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第234話 私の同級生

小鳥がさえずりリスが木々の間を飛び交い、小川には小魚が群れている。

穏やかな森の中に置かれた木製のテーブルをはさんで幼女と小太りの中年が話し合っている。


その情景を見ただけでは、ここが地上一万メートルに浮かぶ人工物だとは思えない。


「ところで、おっちゃん。なぜだかわかんないけど、グリネルを沈める計画が漏れてしまったようなの。悪魔達が避難しているのよ。」


ヒミコは不満げな顔をヒュドラに向ける。


「そうなの。じゃ少し計画を急がなければね。それで悪魔達はどれだけ残っているの?」


ヒュドラはあまり意に介していないようだ。


「えーとね。ざっと見た感じでは3分の2、60~70万くらいね。」


「ああ、それだけ残っていれば十分間に合う。そもそも相手は悪魔族だから10万くらいでも神石にできれば良いと考えていたんだ。」


「10万で足りる?」


「うん。10万あれば地球への通路は開けると思うよ。それにグリネルが駄目だったら、避難先を襲えば良いだけのこと。どこに逃げたの?悪魔達。」


「ヘレナ達が言うにはオオカミってソウが造った街のようね。」


「ほうほう。じゃぁグリネルで足りなかったらオオカミってとこを襲えば良いんだよね。もし足りなかったら足りない分を使徒達に任せるよ。」


「わかったわ。私達で行ってくる。」


「あ、そうそう。ヒミコちゃんは留守番ね。時間沈降使ったでしょ。また若返っているモノ。しばらくはお休みしなさい。」


「ええ~。大丈夫なのに。」


「だめだめ。それ以上若返って赤ちゃんになったらどうするの。」


「赤ちゃんになっても悪魔くらいになら勝てるよ。」


「だめだよ。赤ちゃんならまだしも、無理に闘うと命の源、つまり神石になりかねない。そこから肉体を再生するのは僕でも無理だよ。だからしばらくは大人しくしていなさい。」


「む~。しかたないわね。ところで、おっちゃん。あのアキトってやつどうする?」


「ソウやヒナちゃんの同級生って言う男ね。ん~。そこそこ力もありそうだから、生き返れば使徒にしてやってもいいかな~。まぁ生き返ってからどうするか決めるよ。やってるんでしょ?蘇生。」


ヒミコがニヤリと笑う。


「うん。ヒナちゃんとこへ運んだから、やっていると思うよ。」


ヒュドラの居る場所と違って、無機質な壁に囲まれた6メートル四方位の狭い部屋。

そこに女が二人、男の死体を運び入れた。

その後に一人の男、黒装束を身にまとった男が続く。


死体を部屋の中央に置かれた診療台に転がせた。


「ラグニア様、ここでよろしいのですか?」


片腕の無い女が黒装束の男に問いかける。


「ええ、そこへ置いて下さい。それとエレイナ。」


「はい。」


もう一人の女がラグニアの前にかしずく。


「この通路の突き当たりの部屋にヒナさんがいるから連れてきなさい。」


「はい。かしこまりました。聖なるラグニア様。」


エレイナが部屋を出る。

片腕の女がラグニアに問いかける。


「このアキトという男、性格は悪いですが戦闘能力は高いです。修理なさるのですね。」


ラグニアは診療台のアキトを眺めている。


「そうですね。この子は私と同郷で同じ種族です。貴方達にとっては異世界人、強くてあたりまえですよ。それに場合によっては13番目の使徒にするかもしれません。そうなれば貴方達の上司になりますね。オホホ。」


