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第265話 誘拐犯


キノクニ社屋


俺の目の前にキノクニ幹部が集まっている。

カヘイ・キノクニ、ブンザ、ケンゾウ・ハットリ、金筋4本の各部長。

そこへ俺と俺の同伴者、人型のアウラ様が同席している。


会議を招集した目的はキノクニの避難だ。


オオカミでの作戦会議中、マザーやタイチさんの助言を得たうえ、オオカミにおけるヒュドラの戦争目的と、その戦果を確認したところ、戦争目的は神石つまり戦死者の魂収集でありその達成率はおよそ90%前後。

推定ではあるが今後更に神石を収集するための何らかの戦争を起こすだろうという結論に達した。

再度オオカミを襲うかもしれないが、ヒュドラにとって守備堅固なオオカミを襲うよりも度重なる戦争で疲弊したラーシャかゲランを襲う方が容易だろうということになったのだ。


アウラ様に同伴して頂いたのはカヘイさんやブンザさん、ケンゾウさん以外の幹部を説得する際の後ろ盾になってもらうためだ。

キノクニでは新参者の俺の言葉だけでは他の幹部を説得しきれないかもと思ったのだ。


俺は、これまでの状況つまり、ヒュドラ教による世界壊滅作戦ともいえる作戦内容、各国の被害状況、ヒュドラの本当の狙い。

一同、俺の説明を静かに聞いてはいたが、一部幹部はいぶかしげな眼で俺を見ている。


カヘイが口を開く。


「お話はよくわかりました。シン殿が言われることですから全て本当のことでございましょう。しかし、キノクニ社員は総勢7千人、その家族を含めればゆうに2万人になります。その全員が避難するとなると相当困難な作業になりまする。なにより非難する先がございません。」


そこで、経理部長が手を挙げた。

俺が経理部長に目を向ける。

「どうぞ」

経理部長は立ち上がった。


「惣領の意見には従うべきだとは思います。ですが、失礼ながら先ほどのシン相談役の話、にわかには信じられません。要約すればヒュドラ教がこの世の全ての国を滅ぼそうとしていて、ヒュドラ教国の同盟国であるこのゲランをも滅ぼすとのことですが、その根拠、証拠はおありなのでしょうか?」


俺が口を開こうとした時、情報部長のケンゾウ・ハットリが先にしゃべり始めた。


「経理部長の気持ちはわかる。しかしシン相談役の言っていることは事実だ。我がゲラン国軍はほぼ壊滅、戦闘能力は皆無といえる。ラーシャにおいてもそれは同様、グリネルは説明通り半分が海に沈んだ。無事なのはヒュドラ教国のみ。つまり生き残っているのは、ヒュドラ教信者のみということだ。これは我情報部が確認済みだ。」


「しかし・・・」

経理部長の言葉をカヘイが手で遮る。

「情報部の情報が正しいことは誰も疑いはすまい。我がキノクニはこれまで幾たび、情報部の情報で危機をのりこえてきたことか、それに国の中枢部であるラジエル公爵からも情報は得ておる。『この国はもうだめかもしれない。カヘイ、心せよ。』と、ラジエル公爵がおっしゃるには、今回の戦、ありえない戦だと。国王をはじめとする国の中枢部はまるで何者かにあやつられている人形にすぎないと。」


ケンゾウ部長がカヘイの言葉をひきつぐ。


「宮中に忍ばせた諜報部員の報告によると、国王をはじめとする幹部数名の腕に二重線のいれずみを確認したそうだ。」


一同が息をのむ。


「それが何を意味するか、わかるであろう。」


皆が頷く。

二重線の入れ墨、それが何を意味するか全員が知っている。

二重線の入れ墨は『ドレイモン』の証だ。

通常、宮中では防護魔法が張り巡らされ、重要幹部、特に王侯貴族にはそれぞれ魔法従者がいての精神魔法対抗策がとられている。

それを突破するには相当上位のスキルをもった魔法能略者の攻撃が必要だ。

例えばヒュドラの使徒であるとか・・・


皆が納得したところで俺が話を戻した。

「私の話をご理解していただいたものとして話を進めます。ヒュドラ教の攻撃時期については早ければ今日、遅くとも、ここ数日のうちに開始されるものと存じます。」


皆が顔を見合わせる。


「先にラーシャが攻撃されれば数日はもつでしょうが、おそらくヒュドラはゲランを先に襲うものと思われます。ですから避難を急ぎたいのです。避難方法と避難先については私が用意します。ここにおいでる一部幹部の方々はすでにご存じでしょうが、私が作った街『オオカミ』がその避難先です。」


その会議の結果、キノクニそのものがオオカミに避難する基本的な合意をえることに成功した。

なによりも龍神アウラ様が俺の後ろ盾になっているということが大きかった。

半信半疑の者もいたが目の前にあらわれた神様とその使徒の助言を無視することはできなかったようだ。


キノクニの財産、人員、キノクニ社員の家族を優先的にオオカミに避難させる。

キノクニ社員の家族以外にも幹部の知人友人も避難させようとしたが、それはカヘイさんが固辞した。


カヘイさんいわく

「こんな命のかかった緊急時に幹部のみを優遇していては、たとえキノクニが生き残ったとしても、その後キノクニは組織としてなりたちませぬな。お心だけ頂戴いたします。ふぉっふぉ」

