第239話 命は繋がる
グリネル沖合、ドルムとピンターは大地と供に海に沈んだグリネル住民を魚雷艇サーペントで救助していた。
グリネル南一区の元区長ガルゴンの孫娘を救助するためドルム達の乗船するサーペントは津波から逃げ遅れた。
そして津波から遠ざかるのではなく、津波に立ち向かうという決心をしたのだ。
「サーペント。波に向かえ船首を立てろ。」
『了解。ガレキに等の障害物と接触する可能性100%です。乗船員は衝撃に備えて下さい。』
船首方向に大きな水の壁が迫る。
「みんな、どこかにつかまれ。来るぞ!」
ドルムが叫ぶ。
「ドルム。あのゲートとやらは使えぬのか?」
ガルゴンがドルムの肩を掴んだ。
「こう不安定な状態じゃ無理だ。今は波をのりきるしかない。」
「そうか・・」
徐々に船首が持ち上がる。
ガン!ゴン!ゴキン!ギー!
船体にガレキがぶつかり船がきしむ。
嫌な音が連続する。
サーペントは魚雷艇。
つまり戦艦だから頑丈には造られているがさすがにガレキのまっただ中を航行できるほどの能力は無い。
あちこちに流木や家の破片がぶつかり船体が悲鳴をあげる。
船の推進力は波の力より劣るらしく波頭を目指してはいるものの一向に前へ進まない。
「頼む。もう少しこらえてくれ。」
ドルムが制御装置にしがみつきながら祈った。
ドゴーン!!
一際大きな音がした。
ビービービー
『緊急警報。舵の制御機能を失いました。本船は制御不能状態です。すみやかに退船してください。繰り返します。本船は制御不能状態。まもなく横転沈没すると思われます。乗船員は直ちに退船してください。』
「なんだ?どうした?」
ガルゴンが孫娘を抱きかかえながらドルムに迫る。
「舵がきかなくなった。たぶん。ガレキがぶつかって壊れたか、何か挟まったのかもしれん。とにかく、もうこの船はだめだ。」
「それじゃ、どうする?」
「いちかばちかゲートを使う。船のゆれが大きいから失敗するかもしれんが海に飛び込むよりはましだろう。」
「失敗って。失敗するとどうなるんじゃ?」
「わからん。・・・・が、おそらく死ぬ。昔タイチが言ってた。不安定な状態でゲートを使うと亜空間にとばされて二度と戻れないと・・」
「それは死ぬということか?」
「・・・同じ事だ。ピンター。ゲートを開くことができるか?」
ピンターは不安げに答えた。
「わからない。でもやってみる。」
船は傾いている。
推進力は生きているのでなんとか船首を波頭に向けているが、それも時間の問題だろう。
ガレキがぶつかり進行方向が波頭に対して真横になれば船は横転する。
ガルゴンは孫娘の顔をしげしげと眺めてからドルムに向いた。
「ドルム。」
「何だ?まだなんか文句があるのか?」
「いや。違う。・・・セーレンを・・ワシの孫娘を頼む。」
そういいながら、ぐったりしている孫娘のセーレンをドルムに差し出した。
「どうした?」
ドルムが不思議そうな顔でガルゴンを見る。
「ワシの生涯はつまらん生涯だったかもしれん。でもこの孫娘が生き続けてくれさえすれば、ワシの命は繋がる。セーレンが生きてさえいればワシも幸せだ。だから、だから頼む。」
ガルゴンはそう言って悪魔化した後、船尾から海に飛び込んだ。
「おじさん。」
ピンターが叫ぶ。
「舵を修理するつもりか?」
ドルムがガルゴンの行方を追う。
ビービー!!
『密集したガレキが本船に迫っています。乗船員は直ちに避難して下さい。』
船首方向を見ると、これまでにもまして大きなガレキの山が船に迫っていた。
ガツン!ゴツン!!ガガガ!!
ガレキが船にぶつかる。
ギー!!
