第258話 マリーごめん。
地獄の炎の中黒装束の男が周囲の炎を消しながらゲラン軍の中枢に近づき、負傷者の手当をした。
「ありがとうございます。ラグニア枢機卿。」
ラグニアの前でサルエルが頭を下げる。
ラグニアはサルエルの手を取った。
「およしください。サルエル殿。王族が簡単に頭を下げてはいけません。それに私は今枢機卿でもないです。たんなるヒュドラ教徒です。オホホ。」
「いいえ、この地獄に枢機卿が助けに来て下さるとは思いも寄りませんでした。私が頭をさげることなど造作も無いこと。」
サルエルは再び頭を下げる。
「オオカミには多くの人族が暮らしていうると聞き布教の勤めを果たすことは出来ないかと来てみましたが、やはり獣や悪魔の街、たやすくは参りませぬな。」
いつのまにか火の玉の砲撃は止んでいた。
あちこちに焼け焦げた兵士が転がっている。
「痛い。痛い。母ちゃん。母ちゃん。」
少年兵が失った右腕を左手で押さえて泣き叫んでいる。
ラグニアが少年兵にヒールをかけると少年兵は気を失った。
「このような子供にまで・・・オオカミの奴らは真に悪魔の集まりですな。・・・」
ラグニアの言葉にサルエルはあまり反応しなかった。
「おかしい・・・」
「何がおかしいのですかな?サルエル殿。」
「相手は敵とは言え、龍神様とその仲間。撤退すれば手出しはしないと約束してくれました。それを簡単に破るとは思いがたいのです。」
サルエルはオオカミの城壁を見つめている。
「なにをおっしゃいますやら。現にこうして多くの死傷者が出ているではないですか。敵は龍神の力を利用していますが、その本領は今見ているとおり、なにしろあの凶悪犯ソウ・ホンダが首領なのですからな。首都ゲラニでの訃報、ブテラ候暗殺の話はヒュドラ本国にも届いておりますぞ。」
「ええ、しかし、私は龍神様と一騎打ちをしてわかったのです。この者達は真の悪では無いと。特にピンターという少年の平和を願う言葉に嘘や混じり物は無かったように思えるのです。」
「これは、これは、王族ともあろうお方が、何をおっしゃいますやら。オオカミは悪魔や獣が住む街、いずれ各国に災いをもたらす。明らかなことです。逃げても攻撃されるのなら、勇敢に立ち向かい敵を殲滅するのが騎士としての本分ではございますまいか?」
「ええ、確かにそうかもしれません。でも私はどうしても龍神様や、あのピンターという少年の言葉が嘘とは思えないのです。」
サルエルはそう言って馬にまたがろうとした。
「どうなさるおつもりで?」
「もう一度話してみます。殺されるかも知れませんが、その時はその時です。私は自分の直感を信じます。」
「そうですか・・」
ラグニアはフードをかぶり治した。
「ドレイモン・・・」
ラグニアが小さな声でつぶやくとサルエルの表情がうつろになった。
サルエルの腕には二重線の入れ墨が出来ていた。
「サルエル殿、全軍突撃ですね。オホホ。」
サルエルは乗馬して剣を抜き高らかに空に掲げた。
「各部隊長、ここに集え!!」
大声で命令した。
退却準備をしていた各部隊長がサルエルの元に集合する。
「魔法部隊、騎馬隊、歩兵部隊、各部隊長集合致しました。補給部隊は未だ到着しておりません。」
伝令がサルエルに伝える。
「よし、各部隊長に告ぐ、撤退は取り消し、総員による全面攻撃を開始する。全軍我に続け!!」
突然の退却中止、戦死せずに済むと安心していた兵士に動揺が広がる。
騎馬隊長が下馬してサルエルの前で跪く。
「サルエル准将、よろしいでしょうか?」
「なんだ?エリアス大隊長。」
