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第99話 強い者こそ

ライベルの下町で住民の水銀中毒治療をしていたところ、城の兵士に取り囲まれ、インチキ呪い師として捕縛され、城まで連れて行かれた。


捕縛といっても実際に縄で縛られたわけでもなく、この要塞都市の幹部と面会するために捕縛に来た兵士達を利用したというのが正直な話だ。


今は、城内の取調室のような場所で軍の幹部ガラク大隊長と対峙している。


「お前が噂の呪い師か?」


ガラクが鋭い視線を俺に向ける。

俺は、目を逸らさずに、その視線を受け止める。


「違うね。俺はただの人狼、ソウだ。」


「ほう。そのただの人狼さんが、なんでこの街の疫病対策を邪魔するのだ。聞くところによると城の井戸水は毒だと、虚偽の噂を流しているそうじゃないか。それだけでも死罪にあたるぞ。」


ガラクは更にすごみを効かせた。

俺は臆することなく答えた。


「嘘じゃない。事実だ。井戸の水を検査した。明らかに毒物反応があった。間違いない事実だ。」


「お前の言うことが本当なら城主が民に毒を販売していたことになる。そんな事実は絶対にないな。」


おそらくガラクはこう言いたいのだろう。

もし科学的根拠があったとしても、それでは統治者が領民を守るどころか金儲けのために領民に毒を買わせたということになる。

そんな事実は絶対に認めるわけにはいかない。


「科学的な根拠があってもか?」


「科学がなんだか知らないが、どんな事があろうとも獅子王様の名が汚れることはあってはならんのだ。

この街は獅子王様の弟君が治める街、その町の長が金儲けのために毒をばらまいた等と言うことがあろうはずもないのだ。

もしあるとすれば、どこぞの誰かが獅子王様の名を汚すため、疫病が流行り始めた後、井戸に毒を流し込んだのだろう。」


ガラクがそう言うと、兵士達が一斉にこちらを睨んだ。

どうしても俺を犯人にしようと言うのか・・

ガラクからは悪人の匂いはしないが、獅子王に対する忠誠心のため現実が見えなくなっているような気がする。


「わかった。何を言っても無駄のようだな。俺は下町に戻り、治療を続ける。後のことはしらん。勝手にすればいいさ。ロダンさん。無駄足だった。帰ろう。」


俺が席を立つと兵士達が一斉に武器を構えた。

小隊長が前に出る。


「か、かえすわけには、・・いかんぞ。」


小隊長の足は震えている。


「じゃ、どうするんだよ。俺は勝手に帰るぞ。」


隊員が先回りしてドアを塞いだ。


「はぁ・・・面倒だなもう。」


俺はドアとは反対方向の壁に拳を突き出した。

壁はレンガ造りだったが、俺の拳はいとも簡単に壁を突き破った。

手拳と蹴りを加えて、またたくまに人が通れる位の穴に広がった。


兵士達は驚いて身動きがとれない。

先に雷鳴剣の威力を見せているせいもあるのだろう。


外へ出たところ、騒ぎを聞きつけて庭にいた兵士達も集まって来て、俺は50名程度の兵士に囲まれることにになった。

俺はガラクに向いて言った。


「どうすんだい。ガラクさんよう。俺は戦いたくないが、無理に捕まえるなら抵抗するぞ。手加減はしてやるが、殺さないと約束は出来ない。このまま逃げ出してもいいが、それだと後から治療場所まで追いかけてくるだろ?どっちにしても死人が出るぜ、兵士か病人のな」


ガラクが俺の前に進み出た。


「たいそうな自信だな。この人数相手に逃げ切れると?それどころか、まるで戦いになれば一方的に勝つようないいぐさだな。」


だって、そのとおりなのだもの。


「ああ、いい武器を持ってるからな。」


俺は雷鳴剣2を取り出した。

本当は素手でも勝てる相手だが、本当の実力は隠しておきたかった。


「やはりな。その自信は、その武器からくるのだな。」


俺は雷鳴剣2を庭の隅にある大木に向けて振り切った。

稲妻が俺を取り囲む兵士の間を縫って大木めがけて走った。

最初より威力を込めていたので大木は根元から木っ端微塵に粉砕された。


命中と同時に周囲の空気は震え地響きが走った。

多くの兵士がその場に座り込み、耳を塞いだ。


「ああ、そうさ。この武器のおかげだ。もう一度聞こう。俺と戦いたいのか?」


俺は剣先をガラクと小隊長に順次向けた。

ガラクは微動だにしなかったが、小隊長は耳を塞いで、その場に座り込んだ。


「ふむ。部下達では相手にならんようだな。かといって、このまま見逃すわけにはイカン。どうだソウとやら。この国の風習に従うつもりはないか?」


ガラクは落ち着いている。


「風習って?」


「決闘裁判だ。」


ガラクの説明では、この国の古くからのしきたりで、何かの裁判で決定的な証拠がない場合や、当事者同士の意見がぶつかり合って決着が望めない場合など決闘により白黒つけるという習わしがあるそうなのだ。

