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第248話 二つの人格

ヒナは必死にあらがっていた。

ヒュドラに対する性的欲求と。


ヒナはヒュドラの眷属となった。

魔力の保有量が爆発的に増大し、背中には神族の印といえる純白の羽が生えていた。

その代償かどうかはわからないが、ヒュドラのことが愛おしく思え、さらにはヒュドラと性行をしたいという欲求が下半身から脳まで駆け巡っている。


ヒュドラの眷属となったものの理性はしっかりと働いていて、その理性とヒュドラから受けた影響の二つが必死に闘っているのだ。


ともすればヒュドラにすがりつきたくなる気持ちをヒナの理性が抑え込んでいた。


ヒナは幼少時の祖母の影響を大きく受けている。

人に優しく、慎み深く、正しいことを行うことが人生の意義だと。

その祖母は今でもヒナの心の奥で生きている。

その祖母が言う。


(頑張りなさい。ヒナちゃん。今は苦しくても未来はきっと明るいはずよ。だから今の短絡的な欲望に負けてはだめよ。)


ヒナは欲望に負けるまいとあらがい、その心情が顔に現れる。

耳たぶまで真っ赤に染まって汗をかいている。

今まで誰にも見せたことのない表情だ。


「そうですか。これに耐えますか。素晴らしいですね。あなたの精神はヒナ。」


ヒュドラが微笑んでいる。


「我慢しなくて良いのに。おっちゃ・・ヒュドラ様は最高よ。うふふ。」


ヒミコも笑っている。

アキトは何のことだかわからずに困惑の表情だ。

ソウは無表情。

「ヒナ。飛んでみなさい。」


「え?」


「その羽は飾りじゃないよ。君に神の加護を与えた。重力操作です。」


ヒナは背中の羽に意識を集中した。

鳥が飛ぶように羽を羽ばたかせてみた。

ふわりと体が浮いた。


羽による物理的な作用でないことはヒナにも理解できた。

あくまでも空を飛ぶというイメージ造りの副作用として羽が動いたのだ。


「ほほう。初めてにしては上出来ですね。」


ヒュドラが体の前で軽く拍手をした。

アキトは目を輝かせながら見ている。


「さて、次は、えーと・・」


ヒュドラが言葉に詰まる。


「アキトよ。アキト。自分の部下の名前くらい覚えてくださいね。」


ヒミコが助け船を出す。


「そうそう、アキト。君も僕の眷属になりたいんだって?」


アキトがヒュドラの前に進み出て跪く。


「はい。ヒュドラ様。是非とも配下に加えてください。」


「どうして僕の眷属になりたいの?」


「それは・・・正直に言います。強くなりたいからです。」


「強くなってどうするの?」


ヒュドラがアキトを見下ろす。


「それは・・・」


アキトがソウを見る。


「話は聞いているよ。」


ヒュドラもソウを見る。

ソウは無表情。


「君、ソウに殺されたんだって?復讐したいのだろうけど、それは駄目だよ。だってソウも僕の眷属になるんだから。」


「わかっています。ソウとの決着は諦めています。それでも二度とあんな目に遭いたくないし、地球へも帰りたいです。ですから、どうかお願いします。」


アキトは頭を下げた。


「ふーん。自分の欲求を満たすためだけに私の眷属になりたいと・・」


ヒュドラがアキトを睨む。


「あ、いや、それは・・もちろんヒュドラ様を敬っていますし、一生貴方様の僕でありたいです。ですから・・・」


「まぁ、いいでしょ。戦力の補充はしたいと思っていますし、僕の眷属になればおのずと心構えも変わるでしょう。」


ヒュドラはヒミコが差し出す杯に魔力をそそいでアキトに差し出した。

アキトはうやうやしくそれを受け取り、一気に飲み干した。


「おおおお・・」


アキトの体が青白く輝く。

背中が隆起して白い羽が衣服を突き破る。


「これは・・・」


アキトは恍惚とした表情だ。

