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第一話 「育成師はもういりません」

 お知らせです。

 この度、『はじまりの町の育て屋さん』のコミカライズが決定いたしました!

 ここまで応援してくださり、誠にありがとうございます!

 4月30日(火)配信予定のコミックライド5月号より連載スタートです。

 作画は『(さかき)』先生に担当していただきます。

 よろしければご覧になってみてください。


 追加の情報がありましたら、活動報告にてお知らせさせていただきますのでよろしくお願いいたします。


「アロゼ。あんたもういらないから、さっさと出て行きなさいよ」


 魔獣討伐の依頼から帰ってきた直後のことだった。

 突然、宿屋の一室に呼び出されて、明日の討伐依頼の話し合いでもするのかと思いきや。

 勇者ダリアは、僕にクビを宣告してきた。


「私たちは今日の冒険でレベル限界値に到達したし、他人の成長の手助けしかできない【育成師】はもういらないのよ。これから本格的に魔王軍と戦うつもりだし、足手まといになられても困るのよね」


 という話を傍らで聞いていた他の仲間たちも、ダリアの意見に賛同するように頷いている。

 そう、今日の冒険で晴れてこのパーティーのメンバーは、全員がレベル限界点に到達した。

 他人の成長の手助けしかできない、育成師の天職を持つ僕は、言ってしまえば用済みということである。

 急な話ではあるが、最近やたらと仲間たちが冷たい態度をとってきたので、こうなるのではないかと薄々感じていた。


「……確かに僕は、育成師の力を除いたらただの役立たずかもしれない。みんなに比べて戦闘能力も低いし、特別な才能があるわけでもない。でも支援魔法で戦闘の補助ができるし、他にも索敵とか……」


「私たちはもう限界値って言われてるレベル50なのよ? 今さら支援魔法なんて必要ない。無理して連れてくほどの価値は、あんたにはないわ」


 天職。

 人が生まれながらにして神様から授かる力。

 天職をその身に宿すと“スキル”や“魔法”といった超常的な力を行使できるようになる。

 同時に素の身体能力に加えて“恩恵”という力も上乗せされる。

 魔獣に対抗できる唯一の力とされており、天職の力を使って魔獣討伐を行う者を『冒険者』と呼んでいる。

 そして僕の天職は育成師。

 戦闘能力は低いが、その代わりに他人の成長の手助けと戦闘の補助ができる、少し珍しい力だ。

 対して目の前にいる勇者パーティーの主力四人は、戦闘能力が極めて高いと名高い最上級の天職を持っている。

 剣聖ダリア、聖女アイリス、賢者グリシーヌ、聖騎士ユーストマ。

 特に剣聖ダリアは、最年少で一級冒険者に駆け上がった逸材で、その栄誉を称えられて『勇者』の呼び名を授与された。ゆえにダリアが率いるこのパーティーは勇者パーティーと呼ばれている。

 確かに彼女たちに比べたら、僕は戦闘能力が心許ない。

 支援魔法や補助系スキルで戦闘の補助ができると言っても、すでに完成されたこのパーティーには不要なものだ。

 でも……


「みんなで魔王討伐を果たそうって、パーティーを結成した時に約束したはずだろ」


「そんな約束覚えてないわよ。だいたいあんた、その実力でこの先の戦いについて来るつもり? 言っておくけどあんたが危なくなっても、私たちは助ける気まったくないからね」


「……別にそれでもいいよ。僕のことは助けなくてもいい。自分の敵は自分でなんとかするし、君たちへの支援も雑用も変わらずさせてもらう。だから…………」


 必死に説得しようとするけれど、そのタイミングで緑髪の巨漢が割り込んできた。

 聖騎士ユーストマだ。


「はっ! そう言って俺たちだけに戦わせて、甘い汁吸う気なんだろ」


「えっ?」


「自分はもう育成師の役目を果たしたからって、戦いにはほとんど参加しねえで、強くなった俺たちだけに戦わせようとしてんだろ。で、魔王軍を討伐できたらパーティーメンバーの一人として、我が物顔で手柄を受け取るつもりなんだろ」


「我が物顔って……」


 確かにこのパーティーの主力は僕以外の四人だ。

 僕は支援に回ることしかできず、必然的にみんなに戦ってもらうことになる。

 でもそもそもこの四人がここまで成長できたのは、言っては悪いけど僕の育成師の力があったからだと思う。


【応援】・レベル10

    ・付近にいる人間に効果反映

    ・神素取得量5倍


 育成師の最大の強みである『応援』スキル。

 近くにいる人が魔獣を倒すと、通常の五倍の『神素』を得ることができる。

 神素とは、魔獣討伐の成果に応じて神様が与えてくださる成長の糧。

 端的に言えば、神素を得るとレベルが上昇して強くなれるのだ。

 勇者パーティーはこの応援スキルによって爆発的に成長して、駆け出しからたった三年で最高レベルにまで到達した。

 ダリアが最年少で一級冒険者に上がって『勇者』の称号を得ることができたのも、本人が育成師の力のおかげだと口にしていたほどだ。

 だから、もし魔王討伐が叶ったら、胸を張って手柄を受け取るつもりはないけど、勇者たちの成長に手を貸したということで少しくらいは分け前をもらっても許されるんじゃないのか。

