第259話 ウルフ
本来、平和終結するはずだったオオカミにおける戦争が、アキトとラグニアによる策略により血で血を洗う全面戦争へと変化していった。
平和解決して撤退し始めていたゲラン軍に対しアキトがオオカミ陣地付近からファイヤーボールを多数放ち、ゲラン軍に多くの死傷者を出した。
それでもアウラ達の言葉を信じようとしたゲラン軍指揮官サルエルはラグニアの手によりドレイモンをかけられたうえ暗殺された。
指揮官を失い戸惑うゲラン軍に対してラグニアが指揮官の仇、ゲランの平和を守るためと檄を飛ばし、退路を断たれたゲラン兵士達はオオカミへと攻め込む。
一方オオカミ東側では撤退しようとするラーシャ兵の側でアキトがオオカミ東側を守る黒龍ガブラムと若い龍に向けてラーシャの攻撃と思わせるような行動をした。
戦争経験の無い若い龍は敵意を向けられたことで最初の「敵の命を奪うな。」という命令はすっかりわすれてしまい。
強烈なブレスを全力で放つ。
さすがにガブラムは冷静で若い龍達の攻撃を止めようとするが、その度にアキトの放つファイヤーボールが若い龍に命中し、怒り狂った若い龍達は敵陣深く攻め込んでしまった。
陣形を崩されたラーシャ軍は押すも引くも出来ず、ただただ混乱するだけだった。
一部の兵士、特に空軍は若い龍に追われて逃げ回りオオカミへ逃げ込もうとするがオオカミの防空システムに阻まれて何基かは墜落した。
「良い具合になってきたわね。」
オオカミから少し離れた上空、ヒュドラの使徒達がホバリングしている。
「はい。ヒミコ様。これなら相当数の死者が出るでしょう。」
第12の使徒バズーラがヒミコに相づちをうつ。
「でも、これじゃまだまだね。それに魂の質も悪いし・・もっと質の良いのが欲しいわ。バズーラ、城壁を壊せるかしら?」
「やってみます。」
バズーラは地上に降りてゆっくりと城壁に近づいた。
城壁ではゲラン兵が魔法攻撃や物理攻撃で城壁を壊そうとしているが城壁はびくともしない。
通常ならば敵が城壁を壊そうとすれば守る側は城壁を壊そうとする敵兵を攻撃するのだが今回の戦争は「敵も味方も含めて戦死者を出さない。」というのがオオカミ側の目指すところなので、威嚇の攻撃はされているがゲラン側に死傷者は出ていない。
城壁を守るはずのアウラ達も「敵を殺さない。」という戦闘条件に縛られて思うように動きが取れない。
バズーラは城壁を壊そうとしているゲラン兵士を押しのけ最前線に立った。
そしてしばらく瞑想していたところ、バズーラの背中に生えている翼が銀色に輝き始めた。
バズーラは「カッ」と目を開くと自分の両手を城壁に向かって突き出した。
バズーラの翼の光はバズーラの手先へ移動し放たれた。
放たれた光は直径30センチ程の光の束になり一直線に城壁に向かった。
ズガーン!!
