなら、私の言葉が正しくなかったっていうのを、あんた自身が証明しなさいよ」
どういう意味だろう、と誰もが疑問に思う中、金髪少女がさらに続ける。
「一週間後に昇級試験があって、私たちはそれを受けるわ。だからあんたもその試験を受けなさい。もしそこで四級に上がることができたら、その男の見る目は正しかったってことになるわよね。それなら私は間違いを認めて謝ってあげてもいいわよ」
ローズには冒険者の才能がある。
その言葉を証明するために昇級試験を受けろ。
確かに冒険者の才能を示すなら、冒険者階級を上げるのが一番の証明になる。
「でもその代わり、もしそれができなかったら、あんたたちが私たちに頭を下げなさいよ」
「えっ?」
「生意気な口を叩いてごめんなさいって、昇級できなかったら地面に頭を擦って謝りなさい。才能がないくせにこの私に歯向かったんだから当然の罰でしょ?」
金髪少女は不気味な笑みを頬にたたえた。
釣られて取り巻きの二人もクスクスと笑っている。
対してローズは唐突な提案を受けて、何も返せずに固まってしまった。
「それとも何? やっぱり才能なしのローズちゃんは、怖気付いて昇級試験もまともに受けられないのかしら?」
「……っ!」
ローズは悔しそうに歯を食いしばるけれど、やはり言葉を返せない。
一週間後に昇級試験を受けて、そこで合格する自信が今の彼女にはないのだろう。
無理もない。昨日の修行でレベルは7まで上がったが、実力はまだ駆け出しの域を出ていないのだから。
最下級の五級冒険者から四級冒険者に上がるには、まだ時期が早いように思える。
しかし衆人環視の中で挑発を受けて、何も言い返せないのは悔しくてたまらないのだろう。
だから、というわけではないが、僕がローズの代わりに少女に言った。
「わかったよ、それでいこう」
「はっ?」
「一週間後の昇級試験で、ローズが四級に上がることができたら、君はローズの頼みを聞き入れる。もし昇級できなかったら、僕とローズが君の頼みを聞くってことでいいかな」
金髪少女は意表を突かれたように目を剥く。
僕の発言に耳を疑っている様子だった。
「あんた正気? 本気でこの能無しが四級に上がれると思ってるの?」
「今のままだと確かに難しいかもしれないけど、それまでに力を付ければ不可能じゃないよ」
「“それまでに”って、あとたった一週間で?」
「“一週間も”あるじゃないか。それだけの時間があるなら充分だよ。僕がローズを、昇級試験に合格させる」
「――っ!」
別に挑発したつもりはない。
けれど彼女は不快な気分になったのだろうか、凄まじい剣幕で怒声を放った。
「調子に乗っていられるのも今のうちよ! 試験日までせいぜい無駄に足掻くといいわ! 約束の件、絶対に逃げるんじゃないわよ!」
そう言い残して、少女は仲間たちと共に町の中へと姿を消した。