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第19話 ダニク 苦行の果てに

次の夜からも、何度か俺は奴隷長屋を抜け出した。

教会の様子を見張っていたのだ。


敵の情報を持たずに本拠地へ乗り込む訳にはいかなかったので、何日間か教会周囲に身を潜め、様子を伺っていた。


 何日目かの夜、ダニクと思わしき人影が教会内に入るのを確認した。


教会の正面は、番兵が居て教会内には入れそうもなかった。

教会の裏手に回ると高さ3メートルくらいの塀があったので俺は、跳躍してその塀に飛び乗った。


 俺の身体能力は、他のスキルと同様、月エネルギーの影響で驚異的な向上を見せていた。


今ならたぶん100メートルを7秒位で走れるし、4~5メートルはジャンプできると思う。


(これじゃ、本物のオオカミだな。)


心の中で呟いた。

裏庭に降り立ち周囲を探ると、建物の裏側に勝手口があった。


勝手口の扉は施錠されていたが、変形スキルで開錠し、建物の中に侵入することが出来た。

厨房を抜けて、聞き耳を立てながら慎重に建物内を移動した。


運動能力が向上すると共に聴力も向上していた。

普段は意識しないが、聴力に神経を集中すると、100メートル先に針が落ちた音も聴こえそうだった。


幾つかのドアを過ぎた時、一際大きなドアのある部屋から人の話し声がした。

男の声だ。


「ヘレナ。どうだ、器は大きくなってるか?」


男の声に女が答えた。


「はい。全員、順調に育っております。特に「ヒナ」という個体の器の成長は目覚ましく、私の器よりも大きくなっています。まだまだ成長するでしょう。」


ヒナ?今、ヒナと言ったのか?


「ふむ、もう少し大きくなってから収穫するか、それとも兵士にするか、悩むところだな。」


収穫?兵士?ヒナを?


「ダニク。きゃつらの動きは?」


「聖なるグンター様。おおせのとおり見張っておりますが、特段の動きは、ありません。昼は、教会で礼拝と語学の勉強、夜は宿で大人しくしています。」


(居た!!ダニクだ。)


