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第58話 首都

キノクニキャラバン・ブンザ隊は、グラダの街を後にして、ゲラン国の首都、ゲラニへ向かっていた。

街道周囲はのどかな農耕地帯が続く、主な作物は小麦のようだ。


収穫間近の黄金色の穂が風に揺れて幻想的だ。

その風景が延々と続く。

ところどころに農家が見える。

街道は良く整備されていて馬車の揺れも少ない。

首都に近いせいか、行き来する人影が多い。


通行人は、行商人か農民がほとんどだが、急ぎ足で首都に向かう兵士風の旅人もちらほらいる。

俺達は用心のため、ウルフを仕舞って、1番馬車と2番馬車に分かれて乗車している。


ウルフは目立つし、ブテラでの戦闘で、ヘレナ達にも目撃されている。

用心に越したことはない。

俺は先頭のブンザ隊長の隣で馬に乗っている。


旅の途中、


「馬にも乗れないようじゃ駄目だな。副隊長の名がすたる。」


とドルムさんに、からかわれたので、ケンタ副隊長にお願いして騎乗方法を教えてもらい、馬も購入したのだ。


人狼になってからの俺は運動神経抜群で、騎乗して30分もすると、馬の扱いに慣れた。

今では、俺をからかったドルムさんより、乗馬が上手い。


「見えましたよ。あれがゲラニです。」


キャラバンが、小高い丘を登り切って下り坂になった時、ゲラニの全貌が見えた。

ゲラニは人口30万人位、ゲラン国の首都だ。

街の周囲は高さ5メートル位の石垣で囲われている。

街道正面の門以外は、見渡す限り、その石垣が続いている。


石垣の周囲は堀で囲われている。

石垣の中は、ごちゃごちゃとした街並みが続き、その街並みの遠くに更に石垣があり、内側の石垣の中には、綺麗な街並みが見える。

綺麗な街並みの中心部の丘に巨大な建物が見える。


その建物は赤茶けたレンガ造りの城で、大きさは日本の国会議事堂より、はるかに大きい。

何階建てなのかわからないが、高さは20メートル以上あるようで、建物の周囲にはそれ以上に高い物見の棟が立っている。


「あれが、ゲラニ城です。」


ブンザ隊長が教えてくれた。


「大きいですね。」


「ええ、大きいです。あの城の中だけでも一個師団、6000人程度の兵士が常駐できるそうです。今は出兵して少ないようですが。」


一国の城だから、それくらいは当然だろうな・・


「城には王族、貴族が住んでいて、城の周辺の綺麗な住宅街には上級貴族が住んでいます。下級貴族と平民は、その外ですね。」


俺達は丘を下り、街の玄関、正面の門にたどり着いた。


「キノクニキャラバン・ブンザ隊、まかり通る。」


ブンザさんの声に門番が反応し、門の前に構えていた車止めを外して、キャラバンが順次門の中へ入って行った。

門の中には更に門があり、その手前で、馬車一台一台が荷物と人員の点検をされた。


驚いたのは、俺達の世界の空港のように、犬が荷物を嗅ぎまわっている。

麻薬探知犬なのだろうか・・・


「隊長、あの犬は?」


「ああ、あれは禁制品の麻薬を嗅ぎ分ける犬です。最近、若者の間で麻薬が流行っているらしいのです。」


どこの世界でも同じだ。


馬を降りている俺に、その犬が近づいてきた。

麻薬探知犬は俺達の世界のドーベルマンのような犬で獰猛な面構えをしていた。

その犬は俺の匂いを嗅いだ途端に


「キャイン」


とひと鳴きして尻尾を丸め、その場に伏せた。


「どうした?リーヘル。」


その犬の手綱を握る兵士が戸惑っている。


犬は、俺の狼としての本質を嗅ぎ取ったのかもしれない。

その犬の件以外は、何事もなく俺達は、検問所を通過した。


検問所を出てから、広い通りをすすみ。5分程で、キノクニの管理地に着いた。


その場所は、宅配便の集積所のような場所で、学校の運動場3つ分くらいの広さがあった。

幾つもの馬車が並び、作業員が倉庫と馬車の間をせわしなく動き、商品の積み下ろしをしていた。


馬車の数は50以上はあるだろう。

作業している人はざっとみつもっても200人はいる。

皆そろいのキノクニ半纏を着ている。

キノクニは俺が想像していた以上に大きな組織のようだ。


俺が集積所の様子を見ていると、ブンザ隊長が声をかけて来た。