家の形を残したガレキが船腹をこする。
ガレキにぶつかったせいで船は波頭に対してやや斜め方向に進み始めた。
もう少し横向きになると横転するだろう。
船尾の海中ではガルゴンが悪戦苦闘していた。
悪魔化して海中に潜ったガルゴンが目にしたものは舵に絡まる漁網とロープだった。
推進装置はプロペラでなく船の両側下部に排出口のあるジェット推進装置だったことから、ガルゴンがプロペラに巻き込まれることはなかった。
しかし舵には漁網とロープが何重にも巻き付いていてガルゴン一人の力ではどうしようもないように思われた。
ガルゴンは手にしたナイフで漁網を切り裂き、ロープをほどきなんとか舵の機能を取り戻そうとしていた。
何分か漁網と闘ったところ不意にロープがほどけて、舵に絡みついていた漁網も解き放たれた。
しかし、その漁網は舵を離れると今度はガルゴンにしがみつき、ガルゴンの自由を奪った。
ガルゴンは、その漁網と供に暗い海の底へ沈んでいった。
ビービービー
『舵の機能が回復しました。推進力も大幅に回復しました。波頭に向かいます。』
ドルムとピンターが船尾から海中をのぞき込む。
「ガルゴン!!おい。ガルゴン!!」
「おじさん。おじさん。」
しかしガルゴンは呼びかけに応えない。
「ガルゴン・・・」
ドルムは船尾から離れて操舵室に戻った。
船首が大きく立ち上がる。
「どこかにつかまれピンター。」
そういいながら自分は先ほど救助した幼女二人を抱え上げた。
『最後の波です。これを乗り切れば安定した海域となります。』
「頑張れサーペント。頼む。頑張ってくれ。」
『了解しました。』
船首がほぼ直立したかと思うほどの角度に立ち上がった後、今度はジェットコースターの下りにさしかかったような角度と勢いで波の頭から滑り落ちた。
波の手前と向こうは大きく違っていた。
潮流はあるもののガレキは無く、波も穏やかだった。
「フーっ、なんとかなったな。」
ドルムが微笑む。
「うん。なんとかなったね。あのおじさんのおかげだ。」
「そうだな。ガルゴンのおかげだな。・・・」
その時、幼女が目をさました。
ガルゴンという名前に反応したのだろう。
「おじいちゃん・・・おばあちゃん・・どこ?」
幼女は周囲を見渡す。
ドルムは幼女を抱き上げた。
「セーレンちゃんだね。おじいちゃんからの伝言があるよ。」
「おじいちゃんはどこ?」
「ちょっと遠くへ出かけているよ。でもねいつか帰ってくる。そうそう。おじいちゃんからの伝言。セーレンが幸せになってくれたら、それがワシの幸せだ。だから一所懸命幸せになれ。だってさ。」
「おばあちゃんは?」
「・・・たぶん。おじいさんと同じところにいる。二人で仲良くしていると思うよ。」
「そうなの・・・お父さんやお母さんと同じところ?」
「ああ・・」
ドルムはセーレンを抱きしめた。
津波の向こう側グリネル方面の海上に青い光がいくつも漂っている。
そしてその光は意思を持ったように一方向へ進み始めた。
進む方向はグリネルの西側の海岸方向だ。
元々その一帯は浜辺だったが、いまでは、切り立った崖になっている。
その崖の上で何人かの黒装束を着た男女が掌を上空にかざしている。
一人の女が上空に手をかざしたまま何かを唱えると、その手元に青い光が集まり、結晶化して青い石になった。
他の男女も同じ作業を繰り返している。
「エレイナさん。大分集まったでしょう?少しでいいから僕にも別けて下さいよ。」
エレイナがアキトを睨む。
「だめよ。これは全てヒュドラ様への献上品だから。欲しかったらヒュドラ様に直接お願いするか自分で集めなさい。材料はそこいらに浮いているわよ。」
エレイナが両手を上空に広げると、周囲の空から青い光が手元に集まり、凝縮されて青い石になった。
「無理言わないでよ。その『集魂』ってスキル。神族の固有スキルでしょ。人間の僕には獲得出来ないよ。」