あれほど頑丈だった城壁に直径2メートル程の大穴が開いた。
「うわー城壁が壊れたぞ~!!」
ドラゴンを相手に闘うゲラン兵士は蜜に群がる蟻のように、その穴に押し寄せた。
敵陣に押し入り、例え悪魔や獣人といえども人の形をした生物と闘う方がドラゴンと闘うよりははるかにましだろう。
「しもた。」
アウラが振り返る。
あわてて城壁へ戻ろうとするが、その間にもバズーラが城壁にいくつかの穴を開け、アウラが城壁にたどり着いた時には既に飛び去っていた。
ゲラン軍20万がオオカミ内部へ一斉に流れ込む。
仕方なくアウラは城壁に殺到するゲラン兵に対して小さめのブレスを吐いた。
小さめのブレスとは言え龍神のブレスは相当なモノだ。
一息で数十人、いや数百名が絶命した。
「すまん。」
誰にとも無くアウラがつぶやいた。
アウラは苦悶の表情だ。
それでもゲラン軍は狂気の集団となり、自分が行き残るためにもオオカミへ、オオカミへとなだれ込んだ。
オオカミ内部では若い龍達が敵の侵入を防ごうと必死に闘うが、多勢に無勢、ゲラン軍は自分の仲間の亡骸を乗り越えてオオカミ内部に侵入した。
オオカミ東側でも同じ状況でバズーラが開けたであろう城壁の穴からラーシャのイノシシ部隊がオオカミ内部へなだれ込む。
迎え撃つのはドルムと魔王、それに元グリネル軍の悪魔達だ。
ドルムと魔王、他にも何人かが、寿命が縮むのを覚悟の上、悪魔化している。
ラーシャ兵はオオカミに侵入したものの悪魔達を見た途端、指揮系統は崩れ、お構いなしに逃げ惑い、オオカミ中に散らばった。
敵が拡散したので範囲魔法も使えず、各個撃破するためオオカミ側の守備陣営も乱れた。
オオカミ内は逃げ場を失い、逃げ惑うゲラン軍、ラーシャ軍、そして、てんでに闘うオオカミ守備隊で半狂乱の戦場となっていた。
子供達が作った花壇も踏みしだかれ誰かが体育館に火を放ち、小川のせせらぎは真っ赤に染まった。
屋上から戦況を見ていたガラクがつぶやく。
「いかんな・・・」
そして側にいたエリカに命じた。
「エリカ、お前達避難しろ。ここはもう戦場だ。」
老人と子供達はライベルやゲラニへ避難していたが一部の女性は救護班としてオオカミに残っていた。
ソウの婚約者エリカそしてウタやキリコ、ナターシャも、ここオオカミに残留していた。
「ガラクさん、せっかくですけど、私は元隠密、戦闘能力はあります。ここはソウ様の街、私はここに残ります。残って街を守ります。」
ガラクはエリカに顔を向けた後、ウタとキリコに目を向けた。
「そんな顔しても駄目よ。ガラクさん。ヒールが使える人間は限られている。私も残るわ。」
ウタが威勢良く応える。
「アタイは戦闘力ないから避難するわ。でも捕虜を尋問する時には呼べよ。意地でここに残っても、お前等に迷惑かけるだけだからな。」
キリコはそういってナターシャの手を取った。
ところがナターシャはキリコを見て
「ゴメン。」
とつぶやいた。
「残るのか?」
「うん。」
「元の仲間との戦闘だぞ。いいのか?」
「うん。」
「どうして?」
「ここが好きだから。もう二度と自分の居場所を失いたくないから、ごめん。キリコ。」
キリコは少し考えてからこういった。
「前言撤回。アタイも残る。でも危なくなったら直ぐに逃げる。それでもいいか?ガラク。」
ガラクは少し笑った。
「好きにしろ。」
本部ビルは災害対策モードになっていて全ての入り口と窓が堅固なシャッターで閉じられている。
オオカミ守備隊の要だ。
何人かのラーシャ兵やゲラン兵が突入を試みるが少々の魔法や武器では太刀打ちできない。
唯一負傷者を運び込む裏口が開いているが、そこにはロボット警備兵と、装甲車ウルフが陣取っている。
ウルフの操縦者はリュウヤとツネオだ。
「うまいこといかないな。」
リュウヤがツネオに語りかけた。
「そうだね。戦争にならないようにアウラ様達が努力してくれたのに。ドラゴンに戦いを挑むなんて・・・人間って本当にバカだ・・」
ツネオもリュウヤを見返した。
「うん。そうだな。ヒュドラ教に踊らされているんだろうけど、本当にバカだと思う。・・・オレも相当なバカだったけどね。」
ツネオはリュウヤを見て思った。
(なんだか大きくなったな・・)
ツネオがリュウヤのことを大きくなったと思ったのは物理的な意味もあったが、人間として精神的にも成長したと思ったのだ。
かくいうツネオも、この世界へ来てからは以前と比べようもないほど成長していた。
