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2話

時は少し遡る。


執事に促されるまま廊下を歩いていた湊だったが次第に不信感を募らせていた。

というのも進んでいくうちに灯りが減り、どうにも物置らしき部屋ばかりの通路を通っているのだ。

窓もなく、あまり掃除もされていないのか埃っぽい。


「こちらでございます。どうぞお入りください。」


執事がある一室の前で足を止め扉を開いた。

先に入るよう促され恐る恐る覗き込むが中は真っ暗で様子を伺うことはできない。


あまりの怪しさに躊躇っているともう一度どうぞと声をかけられる。

いざとなったら走って逃げようと来た道順を思い返しながら湊は部屋へ足を踏み入れた。


目が慣れてきて薄っすら室内の物が見えてくる。


(物置…?)


ここに来るまでに横切ってきた物置部屋と同じような状態だった。

古びた家具や木箱が積まれて埃を被っている。

どうしてこんなところに案内したのかと執事を振り返ろうとした。


するとその前に背中に衝撃が走り勢いよく倒れ顎を打つ。


「いっ…!?」


倒れた湊を上から抑え込み首筋にヒヤリとしたものが当てられる。

刃物だ、と湊は察する。

藻掻くことも出来ずどうにか抜け出す方法を思案するがパニック状態の頭ではいい考えが浮かぶはずもなく。


「な、んで…こんな…。」


「…陛下のご意思です。」


多くは語らず執事は腕に力を込めた。


「おやめなさいっ!」


すんでのところで少女の声が響く。

ぴりりとした痛みが本当に殺されるところだったのだと嫌でも知らせ、緊張から息が荒くなる。


「シ、シーニア様、何故こちらに…。」


「貴方が似合わない恰好で勇者様を本来案内すべきお部屋の反対方向に連れていくものだから後をつけて参りました。貴方こそ一体何をしていらっしゃるの?」


「こっ、これは陛下からのご命令で…!」


「お父様が勇者様との約束を早くも違えるおつもり、と言うのかしら?聡明なお父様がそんな愚かな命を出すなんて一体どんな理由があってのこと?」


「私はただこの者を処分しろと命じられただけで理由までは…!」


予想外の妨害者である姫、シーニアの問いかけに執事は狼狽する。

それにより押さえつける力が緩んだ隙をつき湊は拘束から逃れることに成功した。


「あっ待て!」


姫と執事を通り抜けて廊下に出るのは不可能だろうし命令を下したのが本当に王であるならここに留まるのは危険だ。

そこで奥の積まれた木箱の影に光が見えることに気が付く。

外に繋がる窓であれば逃げられるかもしれない。

足をもつれさせながら必死にその光に走る。


しかし、そこにあったのは床に描かれた魔法陣であった。


「勇者様!それは転移に用いられる魔法陣でございます。私では貴方をお守りすることはできません。ですのでどうかそれを使ってお逃げください。」


「シーニア様!なりません!何かお考えがあって陛下はその者の処分を命じたはずです!それに背くなど、いくら姫君でも許されません!」


「お黙りなさい!私たちの呼びかけに応えてくださった勇者様にこのような無礼が許されるはずがないでしょう!」


引き留める執事を一喝してシーニアは白く美しい短剣を湊に握らせる。

そして魔法陣へと背中を押した。


「きっとその短剣が貴方の助けになるでしょう。どうかご無事で。」


魔法陣に乗ると光に包まれる。

気が付くと湊は暗い森の中に佇んでいた。


生い茂った草木に囲まれた湊は途方に暮れた。

かろうじて命は助かったとはいえつい先ほどまでただの高校生でしかなかった湊がこんな森に放り出されてどうやって生き延びろというのだろうか。


「はぁ…。」


闇雲に歩くのも恐ろしくてその場に蹲る。

姫に渡された短剣の固く冷たい感触に少し安心する。

扱えるかは別として武器があるというだけで心強いものだ。


風で揺れる草木のざわめき、遠くから聞こえる何かの鳴き声。


あの部屋で殺されそうになりその奥にここへ通じる転移魔法陣があったということは湊を殺した後、死体をこの森に捨てるつもりだったのだろう。

姫がいなければ訳も分からないまま殺されて供養もされず獣の餌になる運命だったのだと悟る。

その事実に気づき今更身が震えて涙が出てくる。


「ふ…うぅ…っ…。」


どうして自分がこんな目に合わなければいけないのか。

夢ならば早く覚めて欲しい。

けれど少し掠った首筋の傷がじくじくと痛んで現実であることを知らせてくる。


今頃湊を蔑んできたクラスメイトは柔らかいベッドで寛いでいるのだろうか。

湊を殺せなかったあの執事と逃がした姫は罰を受けることになるのだろうか。


そんな考えがぐるぐる巡って、いっそ一思いに殺されていた方が良かったのではないかと思ってしまう。

ふざけるなと憤って恨むような強さを湊は持っていなかった。


(俺がいなくなって悲しむ人なんて…。)


