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第270話 地球へのゲート


ゲラニ貴族街の屋敷


「お急ぎください。ラジエル様。」


身だしなみの良い青年が体格の良い貴族をせかしている。


「あわてるな、サルト。家族の避難が先だ。妻や娘は避難できたのか?」


「はい。この混乱が起こる前にケンゾウ・ハットリ様の配下の方の誘導により、オオカミへの避難が完了したとの報告を受けております。」


「ふむ。それなら一安心じゃの。しかしまさかのぅ・・・」


「そうでございますね。私もキノクニの情報に疑いを持つわけではございませんでしたが、まさかここまでとは・・・それよりも急ぎましょう。火の手の回りは早いです。」


「うむ。そうじゃな。」


ラジエル邸宅からラジエル公爵他、数人の従者がラジエル公爵と共に飛び出した。

その従者の中には過去ソウとともに働いたサンダとガイダもいる。

ラジエル公爵は貴族街を出てキノクニ社屋へ向かう途中、火の手に追われる人々を見て立ち止まった。


サルトはラジエルを振り返る。


「どうされました?」


「やめた。」


「何をやめるのですか?」


「逃げるのをやめた。」


「え?」


「サルト、お前達だけでも逃げろ。キノクニもお前達なら通してくれるだろう。」


「どうしてですか?」


「見てみろ。」


ラジエルの視線の先には業火に追われて逃げ惑う民衆が居る。

大人も子供も泣きながら逃げ惑っている。


「これはわしら為政者が招いた結果だ。民衆を幸せに導くのが我々の務めであったのに。それが・・・それが・・・このありさまだ。わしはこの責任をとる。ここに残って少しでも多くの命を救いたい。キノクニの情報だと、この災いは長期にわたるものではないらしい。わしは見届ける。この国の行く末を・・」


「それならば、私も残ります。私は死ぬまでラジエル様の部下、執事でございます。」


サンダとガイダもうなずいている。


キノクニ大倉庫


オオカミへ通じるゲートの前で何かもめごとが起きている。


「通しなさい。ここにおわすのをどなたと心得るか。ゲラン国第一王子ガブエルの妹君セレイナ様であるぞ。」


チョビ髭をはやした男がゲートを守っているアヤコとキンタに詰め寄る。


「もうしわけございません。この門はキノクニ従業員とその家族、そしてオオカミ関係者以外の使用を禁じられております。それに私たちにはこの門の使用を許可する権限がございません。」


王族風の少女が進みでる。

少女の衣服も従者の衣服も焼け焦げている。

命からがら逃げてきたという状況だろう。


「デルン!何をしているの?私たちをいつまで、この汚い場所に立たせるつもりなの?まったく役に立たないわねぇ。」


デルンと呼ばれた男が恐縮する。


「も、もうしわけございません。セレイナ様。この商人風情が生意気にも、この門の通行を妨げております。」


「それなら切り捨てなさい。商人風情が王族に逆らっているのよ。貴族に対する無礼、ゲランに対する反逆罪。打ち首にして通ればいいじゃないの。」


セレイナの言葉を聞いたセレイナ一行の兵士が剣に手をかけた。

その様子を見ていたアヤコが腰の雷鳴剣に手をかける。


「どうしたの?」


ピンターがゆっくりと歩いてきた。

ピンターの姿はそこにいる誰よりも凛々しく雄々しい。

獣王の弟としての貫禄が身についている。

ゲートの管理権は人狼族しか持てない。

ピンターは人狼族。

だからピンターがキノクニ側のゲート管理者としてここにいるのだ。


ソウがキノクニ側は危ないと反対したが、オオカミの防御システムの一部、バリアーをキノクニ側に設置することで、ソウも納得したのだ。

今、キノクニ倉庫の外は大惨事に見舞われているが、キノクニ内部が平穏を保っているのはこの防御システムのおかげだ。


アヤコがピンターに駆け寄る。


「どこで噂を聞きつけたのか、この人たちが無理にゲートを通せと・・・」


ピンターがセレイナ一行を見る。


「誰?あんたたち、キノクニの関係者じゃないみたいだけど・・ソウ兄ちゃんの知り合い?友達?」


デルンがピンターの前に立つ。


「無礼者!!このお方の前では(こうべ)()れぬか!王族であるぞ、姫君であるぞ!!」


ピンターは貴族、とくにゲラン国の貴族が嫌いだった。

無理もない。

一家離散に追い込まれ、ソウやブルナとともに奴隷落ちしたのは全てゲラン国の侵略によるものだったから。


「何それ?知らないよ。王族貴族なんて、おいらが敬意を表すのはソウ兄ちゃんと、その仲間だけだよ。忙しいから帰ってくれない?」


デルンは顔を真っ赤にしてセレイナを見る。

セレイナは頷く。


「無礼者!!打ち首だ。打ち首!!やれ!!」


セレイナを警護している兵士に向かって命令を下した。

兵士5人が抜剣してピンターを取り囲む。


ピンターは「やれやれ・・」といった表情で獣化する。

背中の銀色のタテガミが神々しい。


兵士がピンターに剣を振り下ろそうとした時ピンターが一言つぶやいた。


「パラライズ」


兵士5人がその場に倒れた。


「兵隊さんに罪はないから軽くかけたけど、しばらくは動けないよ。痛いだろうけど、しかたないよね。この場を乱さないでくれる?おいらはできるだけ多くの人に助かってもらいたいんだ。ね、わかってよおじさん。」


