第241話 神族の羽
グリネル南の今は切り立った崖の上で神族と魔族が対峙している。
最初神族は4人居たが一人は悪魔化した魔族の槍に倒れ、もう一人はゲートが閉じる際に上半身を亜空間に持って行かれ息絶えた。
残る二人は黒人のザンビという使徒と、精神魔法を得意とするメンヒスという金髪の使徒だ。
対して魔族は魔王を筆頭に悪魔化した精鋭50名と一般兵士約250名だ。
魔王がルビーのように燃える目を輝かせて神族の二人に宣言した。
「われはグリネル国、第三代魔王。グリネルである。今この場で誓おう。我が神族を根絶やしにすることを。」
その宣言を聞いた金髪の使徒メンヒスが黒人の使徒ザンビを見る。
「どうするザンビ。」
「どうするもこうするもないだろう。」
ザンビは背中の羽を広げた。
それを見たメンヒスも自分の羽を広げる。
二人は翼を羽ばたかせることもなくふわりと宙に浮いた。
二人が高度を上げようとしたとき、羽を持つ魔族3人が二人を襲う。
空中戦になるかと思えたがザンビが重力魔法で三人の魔族を一瞬のうちに地上へと落とした。
「悪魔が神に勝てると思うのか?バカ共が。」
ザンビが笑い、それにつられてメンヒスも笑う。
ザンビは更に重力魔法で地上の魔族を牽制しながら西へ飛び去ろうとした。
メンヒスも悪魔化していない兵士を精神魔法で狙い撃ちにして地上軍を混乱させる。
ザンビとメンヒスが戦場を離れるべく高度と速度を上げた時、地上から何かが二人に迫った。
シュドン!!
地上から放たれた何かは二人の側で炸裂し、無数の火の玉が二人を襲った。
二人は中空に停止して羽で自分の体を守った。
火の玉は粘着質で二人の体にまとわりついて離れない。
「ぐおぉぉぉ~!!なんだこれは!!」
ザンビがもだえ苦しむ。
メンヒスも体の火の粉を払いながら地上に目をやる。
ようやく火を消してメンヒスが地上を見ると・・・
「何?戦車?装甲車?」
ウルフから追撃のクラスター型ミサイルが発射され、更に機銃から発射された弾丸の雨が二人を襲う。
二人は逃走方向を捜すが空中戦に復帰した魔族が二人を取り囲んでいる。
遮蔽物のない空中では格好の標的だ。
いくつかのミサイル攻撃を受けた二人は、たまらず地上に降りる。
地上では魔王をはじめとする魔族軍が待っていた。
体中に火をまといながら地上に降りたザンビを魔王が槍で襲う。
普段なら避けることの出来た槍も火だるまになりながら回避することは出来なかった。
ザンビの胸を槍が貫く。
「ゴワァァァ~」
ザンビは前のめりに倒れた。
メンヒスも火だるまになったせいで精神集中することができず、地上兵士にやすやすと捕縛された。
「殺さないで・・・」
哀願するメンヒス。
地上兵士は魔王を見て指示を待つ。
魔王は無表情で親指を下に向けた。
「殺すんですか?」
ウルフで応援にかけつけていたイツキが魔王に尋ねる。
「精神魔法で部下を操られてはたまりませんからね。」
魔王の仕草を見たメンヒスが真っ青な表情で訴える。
「まって。まって。お願い。何でも話すから。ヒュドラ様のこと、・・いえヒュドラの計画を全部話すから、殺さないで。魔法は絶対つかわないから。お願い。ねぇ、殺さないで。まだ死にたくはないの。地球には私の帰りを待っている子供が居るの。だから・・だからお願い。殺さないで。」
その言葉を聞いたガラクがキリコを見る。
「どうだ?キリコ。」
キリコはメンヒスの顔を見つめる。
「半分嘘で、半分本当。」
魔王が兵士に「待て」をかけてからキリコを見る。
「どこから、どこまでが本当で、どこから何処までが嘘なんですか?」
「地球に子供が居るというのは本当。ヒュドラの計画を知っているというのも本当。でも隙を見て兵士に精神魔法をかけ逃げようとしている。・・あ、心を閉じられた。これ以上は読めないわ。」
魔王がメンヒスを見て何か動作をしようとした時、再びメンヒスが声を上げる。
「まって。まって。お願い。今度こそ誓うわ。あなたたちに逆らわない。完全に服従します。心も解放します。全部読んで。」
メンヒスはそう言いながらキリコに哀願の目を向けた。
魔王がキリコを見る。
キリコは無言で頷いた。
「羽を切り落とせ。精神魔法耐性が強い者を見張りにつけなさい。」
メンヒスは、その場で羽を刈られ手当をされることもなく縛られた。
「ガラクさん。ありがとうございました。」
魔王がガラクに頭を下げる。