この世界の月の力がそうさせるのだろう。
リュウヤ達が守る本部ビル前に敵の一団が押し寄せてきた。
リュウヤは機銃掃射で威嚇するが敵はひるまない。
機関銃の怖さを知らないということもあるのだろうが、敵の動きはなんとなくぎこちなく目に生気が無い。
「あれ、やっかいですね。なんとかなりませんか?アキト様。」
ゲラン部隊の後方に黒装束の女が二入いる。
二人共似たような背格好だが、一人の女の片腕が無い。
「装甲車のことだね。ヘレナ。」
アキトは片腕の無い女に答えた。
その様子を見ていたもう一人の女がアキトを睨む。
「使徒様になった途端に呼び捨てかよ。散々世話になっておいて。」
「いいのよ。エレイナ。」
「だって姉さん。」
「いいの。実際にアキト様はヒュドラ様の13番目の使徒だもの。私達姉妹より位は上位よ。」
ヘレナの言葉を聞いてアキトは鼻で笑う。
「呼び方なんてどうでもいいだろ。僕は使徒になった。お前達はただの司教。それだけのことだ。ハハ。」
エレイナは何か言いたいことをこらえて唇を噛んでいる。
「そんなことより、アキト様。あの馬車なんとかなりませんか?あの大きな建物を奪えれば『集魂』が容易になります。多くの魂が出来ている今、急いで集魂しないと・・飛散しては集めようが無いです。」
「前にも言ったけど、装甲車・・あの馬車には弱点がある。これからそれを見せてやるよ。」
アキトはエレイナを手招きした。
「何よ?」
「お前、土魔法使えるだろう?」
「うん。あまり上手じゃ無いけど。使えるわ。」
アキトとエレイナが少し話し合った後、アキトは歩いてゲラン軍に紛れ込んだ。
アキトの周囲のゲラン兵の腕には二重線の入れ墨がある。
ヘレナ姉妹かアキトがゲラン兵を操っているのだ。
アキトがゲラン兵に紛れ込むとエレイナはウルフの前に土魔法で巨大な壁を作り出した。
壁と言っても所詮は土塊、ウルフなら容易に突き崩せるだろう。
アキトは土壁が出来たのを見届けると土壁の前にいるゲラン軍に紛れてウルフに近づいた。
「ねぇリュウヤ、あれ。」
「うん。アキトだ。あのヤロウ・・・のこのこと現れやがって。」
リュウヤは外部スピーカーに繋がるハンドマイクを手に持った。
「リュウヤ、テメー何しにきやがった。」
アキトは一瞬攻撃の構えを解いた。
「何だ。腰抜けのリュウヤじゃないの。ということはコバンザメのツネオもいっしょなんだね。でも、もう君たちに用はない。」
と、ひとり呟き、巨大な火の玉を三つほど浮かべた。
そして笑いながらウルフに火の玉をぶつけた。
ドゴーン!!
轟音が響く。
ウルフも揺れる。
揺れと轟音はウルフ内部にも届くが戦闘モードの装甲車、ウルフは車体にも乗務員にも損傷は無い。
リュウヤは機銃をアキトに向けた。
アキトは機銃が作動するのを見て直ぐに飛び上がり、出来たばかりの土壁の後ろに隠れた。
リュウヤはそれにかまわず、機銃掃射をして土壁を打ち抜く。
リュウヤの予想通り土壁は薄く、銃弾が壁をくりぬき、壁の向こう側が見えるようになった。
壁の向こうでは、アキトが薄ら笑いを浮かべている。
アキトは顔をウルフに向けたまま徐々に後退する。
リュウヤはウルフを前進させる。
ウルフの装甲なら車体で土壁を突き抜けることが出来ると判断したのだ。
ウルフは簡単に土壁を抜けた。
その途端。
リュウヤとツネオは自分の頭を天井にぶつけた。
そしてコンクリートミキサーの内部に放り込まれたように体が回転した。
二人共シートベルトをしていたので車内を転げることはなかったが、あちこちに体をぶつけた。
「うううう・・大丈夫か?」
「うん。なんとか・・リュウヤは?」
「ああ、なんとか。」
二人は頭を下に向けてお互いを見やっている。
要するにウルフは亀の子を逆さにしたような状態になっているのだ。
「どうだい。これなら機銃もミサイルも使えないだろう。」
アキトが大きな穴の上にホバリングして、ひっくり返ったウルフを眺めている。
穴の縁ではヘレナ姉妹も笑っている。
アキトは魔力を集中して青白い火の玉を面前に作り上げた。
そしてそれをガスバーナーのように連続して放ちウルフを焼き始めた。
ウルフのタイヤは完全に溶け落ち、車体も徐々に赤くなっている。
そして装甲ガラスは焼け落ち、車両全体が歪み赤い炎と真っ黒な煙を上げた。
「さようなら。」
アキトが一言つぶやいた。




