第255話 悪寒
ゴブル砂漠。
「キンタ隊長。」
行軍中のキノクニキャラバンの先頭へ騎乗したままのアヤコが駆け寄る。
「何だ。アヤコ・・じゃなかった。二番隊長。」
アヤコが少し照れる。
「いやーだーキンタ隊長。いままでどおりアヤコと呼び捨てにして下さいよ。ウェェ。」
「そうはいかんよ。お前と俺は同格。ちゃんと敬意を持って呼ばないと・・・その、なんだ。統率ってやつだ。それが乱れる。」
「それも、そうですね。・・・ところでキンタ隊長。」
「なんだ?」
「行軍が少し早くないですか?このままだと先発の本体に追いついてしまいます。」
キンタが周囲を見渡す。
「アヤコ隊長、ちょっとこっち来い。」
「へ?」
アヤコがキンタに近づく。
二人は馬を併走させる。
「声が大きいよ。遅れて到着するというのは機密事項だ。他の隊員にも言っていない。」
「あ、そうでした。すみません。」
「俺もできるだけ遅らそうとしているのだが、護衛隊、つまりブテラ候の兵士が先を急ぎたがるんだ。」
「そうですか。兵士は、れいの噂を信じているのですね。」
「ああ、そうだ。ブテラ屋敷を襲いブテラ様を殺したのはオオカミの独裁者、殺人狂のソウだということになっているらしい。」
「そんなはずないですよね。詳しくは知らないけどブンザ部長の話だとブテラ屋敷を襲ったのはソウ様の元同級生だって・・・」
「ブテラ兵に急がされて詳しいこともわからずに出立したが、ブテラ兵の間では犯人がソウ・ホンダってことになっているらしい。国の情報機関からそう伝えられたと言うんだ。」
「シン・・・じゃなかった。ソウ・ホンダって凶悪犯だと有名ですからね。」
「アヤコ、間違ってもソウ・ホンダとシン様が結びつくような話はするな。キノクニ自体が危なくなる。」
キンタが眉をしかめた。
「あ、そうでした。ごめんなさい。」
「うん。俺も気をつける。」
オオカミ会議室
「どうしてそんなことになるの?バシク。」
レイシアがバシクを問い詰める。
「いや、だから俺も口が酸っぱくなるほど説明したんだよ。犯人はアキトという男だと。」
「それならどうして。」
「俺から話を聞いた将校は、俺の言ったとおり宰相に伝えたらしいのだが、国王の元に報告が届いたときには犯人はソウ・ホンダだということになっていたらしい。なんでも黒髪の身長175センチくらいでブテラ候に悪意を持つ者はソウ・ホンダ以外にいないということだそうだ。」
レイシアが唇を噛む。
「ソウ・ホンダって凶悪犯だってことは聞いているけれど、今回は違うわ。犯人は間違いなくアキトっていう男よ。」
側で話を聞いていたレンとイツキが顔を見合わせた。
「レイシア様・・・」
「はい。何でしょうイツキ様。」
「貴方には全てを話しておこうと思います。」
イツキは真剣な眼差しでレイシアを見る。
「何でしょう?」
「キノクニのシン相談役をご存じですよね。」
「はい。もちろん。私の命を助けて下さいました恩人です。姉のメリアもひとかたならぬお世話になっています。」
レンとイツキがもう一度顔を見合わせた。
「その、シン相談役が、今話に出ていたソウ・ホンダ・・・その人です。」
「え?」
レイシアが目を見開いた。
「ソウ・ホンダは僕達と一緒にブテラに流れ着きました。そしてヒュドラ教に捕らわれていた僕達を助けようと戦いになりました。その時、ヒュドラ側の人間・・・ダニクという人が死にました。」
「ええ、それは私も知っています。ですから指名手配になったのでしょう?」
イツキは首を横に振った。
「いいえ、ダニクさんを殺したのはソウ君ではないです。本当の犯人はヘレナという教会の人間なのです。ソウ君は濡れ衣を着せられて・・・だからブラニでは『シン』という偽名を使っていたのです。そしてアキトは率先してヒュドラ教に仕えていました。ヘレナとも懇意にしていました。今回の件もヒュドラの差し金かもしれません。」
レイシアもバシクも黙っている。
「ですから、今回もヒュドラ教のなにかの思惑でソウ君が犯人だとでっちあげられたのだと思います。」
レイシアは胸元のヒュドラ教のシンボルを手に取った。
「ヒュドラ様が父を?・・・」
「ヒュドラ教が黒幕だという証拠はありませんが、少なくとも僕やレンはヒュドラ教から迫害を受けています。何を信じるかはレイシア様の自由ですが、少なくとも僕は貴方に対して嘘は言いません。・・・仮に殺されたとしても貴方に対しては誠実でいることを誓います。」
イツキがレイシアに近寄った。
レイシアは一瞬悩んだかのように見えたが、直ぐに首からヒュドラ教のネックレスを外した。
そしてネックレスを手に持ったままイツキの手を握った。
「私、幼い頃からヒュドラ様にお仕えすることを夢見てきました。このネックレスも肌身離さずにいました。でも・・・今はヒュドラ様よりイツキ様を信じます。」
イツキはレイシアの手を強く握り返した。
「このネックレスは母の形見でもあります。ですから私自身が壊したり、捨てたりすることはできません。イツキ様・・・処分をお願い出来ますでしょうか?」
「わかりました。責任を持って処分致します。」
イツキはネックレスを受け取った。
バシクが立ち上がる。
「なんとなく飲み込めてきた。今回のことはヒュドラ教の配下、アキトがやったことだが、それがヒュドラ教の仕業だとわかるとまずい。だから前にも濡れ衣を着せたソウ・ホンダを利用したと。」
レンもアキトも頷いた。
「するってぇと、国の上層部もグルだってことだよな。」
