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第229話 火柱

ピンターとグリネルをパトロールしているとき、落石で車輪を壊してしまい立ち往生している馬車を見つけた。


ピンターは獣人化して大岩をどかせた。


「兄ちゃん、馬車は一人じゃ無理だ。」


ピンターの声かけに応じて俺も獣王化した。

俺達を取り囲む人々が好奇の目で俺達を見ている。


俺はピンターに目配せした。


「せーの!!」


俺はピンターと二人で大きな荷馬車の前部分を持ち上げ後輪だけを使い荷物を載せたままの荷馬車を50メートル程離れた空き地に移動させた。


荷馬車は少し力がある者ならば普通の人間でも動かせるかも知れなかったが、なんせ荷物が多いので荷馬車の持ち主、老人達の力だけでは到底移動出来なかっただろう。


荷馬車を置いてから元の場所に戻る。

落石が馬と馬車を直撃したらしく馬は苦しそうに横たわっている。


「可愛そうだが、殺すしかないな。」


最初老人と言い争っていた男がつぶやく。

老夫婦は悲しそうに男を見上げるがうなだれるしか無かった。


老夫婦が馬に目をやると、ピンターが馬に付き添って馬の首をなでている。

そして自分の顔を馬の顔にくっつけた。


「なにしとるがや?」


老人がピンターに問いかける。


「ドンクって言うんだね。この馬。」


老夫婦が驚く。


「ああ、そうだども、どうして馬の名をおみゃーさんがしっとるがにや?」


「ドンクが名乗った。それとドンクね。まだ生きたいって。ガルムさんとレミアさんと一緒に暮らしたいって、言っているよ。」


老婆がピンターの肩を掴む。


「ドンクは私達の名前を知っているの?」


「うん。」


老婆は馬に寄り添い馬の首をなでる。

老婆の目から涙がこぼれる。


ピンターが微笑む。


「だからね。オイラが治してみるからドンクを連れていってあげて。」


「治すって?」


「うん。やってみる。」


ピンターが俺の顔を見た。

俺は頷く。

ピンターは俺のスキルの殆どをマザーにより移植、複写してもらっている。

当然ヒールも使えるのだ。


ピンターは目を閉じて精神を集中している。

ピンターのタテガミが青く光る。

その光はピンターの全身を包み、やがてピンターの両手に集まった。


ピンターは両手に集まった光を馬の前足に注ぎ込んだ。

馬の左前足は大きな裂傷があって肉の中の白い骨が見えていたがピンターの発する光を吸収すると傷口は泡を立てて、その後完全に塞がった。


もう一度同じように光をあてると、馬は立ち上がろうと動き始めた。

その様子を見ていた群衆のだれかがつぶやく。


「これで馬が立ち上がったら奇跡だらよ。神の行為に等しいがに。」


多くの人がピンターと馬を見守る。

馬は一所懸命立ち上がろうとするが自重がそれを妨げる。

ピンターがもう一度ヒールを施した。


馬は・・・

立ち上がった。


「「「「おお~」」」」


歓声が上がる。

老夫婦が馬の両側から馬を抱きしめる。


「よかったね。ドンク。」


「ブルルル、ヒヒーン」


老人がピンターの手を握りしめる。

老婆がピンターの前で跪く。


「あんたさんは神様にか?」


ピンターは俺を見てから言った。


「違うよ。オイラは神様の弟だ。エヘン。」


俺はピンターの頭をなでた。


その後ゲートを使ってキューブに戻りキノクニの車両部から荷馬車の車輪をもらい受け、老夫婦の荷馬車を直してやった。


「何から何まで。ほんなこつ、お世話になりました。」


老夫婦が深々と頭を下げる。


「おじいさん達はこれからどちらへ?」


「はい。ちょっと遠いですがゲランへ行こうかと、思うとりますがや。」


老婆も頭を下げながら言った


「ゲランに嫁いだ娘を頼ろうと思います。」


「そうなんですか。もしゲランでお困りのことがあったら「キノクニ」を尋ねて下さい。俺はそこの相談役もやっています。俺が居ないときはブンザという女性を頼って下さい。ソウから聞いたと言えば助けてくれるはずです。」