「シン副隊長、皆さんを宿舎に案内しますので、ついて来て下さい。」


俺達はブンザ隊長の案内で、集積所の裏側にある、建物へ移動した。

その建物は、綺麗な大理石で飾られた2階建ての建物だ。

宿舎というよりは、ゲストハウスというような感じだ。


「後で迎えをよこしますので、別の場所で今後のことを話し合いましょう。」


前日の夜、俺はブンザ隊長から、今後の予定を聞かれていた。

ブンザ隊長が気にしてくれていたのは、この街における俺達の身分だ。

この街は他の街以上に警戒態勢が厳しい。


俺達の世界で言う「警察組織」が発達しているようで、あちこちに番所や検問所があり、何かにつけて、身分を確認されるそうだ。

本来俺とドルムさん、ピンターは逃亡奴隷だ。


逃亡奴隷だけならまだしも、俺には殺人指名手配という嬉しくないおまけもついている。


キャラバンで移動中は、ブンザ隊長の好意により、キノクニキャラバン隊員の身分を名乗らせてもらっていたが、それは仮の物であってキャラバンが解散した今は、元のお尋ね者だ。


ブンザ隊長はキノクニの正社員になるよう勧めてくれているが、そこまで迷惑をかけて良いものか迷って、未だに返事をしていない。

しかし、もう答えを出さなければならないだろう。


建物の中に入ると嬉しいことに8畳程の和室があった。

俺は靴を脱いで、畳に寝転がって手足を伸ばした。


「ふぃー♪」


久しぶりに畳に寝転がって気持ちが良かった。


「ふいー」


「フイー」


ピンターとルチアが俺の真似をした。


ドルムさん、ドランゴさん、テルマさんも畳に上がってくつろいでいる。

建物に入った時は気が付かなかったが、奥から女性が二人出てきてお茶の接待をしてくれた。


「ドルムさん。ブンザ隊長の好意に甘えてもいいものでしょうか?」


ドルムさんには、だいたいのことを話してあった。


「いいんじゃねぇか?借りたら返せばいいだけのこと。世の中って、そんなもんだと思うぜ。ブンザも借りた恩を返すつもりなんじゃねぇのか?」


ドランゴさんが体を起こしてこちらを向いた。


「ワッシは、難しいことは判らんでがすが。ブンザは貸し借りなんて気にしないと思うでがんす。


ブンザはワッシらを家族のように思ってくれてるんでやしょう。家族に貸し借りなんてないでやんすからね。」


ブンザ隊長とは一月近く一緒に旅をしてきた。

その間、お互いに命を支えあった。

期間は短いが、ブンザさんは、もう俺達の家族かもしれない。


「そうですね。うん。」


宿舎で風呂へ入り、旅の垢を落としてくつろいでいたところ、迎えが来た。


「ふ・く・た・い・ちょ♪」


アヤコだった。


アヤコに魔剣をやってから、アヤコはやけになれなれしくなった。

さっき、キャラバンの解散をしてからは、なおさらだ。


アヤコは普段の制服姿から、女性らしい恰好に変わっていた。

日本の女学生の様なスカートに大きな襟のついた上着、まるでセーラー服のようだ。

口には紅をさして、薄く化粧をしているようだ。


「お、アヤコ見違えたな。」


アヤコは少し頬を赤らめた。


「やだー、シン様、そんなに誉めても、なにもあげませんよ。ウェヘヘ♪」


俺は普段と違う服装のことを表現しただけで、特にアヤコの容姿をほめたつもりではなかったのが。・・・


アヤコの案内でゲストハウスから少し離れた2階建ての大きな建物へ入った。

キノクニの社屋だろう。

一階奥の応接室のような場所でブンザ隊長が待っていた。


「シン殿、考えはまとまりましたか?」


「はい。お言葉に甘えてお世話になろうと思います。」


ブンザ隊長の表情が和らいだ。


「そうですか、それは良かったです。」


お茶を持ってきたアヤコも喜んでいるようだ。


「それでは、正式に契約しましょう。シン殿の身分は、キノクニの相談役、他の方達は準幹部ということでよろしいですか?」


破格の好待遇だ。


「そのような好待遇、身に余る光栄です。素直にお受けしますが、私から一つだけ条件を出させてください。」


「何でしょう?」


「正式に雇っていただけるからには、私達にも仕事を下さい。今のところキャラバンへの同行等はできませんが、この市中で私たちが役立てそうな案件があれば、使って下さい。」


