第231話 ドレイモン
魔族院の中ではゲートが燃えている。
その側では、死傷した人々が倒れている。
その中には魔王と思われる人もいる。
救護を急ぎたいが、まずは目の前の敵を倒さなければ何も出来ない。
目の前の敵は・・・
アキトだ。
「行くぞ。アキト。」
「来いよ。ソウ。」
目の前に居るのは元同級生で元生徒会長のアキトだ。
しかし俺の中ではそんな昔の情報は消え去っている。
今のアキトは間違いなく仇だ。
俺の家族とも言えるドランゴさんを殺した犯人なのだ。
以前、アキトと闘った時、元同級生だから、同じ故郷を待つ者だからという思いが、俺の剣に伝わってしまった。
その結果、ブルナは刺され、アキトに殺されかけたピンターを庇ってドランゴさんは無残に殺されてしまったのだ。
あの時と状況は違うが、今度こそアキトを殺す。
殺さなければ俺はおろかドルムさんも、魔王陛下も、多くのグリネルの民が死に至るだろう。
俺の剣に全てがかかっている。
雷鳴剣を振り下ろし、雷で攻撃すると同時に、未来予測でアキトが逃げるであろう方法へ回り込んだ。
アキトは雷を避けるため横飛びに飛んだ。
飛んだ先で俺が抜き胴を放ったが、アキトはそれもかわした。
かわしつつパラライズの魔法を放つ。
パラライズは神経魔法で、相手の神経を麻痺させる。
俺も格下の敵と戦うと時、無益な殺生をしたくないときなどに使う魔法だ。
パラライズは魔力の消費量が少なく連発できるが、その威力は乏しい。
ところがアキトの放つパラライズは一発一発が重く、鋭い。
龍神の盾が無ければ、何発か食らっていたかも知れない。
パラライズをかわしながらアキトの表情を見た。
アキトは薄ら笑いを浮かべている。
『どうだ。強くなっただろう。』
とでもいわんがばかりに。
実際、アキトは強くなっている。
ライベルで闘った時には、魔法もこれほど威力は無かったし、敏捷性も俺よりは劣っていはずだ。
ところが今、魔力は俺より弱いものの敏捷性や体力は俺を上回っているかもしれない。
通常なら回避不可能な雷を避けるし、俺の剣もあたらない。
アキトの方も様々な魔法で攻撃を試みているが、俺の未来予測と龍神の盾がアキトからの攻撃を回避している。
戦い初めて5分は経過したがお互いに勝負を左右するような打撃はヒットせず、膠着状態に陥った。
アキトと闘いながら周囲を観察したが、因縁のエレイナとヘレナが居る。
エレイナとヘレナはドルムさんが牽制してくれていて、俺とアキトの戦いに影響はない。
気になるのは崩れた壁の上に腰掛けてこちらを見ている幼女だ。
幼女の横には以前ゲランのヒュドラ教会で見かけたことのある男が黒ずくめの服を着て裁っている。
幼女はニコニコしながらこちらを見ている。
幼女の隣の男も幼女から離れようとはせず、俺達の戦いをじっと見ている。
二人共おそらくヒュドラ教関係者で俺の敵なのだろうが、じっとしていてくれるのはありがたい。
まずはアキトだ。
アキトとの一進一退の攻防をする中、俺はあることに気がついた。
俺の雷鳴剣を振り下ろし雷を避けるアキトを追いかけてパラライズを打ってみた。
アキトは、それも避けるだろうと思っていたが、複数撃ったったパラライズのうちの一本がアキトに命中した。
パラライズは軽い魔法だし、アキトには効果は無いだろうと思っていたが、アキトの表情は正直だった。
「くっ!」
と苦悶の表情を浮かべ、ほんの一瞬アキトの動きが止まった。
アキトはすぐさま動き始めて火の玉を打ち返してきたが、その動作は少しぎこちない。
パラライズが効いているのだ。
(もしかしたら・・・・)
俺は雷鳴剣を振りながら複数のパラライズとそのパラライズに別の魔法を混ぜてアキトの回避先へ打ち込んだ。
魔法がヒットした。
アキトの動作が鈍くなる。
(効いたのか?)
俺は大声でアキトに命じた。
「動くな!!」
アキトは苦悶の表情を浮かべて動きを一瞬止めた。
「ぐうぅう」
俺が間合いを詰めようとした時、アキトは思い切り唇を噛んだ。
アキトの口から鮮血がほとばしる。
アキトは唇を噛むと同時に動き始めた。
真っ赤な目で俺を睨んでいる。
(効いた!!)