 と、内心で思ったのだけれど、そう考えているのはどうやら僕だけだったようだ。

 ダリアに執心している聖女アイリスと賢者グリシーヌも、僕に敵対する目を向けている。

 ここに僕の味方はいないらしい。


「……うん、わかった。じゃあ僕は出て行くよ」


 このまま言い争いを続けていても時間の無駄だと悟り、僕は諦めをつけた。

 確かに、みんながレベル限界値に到達した今、僕が役に立てることはほとんどなくなった。

 この先、足を引っ張るだけの存在になるなら、いっそ抜けてしまった方が楽である。

 何よりこの空気感で、今後も仲間同士として苦楽を共にできるとはとても思えない。


「物分かりが早くて助かるわ。てっきり泣きついてくるかと思ったけど」


「……そんなことしないよ」


 本当はそうしたいところだけどね。

 僕にはまだ勇者パーティーに残ってやりたいことがある。

 魔王の一人である竜王ドランを倒し、竜王軍を壊滅させることが僕の目的だったからだ。

 その悲願を達成するのなら、勇者パーティーの一員として活動するのが一番だと思っていたんだけど、こうなってしまったらもう仕方がない。

 僕はパーティーメンバーたちが冷ややかな目を向けてくる中で、荷物をまとめようとした。


「あぁそれと、あんたが身につけてる装備や道具は全部置いて行きなさい。それは私たち勇者パーティーの所有物なんだから」


「……わかったよ」


 僕は潔く、自前の持ち物以外の装備と道具を置いていく。

 本音を言えば、育成師として役目を果たした報酬として、何かしらもらってもいい気がするんだけど。

 勇者パーティーを完璧に成長させました! ってことで金一封とかさ。

 でも今のこの雰囲気でそんな図々しいことは口にできない。


「じゃあ、僕はもう行くよ」


 支度を終わらせた僕は、そのまま宿部屋を後にしようとした。

 だが、扉を開けたその時、ふと思い立ってダリアたちの方を振り返る。


「……最後に、一応忠告しておくよ」


「はっ? 何よ?」


「この先の森王軍の侵域に行くつもりみたいだけど、それはまだやめておいた方がいい。確かに君たちは強くなったけど、早く強くなりすぎたせいで、戦闘経験がまだ……」


「あんたに私たちの何がわかるのよ。勇者パーティーは次の遠征で森王軍の侵域に攻め込む。これは決定事項よ。私たちの成長の手助けをしたからって、何もかもわかった気になって知ったかぶらないでよね」


「……」


 最後まで冷たい態度で突き放された僕は、そのあと何も言わずに部屋を出た。

 まあ、僕の取り越し苦労かもしれないし、余計なお世話だったかもしれない。

 ダリアたちは最上級の天職を有していて、レベルも最大まで成長している。

 これまでも数多の強敵たちを倒してきたわけだし、今のままでも魔王軍には通用するだろう。

 僕としては、ダリアたちは若干“早く成長しすぎてしまった”感じがするから、もう少しだけ実戦を積んでから魔王軍に挑んでほしかったけれど。


「……いや、僕にはもう関係ないか」


 僕はすでに勇者パーティーの一員ではない。

 東の勇者ダリアが率いる冒険者パーティー――『平和のお告げ(ピースサイン)』を追い出された身なのだから。

 心配したところで意味なんてない。

 遅まきながらそうとわかって思考を遮断するけれど、僕はあることを思い出して足を止めた。


「あっ、冒険者手帳」


 ダリアたちに返した道具袋の中に、冒険者手帳を入れっぱなしにしていた。

 あれがないと冒険者ギルドで依頼を受けられない。

 これからも必要になるだろうし、一応再発行はできるけれど、手続きが面倒だし。

 物凄く気まずいと思ったけれど、部屋に取りに戻る。

 重い足取りで扉の前に辿り着き、意を決して中に入ろうとすると……


「あんなテキトーな説得で言い包めることができるとは思わなかったよ」


 扉の奥から、ユーストマの声が聞こえた。

 内容からして、僕に関する話をしているのだと思われる。


「あいつ、言うほど役に立たねえってわけでもねえのに、ダリアが無理のある説得始めて笑っちまいそうになったよ」


「うるさいわね。ああ言うしか追い出す手はなかったんだから仕方ないでしょ」


 今度は聖女アイリスの無機質な声が聞こえてくる。


「アロゼ、もう少しこき使っても、よかったんじゃない?」


「ダメよアイリス。これから本格的に魔王軍の侵域に攻め込もうとしてるのに、それでもし討伐が叶って分け前が減ったら困るじゃない。何よりあいつがいるせいで、これから私たちがいくら活躍しても、全部あいつに評価が奪われる可能性だってあるのよ。そんなのムカつくでしょ」