「止めて下さい魔王陛下。俺は何もしていない。神族を落としたのは、そこのイツキですよ。」
魔王がイツキに向く。
「イツキさんも、キリコさんもありがとう。」
イツキとキリコが少し照れる。
「いえ、いえ、ウルフが強いだけのことです。僕の力じゃないです。」
「そうですよ~イツキは喧嘩弱いです。けど強いのよね。うふふ。」
イツキがキリコの背中を押す。
「なに。キリコさん。どういう意味よ。」
「いろんな意味よ。ふふ。」
魔王が微笑む。
「いずれにしても助かりました。貴方達やソウさんが居なければ、このグリネルは壊滅していたでしょう。多くの犠牲は出ましたが・・・グリネルは必ず復興できます。いや、復興させます。」
キリコ達が頷いた。
グリネル上空シスター。
シスターの中核部にある自然公園のような場所にヒミコとヒュドラが向かい合って座っている。
「おっちゃん。」
「なにヒミコちゃん。」
「えーとね。第8使徒ギダル、第9使徒ザンビ、第10使徒ヨウコ、三人死んじゃった。」
「うん。知ってる。魔力の絆が切れたからね。眷属が死ねば僕にもわかるよ。それとメンヒスが寝返った。魔力の絆をメンヒスの方から切り落としたみたい。」
「魔力の絆って、眷属の方からでも切れるの?」
「うん。もっとも使徒の象徴、背中の羽を切り取らないと無理だけどね。メンヒスも自分の羽を自ら切ったりしないだろうから、魔族の誰かに切られたんだろうね。でも絆は自分の意思で切ったみたい。どういうつもりなんだろうね?」
「さぁ、あの子・・あのおばさん、地球の子供のことをいつも気にしていたから、そこら当たりを魔族に突っつかれたんじゃない?・・バカね。裏切ればいずれ地球の子供にも災いが及ぶのに。救済リストから外しておくわ。メンヒスとその家族。」
「そうだね。ところで、神石は集まったの?」
ヒュドラはそう言いながら紅茶をすする。
「えっとね。途中邪魔は入ったけど8万個くらいは集まったよ。それも上質な物ばかり。なにしろ悪魔の魂だからね。」
ヒミコも茶をすする。
「そっか~。8万個か、少し足りないね。補充しなきゃ。」
「うん。それでどこから補充するの?もっかいグリネルを襲う?」
「いや。グリネルと地上戦をするとまた、やられちゃうかも知れない。魔王って、本気出せばけっこう強いからね。」
「魔王は、私が殺したんだけどなぁ~」
「魔王は予備の魂があるからね。何度も殺すの面倒ですから、あそこを襲おうよ。ほら、なってったっけ?」
「オオカミ?ソウの国ね。」
「うん。そこをラーシャとゲラン、ヒュドラの連合軍に襲わせよう。どう?いいでしょ?」
ヒュドラの顔は元々醜いが、笑うと更に醜くなる。
「うん。いいわね。どっちが死んでも大量の神石が手に入る。」
ヒミコは幼女の顔に似合わない不気味な笑いを浮かべた。
「それから、その連合軍にアキトとソウも加えよう。元の仲間同士で闘わせるのも面白いしね。」
「ということはアキト、ソウ、それからヒナも使徒にするのね?」
「うん。三人死んじゃったからね。補充しなきゃ。新たに地球から呼び寄せるの大変だからね。ちょうど良いじゃない。アキトも使徒になりたがっているんでしょ?ヒナは元々そうするつもりだったし。」
ヒュドラは茶菓子に手を伸ばしながら膝を組んだ。
ヒミコも茶菓子に手を伸ばす。
「このお菓子美味しいね。ヒナが作ったんだけど。なかなかの物よ。そんでアキトは良いとしても、ソウは使徒にできるの?今はドレイモンで大人しくしているけど、自我を取り戻せばおっちゃんに逆らうよ、きっと。」
ヒュドラは菓子を頬張る。
「あ、ほんとだ、美味しいね。このクッキー。人間を眷属にするのは難しくないよ。僕の血を少しわけて使徒の能力を植え付けるだけだから。ソウも物理的には難しくないけど、ヒミコちゃんの言うとおり、本人の使徒になりたいと言う気持ちがないと、心のコントロールが難しいかもね。でもね。こっちにはアレがあるしね。」
「ヒナ?」
「うん。ヒナの命を奪うと言えばソウも同意するでしょ。駄目ならドレイモンで同意させて使徒の体にさえすれば、あとは魔力の絆で何とかコントロールできるはずだよ。」
「そうね。じゃ今からやる?」
「そうだねぇ、さっきグリネルを壊すのに大きく力を使ったから、今日は無理みたい。明日か明後日にやろうよ。」
「うん。用意しとくね。」
ヒナは相変わらず自室の窓から地球を眺めていた。
コンコン!!