デルンがおびえて後ずさる。


騒ぎを聞きつけたのかブンザがやってきた。


「姫様・・・」


セレイナの顔色が明るくなる。

セレイナとブンザは知り合いのようだ。


「おお、ブンザ、ブンザ・キノクニ。この獣はそちの配下か?下僕か?」


ブンザの眉間にしわが寄る。


「いえ、姫様。この方はオオカミ国の国王ソウ・ホンダ様の弟君であります。我々が最大限に尊重すべき立場の方でございます。」


セレイナが戸惑いの表情を見せる。


「何を言ってるの。私は聞いていますよ。キノクニがキノクニ従業員を守るための神器を用意したと。その神器を使って従業員をどこぞへ避難させていると。キノクニといえば我が国ゲランの組織、そのゲランの組織が我々王侯貴族を守るのは当たり前であろう。いますぐ私と私の部下を安全な所へ案内しなさい。これは王族としての命令です。」


隣でデルンが「うんうん」と頷いている。


「おそれながら、姫様。姫様のおっしゃることは一部事実でございます。しかし、このゲート、神器はオオカミ国から貸し出されたもの。そして避難する安全な場所というのはオオカミ国であります。私には何の権限もないのです。全てはーこのピンター・・いやピンター様の思惑一つ。そのピンター様に剣を向けられたのでは、助言の術もございません。」


ピンターはブンザから「ピンター様」と言われて照れくさそうにしている。

中身はやっぱりピンターなのだ。


セレイナはあきらめない。


「ブンザ、そちは今オオカミ国のソウ・・といいましたね。それはもしや悪魔を(かば)いゲランを滅ぼそうとした殺人狂ソウ・ホンダのことを言っているの?」


殺人狂という言葉にピンターの顔色が変わる。


「兄ちゃんは殺人狂なんかじゃない!!殺人狂はヒュドラの方だ。」


ブンザがピンターを見てから再度セレイナを見た。


「失礼ながら、その情報は誤りでございます。先ほども申し上げました通り、ソウ・ホンダ様はオオカミ国の君主。そして今、この国ゲランに降りかかる災厄の原因はヒュドラ教・・いえヒュドラ本人。私も先日まではヒュドラ教の信者でありました。しかし今この惨劇を見ればわかるとおり、私は大きな間違いを犯していたと気付いたのです。真に崇めるべきはヒュドラではなくソウ・ホンダ様だと」


デルンがセレイナの陰から顔をのぞかせた。


「何を言うておるか、ヒュドラ教はゲラン国、国教ぞ。この異教徒め、国賊め。キノクニは取り潰しだ。」


ブンザが不敵に笑う。


「そうですか。我々は異教徒、国賊なのですね。ようございましょう。それを受け入れましょう。ではデルン様、異教徒、国賊の力をあてにしないでくださいまし。異教徒の力を借りるのであれば、貴方も同罪。そうでございますよね?姫君。」


セレイナは一瞬黙った。

バリアでおおわれたキノクニの上空を見る。

バリアの外は真っ赤な炎と黒煙でおおわれている。

逃げてくる際に純白の羽を持つナニカが街を襲っているのを見た。

純白の羽、それが何を意味するかセレイナには理解できていた。

セレイナは我ままだが頭の回転はよい。


損得勘定(そんとくかんじょう)が得意で、自己の利益のためには感情をコントロールできるタイプだ。


「わかったわブンザ。非礼はこちらにあるのでしょう。謝罪せよというのならば謝罪もしよう。しかし少しだけ考えてほしい。今、そなたたちに見放されれば私たちは死をまぬがれまい。ここへ逃げてくるまでに、多くの地獄を見てきました。おそらくこの国、ゲランは滅びるのでしょう。ゲラン城は崩壊し父上も兄上も行方知れず、私には、ここにいる配下しか残っておりません。慈悲です。安全なところへ連れて行ってください。」


セレイナは頭を下げた。


「姫君。おっしゃっていることはわかりました。しかし頭を下げる相手が違います。この門の全権を持っているのはピンター様です。」


セレイナがピンターを見て唇をかみしめながら頭を下げた。


「どうかピンター殿、慈悲を賜りたい。」


ゲート前は混雑している。

キノクニ従業員の避難はまだ完了していないのだ。


ピンターは少し考えた。


(ソウ兄ちゃんならどうするかな?)


すぐに答えは出た。


「わかった。ゲートの通行許可を出すよ。ただし、通れるのは姫さんだけだ。あとの人はここに残って。おいらと一緒にこのゲートを守るんだ。それができるなら姫さんだけは通すよ。」


「わかりました。そのように致します。」


セレイナはデルンを見て言った。


「聞いたでしょ。デルン。貴方ここに残りなさい。」


デルンの表情が曇る。


「そ、そんなぁ・・・」


路上に座り込むデルンを後にセレイナはゲート前に向かった。

並んでいるキノクニ従業員を尻目に列の最前列に割り込もうとした時、ピンターがセレイナの肩を叩いた。


「何かしら?」


ピンターは無言で列の最後尾を指さす。


「くっ・・・」


何か言いたげなセレイナを後にピンターは持ち場に戻った。


シスター


ヒミコをはじめヒナやアキトラグニア、生徒全員がヒュドラの間にひざまずいている。


「皆さん。ご苦労様。おかげでエネルギーが満タンになった。僕もうれしいよ。今から地球という星への通路を開くね。あ、そうそう地上に設置してあった大聖堂のゲートは地球へ設置するからね。大聖堂そのものも壊しちゃったしね。」


ラグニアが他の使徒に目配せをする。

しばらくして使徒が銀色のケースを持ってきた。

いつもソウ達が使っているゲートと同じような色形だ。


「ヒミコちゃん。通路の出口は日本で良いかい?」


ヒミコが顔を上げる。


「はい。そのようにお願いします。できれば人気(ひとけ)のない場所でお願いします。」


「うん。わかった。向こうで僕がゲートを開くから、あとからおいで。」


使徒達が見守る中、ヒュドラの体が赤と青の光で覆われ始めた。




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