アキトの体と同様、アキトの心にも大きな変化が起こる。


ヒュドラが愛おしくてたまらない。

アキトの心情の変化は女性のそれとは違い、肉親愛に近い。

幼い子供が母親を慕うような気持ちに近いモノだ。


もっともアキトにとっては初めての感情だった。

幼い頃から両親の関心を得ることもなく最も慕っていた乳母はアキトの前から消えた。

アキトにとって両親は経済的なよりどころに過ぎなかったのだ。

だからヒュドラのことが愛おしいと思える気持ちは不思議な感覚だった。


「ヒュドラ様」


「なんだい?」


「僕は・・僕は・・・一生貴方様の側で貴方様に仕えたいです。どうか、どうかおそばにおいてください。」


アキトは深々と頭を下げた。


「うん。いいよ。僕についてくれば、必ず明るい場所につれていってあげる。これから向かう地球で、君の力を存分にはっきすればいい。地球を僕達の住みよい場所にしよう。」


ヒュドラがアキトの頭に手を乗せた。

アキトは感涙の涙にむせぶ。


「それじゃ、最後は、ソウだね。」


ヒミコが杯をヒュドラに差し出す。

ヒュドラはヒナやアキトの時と同じように杯に魔力を満たす。

「ソウ。これを飲みなさい。」


杯をソウに差し出した。

ソウはそれを受け取り、一気に飲み干す。


ソウの体が青白く輝く。

一同が固唾を呑んでソウを見守る。


10秒経過。

30秒経過

一分経過。


ソウに目に見えた変化がない。


「ん?魔力が足りなかった?」


ヒュドラがヒミコを見ながらそう問いかけた。


ヒミコがソウに近寄り魔力でソウを包んだ。

ヒミコの魔力の一部はソウの体内に入っている。


ヒミコが目を閉じ、自分の伸ばした魔力に神経を集中した。

ヒミコが自分で伸ばした魔力の糸をたどる。


ソウの外部から体内へ、ソウの魔力の外郭へとたどり着く。


(何?この魔力の器・・・)


魔力を行使する者には必ず魔力の器と呼ばれるモノが存在する。

魔力の器は物理的に存在するわけではないが、イメージ的には魔力を貯める容器が存在する。


簡単に言えば魔力の貯蔵庫だ。


(私の倍・・・いや、それ以上、ひょっとしたらおっちゃんより大きいかも知れない。しかもまだまだ膨張している。)

ソウの魔力の器はヒュドラの血と魔力を飲まされたことで、ヒナやアキトと同じように爆発的な成長をしているようだ。


ヒミコは魔力の器の中に入り更に奥へと進む。

はるか遠くに何か輝くモノが見える。


ヒミコはその輝きに近づいた。

その輝きの元は巨大なクリスタルだ。

虹色に輝き回転をしている。


あおのクリスタルの周囲を鎖のような何かが取り巻いている。

ヒミコがその鎖に触れる。


覚えのある魔力。

ラグニアの魔力だ。


(ラグニアのドレイモンね。・・・)


ヒミコは鎖の隙間からクリスタルの中をのぞき込んだ。

クリスタルの中には全裸の男がいた。

自分の身を守る胎児のような姿勢で固く目を閉じている。


(これが、ソウの本体ね。)


ヒミコは試しにクリスタルに攻撃をかけてみた。

クリスタルは傷一つつかない。


ヒミコはラグニアの魔力の鎖が頑丈なのを確認してソウの体から出た。


「ヒュドラ様。ソウのやつ。固い殻に閉じこもっています。ヒュドラ様の眷属となるのを拒んでいるようですね。」


ヒミコがヒュドラに告げる。


ヒミコの言葉を聞いてヒナは少し安堵する。

ヒュドラは少し眉をしかめた。


「ほう。僕の眷属化を拒むことのできる人は珍しいね。どうしよう・・眷属にならないなら壊しちゃおうかな・・・」


ヒュドラの言葉でヒナの表情が一瞬にして曇った。

ヒナが何かを言おうとした時。


「ヒュドラ様、ソウは眷属化できていないけど、ラグニアのドレイモンがしっかりとソウを拘束しています。壊すのはいつでもできるから、もう少し様子をみてはどうでしょうか?」