ドアがノックされる。
「どうぞ。」
ドアの向こうから現れたのはアキトだった。
「やあヒナ。元気?」
アキトの衣服はボロボロ、あちこちに怪我を負っている。
「どうしたのアキト君、ボロボロじゃないの。」
「ちょっとね。爆発に巻き込まれたんだ。治療、お願い。」
そう言って治療台に腰掛けた。
ヒナは瞑想した後アキトにヒールをかけた。
青い光がアキトを包むが、いつもの青い光ほどの輝きがない。
「ん?どうしたの?弱いんだけど。」
アキトが自分の両手の怪我を見ながら言った。
ヒナはアキトを見るとアキトのあの言葉を思い出す。
「ソウのクソ野郎、必ず殺してやる。」
ヒナは後悔していた。
アキトを蘇生したことを。
いつもそうだヒナは優しい。
その優しさが結局自分の大切な人や自分自身を窮地に追い込む。
ゲランでソウを助けようとして結局はソウを殺しかけた。
今回も元同級生だという理由だけで、可愛そうだからという理由だけでいずれはソウを殺してしまうかも知れないアキトを生き返らせてしまったのだ。
アキトとソウ、どちらが大切かと言えば言葉にするまでもないだろう。
それがわかっていながら目の前に弱った人がいれば助けてしまう。
それがヒナの本質なのだ。
アキトもそのことに気がついている。
気がついていながらヒナを利用することにはばかりがない。
アキトにはヒナの優しさが理解できない。
理解しようとも思わないし、人が不利益を被ってまで他人に何かを与えると言うことが根本的に理解不能なのだ。
アキトの心を言葉にすれば・・・
「ばっかじゃないの。」
という言葉になるだろう。
「そうかしら、少し体調が悪いみたいなの。」
「そうかい。体は大切にしないとね。」
アキトは心にもない言葉を口にする。
「あ、そうそう。もうすぐ俺達、本当の意味で仲間になるよ。」
「え?」
「さっきヒミコ様から聞いたんだ。明日か明後日、俺とヒナ、それとソウをヒュドラ様が眷属にして下さるそうだ。そうなれば僕がソウを殺すこともない。どうだい?安心しただろう?」
ヒナはソウがここシスターに来ていることはバズーラから聞いて知っていた。
ソウに会いたいと、何度かヒミコに伝えたがそれは未だにかなっていない。
「どういうこと?」
「言葉の通りさ、僕と君、それにソウがヒュドラ様の眷属、つまり使徒になるんだ。使徒になれば今まで以上に強くなれる。もうソウなんかには負けない。といってもソウと闘うことはできなくなるけどね。でもそれは今のうちだけ。いずれ・・・」
アキトは途中で言葉を飲み込んだ。
「そんな・・・私は使徒になんかならないわ。ソウちゃんだって・・」
ヒナは治療台からあとずさった。
「そんなこと言っても無理だよ。今の君になにができる。日本に帰るには、そうするしかないんだ。いや、生きていたければそうするしかないよ。考えても見ろよ、使徒になれば、地球で思いのまま過ごせるんだよ。こんな素晴らしいことがあるかい。アハハ。」
アキトは元の世界でのふしだらな光景を思い出していた。
「私が使徒に・・・」