「そうです。前回もそうでしたが今回の戦争も目的は一つ。多くの犠牲者を出して、その魂を集めることです。」
「魂を集めてどうするんだ?」
「ヒュドラの力を強くするのだそうです。そして・・・」
シスターヒュドラの部屋
「いよいよ明日だね。おっちゃん。」
「そうだね。ヒミコちゃん。明日になればエネルギーが満タンになる。そうしたら、ヒミコちゃんの長年の夢も叶うよ。」
「長かったわ。2万年?・・・あはは。アタシ二万歳になったんだ。・・・2万年・・・おっちゃんを生き返らせるためだけに生きてきた。だから・・・」
「わかっているよ。失敗はしない。地球まで通路をつける。そしたら地球は君のモノだ。好きにすると良いよ。」
「おっちゃんはどうするの?地球へ行って。」
「うーん。そうだね。地球環境ならセシリアも変化するかもしれないし、ダンク達を思いきり遊ばせたいし・・いろいろとやりたいことはあるよ。それになんといっても人口が多いんでしょ?」
「うん。80億くらいかな?」
「それだけの魂があれば何でも好きなこと出来るでしょ。地球に飽きたら別の星にも行けるだろうし、ここをもっと理想的な星にしても良いし。まさに神になれるよ、僕は。」
「なるほどね。それは良いけど。少しは残しておいてよね。特に日本って地域には手を出さないでね。約束だよ。」
「うん。わかっている。」
コンコン。
ドアがノックされた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
ラグニアが入ってきた。
「なんだいラグニア。」
「はい。ご報告すべきことがいくつかあります。」
ラグニアはヒュドラの前で跪いた。
「うん。」
「ラーシャ軍10万、ゲラン軍10万、オオカミの前後を挟むように配置が完了致しました。ご命令一つでいつでも出陣可能です。」
「うん。わかった。明朝一番で突撃させて。それと使徒達の準備は良いの?」
「はい。私以下13名全員、準備は完了しております。」
「沢山集めてね。」
「はい。おおせのままに。」
「オオカミの戦力はわからないけど、強いといいのにね。楽しみだね。」
ヒミコが頷く。
「そうですね。ヒュドラ様。楽しみです。それとラグニア。」
「はい。ソウも参戦させるかも知れないから準備させといて。」
「御意。」
ラグニアはヒュドラの部屋を出て会議室に入る。
「さて、いよいよです。明日はラーシャ、ゲラン、オオカミの三軍が衝突する。その戦闘でお互いに潰し合わせる予定ですが、万が一戦死者が予定数に届かない時には、使徒も出動して戦闘に加わります。準備は良いですか?オホホ」
バズーラをはじめ使徒の全てが頷く。
「最初から出陣しては駄目なのですか?」
アキトが手を上げながら言った。
「出陣はするが戦闘には加わらないで下さい。今回の目的も過去の戦争同様。集魂が目的です。数万の魂を集めなければならないのですから、戦闘を楽しんでいる場合ではないでしょう。」
ラグニアはソウに近づいた。
「ソウ。お前も出動ですよ。貴方には『集魂』の加護がないのですから戦闘を命じられたらできるだけ多く殺しなさい。友達だとか同級生だとかそんな考えはいまのうちに捨てなさい。いいですね?」
「はい。聖なるラグニア様。」
ソウの目はうつろだ。
ヒナはそんなソウを複雑な表情で眺めている。
「ヒナ。」
「はい。聖なるラグニア様。」
「今回、貴方は待機して下さい。敵は雑兵ばかりでしょうから貴方の出る幕はないはず。それに使徒になったとはいえ、ドレイモンで拘束してるわけではないから、いざ友達の死を目の前にすれば心がゆらぐやもしれません。ここに居なさい。」
ラグニアがヒナの肩に手をかけた。
「お心遣い、ありがとうございます。でも、私もヒュドラ様の使徒、例え親の死を目の前にしてもヒュドラ様への忠誠が揺らぐことはございません。」
(何を言っているの私・・・)
心の奥の方にある本来のヒナが怯え苦しんでいる。
本来のヒナの自我領域は残りわずかだ。
ヒナの手を誰かが握っている。
その手が離れてしまえばヒナは完全にヒュドラの使徒となる。
ヒナは自分の手を握ってくれている人物を見上げる。
(おばあちゃん。・・・・)
「良い心がけです。この戦いが済めばいよいよ、日本へ・・・地球へ復帰ですよ。日本へ帰れば私は・・・・・フラグになりそうなので止めておきます。オホホ」
ラグニアは天井を向いて笑った。
「ラグニア様。」
アキトがラグニアの笑いを止めた。
「なんです?アキト。」
「集魂のためには、あのオオカミとかいうクソ集落にも入りますよね。」
「もちろん入りますが、それは戦闘終結後、街を破壊した後ですよ。あくまでも集魂のためにね。」
「ええ、わかっています。仕事を優先させます。それと魂の数が規定数に達したら生き残った奴を何匹か飼ってもいいですか?」
アキトはにやけた。
「なにやらよからぬことを考えているようですが、それは仕事が終わってからにしなさいよ。いいですね。」
「はい。」
「アキト君。飼うって何を?」
ヒナが困惑の表情でアキトに問う。
「何をって、決まっているだろ。同級生達だよ。もし生き残っていればね。それにレイシアも。ゲラニにいないということはオオカミにいる可能性が高いからね。」
アキトはヒナと話しながらも妄想の世界へ入っていた。
(見ていろよ。僕の思い通りにしてやる。アハハ・・)
オオカミ本部ビル居住区でベッドに入ろうとしていたレイシアは、なぜだか悪寒に襲われた。




