第235話 政見放送
魔王院会議室
「どうです?進捗率は?何人くらい残っています?」
居並ぶ官僚に魔王が問いかける。
一人の男が答える。
「はい。現時点での避難率はおよそ57%。うち山岳地帯や船による西の大陸への移動が約53万人、オオカミへの転送終了者が4万人となっています。したがってグリネルの残存数約43万人です。」
魔王の眉間にしわが寄る。
「残留者が多いな。国防大臣、どうして避難が進まないのですか?避難が進まない原因は何ですか?」
国防大臣が立ち上がり答える。
「はい。主たる原因は例のゲートの毀損、そして未だ住民の中に残る三ツ目族への不信感です。ちまたでは今回の騒動が三ツ目族による陰謀だとまことしやかに噂が流れておりまして、財産を持たぬ者はともかくとして土地財産を持つ者ほど居住地から離れようとしないのです。」
魔王が隣の席のドルムを見る。
「ドルムさん。ゲートは?」
「はい。一基は既に稼働していますが、残り二基は今しばらく時間を要するようです。今の転送率は時間単位1000人というところでしょうか。」
「そうですか、ご苦労様です。再びの襲撃に備えて国軍一個師団を配置していますが、不備の無いようドルムさんが責任を持って防衛体制を整えて下さい。なお一層、転送率の向上をお願いします。」
「了解しました。」
「では次の会議は本日13時より開催します。各自配置について下さい。」
魔王の号令で各員席を立ち、持ち場に帰った。
ドルムも席を立ったが、魔王が呼び止めた。
「ドルムさん。」
「はい。」
「何もかも貴方達に頼ってしまって申し訳ないのですが。各地区代表も含めて人材が今は乏しいです。情報の伝達手段が乏しい故にこのような遅滞が起きているのでしょう。」
「はい。そうですね。それで?」
「オオカミの皆さんのお力を再度お借りすることはできませんか?」
「わかりました。情報収集のために各地に散っていた仲間が戻っていますので、そいつらの力を借りましょう。機動力はあります。」
魔王がドルムの手を握り頭を下げた。
「細かな戦略は貴方達にお任せしますので、どうかこの危機を国民全体に知らせて下さい。」
「止めてください。元は国を捨てたとは言え、今は貴方の部下、魔王陛下が部下に頭を下げるなんておかしいですよ。」
「そうかもしれないですが、今は・・・本当に貴方に感謝しているのです。この国難の時期によくぞ戻ってくれました。婿殿。」
「はい。お互い頑張りましょうお義父さん。」
ドルムが魔王の手を握り返した。
オオカミ会議室。
「ということでお前等にも手伝って欲しい。」
ドルムが目の前の仲間に対して事情を説明している。
会議室には情報収集のために出かけていた仲間が集まっている。
エリカ、ブルナ、ウタ、テルマ、リンダ、キリコ、リュウヤ、ツネオ、イツキ、レン、ピンター、そしてソウの同級生達。
イツキが手を上げた。
「イツキ、どうぞ。」
「だいたいのことはよくわかりましたが、どうやって国民に本当のことを伝えるんですか?」
「どやってって。そりゃぁ口で説明するしかないな・・・」
「口でって・・口で説明しても信用されないからこうなっているのじゃ?」
「うん。だから何度も説明して・・・」
『ドルム。お前何も考えとらんな・・・』
タイチのフォログラムが浮かび上がった。
「タイチ・・」
『タイチさんと呼べ。バカ。』
「それじゃ、他に何か良い案があるのか?タイチ・・・さん。」
『あるとも。ようするに国民は頭領である魔王の言葉を直接聞いていないんだろう?第三者からの伝聞で情報が歪曲されているわけだ。』
「まぁ、そういうことだな。」
『だったら国民に直接、魔王の姿を見せ、声を聴かせれば良いだけのことよ。』
「え?国民全員に?」
『そうじゃよ。』
イツキがポンと手を叩いた。
イツキがタイチに問いかける。
「あるんですか?」
タイチがニヤリと笑う。