俺がパラライズに混ぜて放った魔法は、同じ神経系の魔法「ドレイモン」だ。
アキトの魔法抵抗値は高いがパラライズがヒットしたということは同じ神経系の魔法「ドレイモン」も効果があるのではと思い、試しに撃ってみたのだ。
「ドレイモン」の効果はあったがアキトはそれをほんの一瞬で解除してしまった。
それでもパラライズやドレイモンの効果があるのなら勝機はあるはずだ。
ドレイモンがヒットしてからのアキトは戦いに消極的で、この場を逃げだそうかどうしようか迷っているようにも見えた。
しかし、アキトは時折、座っている幼女の方を見ては戦意を取り戻し、俺に向かってくる。
アキトは小さな火の玉は打ち出すが、いつぞや見せた極大の火の玉は使わない。
おそらく極大の火の玉は魔力の消費が著しいので、おいそれとつかうわけにはいかないのだろう。
俺も時々幼女を見ているが幼女はあいかわらずガレキに腰掛けて動こうとはしない。
俺達の戦いを面白そうに眺めているだけだ。
アキトの大きめの火の玉が3つ連なって俺を襲った。
二つはかわしたが最後の一つが俺の右ほほをかすめた。
髪の毛が縮れた。
いつものアキトならここで何か嫌みの一つも言うはずだが、何も言わずにアイスジャベリンを連発してきた。
必死の形相だ。
余裕がない証拠でもある。
俺の何度目かの雷鳴剣による攻撃、雷がアキトを直撃した。
一瞬、アキトの体の周囲をスパークが包んだ。
アキトはひるみながら周囲を見渡した。
俺はアキトを追撃する。
するとアキトは俺とは別の方向に大きな火の玉を放った。
その火の玉の方向に目をやると・・・
負傷しつつゲート付近から逃げようとする数名の子供が居た。
俺はあわてて子供とアキトの放つ火の球の間に盾をもって割り込んだが、少し被弾してしまった。
アキトがニヤリと笑っている。
アキトは俺が子供達を庇うだろうと予想して、あえて俺から離れた場所に居る子供達に対して火の玉を放ったのだ。
「卑怯者!クソ野郎。」
「何が卑怯なモノか。この世界では強さこそ正義なんだよ。火の玉一つや剣の一刺しで死ぬようなやつらに生きる資格なんてないよ。あのドワーフ弱いくせに、更に弱いものを庇うから結局死んじまっただろ。アハハ」
「ああ、だが、その更に弱いモノは生きている。更に強くなってな。」
「まぁそんだけゴミを庇いたければ、好きなだけ庇うがいいさ。」
と言いながら他にいる負傷者や子供に向けて火の玉を打ち出した。
複数打ち出された火の玉はそれぞれ軌道が離れていて全てを打ち落とすことはできそうもない。
子供達のグループに打ち出された火の玉は打ち落としたが、老人達のいる方向に打ち出された火の玉には届かない。
「クソ!」
その時、老人達の前に立ち塞がり盾で火の玉を防いだ人影があった。
「にいちゃん。こっちは任せて。」
「ピンター!!」
アキトが驚く。
「ピンター?あの現地人の子供か?いつのまに・・」
俺がニヤリと笑う。
「ドランゴさんがつないだ命が更に別の命をつなぐ・・・こういうことなんだよ!!」
俺が剣を振りつつ「ドレイモン」を放つ。
今はなったドレイモンは俺の中でも最上級の威力を込めたドレイモンだ。
俺は自分自身がドレイモンで操られていたこともあって、他人にドレイモンを使うのには、ためらいがあった。
ドレイモンそのものにトラウマがあるのだ。
自分の意思によらず行動してしまう。
命令されれば相手が例え自分の親でも殺してしまう。
そんなドレイモンを毛嫌いしていた部分もある。
だが今回の相手はアキトだ。
ブルナやピンターに怪我をさせドランゴさんを殺した憎きアキトなのだ。
だから今までは自制心が足かせになって強くは撃てなかったドレイモンを今回ばかりは会心の威力で放つことが出来た。
手応えがあった。
「動くな、アキト!!」
俺の大声にアキトが反応した。
アキトは微動だにしない。
アキトの目だけがギョロギョロと動いている。
俺はアキトにゆっくり近づいた。
(アキトを殺す。・・・・殺す?俺が?アキトを?)
アキトと戦い始める前、心に決めていた。
(何があっても、アキトだけは殺す。)
そう決めていたはずなのに・・・
いざアキトに勝ってみると、頭の中ではわかっていても、体が動かない。
ほんの数年前までは平和な地球、日本と言う場所で穏やかにくらしていた俺、アキトもあの頃は悪人では無かった。
この世界へ来てから、俺は何人もの敵、いや数千の敵を殺してきた。
その中には命令に従っただけで自分達の国では善良な父親や、良い息子だった人もいたはずだ。
それを俺は自分や自分の仲間の為に殺してきた。
(それなのに、なにをためらっているのだろう・・)
アキトの前に立ち尽くしたのはほんの数秒、いやもっと刹那の時間だったかも知れない。
「何やってんだ!!!バカ野郎!!ドランゴ!!!ドランゴ!!!!!思い出せ!!!」
ドルムさんの声が響き渡る。
(そうだった!!こいつは、こいつは、ドランゴさんを・・・)
俺は雷鳴剣を振りかぶり袈裟懸けにアキトを切った。
ザン!!!
アキトの肩口から剣先が入りアキトの胸を切り裂いて、切り口から血がシャワーのように噴き出した。
血しぶきが俺の体にかかる。
アキトは俺を見ている。
アキトの目から一滴だけ涙がこぼれた。
「あらら、負けちゃったよ。あの子、案外弱かったね。」
ヒミコがつぶやく。
「はい。いかが致しましょう。」
ラグニアがヒミコに伺いを立てる。
「ん~そうね。捨てるには惜しい気もするし、もうちょっと改造すれば何かの役にはたつかもね。あんた拾ってきて。私はさっき、時間沈降使ちゃったから今日はおしまい。先に帰るわ。」
「はい。承知致しました。」
「あ、それと。あの子ソウって言ってなかった?」
ヒミコがソウを見る。
「はい。たしかにソウと言っていました。アキトと面識があるようです。」
「それじゃ、あの子がヒナちゃんの恋人ね。ラグニア。」
「はい。」
「あの子、殺さずに連れてこられる?」
「可能です。」
「じゃ、そうして。ヒナちゃんへのお土産にするから。」
「承知致しました。」
ラグニアが立ち上がる。
ヒミコはその場を立ち去った。