ヘレナは無表情だ。


コンコン


ドアがノックされた。


「どうぞ。」


エレイナとヒナが部屋に入ってくる。


「お呼びでしょうかラグニア様。」


そう言ったヒナをエレイナがにらみつける。


「第一使徒様に向かってなんなの、その言い草は。聖なるラグニア様と敬称をつけなさい。」


「失礼しました。聖なるラグニア様。」


ヒナが頭を下げる。


「いいんですよ。貴方はヒュドラ様を蘇生したヒュドラ教の聖女様です。私など呼び捨ててかまいませんよ。オホホ」


その言葉にエレイナが反応した。


「しかし、秩序というのが、聖なるラグニア様。」


ラグニアがギロリとエレイナをにらみ返す。


「秩序だと?それならば私の言葉を覆す貴方に秩序というモノを教えて差し上げましょうか。ヒナは聖女様、お前など足下にも及ばない存在なのだぞ。体で秩序を知ってみるか?エレイナ。」


悪意のこもった魔力がエレイナを包み込む。

その魔力を遮るようにヘレナがエレイナの前に立ち塞がり頭を下げる。


「申し訳ございません、聖なるラグニア様、妹にはきつく言い渡しますので、今回ばかりはご勘弁願いとうございます。」


ほんの一瞬、間を置いてラグニアが魔力を引っ込めた。


「ふむ。まぁいいでしょ。それよりヒナさん。」


「はい。聖なるラグニア様。」


「これを知っていますよね。」


ラグニアは診療台の上の死体を指さした。

死体の顔はヒナから見て向こう側を向いていたので、ヒナはその死体が何者なのかはわからなかった。


「新たな練習台でしょうか?練習ならもう必要ないかと・・・」


「そうじゃないですよ。よく顔をご覧なさい。オホホ。」


ヒナが診療台の向こう側に回り込む。


「あっ!!」


ヒナは小さく叫んで口に手を宛てた。


「どうです?同級生のアキトだそうですが、間違いないですか?」


ヒナの手は小刻みに震えている。


「はい。間違いありません。私達の同級生、アキト君です。・・・」


「そうですか。それでは練習では無くて本気でアキトを蘇生して下さい。魔力が足りなければ・・・」


ラグニアはそう言ってへレイナに目をやる。

へレイナは懐から革袋を取り出してラグニアに渡した。


ラグニアは革袋からいくつかの青い球を取りだして眺めている。


「ふむ、あまり上質ではありませんね。それでも無いよりはましでしょう。」


ヒナは物言わないアキトを眺めている。

ヒナは昔、アキトに憧れている時期があった。

ハンサムでスタイルが良く、学業優秀、生徒会長のアキト。

この世界へ来てからもアキトは同級生を率いて他の生徒の模範となろうとしていた。

そんなアキトを見てヒナはアキトに対する思いを募らせていた。


しかしそれは恋愛感情では無く、10代の女性の誰もがアイドルに憧れるような軽い心の作用だった。


ヒナがそのことに気がついたのはゲランでアキトがソウを殺そうとした時以降だった。

またその後、多くの兵隊と供にソウを襲ったとき、アキトは巨大な火の球で仲間の兵隊を巻き添えにしたが、その兵隊の死の責任をソウとヒナに押しつけて平然としていた。


それ以来、アキトに対する想いは徐々に薄くなり、今ではアキトに対して何の感情も持って居いなかった。


ただ目の前にいる物言わぬアキトに対しては同郷者、同級生としての憐憫があるだけだった。


「アキト君、どうして・・・」


「どうして死んだかって?ソウが殺したんだよ。ソウが。」


エレイナがヒナを睨んだ。


「え?ソウちゃんが?アキト君を?」


「ああ、そうだよ。最後には無抵抗になったアキトを無残に斬り殺したんだ。」


無抵抗というのはドレイモンにかかった状態を言うのだろう。

エレイナの言うことは間違いでは無い。


「無抵抗のアキト君をソウちゃんが?」


エレイナがニヤリと笑う。


「もっともそのソウもラグニア様が捕まえたけどね。後でペットとし飼ってもらうといいよ。ハハ」


