表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/273

第269話 後悔


使徒達が出陣した後、シスターの作戦会議室にはヒミコとヒナが残っていた。


「ヒミコ様」

「何ヒナちゃん。」

「大丈夫ですか?」

「何が?」

「そのようなお姿になられて・・・」


ヒミコはどうみても2歳か3歳くらいの幼児に見える。


「ああ、あのドラゴン、手ごわかったからね。時間沈降を長く使ってしまったんよ。これでしばらくは使われへんね。時間沈降。」


時間沈降はヒミコの固有スキルだ。

特定の空間の時間を止めるスキルらしい。

今回の場合はアウラの周囲の時間を止めてアウラの攻撃を避けたのだ。

だが、時間沈降の反作用は大きく、スキル使用者の時間を逆戻りさせてしまうのだ。

ヒミコの本来の年齢は地球年齢で17歳、この世界では2万歳を優に超える。

使徒もヒミコもヒミコの「時間沈降」のおかげで生きながらえているともいえる。


「ところで、ヒナちゃん。ソウの馬鹿とその仲間は別として、他に地球へ連れて帰りたい人はおらへんの?あんたはヒュドラ様を復活させた聖女さまやから、少人数やったら助けてあげてもええよ。ただし地球人だけね。」


ヒナは一人の女性を思い浮かべていた。



ゲラニ修道院(しゅうどういん)


ヒュドラの彫像の前で小柄な女性が祈りをささげている。


「聖なるヒュドラ様、どうか私をお守りください。どうかいつの日か故郷に帰してください。どうか・・・どうか・・・」


大下清江

ソウやヒナの担任教師だった女性だ。

祈りをささげるキョエの元に司祭服をまとった高齢の女性が近づく。


「キヨエさん。ご苦労様です。良い知らせがあります。あなたや私たちの祈りがヒュドラ様に届きました。」


キヨエが司祭を見る。


「ヒュドラ様が本当に復活されたそうです。ヒュドラ教国からの知らせです。間違いございません。これで私たちは救われます。ヒュドラ様のために国を挙げて戦いました。今は国も衰退してこのようなありさまですが、ヒュドラ様が復活なされたのです。これで我々信徒は、必ず幸せになれるのです。」


高齢の司祭がキヨエの横でひざまずきヒュドラの彫像に向かって祈りを捧げ始めた。


(復活された?ヒュドラ様が?祈りが届いた?帰れる?日本へ?)


キヨエの頭の中を様々な思いが渦巻いた。


その時

『ドゴーン!!』


大地を揺るがす轟音とともに爆風が礼拝堂を包んだ。

バリバリバリー!!

礼拝堂のステンドグラスが砕け散る。


キヨエと司祭はガラスの破片を浴びながらも何とか建物の外へ逃げ出すことができた。

他の建物からもわらわらと修道女が飛び出てきた。


キヨエのいる修道院は小高い丘の上にある。

丘の上から眼下を見て驚いた。


ゲラニ城が燃えている。

ゲラニ城どころか、ゲラニ城直下の貴族街も、庶民が暮らす下町も、なにもかも全てが炎に包まれている。


ゲラニの街の上空には得体のしれぬ複数のナニカが浮かんでいて、そのナニカから赤い炎や青い炎が吐き出されている。


吐き出された炎はゲラニ中の建物を襲う。

いや建物だけではなく、逃げ惑う人々を狙ったように焼き尽くす。

そのナニカの背中には純白の羽が生えている。


(天使?・・・)


キヨエは教会が主催するヒュドラ教の勉強会で教わったことを思い出した。


「ヒュドラ様を守護する使徒と呼ばれる人が複数いて、その使徒達には純白の羽がある。もし純白の羽を持つ人に出会うような僥倖(ぎょうこう)があれば、幸いの前触れです。(つつし)んでお迎えしなさい。」


眼下で起こる惨劇と、その惨劇を引き起こしている純白の羽を持つナニカ、キヨエは混乱した。


「使徒様?悪魔?なに?どうなっているの。」


高齢の司祭と何十人かの修道女が狼狽しながらも、その場にひざまずいてヒュドラに祈りを捧げ始めた。


「ヒュドラ様、どうか・・・」


ドカーン!!