つまり『強い者が正しい』という訳だ。


俺は決闘している時間など無いのだが、ここで兵士相手に戦うわけにも行かない。

無意味な殺生をしたくないのだ。

望みはしないがガラクの申し出を受けることにした。


「で、誰が相手なんだ?」


ガラクはニヤリと笑った。


「他におるまい。大隊長としてじゃなく。ガラク個人として戦ってみたいわ。グハハ」


なぜだかガラクは嬉しそうだ。

オーガという種族は戦闘種族と聞いているが、その本能が顔をのぞかせているようだ。


「で、今からやるのか?」


「いや。二日後、競技場で。それなりに手続きがいるんでな。」


「逃げるかもしれないぜ?」


「いいさ、逃げれば。逃げれば有罪確定。インチキ呪い師のソウが逃げたという事実が残るだけだ。俺としては残念だがな。強いやつと戦う機会を逃すのが。」


「わかった2日後、闘技場だな。必ず行く。武器は使ってもいいのか?」


「かまわんぜ、さっきの使いな。俺もそれなりの武器を使わせてもらう。」


ガラクは相当の強者のようだ。

さっきの雷鳴剣の威力を見ても、それを使っていいという。

おそらく雷鳴剣に匹敵する武器か、それ以上の何か隠し技を持っているのだろう。

もっとも俺も実力はまだ見せていないのだからお互い様だが。


ガラクとの決闘裁判を約束してから一度、商工会議所へ戻ってきた。

商工会議所には多くの患者が俺の帰りを待ちわびていた。

すでにトリアージはなされていて、俺は重症患者から治療を始めた。

その日の深夜までかかって約800人の治療を終えた。

治療を終了してから、商工会議所の会長室で用意された食事を取った。


「よかったのでしょうか?ソウ様に決闘などさせて。」


商工会議所会長のロダンさんが心配そうにつぶやいた。


「いいですよ。決闘なんてしたくないけど、俺があの場で戦えば多くの死傷者がでたでしょうし、ロダンさんにも迷惑がかかる。それにちょっと楽しみなんですよ。」


「楽しみとは?」


「しばらく本格的な戦闘をしていないので、自分がどれだけ強くなっているのか試してみたいという気持ちもあるんです。」


一緒に食事をしていたドルムさんが、俺を見た。


「ソウは強いよ。間違いない。ブテラに居た頃に比べりゃ、雲泥の差だ。あの穴ぼこだらけにされた時にくらべればな。アハハ」


決闘することになった経緯はドルムさん達にも話していた。

穴ぼこというのは、ブテラでアキト達に襲われたときのことを言っているのだろう。

確かにあのときは死を覚悟するほどの大怪我だった。


「あの時は、お世話になりました。でも、その話は無しですよ。アハ」


「すまん。すまん。ハハ、あの姉ちゃん思い出しちまうな。」


あの姉ちゃんというのはヒナの事だろう。


「それも無し。!」


「ほい。」



その頃、ヒナ達は、それぞれの部隊に配属済みだった。

レン、イツキは第二師団第一大隊、ウタは軍団部魔法部隊予備軍、リュウヤとツネオは第二師団第三大隊、アキトは近衛師団第1大隊に配属されていた。

そしてヒナは第二師団第一大隊の看護部隊に居た。


ゲラニ軍は5個師団、約4万人から構成されている。

それにヒュドラ教からの応援部隊1万人を加えると、総勢力5万人の軍事勢力を持っている。


各師団を率いるのは将軍でその下に、師団長、大隊長、小隊長と続く。

軍の階級は、王、各大臣、将軍、将軍補佐官、大佐、中佐、少佐、上級陸士、2級陸士でヒナはその2級陸士だ。


陸士はあくまでも階級で、その職種は多岐にわたる。

例えば、歩兵、魔術師、補給兵、看護兵などの係がある。


中には騎兵もいるが、馬に乗れるのはほとんどの場合上級陸士からだ。

今ヒナが所属する第二師団第一大隊は首都ゲラニを出立して、第一の目的地ジュラへ行軍している途中だった。


いまの季節は冬で、街道とはいえ路面には雪が積もっていて行軍には適さない時期だった。

それでも、春になってから侵攻していたのでは時期を失すると判断した軍運営部は、真冬は超すことが困難な、敵陣地ベルヌ山脈の手前までは、軍を進めておくことに決定したのだ。


