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第233話 何があっても

ソウがラグニアに連れ去られた後、ドルムは必死でソウに呼びかけた。


『ソウ!ソウ!どうなった。どこにいる?』


ピンターも呼びかける。


『兄ちゃん!!兄ちゃん!!』


だがどちらの呼びかけにも返答はない。


「ドルムさん。どうなったの?兄ちゃん、どこへ行ったの?」


ピンターの問いかけにドルムは応えられない。


「わからん。もしかしたら、ソウの奴ドレイモンをかけられたのかもしれん。目がうつろだった。」


ピンターが泣きそうになる。


「そんな・・兄ちゃんがヒュドラの奴隷なんて、そんなの嫌だ。」


「ああ、おれも嫌だ。しかし、あのソウのことだ自分のことは自分で何とかするはずだ。・・・たぶん。」


ドルムの表情も曇ったままだ。


「そうかな・・・いや、そうだよ。兄ちゃん最後に言ってていたもん。「何があっても俺を信じろ」って。だからオイラは兄ちゃんを信じる。」


「ああ、そうだな。ソウを信じよう。ソウが帰ってくるまでに俺達は俺達がやるべきことをやろう。」


「うん。兄ちゃん・・頑張って・・・」


ドルムは焼け落ちたゲート方向へ歩き出す。

ピンターもそれに続く。


ドルムの向かう方向には男が一人横たわっている。


「魔王陛下。魔王陛下・・・」


魔王の顔だけドルムを向く。


「ドルムさんですか・・・ちょっと待って。新しい魂がまだ体になじまないんですよ。」


ドルムが魔王の背中を支える。


「無理もないです。前に殺されたのは何年前ですか?」


「神族との最終戦争以来ですから2万年ほど前ですね。子供の頃の嫌な思い出ですよ。」


ピンターがキョトンとした顔でドルムと魔王を交互に見つめる。

その疑問にドルムが答える。


「俺達魔族の一部は魂を複数持っている。だから長寿なんだ。魂の交換には少し時間がかかるけどね。」


「ドルムさんも?」


「ああ、俺もいくつか魂を持っているよ。」


魔王が立ち上がった。


「あの幼女。まさかとは思いましたが時間沈降を持っていましたよ。魔王も形無しですね。」


ピンターが魔王を見る。


「時間沈降って何?」


「自分の周囲の時間を止めるスキルです。私の時間は止まっているのに、あの幼女の時間は動く。なんでもし放題。やられ放題でした。」


「魔王陛下も時間には勝てませんでしたね。」


「はい。それより、その後どうなりました?ゲートは?ソウ殿は?」


ドルムがゲートの残骸を蹴飛ばす。


「見ての通りですよ。避難は半分も済んでいないのに・・・それとソウは・・・」


「どうなりました?」


ドルムの顔が曇る。


「あいつらに連れて行かれました。くそっ!!」


「連れて行かれたって・・・あのソウさんが・・」


魔王が驚く。


「ええ、たぶん。ドレイモンだと思います。命令に「はい」って返事をしていましたから。」


「そんな・・・」


ピンターが魔王に向かう。


「大丈夫です。魔王様。」


「ん?どうして?」


「だって、兄ちゃんは、兄ちゃんだから。大丈夫です。」


「なるほど。ソウさんは、ソウさんだから、何も心配いらない。と・・そういう事ですね。」


「はい。」


ピンターに少しだけ笑顔が戻って居る。


「ソウのことも心配だが、今の俺には何もできねぇ。それよりも避難を急ぎましょう。ソウなら、きっとこう言います。「俺の心配より、避難を急げ。」とね。」


魔王が頷く。


「そうですね。そうしましょう。避難を急ぎましょう。ゲートは修理出来ますか?」


「リンダならなんとかしてくれると思います。」


「わかりました。修理を急ぎましょう。」



グリネルから遠く離れたヒュドラ教会本部。

ヒュドラ教会本部にある教皇の間に突然ゲートが開いた。

ゲートの中から何人かが出てくる。


最初に出てきたのは死体を抱えたエレイナ。