「そうか、今後もしっかり監視せよ。今日は下がって良いぞ。」


「おおせのままに。」


俺は音を立てないように素早くその部屋の前から姿を消した。

物陰から見ていると、ダニクは部屋から出て礼拝堂に入り礼拝を行っていた。


俺は、ダニクの行動を確認すると教会を後にした。

ダニクは、グンターへの報告を済ませた後、礼拝堂へ行き、礼拝をしていた。


ダニクに信仰心などなかったが、グンターの「毎日の礼拝を欠かすな。」という命令に従っていたのだ。



ダニクは、ガランから北西に位置するラーシャ王国の生まれだった。


幼い頃、ラーシャ王国はゲランの侵攻を受けて故郷は廃墟となった。


家族は戦争の影響で離散し、行方知れずになってしまった。

当時8歳だったダニクは、異教徒として捉えられ、ブテラの塩田奴隷として輸送されているところだった。


「グンター様。この子供、相当な器の持ち主ですよ。」


檻の中に居たダニクを注視した女がグンターに告げた。


「ヘレナ。必要ならお前に預けてもよいが、試してみるか?」


「はい。ありがたき幸せ、例の実験に使ってみます。だめなら器を取り出すだけのこと。」


ダニクには意味が分からなかったが、他の奴隷とは別行動で、グンターが神父をする教会へ連れてこられた。

ダニクは、教会の地下にある牢獄へ投じられた。


「お前の名は?」


地下牢でヘレナと名乗る女に質問された。


「ダニク・・」


逆らえそうな雰囲気ではなかったので、素直に答えた。


「ダニク、お前は、これから私の実験につきあってもらう。簡単なことだ、平民のお前の器が成長するかどうか、ということだけさ。」


「器とは何でしょう?」


「神の加護の元となる力を蓄える容器のことだよ。」


ダニクは、その時は理解できなかったが、後に、


器とは、神の加護を行使するためのエネルギーを蓄えておくことのできる容器で、誰にでも備わってはいるが、その容量は、人によって違う


ということを知った。


「僕は、何をすれば・・」


「何もしなくて良い、ただ耐えろ。」


その日からダニクの過酷な日々が始まった。

まずは全身に古代文字の入れ墨を施された。

ダニクには判らなかったが、入れ墨の文字は全て英語だった。


日本の怪談「耳なし芳一」のように、全身くまなく。

芳一は耳だけお経を書き忘れていたが、ダニクの場合は、耳も、瞼も、体のあらゆる部位に英語の入れ墨が施された。


入れ墨を施すのがどれだけ苦痛か、常人には計り知れない。


日本の古い暴力団員の間では、入れ墨の事を「我慢」と呼んでいる。

大人でも苦痛な行為を8歳の子供が受けたのだ。

それも全身くまなく。


その次に待っていたのは、苦行と言われる行為だ。

体中を鞭打たれたり、舌を釘で刺しぬかれたり、挙句には手足の指を切り取られたりした。


大怪我をしても、ヘレナがヒールで治療するので、翌日には、また苦行が再開される。

まさに地獄だった。


「どうだ、ヘレナ変化はあるか?」


「残念ながら、大きな変化はございません。古代の書のとおり、鞭打ちによる贖罪や、禁欲、断食、その他、功徳を得ると説明されている事を全て実践しているのですが・・」


ダニクは毎日、泣いて過ごした。


どうしてこんな苦しみを与えられるのか、僕はどんな罪を犯したのだろう。


(父さん、母さん、・・・・・)


何年間かその苦しみが続くうちに、ダニクの心に変化が起きた。苦痛による悲しみは、やがて憎しみに変化し、憎しみは大きなエネルギーとなって身体に跳ね返った。


器そのものは大きくならなかったが、一度に使用するエネルギーの量と質が飛躍的に上がったのだ。


つまり各種スキルがレベルアップしたのだ。

常人なら、獲得することが極めて困難な、「ドレイモン」も覚えた。


ダニクは、ドレイモンを獲得することで、生き永らえたのだ。

本来なら、器を人体外部に取り出す。つまり殺されるはずだったが、魔法スキルの向上によりダニクはグンターに認められグンターの部下になった。


グンターの命令により無数の罪なき人々、元のダニク同様の人々を奴隷化し、ある時には殺害した。

しかし、グンターには自己の行為を止めるすべがなかった。


幼い頃からグンターやヘレナの奴隷にされ、苦行を受け、命令通りに人を殺すことになってから「優しさ」「喜び」「罪の意識」という人間ならば、誰でもが持つ感情をなくしていたのだ。

それでも、家族という思い出は、ダニクから消えてはいなかった。


極まれに、「家族」というものが思い浮かぶ。

特に思い出そうともしてないが、何かをきっかけに、「家族」という記憶が蘇るのだ。


『家族があった。』


その事だけが、ダニクを人間であらしめていたのかもしれない。

ある日、ダニクの生まれ故郷ラーシャに近い村へ、グンターの供で宣教活動と言う名の侵略に出かけた。


いつものように兵士が捕まえてきた村人数人に対して、ドレイモンを施していた。

順次かけていくうちに、10歳くらいの女の子の前で術が止まった。


「どうした。ダニクやれ。」


グンターの命令が下る。


「ダニクにいちゃん?」


「ダニクなの?」


女の子と、その隣の中年の女性から、ダニクに声がかかった。


ダニクの家族だった。


ダニクは表情を変えずにドレイモンを発動した。


「その女二人で試せ。」


グンターの命令で、ドレイモンが発動している自分の母と妹に対して


「殴り合え」


と命令した。

親子は殴り合った。

娘の意識が無くなった時にようやく

ダニクが


「止めろ」


と命令した。


「よろしいでしょうか。」


ダニクはグンターを伺う。


「まだだ。」


グンターは納得しない。


「娘を殴れ。」


殴っている母親は、娘を殴ることを止めるために、自分の舌を噛んで自殺を図ったが、ヒールで回復させられ、自殺も禁止された。


母親は倒れている娘を殴り続けた。

殴られている娘は、ぼろ雑巾のようになり、最後は目から光を失った。


「やめろ。」


ようやく地獄は終わった。

しかし、母親は発狂したようで、魂はそこに無かった。

娘は、すでに物体と化していた。


ダニクには、今の状況が良くわからなかった。


母娘が自分の家族だということは、理解している。

その家族に対して殺し合いをさせたことも理解している。

問題なのは、どうしてそんな状況になったのかだ。


ダニクは自分の右腕を見つめた。

そこには腕輪のように二重の黒い入れ墨が入っていた。


 ダニクの心から人であることの唯一の証が消え去った。


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