「その、まことに申しあげにくいのですが、相手にはドラゴンが控えております、城壁も予想以上に堅牢な物でございました。それに何より、サルエル様は・・・そのう・・・」
「言いたいことがあればはっきり申せ。」
「はい。そのう・・サルエル様は龍神様との一騎打ちに・・・そのう・・敗北致しました。あの一騎打ちの条件は、負けた方が軍を引き上げるとの約定だったのではございませぬか?」
「たしかにそのような約束であった。しかし、その約定を先に破ったのは敵だ。撤退すれば手を出さぬとの約束だったのに・・・みろ、この有様を・・」
周囲には焼け焦げた遺体が転がっている。
「押しても引いても地獄ならば、せめて敵に一矢むくいるのが騎士の本分であろう。覚悟せよ!!」
大隊長はそれ以上なにも言えなかった。
「全面攻撃はこれより10分後、各部隊、陣営を整えよ!!」
各部隊長は、それぞれの持ち場に戻った。
ラグニア笑顔でサルエルに近づく。
「うん。よくできました。後は皆を連れて華々しく散りなさい。」
「はい。聖なるラグニア様。」
サルエルはうつろな表情で応えた。
時は少し遡る。
「アウラ様、あの人物わかりが良くて助かったね。」
ピンターがアウラに話しかける。
「せやな。王族にしては話のわかるやつやった。これでゲラン側の犠牲は最小限で済むやろ。」
「戦死者を出さずに戦争を終わらせる。作戦通りだね。」
「ああ、そんでも、あの長老を説得するのに苦労したんやで。」
「ズメイ長老?」
「ああ、そうや義理の父とは言え、あの頑固じじいには手を焼くわ。頭が古すぎてどないもこないもしゃあない。」
「でも結局は応援してくれたじゃないの。」
「うん。孫と一緒の夕食・・まぁこれはえいわいな。けど、ワイの秘蔵の酒、三樽、これは痛かったな。」
アウラとピンターが城壁内に入り本部ビルへ向かう途中、城壁外から大きな音がした。
ドガーン!!!
音の方向に二人は振り向く。
遠くに煙があがるのが城壁越しに見えた。
二人はあわてて城壁に登った。
「なんじゃ?どないした?」
獣人の警備兵にアウラが詰め寄る。
「それが、城壁の下から火の玉が何発も発射されて、ゲラン軍に多くの死傷者が出たようです。」
「だれじゃ?だれがやったんじゃ?」
アウラが警備兵を揺さぶる。
「それが誰だかわかりません。しかし我が陣営からの攻撃ではないです。城壁の外、城壁の真下からの攻撃ですがバリアの外からの攻撃に間違いないです。」
アウラとピンターが城壁の下をのぞき込むが誰も居ない。
すると今度はアウラ達のいる場所の反対側、オオカミの東側からも爆音が響いた。
今度はラーシャ側からの攻撃だ。
東側にいるドラゴンめがけて巨大な火の玉が発射された。
ドラゴンたちはブレスでそれを弾き返すが、勢い余ったブレスはラーシャ兵に届く。
結局多くのラーシャ兵が戦死した。
なおも火の玉はラーシャ軍方向からオオカミ方向へ打ち続けられ、バリアがあるのでオオカミそのものに被害は無いが、オオカミ東側を守っている若いドラゴンたちは怒り狂いブレスを吐き続ける。
「いかん!!なにやっとんねん。ガブラムのアホは。殺すなって言うてあるのに。」
「西にはドルムさんがいるはずだよね。」
「ああ、今連絡してみる。」
『ドルム!!どないなっとんじゃ?』
『アウラ様、それがラーシャ軍、いったんは引き上げる様子を見せたんだが、突然ラーシャ側から攻撃が始まって、火の玉を受けた若いドラゴンが怒って反撃したんだ。そしたらもう収集がつかなくなって全面戦争が始まったんですよ。』