祈りを捧げつつある修道女を巨大な火の玉が包む。

修道女たちの大半は一瞬で黒焦げになった。


修道院上空に二人の使徒。


「ラグニア様。本当にいいの?この人たちヒュドラ教徒でしょ?」


「おや、憐れみですか?アキトさん。貴方にしては珍しいですね。オホホ」


「いや、別に憐れんでもないです。何人死のうがどうでもいいけど、ヒュドラ様が神になられたのは信仰あってのことじゃないのですか?」


「ああ、そういうことですか。それなら問題ないです。ヒュドラ様いわく、信仰はヒュドラ様が神になるための燃料。神になった今は『神になるための燃料はもういらない。』そうなのです。目的を達成した今は、別な目的、つまり次元転移の材料として再利用するということです。オホホ。」


「なるほど、そういうことですか、それじゃ遠慮なく。」


アキトが逃げ惑う修道女に向けて火の玉を放とうとした時、ふと手を止めた。


「どうしました?アキトさん。」


「あ、少し面白いものを見つけました。仕事は確実にこなすので、少しだけ時間をください。」


「ふむ、まぁ良いでしょ。私は別の地域をまわりますから、この付近は任せましたよ。」


「はい。聖なるラグニア様。」


ラグニアが立ち去った後、アキトは地上に降りた。


「キヨちゃん。♪」


黒こげの死体の傍で、半ば心を失った人形のように動けないキヨエの前にアキトが立った。


「・・・・アキト君?・・・アキトさん!!」


「久しぶりだね。キヨちゃん。こんなところでなにしてんの?」


「なにしてるって・・・軍隊訓練所を出た後、ここ・・・修道院へみんなと来て、ヒュドラ様に祈りをささげる毎日です。」


「へぇ~それはご苦労様。でも残念♪ヒュドラ様に対する祈りはもう、必要ないんだって。ヒュドラ様が、そうおっしゃってる。」


「ヒュドラ様がそうおっしゃってるって・・・」


キヨエは、再度アキトを見た。

アキトの背中には純白の羽がある。


「アキト君・・・あなた使徒様なの?」


「そうだよ。♪」


「その使徒様がここで何をしているの?」


「お勤め。ヒュドラ様が地球へ行くので、そのための燃料を集めてんだ。ふふ」


アキトは両手を上にあげ『集魂(しゅうこん)』スキルを発動させた。

アキト達の周囲の黒こげの死体から青い光が立ち上りアキトの手に集まる。


「燃料って・・・」


キヨエが周囲の死体に目を向ける。


「それじゃ、これをあなたがやったの?・・・皆を殺したの?」


「そうだよ。だから言っているじゃないの。燃料あつめだって。これで僕はヒュドラ様と一緒に日本へ帰れる。ふふふ」


キヨエは(人を殺してまで・・・)という言葉を途中で飲み込んだ。

目の前で起こっている惨劇より、キヨエの心に突き刺さる言葉をアキトから聞かされたからだ。


「日本へ帰るって・・・帰れるの?本当に?」


「ああ、帰れるよ。間違いない。そのために僕は使徒になったんだから。僕やヒナは帰れるよ。日本へ。」


キヨエはアキトにかきついた。


「お願いアキト君。私も・・・私も助けて。お願い。」


「いいよ。ほかならぬキヨちゃんの頼みだからね。ところで、ここに来た他の同級生は?僕が殺しちゃったのかな?」


アキトは多数の死体に目をやる。


「いいえ、私以外のウタさん、キリコさん君さん達は本田君が連れ去りました。ここにいるのは私だけです。」


「ああ、そういやウタやキリコはソウのくそ野郎んとこにいたわ。全員さらっていったのか・・・まっいいけどね。馬鹿どもはこのクソな世界に取り残されればいいさ。さってと・・」