「ダリアがそう言うなら、そうかもね」


 僕に評価を奪われる。

 確かに勇者たちを育て上げた育成師がパーティーにいたら、彼女たちが活躍する度に育成師の評価が上がるようになる。

 すべて育成師がいたおかげ、という評価をされたら、ダリアたちは気に入らないはずだ。

 僕を追い出した“本当の理由”はこれだったのか。

 前々からプライドが高い人たちだと思っていたけれど、僕に評価が流れることがそんなに気に食わないのか。

 今度は賢者グリシーヌの声が扉の向こうから聞こえてくる。


「まあ、ここまで成長させてくれたということで、そのお礼に退団金とか渡してもよかったのではないですか?」


「それもダメよ。このパーティーを退団した後ででかい顔されるのも腹立つし、クビにして追い出すのが一番よかったのよ。ていうかこれが、育成師の正しい“使い方”でしょ」


「……」


 嘲笑まじりのその台詞を最後に聞き、僕は部屋の前から逃げるように走り出した。

 育成師の力を利用するだけしておいて、自分たちが成熟したら用済みだと切り捨てる。

 冷たい意見だけれど、確かにそれが賢いやり方だ。

 これから自分たちが活躍するほど、それを育て上げた育成師にも手柄が流れてしまうわけだから。

 プライドの高いダリアなら、そんなの絶対に許せないはず。

 その前に切り捨てるのが育成師の正しい使い方。

 

「……くそっ」


 パーティーを追い出されるのは、何もこれが初めてというわけではない。

 以前にも似たような経験をしたことがある。

 少しの間だけパーティーに入れてもらって、仲間たちが育つや追い出されるということは何度もあった。

 というのも勇者パーティーに入る以前は、僕自身は戦闘の支援もできない役立たずだったからだ。

 成長の手助けしかできずに追い出される日々で、それが悔しかったから戦闘の手助けができるように修行したのだ。

 そして力を付けた僕は、三年前にまだ駆け出しだったダリアたちに目を留めてもらい、パーティーに入れてもらうことができたんだけど……


『あんたの力を私たちに貸しなさい。代わりに一緒に魔王軍を討ち倒してあげるから』


 その誓いも虚しく、最後はこんな形でパーティーを追い出されてしまった。

 せっかく竜王ドランを……両親を手に掛けた憎き相手を討ち倒すチャンスだったのに。

 僕の両親はすでに他界している。

 父さんと母さんは、生前冒険者だった。

 数少ない一級冒険者として活躍していて、当時は最有力パーティーに数えられるほどの力を持っていた。

 けれど魔王軍の一つである竜王軍との戦いで命を落としてしまった。

 両親を直接手に掛けたのは、魔王の一人である竜王ドランだったと聞いている。


「……いや、もういいか」

 

 できれば自分の手で仇は取りたかった。

 そのために僕は冒険者を志したのだけれど、結果的に他の誰かが竜王軍を壊滅させてくれたらそれで構わない。

 きっと勇者パーティーか他の人たちが、竜王ドランを倒してくれるに違いない。

 僕はもう疲れてしまった。

 戦力として頼りない分、支援や雑用で勇者パーティーに尽くしてきたつもりだったけど、その頑張りはすべて無駄に終わってしまった。

 こんな思いは、もう二度としたくない。


「……帰ろ」


 これからどうするか考えたけど、とりあえずは故郷の『ヒューマス』に帰ることにしよう。

 父さんと母さんが残してくれた家もあるし、二人のお墓もずっとほったらかしにしていたから。

 それにあそこなら、穏やかな暮らしができると思う。

 駆け出し冒険者が集う町――ヒューマス。

 少なくとも僕が暮らしていた時は、魔王軍の侵域からも遠くて治安もよかった。

 勝手知ったる町でもあるので生活するのも慣れているし、ギルドには低級の依頼がたくさんある。

 これからは駆け出し冒険者に混じって、細々と活動することにしよう。

 もう誰かに利用されたりバカにされるのは御免だから。


 僕は勇者パーティーを追い出されて、故郷の駆け出し冒険者の町に帰ることにした。

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