「はい。ソウ様。ありがとうございました。」


ピンターが馬に近づき体をなでる。


「またね。ドンク。」


「ブヒヒヒン」


老夫婦と馬を見送った後、ソラに戻ろうとした。

その時。


「ドゴーン!!!」


遠くで火柱が上がった。

火柱の後にキノコ雲が立ち上る。

火元は魔族院方向だ。


「ピンター!!」


「うん。」


俺達はソラに飛び乗った。


ピンターが大岩を持ち上げ馬車を移動させている頃、アキトは魔族院へ潜入していた。

魔族院の入り口は厳重に警戒されて魔族院へ入る人はなにやら証明書のようなものを役人に提示してから敷地内へ入って行く。

アキトは魔族院の裏側の高い塀を跳び越えて侵入した。

大勢の人が入っていく建物へ他の人にまぎれて入ってみた。


アキトの目の前で大勢の人々がゲートに消えていく。


(ははぁ、これか。ゲートってやつだな。)


アキトは以前、ライベルでの戦いのさなか、キノクニの従業員やアヤコ達に紛れてソウが出したゲートに潜り込んだことがある。


ゲートの出口はオオカミで、そこで出会ったドランゴを殺したのだ。


魔族院の役人がアキトに声をかけた。


「あんた、何処の区だ?ゲートの順番待ちかね?」


「えーと。7区です。家族を見送りに来ただけです。」


「そうけ?7区ならもう移送が終わったはずだがなや。それに見かけないな人だな、あんた。身分証か移送証明はあるかね?」


(ここは日本か?クソ野郎。この世界に身分証なんてあるのかよ。それに移送証明って・・)


「あ、えーと。自宅に置き忘れてきました。ところでこのゲートの出口はオオカミですよね。」


「ああ、そうだども。身分証も移送証明もなければここには入れないはずだがなや?どうやってここまできたんかに?」


(面倒だな・・殺しちゃおうかな・・・職務熱心な奴は早死にするんだぞ・・)


「えーと・・・」


アキトが答えを考えているときアキトの後ろから声がした。


「どうした?何かあったのか?」


どこかで聴いたような声がした。


「ドルム様!ご苦労様です。それが、なにやら不審な奴がゲートの様子を伺っていたので。・・」


アキトが声の主の方向へ振り返る。

見たことのある顔だ・・


その男がアキトを見た途端、その男の目に炎が宿った。


「おまえ・・・アキトとか言う奴だろ。おい。そうだよな。ドランゴを殺したアキトだよな。おい。答えろ。」


衛兵がドルムを見て言う。


「どうしました?ドルム様。」


前に出ようとする衛兵をドルムが手で遮る。


「衛兵、ここから直ぐに逃げろ。避難民を連れてできるだけ遠くへ離れろ。」


「え?どうして?」


「いいから早く!命令だ。直ぐに逃げろ。」


ドルムはそう言いながらアキトに詰め寄る。


「お前だよな。ドランゴを殺したのは・・・」


「へぇあのドワーフ、ドランゴって言うんだ。薄汚い鍛冶屋にはもったいない名前だね。」


アキトはドルムを挑発しながら闘うか逃げるか迷っていた。

アキトには悪魔に対する潜在的な恐怖感がある。

一度ゲランでドルムと対峙したときドルムのスキルで意識を奪われたことがある。

その時以来、悪魔の姿を思い浮かべて悪い夢を見ることが度々あったのだ。

オオカミでドランゴを殺した時もドルムの悪魔化した姿を見ただけで恐怖に震え逃げ出した。


だが、アキトはあの時よりも遙かに進化し強くなっていた。

エレイナやヘレンから時々もらう神石がアキトの戦闘能力を飛躍的に向上させていたのだ。


「薄汚いだと・・・」


ブォ!!!