次にヘレナ、ソウ、そして最後に黒装束の男、ヒュドラ第一使徒ラグニアだった。


エレイナがアキトの死骸を床に下ろしながらラグニアに問う。


「ラグニア様。アキト死んでいますけど、どうなさるのですか?」


「ああ、修理して使うのですよ。異世界人だから能力は相当高い。うまく改造すれば相当な戦力になるはずですよ。オホホ。」


ラグニアはソウに向いて命令した。


「ソウ。その死体を担いで私に付いて来なさい。」


「はい。」


「ああ、それと私やヒミコ様達、特にヒュドラ様の名前を口にするときには、必ず、聖なるという枕詞をつけなさい。」


「はい。聖なるラグニア様。」


「うむ。オホホ。」


ラグニアが歩き始めた。

ソウがアキトを抱えて付き従う。


ヘレナとエレイナの姉妹もそれに続く。

ラグニアが振り返る。


「貴方達は、ここに居なさい。シスターに上がれるほどの身分ではないでしょう。」


「あ、はい。申し訳ございません。因縁のソウがどうなるのか見届けたくて・・すみません。」


「ふむ。興味がありますか?」


「はい。とても。」


ラグニアは少し沈黙した。


「いいでしょう。今回だけ特別に招待してあげましょう。貴方達も少しは活躍したようですからね。」


ヘレナ姉妹がその場にかしずいた。


「「ありがとうございます。」」


ラグニアが本棚をいじると通路が開けた。

通路の向こうには長い廊下があり、その廊下の行き止まりには塔があった。

塔の入り口には半透明のゲートが鈍く輝いてる。


「貴方達、私の体のどこかに触れなさい。ソウもです。」


「「はい。」」


「はい。聖なるラグニア様」


「行きますよ。」


全員がゲートの向こうに消えた。




「どうしたの?これ。」


グリネルのゲート前にウタとリンダがたたずんでいる。

側にはドルム、ピンター、魔王がいる。


ウタの問いにドルムが答える。


「ヒミコってやつにやられた。むちゃくちゃしやがってあの女。」


「女?女なの?」


「ああ、そうだ。しかも幼女と言える程若い娘だ。」


魔王が二人の話に割り込む。


「見た目で判断してはいけませんよ。ヒミコはヒュドラ教の教皇です。この世界に姿を現したのは私が子供の頃です。年齢は私とさほど違うことはないでしょう。」


ピンターが魔王を見上げる。


「オイラより年下かと思った。」


「見た目は可愛いですが、中身はバケモノですよ。何しろ魔王である私が一撃で殺されたんですからね。」


今度はウタが驚く。


「殺されたって。魔王様・・一度お亡くなりになったのですか?」

魔王が苦笑いをする。


「はい。久しぶりに死にました。どこかで魂をストックしなければ・・・」


「え?」


ウタが更に驚く。


「アハハ。冗談ですよ。悪魔が契約により人の魂をもらい受けるというのは単なる迷信です。おとぎ話ですよ。」


ドルムがチラリと魔王を見た。

ウタが安堵の表情を浮かべる。


「そうですよね。魂の譲渡なんてできるはずないですもの。・・・」


魔王が真顔に戻る。


「それよりソウ君は?」


ウタがドルムとピンターに問いかける。


ピンターが下を向く。

ドルムが口ごもりながら応えた。


「それがな・・・」


「うん。」


「連れて行かれた・・・」


「え?」


「だからソウが連れて行かれたんだ。」


「誰に?」


「ヒュドラ教・・・」


「え~。大変じゃないの。みんなに知らせなきゃ。」


ウタがきびすを返そうとしたとき、ピンターがウタの袖を引いた。


「まってウタ姉ちゃん。」


ウタが振り返る。


「兄ちゃん、たしかに敵に捕まったけど、大丈夫だと思う。」


ウタが目を見開く。


「大丈夫って、ピンター。ソウ君連れ去られたんでしょ?」


「うん。そうだけど、兄ちゃん別れ際に言ったんだ。「何があっても俺を信じろ。」って。だから今は慌てずにオイラ達の出来ることをやりながら、兄ちゃんの帰りを待とうよ。ねっ。」