「わかりました。私達に手に負えぬようなことが在れば、シン殿のお力をおかりするかもしれません。その時にはよろしくお願いします。」


こうして俺達は、キノクニの正規社員となった。


「話も、まとまりましたし、行きましょう。そろそろ準備も整ったでしょう。」


「どこへ?」


アヤコがニコニコしながら言った。


「旅の打ち上げですよ。宴会、宴会。ウェヘヘ♪」


アヤコを先頭に集積所近くの倉庫へ入った。


「「「うぉぉぉー」」」


俺が倉庫に入ると、地鳴りのような歓声が上がった。


(帰ろうかな・・・)


ブンザ隊長に宴会の上座へ案内された。

和風の宴会場で、敷物の上に皆が胡坐をかいている。

それぞれの前に膳が用意され、食べ物や飲み物が載っている。


上座の横に誰もいない膳がいくつかあった。

おそらく影膳だろう。

旅の途中で亡くなった隊員を、この宴会に呼び寄せ、弔っているのだと思う。


ドルムさん達も先に案内されていたようで、仲間全員が居る。


「お前ら、今回の仕事は困難が付きまとったが、よく耐えて仕事を完遂してくれた。


隊長として、心から礼を言う。宴会を始める前に一つだけ良い知らせがある。シン副隊長達が正式にキノクニの一員になった。」


「うぉぉぉぉー」


再び歓声が巻き上がった。

俺は一月の間、キャラバンに同行し、何度か魔物や遺跡の機械と戦った。

何人かの隊員の怪我の治療もしたし、命も救っているだろう。

俺の知らない間に隊員間での俺の人気は上がっていたようだ。


「シン副隊長。一言どうぞ。」


(え?)


何も考えてなかった。


「あ、えーと。ウホン・・・」


皆が俺の顔を注視している。


「俺と俺の仲間は、しがない冒険者だった。それを皆は快く迎え入れてくれた。

時には命を支えあい。時には仲間の不幸に涙を流し、時には酒を酌み交わした。お前らがどう思っているかしらんが、俺は思っている。

お前らは俺の家族だ。家族に迎え入れてくれて、ありがとう。!」


「「「「「「「「うおおおおおぉぉぉ」」」」」」」


一際大きな歓声があがり、その歓声は鳴りやまなかった。


ブンザ隊長が前に出た。


「それじゃ、お前ら今夜は見張りを立てる必要もない。酔いつぶれるまで飲め!命令だ。カンパイ!!」


「「「「「カンパイ」」」」」


宴会が始まった。

アヤコが俺の隣に来てお酌をしてくれた。


「毎回、こんな打ち上げをするのか?」


「いいえ、今回は特別です。」


アヤコは影膳を見た。


「弔いも兼ねてます。それよりシン様の歓迎会ということが大きいでしょう。」


俺はアヤコに一杯注いだ。


「ありがとうございます。ウェ♪」


「シン副隊長、一献どうぞ。」


ケンタ副隊長が横に来た。


「いやー、今回のキャラバンはきつかった。シンさんが居なければ全滅まであったからな。」


確かに、スタンピートと遺跡の蜘蛛はウルフや俺無しではしのげなかったかもしれない。


「巡りあわせが良かったな。おれもブンザさん、ケンタさんには感謝しているよ。これからもよろしくな。」


「ああ、こちらこそよろしく頼む。ねえちゃんを支えてやってくれ。」


「判った。」


ケンタ副隊長の盃に俺の盃を合せた。


宴会は深夜まで続いたようだが、俺はドルムさん、ドランゴさんを人質に残し、先にピンター達を連れて、宿舎に戻った。




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