『あるよ。キューブの地下室。F-17あたりの倉庫にあったはずだ。』
ドルムがキョトンとした顔をしている。
レンやリュウヤ達もわけがわかっていないようだ。
レンがイツキの肩を叩く。
「何があるんだ?オイ。」
レンの問いかけに他の者も頷く。
「撮影機材と映写装置だよ。」
同級生達は「なーるほど。」という顔をしている。
わからないのは現地人達だ。
「なんだよ。お前等だけで何得していないで。俺にも説明しろよ。」
ドルムが不満げにイツキに説明を求めた。
イツキがポケットからスマホを取りだしてドルムに向けた。
「な、なにすんだ?」
イツキはスマホを手元でいじり、ドルムに差し出す。
ドルムが画面をのぞき込む。
「な、なにすんだ?」
数秒前のドルムが映し出されていた。
「こ、これは・・・」
「映像や音声を記録する装置・・神器です。これの大規模なものがキューブにあるらしいので、それを使って魔王様の姿と言葉を国民に届けましょう。」
イツキがタイチに問いかける。
「タイチさん、録画装置と映写器があるのは、わかりました。スクリーンはありますか?」
「あるにはあるが、小さいな。せいぜい数百人が見るにたえるくらいの大きさだ。」
「うーん・・・」
その時リュウヤがイツキに声をかけた。
「イツキ。」
「はい。」
「スクリーンはべつに大きな布でなくてもいいだろ?」
「というと?」
「例えば大きなビルの壁とか。」
リュウヤはそう言いながらリンダを見た。
「リンダ。大きなビル。あと何基くらいのこっている。」
「はい。タワー型のマンションがあと20基ほど残っています。側面は白色無地です。」
「それだ。」
イツキが声を出す。
ドルムは未だに戸惑っている。
「よくわからんが、それがあればさっきみたいに過去の情景を映し出すことができるんだな?」
「うん。そうですよ。魔王様の政見放送ができます。」
「よしわかった。細かいことはお前達に任すから、国民に今の危難を知らせてくれ。魔王様には俺から話をしておく。頼んだ。」
ドルムの声に一同頷く。
頷いた後、エリカの手が上がった。
「なんだ?エリカ。」
「あのう。さっきからソウ様の姿が見えないのですが、ソウ様は何処に?」
一同が周囲を見渡した。
ドルムの表情が曇る。
「えーとだなぁ・・ソウは・・」
ドルムの言葉を遮るようにピンターが立ち上がった。
「兄ちゃんは、今、一人で敵と戦っている。でも大丈夫だ。兄ちゃんなら心配いらない。」
エリカが不安そうな顔になる。
「ピンターちゃん。もう少し詳しく・・」
「うん。実際のところ兄ちゃんが、今どこで何をしているのか知らない。敵、ヒュドラの部下とどっかへ行った。でもオイラと別れる前に兄ちゃんは言った。「ピンター。何があっても俺を信用しろ。何があってもだ。」と、だからおいらは兄ちゃんを信用する。だから心配はしないんだ。そう約束したから。」
エリカが顔を上げた。
「ソウ様がそのように言ったのね。だったら私も心配しないことにする。私は今私ができることを精一杯やって、ソウ様が帰ってくるのを待つわ。うん。大丈夫。ソウ様だものね。」
ウタとキリコがエリカの肩に手を載せた。
「とにかく、ソウが帰ってくるまでに俺達だけでもできることをやろう。今俺達がやらなければならないのは、一人でも多くの命を救うことだ。それがソウのためでもある。俺はそう信じている。」
全員が頷いた。
その夜グリネルのあちこちに、突如巨大なビルが出現した。
言わずと知れたリンダの建てた即席ビルだ。
そのビルの側面に光が当たり、ビルの屋上から地上向けて設置されたスピーカーから大音量の音楽が流れる。
流れる音楽は、日本のデュオグループによるオリンピックのテーマ曲。
ビルの下でツネオがスマホをいじっている。
スマホは映写装置につながれている。
「いくつもの~♪」
ツネオが流れる曲に合わせて口ずさんでいる。