ウタが少し黙り込んだ。


「そうね。今私達が慌てふためいても、何も出来ないし、なんの得にもならないわよね。」


ドルムがピンターの肩に手をやりながら話をつなげた。


「そうだ。今は無用な混乱を起こすべきじゃない。だから少しの間、皆にはだまっていてくれ。得にエリカには。もちろん、何か変化があって皆の力がいるときには召集をかける。それまで今俺達の出来ることをやろう。」


ウタが軽く頷く。


「そうね。わかったわ。」


魔王も軽く頷いた。


「ソウさんのことです。何か考えがあるから「俺を信じろ。」と言ったのでしょう。ところで、ドルムさん。ゲートの修理は出来そうですか?」


ドルムがリンダを向く。


「リンダ。」


リンダは壊れたゲートを眺めながら少し間をおいて返答した。


「計算終了。目の前のゲートは修復不可。新規に作成する必要があります。作成に要する時間は、作成作業着手後68時間と32分57秒です。」


ドルムが魔王を向く。


「約3日かかるそうです。その間に山間部へ避難させましょうか?」


魔王は顎に手をあてている。


「そうですね。ここで作成すればまた攻撃されるかも知れません。どこか別の場所へ設置しましょう。とりあえず都市の中心部から市民を非難させましょう。」



東の外れにある弓なりの列島上空。

シスターのゲートが開いた。


シスターは人工衛星だが、その大きさは地上から見れば第二の月と言える程大きい。

いや巨大だ。


シスター内部は宇宙モノの小説に出てくるような機械だらけで無機質な場所が多いがヒュドラの居る場所だけは少し違った。


広い空間、天井には人工太陽のような灯り、その部屋の入り口から向こう側の壁は見えない。

実際に壁までが遠いのか、そういうモチーフで装飾しているのかはわからないが、その空間はここが人工衛星内部だということを疑わせるのに十分だ。


床は芝に被われた土、多くの植物が綺麗に植樹されている。

木々の間には小川が流れていて、その水の透明性は水面から50センチほどの川底が綺麗に見える。

自然体系の中にある小川のように水生植物が繁茂し、水草には小さく白い花が無数に咲いている。


その水草の間を小魚が群れをなして泳いでいる。


樹木は広葉樹ばかりで勢いよく葉が生い茂り、枝にはリスのような小動物が行き交っている。


時折どこからか小鳥のささやきが聞こえる。


「おっちゃん。おっちゃん。どこよ?」


幼子の声が木々の間を通る。


「ここ。ここ。ヒミコちゃん。」


ヒミコは声のする方向を見る。


低木と低木の間に何本かのロープが渡され、そのロープには布の四方が結ばれている。

その布の中央に肥え太った男が横たわっている。


さながらハンモックに寝そべる熊のようだ。


男はハンモックから降りようとするが不器用なのか体勢を整えることができず、何度か姿勢を変えて起き上がろうとするがうまく起き上がれない。


あげくにはバランスを崩して地べたに転げ落ちた。


「なにやってんのよ。おっちゃん。不器用だわね。ふふふ。」


「笑わないでよ。ヒミコちゃん。デブで不器用なのは生まれつきだから、しょうが無いじゃなの。アハハ。」


「そのデブで不器用なことが原因で、この世界を変えたし。戦争も起こした。そして今ではこの世界そのものを壊そうとしているんだから、世界にとっておっちゃんは大災厄よね

~。」


「その大災厄を「おっちゃん」と呼ぶヒミコちゃんは、なんなのでしょうね。アハハ。」


「だって、おっちゃんは、おっちゃんだもん。人前ではおっちゃんて呼ばないからいいでしょ。」


「ああ、もちろん。いいよ。なぜだかヒミコちゃんにおっちゃんて呼ばれると少し心が休まる。友達と話してる感じでさぁ。・・・ところで何か用?」


「えーとね。ソウを捕まえてきたよ。ヒナちゃんのお土産に。」


「うん。よくやったね。後でヒナちゃんに見せてあげよう。ヒナちゃんが満足したら、その後、改造しよう。」


「そうね。ソウも羽が生えると嬉しいんじゃないかな。アハハ」



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