アキトはしかめ面になる。
「だったら神族にしてもらえば良いじゃないの。他の使徒様達も、元々はあんたのようなただの人間よ。」
アキトが周囲を見るとエレイナと同じような黒装束に身をつつまれた男女が何人かエレイナと同じように青い石を集めている。
「エレイナ。無駄口をたたかずに『集魂』集中しろ。アキトも邪魔をするな。しっかり周囲を見張れ。」
集団の中でも一番、魔力が強そうな男が言った。
「はい。ラグニア様。」
「はーい。」
生返事をするアキトをラグニアが睨んだ。
「アキト。ひまならそこいらで材料を増やしてこい。最初の予想より材料が少ない。」
アキトがラグニアを見上げる。
「え?いいんですか?」
「ああ、少しは役立て。魂を狩ってくるんだ。でも遠くへは行くなよ。そこいらの生き残りだけ相手にしていろ。」
アキトが少し笑顔になる。
「はい。行ってきます。僕もヒュドラ様の役に立ちたいですから。フフ。」
アキトは使徒達の側を離れて崖から少し町中に向けて歩き始めた。
アキトの進行方向から一般市民とおぼしき集団が向かってくる。
一人の男がアキトに向かって手を振った。
「おーい。あんた。海側はどうなってる?波は来てないか?」
「海側は浜辺が消えて、崖になってるよ。波は来ていない。」
アキトが男に向かって返事した。
「そりゃ。大変だ。でも波が来ないならもう安心だな。警告にしたがって山手に逃げてよかったよ。なぁみんな。」
男が振り返る。
5~6人の男女が顔を見合わせて安堵の表情を浮かべる。
アキトが集団の人数を数え始めた。
その様子を見た男がアキトを不思議そうに見る。
「なにをしとるんかね?あんた。」
アキトはニヤリと笑う。
「見りゃわかるでしょ。人数を数えてるんだ。」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ、報告するためだよ。」
「あんた警備隊かね?生存者の報告?」
「違うよ。狩った魂の数を報告するのさ。」
アキトは上空に大きな火の玉を5つ浮かべた。
「何する!!」
男は瞬時に悪魔化した。
しかしアキトが手を振り下ろす方が速かった。
先頭の悪魔化した男は生き残ったが、それ以外の者は瞬時に黒焦げになった。
「何をしやがる。」
男が後ろを振り返る。
誰も息をしていない。
男は大きな火傷を負ったまま涙をこぼした。
「せっかく、生き延びたのに。この災厄を生き延びたのに。両親を妻を子を殺しやがったな。」
男の目は赤く燃える。
何かのスキルだろう。
男の手には氷で出来た槍が握られていた。
男は悪魔化したまま、その槍をアキトに繰り出すが、先制攻撃を受けていたため槍の速度は遅く、威力も無い。
アキトはなんなくそれをかわした。
「へいへい。遅いよ。悪魔君。アハハ。悪魔ってこんなに弱かったんだ。昔あんた達を意味も無く怖がっていた自分がバカみたいだ。アハハ。」
男は諦めず何も槍を繰り出し、時に精神魔法でアキトを威嚇するがアキトには通じない。
「もうお終い?もっとなんか無いの?いずれ、あの悪魔ともまた闘うだろうから、もっと教えてよ。悪魔の技を。」
アキトは悪魔化した男をいたぶりもてあそんでいた。
「くそー・・」
男はアキトと闘いながら、自分の家族だったいくつかの死体に目をやるが、動きがないのを確かめて、心を決めた。
氷の槍を投げ捨てアキトに近づきアキトを掴もうとした。
アキトは軽くいなす。
その時、すれ違いざまに男がニヤリと笑った。
アキトは嫌な予感がして自分の体を炎で包んだ。
攻撃のための炎ではなく防御の炎だ。
その瞬間、男の体が急激に膨張して大爆発を起こした。
中心地にクレーターが出来るほどの大爆発だった。
そのクレーターの中心地でアキトが胎児のように丸くなっていた。