『なんでラーシャが反撃してきたんや?』
『オレにもよくわからんが、ラーシャ側の攻撃、火の玉には覚えがある。あいつだ・・・』
『あいつ?火の玉!もしかしてアキトとかいう小僧か?』
『ええ、あの火の玉、あの魔力は、おそらくあのアキトとか言うヤロウのモノです。以前の火の玉よりは威力が上がっていますが、アキトの出す火の玉と同じです。』
『クソ野郎が!!ドランゴを殺しただけでは飽き足らんのかい。あいつはワイが殺す。絶対や。』
アウラは拳を握りしめた。
『アキトのヤロウがいるということはヒュドラやその使徒も来ているかもしれません。アウラ様も十分、気をつけて下さい。こっちはオレがなんとかします。』
『オウ、任せたぞドルム!!』
『はい。』
アウラはピンターを見た。
「ドルムとの遠話聞こえてたか?」
「うん。聞こえてた。アキトでしょ。兄ちゃんの敵、いや、僕達の敵だ。」
ピンターの背中の毛が逆立つ。
(兄ちゃん。・・・)
アウラが西の城壁からゲラン軍の様子を伺う。
ゲラン軍が慌ただしく動いている。
陣形を整えオオカミ側に向かってくる。
「いくぞ、ピンター。もう一回や。」
「うん。」
アウラは龍化しピンターがアウラの背に乗る。
若い龍達もアウラにならい龍化するがアウラがそれを押しとどめる。
「お前達はここで待機してくれ、万が一敵が城壁を越えたら・・・」
若い龍達が次の言葉を待つ。
アウラは少し考えてから言った。
「そんときは、しゃあない。オオカミの住民の命が優先や。」
若い龍達はうなずく。
アウラが飛び立ちゲラン軍の前に降り立った。
ゲラン軍の先頭は剣を頭上に掲げたサルエルだ。
サルエルの前にアウラが立ち塞がる。
サルエルは勢いを落とさずそのままアウラに突っ込んでくる。
サルエルの後ろの部隊は進軍の勢いを落とすもののサルエルに釣られて立ち止まることができない。
サルエルは勢いそのまま龍化したままのアウラに剣を振りかざしながら馬ごとアウラに体当たりした。
サルエルの動きは鈍い。
表情もうつろだ。
まるで操り人形のように肢体がぎこちなく動き攻撃を繰り返す。
「サルエルなんでじゃ?」
アウラはピンターを庇いながらもサルエルのなすがままにさせて反撃はしない。
生身の人族の攻撃など龍神にとっては蚊が刺したほどの被害も無い。
サルエルは、うつろな目でアウラを攻撃しながら何かブツブツとつぶやいている。
聞き耳を立てるとこういっているようだ。
(マリー・・許して・・・マリー・・・ごめん。)
サルエルの体はラグニアに乗っ取られているが心の一部は未だサルエルの心が残っているかのかも知れない。
アウラはサルエルを殺さぬよう指先でサルエルを弾いた。
サルエルは後方に吹き飛んで悶絶した。
「殺したの?」
「いや、気絶させただけや。」
悶絶したサルエルに黒装束の男が近づく。
黒装束の男は跪きサルエルの首に手を宛てた。
脈でも取っているかのように。
そして立ち上がり大きな声で叫んだ。
「サルエル・デルナード・ゲラン准将は名誉の戦死を遂げた!!」
兵士達に動揺が広がる。
黒装束の男は更に続ける。
魔法で拡声した言葉を全軍に伝えたえる。
「憎きは、だまし討ちをした龍神とその仲間。引けば攻撃しないと大嘘を言って油断させ不意打ちをした。このままではゲランも龍神達に焼き尽くされるのは間違いない。サルエル准将の死を無駄にするな。サルエル准将に続け!!全員、突撃!!!」
おおおおおおお
地鳴りのような歓声が上がる。
ゲラン全軍が一斉に攻撃を開始した。