アキトが羽を広げた。


「あ、アキト君・・私も・・・」


「え?何?」


「私を助けてくれるって・・・さっき。」


「うん。助けてあげるよ。キヨちゃんは殺さない。燃料にはしないよ。昔々、僕に優しくしてくれたからね。だから殺さない。」


「え、じゃぁ私は日本に帰れないの?連れてってくれないの?」


「しらねぇよ。そんなこと。燃料にならなかっただけでもありがたいと思いなよ。」


アキトは上空へ舞い上がった。

キヨエはあの時のことを思い出していた。

他の生徒達と修道院で暮らしている時、ソウやレンが現れて「逃げよう」と誘ってくれた。

しかし、キヨエはソウ達のことが信じられず、保身のために、脱走計画を国に通報までしてしまった。

その時のソウの言葉が頭をよぎる。


「キヨちゃん。最後だ。一緒に行かないか?ゲートの向こうには自由な世界があるんだぜ。」


キヨエは目の前の多数の死体を見て初めて気が付いた。

ソウ達の方が正しかったことを。


(あの時、もっと本田君達を信じていれば・・・・)


眼下には城下町の地獄絵が広がっている。


ゲラニ城


ゲラニ城は使徒たちの集中砲火をあびて建物のほとんどが崩れ落ちた。

それでも瓦礫の中から複数の王族や貴族が這い出して来る。


小太りで口ひげを蓄えた男が上空に浮かぶ使徒達を見上げる。


「何者だ?あいつらは。このゲラニで何をしている?この国を亡ぼすつもりか・・」


その男を見た使徒の一人が男をめがけて舞い降りてきた。


「おやおや、これはこれは、ゼニス宰相ではございませんか。お久しぶりでございます。オホホ」


ゼニスはその声の主をまじまじと見つめる。


「お前・・お前は・・・ラグニア枢機卿・・ラグニア殿か?」


「ええ、そうですよ。ラグニアでございます。もっとも今は枢機卿などという職名は存在しません。ただのヒュドラ様の使徒でございますよ。オホホ」


「その使徒がここで何をしている。」


「ヒュドラ様のために魂をあつめているところです。ゲラニの民は幸せですね。ヒュドラ様のために役立つことができるのですから。」


「な・な・・するとなにか?この惨劇はお前たちがやったことなのか?」


「ええ、そうですよ。今までヒュドラ様のためにいろいろとお手数をおかけしましたが、ヒュドラ様も無事、復活されました。ご苦労様でしたね。オホホ。」


「なんだと?それじゃぁ、なにか?私たちがヒュドラ教宣教のために起こした戦いは、全てヒュドラの復活のためだったということか?」


「ご名答。オホホ。各国に対する侵略はすべてヒュドラ教信者を増やし、ヒュドラ様を復活させるための手段。そしてここ最近のジュベル戦、オオカミ侵攻もすべてヒュドラ様のある目的のため。あなた方はよく働いてくれました。特にゼニス宰相。貴方は私利私欲のために、よくぞここまで国を裏切ってくださいました。そのおかげでオホホ。」


建物崩壊から逃げ延びた何人かの王族貴族がゼニス宰相を見る。


「何をわけのわからぬことを・・・それよりラグニア殿、わしを救え・・いや救ってくだされ。褒美なら国庫からいくらでも出せる。なっ・・なっ・・」


ゼニスはラグニアにすがる。

そのラグニアに他の使徒が耳打ちする。


「・・・まぁいいでしょ。国を裏切ってまでヒュドラ様に尽くしたのですから。多少のことは融通したしましょう。オホホ。想定通りの数、魂の収集ができているようですからね。」


「本当か?あはは。助かる。恩に着るぞ、ラグニア枢機卿。」


ラグニアは様子を見守っていた王侯貴族に目をやった。


「あなた方。ヒュドラ様のために、もう少しだけ働きなさい。魂をあと一つだけ献上してください。そうすれば、私たちはこの場を離れます。どうです?良い提案でしょ。たった一つの魂で皆さんの命が救われます。ヒュドラ様は寛大ですからねぇ。オホホ」


王侯貴族の目が宰相ゼニスに向いた。

ラグニアもゼニスに目を向けた。


「ご苦労様でした。ゼニスさん。さようなら。オホホ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
早速、続きが読めて嬉しい限りです☆ お会いできたら、私も3倍振り返したい所ですが、今日で職場が変わるので会えるかな〜(^_^;) でも、楽しみに読みますので、今後ともよろしくお願いします!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