ドルムが悪魔化した。


身長2メートル程、頭には二本の鋭い角、全身が黒くて固い鱗のような皮膚に被われ体の広報で大きく長く先が鋭く尖った尻尾がウネウネと動いている。


目は真っ赤でつり上がり、常人ならその目を見ただけで絶命しそうなほどの殺意がみなぎっている。


ドルムの悪魔化の燃料は自分の寿命だが、そんなことは今全く意に介さない。

今目の前に居るのだ、あのドランゴを殺した犯人が。

たたえ自分の寿命が半分になってもドランゴの敵は取る。


ドルムは復讐に燃えていた。




(でやがった・・おちつけ、俺はあの頃の俺じゃない・・・)


アキトは恐怖心に打ち勝とうと必死で自分を鼓舞する。


ドルムから魔力が放たれる。

ドルムが戦いの序盤で使用するスキル『鎮圧』だ。

比較的魔力の使用量は少ないが敵の精神にダメージを与えるスキルだ。

敵を怯えさせ弱い相手ならそのスキルだけで相手をショック死させることもある。


アキトは、そのスキルをなんなく振り払った。

アキトも負けじと得意のファイヤーボールを放つ。

小手調べに小さめの火を3つ同時に放った。

ドルムは被弾するが意に介さない。

魔法抵抗も相当に強い。


アキトが更に大きめの火の玉を3つ放った。

またしても被弾するがダメージは少ない。


(強いな・・でもなんで避けない?敏捷性が劣るわけでもなさそうだが・・)


アキトは更に大きな火の球を放つ。

ドルムはそれを受けつつも横目でゲートの方向を見る。

ゲート近くでは何が起こったかわからない大勢の避難民が右往左往している。

その殆どは子供、女性、老人などの弱者だ。


(ははーん。そういうことか・・・)


アキトは狙いをゲート方向に定めて火の玉を打った。

ドルムは火の玉の軌道に割って入り自らの体で火の球を受け止め子供達を庇った。


(やっぱりな・・・)


アキトがニヤリと笑う。


「ソウもお前も、どこまでお人好しでバカなんだよ。弱い者を庇って自分が死んだらなにしているかわからないだろ?あのドランゴとか言う奴もガキを庇って死んだだろう?ほんとバカな奴らだぜ。アハハ。」


そう言いながら極大の火の玉を3つ頭上に浮かべた。

「俺達がバカだと?俺達が弱い者を庇う理由がわからないお前の方こそバカだよ。だから誰にも好かれない。だれからも嫌われる惨めな人生に俺が終止符を打ってやるよ。」


ドルムはアキトに接近し手拳で殴りつけつつも手拳を避けるアキトを自分の尻尾で追撃する。


ドルムの本来の得意技は剣だが、今は丸腰だから体技で勝負するしか無いのだ。


アキトはドルムの攻撃をかわしつつ頭上に浮かべた火の玉を解き放つ。

3つの火の玉は別々の軌道でドルムをそしてゲート付近の難民を襲う。


ドルムは二つの火の玉を打ち落としたが残りの一個はドルムをすり抜けてゲートに向かった。


極大の火柱がゲート付近に立ち上がる。

逃げ遅れた者が黒焦げになる。

火傷を負ってのたうち回る者もいる。


それを横目で見ながらドルムはアキトに詰め寄るが、アキトは敏捷性に優れていてドルムの攻撃を軽やかに避ける。


「アハハ。なんだ怖くなんかないじゃないの。悪魔って・・このていどのものだったのか。怖がって損したよ。」


アキトは次々に火の球を繰り出す。

アキトにとってみれば簡単な戦いだった。

ドルムに狙いを定めずとも避難民のいる方向に打てさえすればドルムが自分から攻撃を受けてくれる。


ドルムも反撃するが早さはアキトの方が上だし、さすがのドルムも被弾数が重なり戦闘能力が衰えてきた。


しかし、アキトの方も調子に乗って火の玉を数打つうちに魔力の残量が少なくなってきた。


(そろそろ、けりをつけてやるよ。)


アキトはそれまでに無いほどに大きな火の玉を頭上に5つ浮かべゲート方向へ打ち出した。

5つの火の玉のうち3つをドルムが防いだが残る二つがゲート方向へ向かう。


ゲート付近にはまだ多くの人々が残っていた。

負傷して逃げられない者、親を失い座りこむ子供達、火の玉が子供達に着弾する寸前、子供達の目の前に透明なバリアが出現した。


そのバリアの手前には三本角でドルムより一回り大きな悪魔が立っている。

悪魔の目は青くドルムとは違い落ち着いた表情だ。


「魔王陛下・・・」




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