第11話 集落発見 ソウちゃん何処?
時は少し遡る
ヒナ達は、ソウを探して滝壺まで来ていたがソウは発見できず、滝壺で大きなカマキリの死体を見つけた。
「ソウちゃん。」
ヒナがカマキリの死体を見ながら、つぶやいた。
「ヒナ、大丈夫よ、生きているソウ君を見つけてないけど、死んでいるソウ君も見つかってないから。きっとどこかで生きている。」
まん丸顔のウタが、岸辺で佇むヒナの肩に手をのせてヒナを慰めた。
「ソウが死ぬはずないぞ。」
「ですよ。必ず後から来ますよ。」
レンもイツキもソウの生存を信じて疑わない。
その後、ヒナ達は、飛行機の不時着している海岸近くまで行きソウを探したが、やはり見つからなかった。
一度通った道なので往復するのに然程時間はかからなかったが、滝の上流のキャンプに戻ったのは、とっぷりと日が暮れてからだった。
「何やってんだ、お前ら、周りの迷惑も考えろ!!」
ヒナ達は、キャンプに戻った途端、木村からカミナリを落とされた。
ヒナ達がこっそりとキャンプを抜けた時
「ヒナ達の勝手な行動が許せない。食料も水も無いから、早く先に行こう。」
という複数の意見が出た。
そう主張したのは主にリュウヤとキリコだった。
しかし木村とアキトが
「今日、一日だけ待とう。ヒナ達が戻らなければ、明朝出発しよう。」
と出発意見派をなだめた。
だからこそ木村は、ヒナ達をきつく叱ったのだ。
叱らなければ不満の種はくすぶり、いつかはヒナ達に向かう。
そう思ったからこそ木村はヒナ達を思いきり叱った。
「怒った時の木村は怖い。」
それが生徒たちの共通認識だ。
頑健で気丈夫なレンさえ頭を垂れて、大人しく木村の説教を受け入れている。
「お前ら、罰として今日の見張り役、それと明朝一番に水酌み。わかったな」
「「「はい。」」」
恐縮するヒナ達の姿を見て、他の生徒は腹立ちが少しは薄れたようだが、キリコは違うようだ。
「木村先生、甘すぎよ。こいつら何?自分の友達が心配だから他の人は、どうなってもいいって?」
キリコはヒナを睨む。
「そんなこと・・」
ヒナが答えようとするとキリコは
「そんなことあるじゃないの。あんた達が姿を消せば木村先生もキヨちゃんも、あんた達を見捨てていけるはずない。そう計算しての行動でしょ。
あんたたちが帰ってくるまでの間この危険なジャングルでじっとしていたのよ。アタイ達」
キリコの言うことは正論だった。
ヒナ達もそのことは、十分理解していて場合によっては本隊と別行動になっても仕方ないと考えてはいたが、キリコに言われると、自分たちが他の者に迷惑をかけていたことが実感できた。
「ごめんなさい。迷惑をかけました。」
ヒナが素直に頭をさげた。
それに続いて、ソウもレンもウタも一緒に頭を下げて謝った。
「キリコ、もういいだろ。こうやって謝っているし反省しているだろうから。」
アキトがとりなした。
「よくはないわよ。こいつらのせいでアタイ達の危険が一日分増えたのよ。」
「キリコちゃん、先生もお願いするわ。許してあげて。」
担任の大下清江が頭の先から声を出した。
大下の言葉で、不満そうな表情をしつつもキリコは引き下がった。
キリコは本名「河本希里子」
幼い頃は、大人しく気の優しい少女だった。
母親は美人でキリコに対して、とても優しく、キリコは母親が大好きだった。
しかし、キリコには大きな心配事があった。
時折現れる怖いおじさんが、母親に対して暴力を振るうのだ。
ある時などは、母親を本気で殴り、騒ぎに気が付いた近所の人が警察に通報し、パトカーが来るほどの大事になった。
キリコは、そのおじさんが大嫌いだった。
後に、そのおじさんが自分の「父親」だと知っても、その感情に変化はなかった。
中学校に入ってから世間のことが少し理解できるようになり、自分の父親が「暴力団員」
だということも知った。
父親が暴力団員だということが同級生に知れると、周囲の空気は一変した。
それまで仲良く遊んでいた友達が、少しずつ離れ始め、中学2年の終わり頃には、友達と呼べる人は一人もいなかった。
友達のいないキリコは、部活もせず一人街をさまよった。
一人歩きのキリコに声をかけて来たのは、街の不良グループだった。
不良グループと交際するうちに、タバコや酒を覚え、自分自身も不良の道を辿った。