ベルヌ山の手前ゲラン側にはセプタの街がある。

セプタまで兵を進めておけば、雪解けと同時にジュベル国へ攻め入ることが出来る。


ベルヌ山を超えればジュベル国領地のネリア村等の小集落があり、そこを襲って食料を補給しつつ、最初の要塞都市「ライベル」を攻略する予定で居た。

ヒナはその先発部隊にいて最初の目的地ゲラニ国領ジュラへ向かっていた。


「ヒナ陸士!」


馬上の上級兵からヒナに声がかかった。


「はい。」


「部隊先頭まで走れ、大隊長殿の看護をせよ。」

「はい。」


ヒナの隣に居た女性兵士がヒナの見耳元でささやいた。


「隊長、イタズラ好きだから気をつけるのよ。」


ヒナは、その女性兵士に微笑み返して小声でささやいた。


「はい。大丈夫です。ありがとうリナルさん。」


女性兵士の名前はリナルという名前のようだ。


ヒナはすでに行軍によって踏みしめられた雪道を小走りにして先頭の幹部馬車まで急いだ。

ヒナの心は憂鬱だった。

大隊長の看護というのは名目だけのことで、実際は長時間にわたるヒーリングとマッサージを要求されるのだ。


性的な目で見られることもあった。

さすがに肉体的な被害を受けたことはないが、あの大隊長の嫌らしい目つきはおぞましい。

ヒナは生理的に大隊長が嫌いだった。


「おお、きたか。ヒナ陸士。いつものやつをやってくれ。凍傷の治療だ。」


実際は凍傷など無い。せいぜい霜焼けかアカギレだ。

それでも軍の幹部命令には逆らえない。


「はい。ピュレ大隊長殿。失礼します。」


ヒナは馬車の中で毛布をかぶって寝転んでいる大隊長のそばに侍り、毛布をめくって大隊長の下半身を露出させた。


「キャッ!!」


ヒナが大隊長の下半身にかけた毛布をめくったところ、大隊長は下着を着用していなかった。

この世界に、そんな言葉があるかどうかはさておいて、ひどいセクハラ、パワハラだ。

少なくともイタズラという言葉でくくれる行為ではない。


「あはは、忘れておった。さっき治療のためにズボンを脱いだ時に一緒に脱げたのを。あはは。」


(わざとにきまっているわ・・・)


大隊長ピュレは、中年小太り、絵に描いたようなガマ親父だ。

顔は醜く、太っているが、なぜだかこの世界では、こんなガマ親父がハンサムの部類にはいるらしい。

他の女性看護兵士から


「ヒナさんはいいわね。隊長のお気に入りで。」


とか


「大隊長、いろけがあるわよね。男前だし。」


等という話を聞かされたことがある。

また


「どうしてヒナみたいな不細工が大隊長のおそばに・・」


等という陰口を耳にしたこともある。

どうやら、ヒナの居た世界と、この世界の美的感覚はかなりのずれがあるようだ。

ずれというよりも人相の評価に関しては逆転しているような気もする。


ヒナは下着を履いたピュレの足にヒールをかけた後、筋肉をもみほぐす作業を2時間ほど続けさせられた。


腕が疲れるのもいやだが、なによりも、このガマ親父の体に触れ続けなければならないことが苦行だった。


吐き気がするのを我慢して、時には自分にヒールをかけて我慢した。

隊長の看護が終わり、自分の部隊に戻った時、女性兵士のリナルが声をかけてきた。


「ヒナさん。お疲れ様。大丈夫だった?」


「リナルさん。ありがとう。大丈夫です。ヒールを何度か施しただけですから。」


ヒナはリナルに笑顔を返した。


「そう?困ったことがあったら何でも言ってね。私も遠くの国からの移民だから。・・・困った時はお互い様よ。ねっ」


リナルも笑顔を返した。

リナルの暖かい言葉は素直に嬉しかった。

それでも今のヒナの境遇が苦しいことには変わりない。

優しい言葉をかけてもらいたい人物は他にいる。


(ソウちゃん。・・・)


ヒナは現実から目を逸らし、心はソウを見ていた。

会えない時間が長くなるほど恋心が募るというのは本当かもしれない。





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