ヒミコがラグニアを見た後、ヒュドラを振り向いた。


「そうなの?大丈夫?」


ヒュドラの問いかけにラグニアが頷く。


「以前、ソウにはドレイモンを破られたことがありますが、今度は、あの時の数倍の魔力量で拘束しておりますので、自力で解除することは不可能かと存じます。オホホ。」


ヒミコもラグニアの言葉に同意するかのように頷いた。


「そう。じゃ、先にオオカミを攻撃させてみて、その後でもう一度眷属化を試みてみましょう。それでいいかな?ヒミコちゃん。」


ヒュドラはソウが造った国、オオカミをソウ自身に攻撃させるという。


「はい。オオカミに避難した魔族やその他の種族をソウ自身に攻撃させましょう。そうすればソウも諦めがついて素直に眷属になるでしょう。」


オオカミ攻撃という言葉を聞いてアキトがニヤリと笑う。

その笑いをヒュドラが見て言った。


「ん?アキトは自分の仲間を攻撃するのが嬉しいのかい?」


「いえ、仲間なんかじゃないです。故郷が同じだというだけのことです。それにソウがつくった国なんて、この世に必要ないでしょ。この世の中に必要なのはヒュドラ様の僕だけ。他はゴミ同然です。」


アキトは本心で言っているようだ。


その言葉を聞いたヒナがアキトを睨んだあとヒュドラを向いた。


「あの・・ヒュドラ様。」


「なんだいヒナちゃん。」


「一つだけお願いがあるのです。」


ヒナは哀願の眼差しをヒュドラに向けた。


「なんだい?」


「ヒュドラ様の僕である私からは申しあげにくいのですが、私の同級生達を殺さないで欲しいのです。もちろん身勝手なお願いだとは承知していますが、私にとって同級生は家族に等しい存在です。お願いします。」


ヒナは深々と頭を下げた。


「うーん。どうしようかな。」


ヒュドラは顎に手を宛て少し考えるそぶりを見せた。


「そうだね、助けてあげないでもない。」


「あ、ありがとうございます。」


ヒナは再び頭を下げた。


「最後まで聞きなさい。助けてあげないでもないですが、それには条件があります。」


「というと?」


「貴方やアキトのように私の僕になるなら生かしてあげましょう。ただし少しでも抵抗すれば殺します。その説得を貴方がするのです。」


「え?私が?」


「そうですよ。貴方以外に誰がやるんです?」


「わかりました。やってみます。・・・」


そこへアキトがしゃしゃり出た。


「恐れながらヒュドラ様。」


アキトはヒュドラの前で片膝をつく。


「なんだい?アキト。」


「ヒナに説得は無理かと。」


「どうして?」


「オオカミにいるあいつら、同級生はソウによって完全に洗脳されています。ヒュドラ様に敵対する者ばかりです。恭順どころかヒュドラ様に対して憎悪を向ける者ばかりです。そんな奴らをヒナが説得できるはずもありませんし、説得の機会にヒナが逃げ出すことも考えられます。」


アキトが斜めに顔を上げてヒナを見た。


「そんな・・そんなことないです。私が、私がヒュドラ様の素晴らしさを説明します。かならずヒュドラ様の僕にしてみせます。」


ヒナは自分が発した言葉に違和感を覚えた。


(あれ?私、どうして?ヒュドラ様の素晴らしさ?なに?え?)


ヒナはヒュドラの眷属になったことで自分の価値観が大きく変化したことを自覚していた。

まるで人格が二つあるかのように。


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