中学3年生になった頃、たまり場のアパートに居る時に突然、父親が表れた。
不良グループのリーダー格の男が
「なんだ、てめー。」
すごんだが、父親はそれを無視して
「キリコ帰るぞ。」
とキリコを見た。
キリコは
「なによ、あんたに関係ないでしょ。」
と言い返したが、父親は何も言わず、キリコの手を取り、部屋を出ようとした。
「やめろよ。キリコが嫌がっているだろう。」
と何人かの男が父親の前に立ち塞がった。
「キリコは俺の娘だ。成人するまでは、俺の言う通りにさせる。」
理不尽なことを言う父親の胸倉を一人の男が掴んだ。
「あ!」
掴んだ手をすぐ放した。
父親の胸元から入れ墨の一部が見えたからだ。
アパートを出て自宅へ帰る途中、父親はキリコに対してこう言った。
「キリコ、俺が嫌いだろうが一つだけ言うことを聞け。母さんを泣かせるな。」
どうやら父親は、母親から、最近のキリコの状況を聞いて、あちこち探して、アパートまで来たらしい。
「あんたが、言うかよ。フン」
キリコは言い返した。
「確かに、そうだな。」
苦笑いをした。
キリコは、父親のことを、ほんの少し見直した。
父親のことが原因でグレていたが、その父親が「母親を泣かすな。」と言っている。
矛盾しているような気もしたが、自分が母親に悲しい思いをさせているのは間違いないようで、このままではダメだと気が付いた。
諦めていた高校進学を果たしたところ母親は大喜びしてくれた。
しかし、それからすぐに、父親が逮捕され、母親の苦労が再び始まったのだ。
だから、キリコは、ぬくぬくと苦労知らずで育ってきた「普通の高校生」が嫌いだった。
『誰かが助けてくれるだろう。困ったら両親が助けてくれる。』
そんな甘えが大嫌いだった。
翌日、木村を先頭にしてヒナ達一行は、キャンプを後にした。
道なき道を歩き続けていたところ、キャンプを出て10日後、最初は遠くに見えていた山並みが近くなり、その麓で小さな集落を発見した。
「人家だ!」
先頭を歩く木村が声を上げた。
「助かった、助かったぞ。」
「おー」
「うわー」
集団の中のあちこちから喜びの声が上がった。
木村を先頭に集落へ入ろうとした時、上半身裸で手に槍を持った若者数名が、集落から出てきて木村達の行く手を阻んだ。
「シアパ!」
「ウンツクアパ!」
若者たちが険しい表情で槍を構える。
「原住民だ、激しい動きをするな、笑顔を絶やすな。」
木村が指示をする。
「俺たちは、遭難者だ、助けを求めている。」
木村が、槍を持った若者たちに声をかけたが、まったく通じない。
そこへ、英語教師の大下清江が出てきて
「Help I‘m in trouble 」
と言った。
リュウヤ、ツネオ、その他の生徒も、ひきつった笑顔を浮かべている。
集落の若者は、何か話し合って、一人が、集落の方へ引き返した。
何分か、膠着状態が続いていたが、そのうち集落から西洋風の洋服を着て金属製の首飾りを付けた男が木村達の前に現れた。
そこで、清江が再度
「Help I‘m in trouble 」
と告げた。
その男は、少し戸惑い、ためらっていたが。
「understood」
と答えた。
「よかったわ、英語が通じるみたい。」
「おおー」
全員から安堵の声が零れる。
清江は、西洋風の男に対して
「自分たちが、日本人であること」
「遭難者であること」
等を英語で説明したが西洋風の男は、清江の説明に何度も首を傾げた。
「日本」「飛行機」等の言葉を西洋風の男が理解できてないようだ。
更に男は英語を「古代の神の言葉」と表現している。
西洋風の男は「アラン」と言い、宣教師で、この集落には宣教のために来ていたことも分かった。
アランは、原住民の若者に何やら説明をすると、原住民の若者は、安心したようで、構えていた槍を下ろした。
アランの案内で、集落に入ると、そこは人工200~300人程度の集落だった。
木村達一行は、アランの先導で村の中でも一際大きな木造の建物の中に入った。
その集落の村長の家らしい。
村長は50代前半の東南アジア風の風貌をした男だった。
アランの通訳で、自分たちは遭難者であること、故郷へ帰りたいこと、水や食料が欲しいことなどを伝えると村長はアランに何やら告げた。