「え?ソウちゃん。ここにいるんですか?」


ヒナの心が乱れたのが手に取るようにわかる。


「エレイナ、ヘレナ、お前達は邪魔です。ここを出なさい。」


ラグニアの言葉には怒気が含まれていた。


「あ・・はい。」


姉妹は部屋の外へ出た。


「落ち着きなさい。ヒナ。確かにソウは捕らえましたが、無傷です。後で貴方にも会わせますから、今は、このアキトを蘇生させなさい。」


ヒナの心は揺れ動いている。

ソウが殺したというアキト。

アキトには何の恨みも無いし同級生としてアキトへの憐憫はある。

しかしソウにとってアキトは敵だ。

お互いに殺し合おうとした仲で、実際にアキトはソウを何度か窮地に追い込んでいる。

ソウは窮地に追い込まれても、アキトを殺そうとはしなかった。

ソウがアキトを殺したというのが事実ならば、よほどのことがあったに違いない。

だから少し悩んだ。

アキトを生き返らせるべきか、それとも・・・


「何を悩む必要があるんです?貴方達の間に何があったのかは知りませんが、目の前に転がっているのは、同郷の者でしょう?貴方が恋い焦がれるソウは無事です。安心して蘇生に専念しなさい。」


ソウが生きていて、このシスターに居る。

アキトを蘇生させれば会わせてもらえる。

それだけでも励みになった。


(そうよ。なにをためらうことがあるの。同級生を生き返らす事を迷う必要もないじゃないの。)


ヒナは自分にそう言い聞かせて心を落ち着かせた。

ヒナがアキトの前に立ち両手を組んで精神を集中し始めた。

ヒナの魔力がヒナの全身を被う。

普通、魔力は魔力を持つ者にしか見えないが、ヒナの場合はヒールや蘇生のスキルを発する時、魔力を持たぬ者にも、その魔力が見えるようになる。


ヒナの全身を包んでいるのは青い魔力だ。

青い炎は叙情に大きく力強くなり、やがてその色を変える。

青から青みを帯びた白、そして一度透明になって金色へと変化する。


「おおお、美しい・・・」


ラグニアが思わず口走る。


ヒナが更に集中するとヒナの全身を被っていた金色の魔力はやがてヒナの両手に集まる。

ヒナは両手に集まった金色を、ゆっくりと手を傾けるようにアキトの体に注ぎ込む。

金色の魔力はアキトの全身を包み、肩から胸にかけての刀傷を癒やし、やがてアキトの体の中へ消えていく。


数秒間、ラグニアとヒナがアキトを見守る。


「ヒュッ!」


アキトが呼吸した。


アキトは目を閉じたまま、ゆるやかな呼吸を繰り返し、やがて片目を開いた。

左側の眼球だけがギョロギョロと動く。

右側の目も開き、その視線がヒナに定まってから、ゆっくりと上体を起こした。


「ヒナ・・・」


「アキト君。・・・」


「何がどうなっている?ここは?ソウの野郎は?」


ラグニアがアキトの前に立つ。


「ここはシスター。ヒュドラ教の聖地です。貴方は一度死にましたが、・・」


ラグニアがヒナを見る。


「一度死にましたが、ヒュドラ教の聖女、ヒナ様のおかげで生き返ったのですよ。おめでとう。オホホ。」


アキトはラグニアを見つめる。


「あんた。誰?・・それよりソウのクソ野郎はどこだ?」


「私はヒュドラ様の第一使徒、ラグニア。ソウ・ホンダなら近くにいますよ。」


その言葉を聞き終わらないうちにアキトは診療台を降りて周囲をキョロキョロ眺めた。


「何を探しているんです?」


「武器、何か武器を貸して下さい。」


「何をするんです?」


「あのやろう。ソウのクソ野郎の息の根を今度こそ止める。バラバラに切り刻んでやる。クソ!!」


ラグニアが笑う。


「そんな必要は無いです。ソウ・ホンダはまもなくヒュドラ様の使徒になります。殺す必要は無いですよ。オホホ」


アキトとラグニアの会話を聞いたヒナの顔から血の気が引いた。


(ソウちゃん・・・)


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