さすが惣領だ。

結局キノクニの社員とその家族以外には声をかけないということになった。

会議後ただちにオオカミから人員を招いて避難準備を開始した。


おおまかな計画はこうだ。

キノクニで一番大きな倉庫二つを空にして一つには人員転送の大型ゲート、もう一つには水や食料の避難物資を転送するゲートを設置した。

設置作業はスムースに実施できた。

グリネル避難の経験が役立っているのは間違いない。



準備完了後、俺はケンゾウ部長に近づいた。


「ケンゾウ部長」


「なんだ?シン相談役」


「実は情報部のお力をおかりしたくて。サルエル准将の家族、特にマリーという娘さんの居場所を探してほしいのです。」


「戦死したサルエル准将の娘?お安い御用だ。すぐにでも調べよう、あとで情報部へ来なさい。」


俺は軽く頭を下げた。

その後ブンザが近づいてきた。


「シン相談役。」


「はい。」


「我々キノクニの社員が避難できるということはわかりました。キノクニの幹部としてお礼申し上げます。それで・・・」


「はい。」


「キノクニの社員以外は・・・」


ブンザの言いたいことはすぐに理解できた。

キノクニ以外のゲラン国民はどうなるのかと案じているのであろう。


俺は軽く頭を下げた。


「申し訳ないブンザさん。ブンザさんのおっしゃろうとしていることは理解しています。しかし、今回のオオカミにおける戦闘で我が方も大きな犠牲、損失を出しました。今ヒュドラたちと再戦するのはあまりにもリスクが大きいのです。我々の大きな戦力であったウルフ・・・あの戦闘馬車を失ってしまったのです。人的にも大きな被害が出ています。幸いオオカミの防衛システムは残っているので限られた人数なら守ることはできます。ですから・・・」


再度頭をさげようとする俺をブンザさんが止めた。


「あ、あ、すみません。無理を申しました。わかってはいます。わかってはいますが、どうしても・・・その・・・」


「はい。できるだけ努力はいたします。キノクニの皆さんが避難した後、オオカミに余裕があれば、できるだけ多くの方をオオカミで受け入れます。お約束します。」


ブンザさんは深々と頭を下げた。

その後、俺は情報部のある社屋へ向かった。


貴族街の情報部家屋でケンゾウ部長と会った。


「どうです?ケンゾウ部長。」


ケンゾウ部長が俺を見返す。


「すでに調べはついている。マリー嬢は7歳、貴族街中心部のサルエル公爵亭にいる。先ほど邸宅にいらっしゃるのを部下が確認した。それを知ってどうするつもりだ?」


「はい。サルエル様と約束しました。マリーちゃんを保護すると。」


「ワシやソウはサルエル准将が戦死したことは知っているが、サルエル准将の戦死、それどころかゲラン軍の壊滅の情報はまだゲラニに届いておらぬぞ。」


ゲランとオオカミは距離的に相当離れている。

通信手段のないこの世界ではゲラン軍の敗北情報はまだこちらに届いていないのだ。


「はい。それでも私はサルエル准将と約束を守ります。なにがどうあっても・・・」


俺の心の中、神の種近くでたたずんでいるサルエル准将の残留思念がその存在を俺に伝えてきた。

(約束は守るよ。サルエルさん。)


「サルエル邸に入れるよう、手はずを整えようか?」


「いえ、結構です。自分で何とかします。」


俺はマリーを保護するためには少々無茶なことでも実行しようと決意している。

無茶をすればケンゾウ部長に迷惑をかけてしまう。


ケンゾウ部長も俺の表情を見てそれを察したのか。


「そうか・・・」


とだけ言った。

俺はケンゾウ部長に頭を下げて屋敷を後にした。

ケンゾウ部長から教えてもてらったサルエル邸へ向かう。


サルエル邸はすぐにわかった。

貴族街でもひときわ大きな門構え、門前には4名の門番が常駐し、屋敷の周囲を幾人かの警備兵が巡回している。

周囲は高さ5メートルほどの石垣で囲われており屋敷内の様子をうかがい知ることはできない。


俺はサルエル邸へくるまで、マリー救出方法をいろいろと考えた。

キノクニのシンとして正面から面会を乞うのか、それとも・・・


何度考えても答えは同じだ。

マリーちゃんを守っている執事や警備兵に対して


「サルエル准将は戦死なされました。ついてはサルエル准将の遺言でマリー嬢を引き取りに来ました。」


等と説明しても通用するはずもない。

通用するどころか説明の途中で不審者として捕縛されるだろう。

現実的に俺が捕縛されるわけもないが、もめごとになるのは間違いない。

それならば・・・


俺は巡回する兵士の隙を見て石垣と飛び越えた。

石垣の高さはゆうに5メートルを超えるが、それくらいの高さなら俺にとっては陸上競技のハードルをまたぐにも等しい。


一度石垣の上にジャンプして中庭に降り立った。

マリー嬢のいる場所の情報はあらかじめ入手していた。

3建ての邸宅の2階西の端の部屋だ。


中庭を素早く駆け抜け二階西端のテラスに飛び乗った。

中の様子をうかがう。


男の執事と乳母であろうか中年の女性が7歳くらいの女の子に食事の世話をしている。

サルエル准将の妻、マリーの母は数年前に他界していてマリーの世話は乳母がおこなっているとのことだ。


俺はマリーの部屋へ無言で侵入した。

これから行うことを考慮して獣王化しての行動だ。

ソウの姿や人狼Ⅰの姿ではキノクニ相談役シンと結び付けられてしまうかもしれない。

だからキノクニとは全く関係のない獣王の姿で行動しているのだ。


男の執事が真っ先に反応した。

多少なりとも武術の心得があるようだ。

容赦のない蹴りが俺の顔めがけて飛んできた。

俺はよけることもなくそれを顔面で受け止めた。

痛かったのは執事の方だろう。


「何やつ!!」


俺は執事の問いに答えた。


「誘拐犯だよ。」




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