「何日か、宿泊してもいいし水も与えるが、食料を与えるのは難しいそうだ。」
アランが、清江に伝えた。
「どうしよう。食料は渡せないそうです。」
清江からそのことを聞いた木村はアランに対して、
「これと食料を交換してもらえないだろうか」
と自分の腕から、腕時計の「Cショック」を取り外してアランに渡そうとした。
アランは腕時計を見て驚いた
「god machine!!」
アランはあわてて腕時計を受け取ると、興奮気味に村長へ何か伝えた。
詳しい会話の内容は、わからないが、腕時計と交換に、水と食料、それに馬を何頭かくれることになったようだ。
腕時計は、よほど価値のあるものだと評価されたようだ。
その集落に2日ほど滞在している間、アランと交渉した結果、アランと村人二人を雇い近くの街まで案内してもらうことになった。
案内の対価はCAの前田さんが着用していた腕時計やキヨちゃんの着けていたファッションリングだった。
集落の民家や集会所のような場所へ、いくつかに分散して宿泊した。
村長の家に宿泊した木村と清江が、話し合っている。
「大下先生が英語堪能で良かったです。なんとか日本に帰れそうですね。」
「そうでしょうか。アランさんに聞きましたが、アランさんは、日本の事を全く知りませんでしたし、飛行機や無線のことも全く理解してもらえませんでした。日本は、あるのでしょうか?」
清江が不安そうな表情をしている。
「日本があるのかって。あるに決まっているでしょう。俺達は、そこから来たのだもの。」
木村も生徒たちが、「ここは異世界だ。」と囁きあっていることは、知っていた。
しかし、木村は、それを認めたくなかった。
もし、ここが異世界で、日本が無い世界だとすれば、いつまでも生徒達の引率責任を負わなければならない。
それは嫌だった。
木村は、高校の体育教師で、教師としての自覚も責任も十分持っていたが、木村は仕事よりもプライベートを大切にするタイプだった。
木村は35歳で帰宅すれば10歳の息子と、7歳の娘。それに美人とは言えないが、優しい妻が待っているはずだった。
木村は、教師としての人生より夫として、父親としての人生を大切にしたかった。
教師という職業は、自分や家族が幸せになるための手段だと思っていた。
日本が無い。ということは家族が無いということで、幸せになる為の目的そのものが無くなり、幸せになる為の手段だけ残ってしまうことになる。
だから木村は、ここが異世界だと認められなかった。
なんとしても家族の元へ帰りたかった。
集落へ到着して一週間後、体力を回復した木村達一行はアランと村人の案内で一番近くの街
『プラブハン』
という港町へ向けて集落を出た。
アランによると自分の周囲には「日本」という国を知る者はいないが、「プラブハン」
から船で北の大陸へ渡れば、日本を知っている者がいるかも知れない。
プラブハンの教会で理由を話せば、手助けをしてくれるかも知れない。とのことだった。
道中アランから、腕時計の入手先などについて、いくつか質問を受けたが、
「店で買いました。」
と言っても、まったく信じてもらえなかった。
清江は、アランの英語に変な訛りがあることや、「飛行機」「電話機」等の言葉が通じないことから、自分の英語力に問題があるのだろうと思っていた。
それにアランが英語のことを「古代の神の言葉」と言い普段は「ゲラン語」をしゃべっているということも気になった。
ゲラン語なんて聞いたこともなかった。
木村達一行は、10日間で集落から北の山を越えて海岸線の街道へ出た。
海岸線を西へ進むと左に大きな街並み、右に大きな船が停泊する港が見えた。
港を通り街中へ入ろうとする途中、前方からみすぼらしい姿の集団がやってきて、一段と大きな船に乗り込もうとしていた。
「ヒナ・・」
ヒナは、ソウが自分を呼んでいるような、そんな気がした。
「ソウちゃん?どこ?」
ヒナが周囲を見渡すがソウの姿は無い。
「ヒナ、どうしたの?」
ウタがヒナの顔を覗きこむ。
「ソウちゃんの声がしたような気がして。」
さらに辺りを見渡し、先ほどのみすぼらしい集団の後を追う。
「ソウちゃん、ソウちゃん」
大きく声に出したが、返事はなかった