「この曲いつ聴いてもいいよね。」
「そうだな。いいよな。」
リュウヤが遠くを眺めるような目で空を見ている。
大音量の音楽に驚いた住民達が屋外に出てきて、いつの間にかそびえ立ち光を放つビルの側面を見つめた。
数秒後、ビルの側面に魔王の上半身が映し出された。
魔王の姿を見て驚く者や、その場にかしずく者、対応は様々だった。
やがてビル側面に映し出された魔王がしゃべり始めた。
「親愛なる国民の皆様。私はグリネル国魔王アグリア・レイシス・グリネルです。もうすでにお聞き及びとは存じますが、情報が錯綜しているようですので、改めて私の口から、今、この国グリネルに降りかかろうとしている災厄について、ご説明申しあげます。・・・この国、我らがグリネルは、まもなく海に沈みます。残念なことにグリネルが海に沈むのはまごうことなき事実で、私はこの身をもって検証致しました。沈む時期については数日、あるいは数時間後かもしれません。数週間前からこの危機を国民の皆様に訴え続けましたが、未だその真偽に疑問をお持ちの方が多いと知り、急遽このような措置を執らせて頂きました。この映像は真であり私の言葉に偽りはございません。」
ここで魔王は上着を脱いで悪魔化した。
悪魔化の燃料は寿命だ。
つまり魔王は自分の寿命を賭して国民に訴えかけているのだ。
「人様にこのような姿を見せるのはじつに数千年ぶりです。情報に疑義をもたれているのは老齢の方が多いと聞き及び、見苦しくも私本来の姿を見せました。先輩かたがたなら、私の今の姿が何を意味するかご存じのはずです。そこでもう一度言います。お逃げ下さい。自分の力で逃げることの出来る人は山岳地帯へ。逃げる力のない老人、子供、病人は魔族院へ。それぞれ自分の力をふりしぼって逃げて下さい。グリネルは海に沈みます。私は一人でも多くの国民に生き延びて頂きたい。グリネル国始まっていらいの大災厄。これは三ツ目族が流す策略ではございません。三ツ目族は災厄の民族では無く、福音の民族です。そのことを私の命に代えて訴えます。私の言葉がどうか皆様の心に届きますように。」
そこで映像が切れた。
同じ映像が残留民の多い各地区で流れた。
グリネル、南一区。
老婆が孫らしき幼子を抱いて魔王の動画を見ていた。
「お父さん・・・」
「魔王は騙されているのだ。三ツ目共に。魔王ともあろうものが情けない。」
「でも・・・」
「でももくそもない。三ツ目は・・・三ツ目は・あの子を殺したんだぞ。この子の両親を。それなのに、お前は三ツ目を信じるというのか?」
「あの子が三ツ目族の調査にでかけて戻らないのは事実です。でもそれが三ツ目族のせいだとはかぎらないじゃないですか。ドルムさんの言うようにクラーケンに襲われたのかもしれないですし。・・」
「そうだな。クラーケンかもしれない。でもクラーケンは普段深海に居る。そのクラーケンが海上にでてきたのなら、きっと三ツ目共がクラーケンをけしかけたんだ。そうに違いない。
三ツ目族は根絶やしにするべきなんだ。俺の代でようやく三ツ目をグリネルから追放したのに、それをよりによって我が息子が・・・あの時もっと真剣に止めていればよかった。魔王の命令で三ツ目族の調査なんて。魔王は三ツ目とグルになってこのグリネルを滅ぼすつもりなんだ。」
老婆の表情がこわばる。
「そんな。あなた。魔王様のことを・・・そんな・・」
「いやアルゲン、俺達の甥だって魔王の策略で失墜させられたのだろう。そうとしか考えようがない。だから、あの映像なんて信じるな。」
と家に入ろうとしたとき地面が大きく揺れた。
魔王の映像を見ていた多くの住民がしゃがみ込む。
「やっぱり、本当だったんだ。魔王様が命をかけて俺達を助けようとしている。逃げるんだ。みんな。」
その声を皮切りに多くの人々が避難し始めた。
「ふん。馬鹿者共が・・・」
老夫婦は騒動をあとにして自宅へ戻った。