そこでふと少女の顔が浮かんだ。

今日初めて話した明朗快活な少女。

なんとなく、彼女は悲しんでくれるような気がした。


(そういえば、名前も知らないな…。)


まともな自己紹介もしておらず、友人どころか知り合いを名乗れるかも微妙な関係性。

だというのに彼女なら悲しんでくれるかもと考えてしまう自分に自惚れたものだと自嘲する。


さっきは気を使ってもらったのに冷たい態度をとってしまった。

ちゃんと会って謝りたい。


湊は折れかけていた心をなんとか持ち直して立ち上がった。


ガサッ


「ギギッギィーーーーーッ!!!!」


ザシュッ


「え…?」


木の上から降ってきた鋭く長い三本の鉤爪の猿のような獣。

突然のことで咄嗟に反応できるはずもなく湊は腹を抉られた。


血が噴き出る。


獣は一度飛びのき湊から距離を置いた。


「あ、う…あぁ…ぐ…。」


反動で尻餅をついた湊は少しでも遠ざかるため必死に後退るが痛みと恐怖から思うように動けない。


(あつい、あつい、いたい、こわい…!)


涙で視界が歪む。

なんとか対抗しようと取り落してしまった短剣を手繰り寄せる。

が、手が震えて上手く引き抜けない。


「ギギィーー!!」


獣が襲い掛かってきた。

爪を振り上げ飛び掛かる獣。

迫りくる死に湊は引き抜けず鞘に納まったままの短剣を突き出す。


(いやだしにたくないしにたくないしにたくない!!!)


カッ


「グギッ!?」


短剣が強い光を放ち獣が弾き飛ばされた。

すぐさま体制を立て直した獣だったがどういうわけか目の前の湊を見失ったかのように不思議そうにあたりを見渡しやがて首を傾げながら森の奥へと消えていった。


「はぁっ、はぁっ…はぁ…。」


(たすかっ…た?)


どういう効果か分からないが短剣の力で追い払うことができたようだ。

またしても姫のおかげで命拾いしたことになる。

しかし、止めを刺されなかったというだけで負った傷は深い。


(けっきょく…しぬのか…。)


湊の意識は闇の底に沈んだ。



湊が生きた16年はとても静かなものだった。

外を駆け回るより1人で本を読む方が好きで外から聞こえる楽しげな声をどこか別の世界からのように感じていた幼少期。

家に帰っても親は仕事でおらず顔を合わせない日の方が多いくらいであった。

休み時間は読書、放課後や休日は図書館に通って本を読み漁る日々を送っていた湊には1つの夢があった。

それは文字をなぞるだけで冒険や恋愛、はては未来に宇宙にだって行ける本を自分の手で書き上げること。

寂しさを物語の経験で埋めていたからこそ抱いた夢だった。


しかし現実はそう優しくない。


いくつコンクールに応募しても受賞者の欄に湊の名前が載ることは無かった。

それでも、まだ才能がないと諦めるには早いだろうと自分に言い聞かせながら書き続けた。


中学3年生の冬、受験勉強の合間に書き上げた小説が中高生対象のコンクールで奨励賞を受賞した。


ついに認められた気がしてただただ嬉しかった。


ここから作家としての才能が開花していくのだと舞い上がりもした。

けれどそんな浮かれた気持ちはすぐに沈むこととなる。

無事合格できた高校で同じクラスとなった少女によって。


篠原 美月葉


それは湊が応募したコンクールの受賞者一覧に必ずと言っていいほど並んでいた名前。

彼が奨励賞を受賞したコンクールで大賞を受賞していたのも彼女であった。


ただ並んだ名前を見るのと実際の人物を目の当たりにするのとでは感じ方がまったく異なる。


濡羽色の長い髪を三つ編みにして背筋の伸びた凛とした佇まいは大和撫子を思わせる美少女。

さらに人を寄せ付けない独特の雰囲気を醸し出しており、才能のある者のオーラのようなものを湊は感じていた。


それから彼女の受賞作を読んだが、嫉妬や悔しさを抱く余地もないほど素晴らしい作品でただただこれは敵わないと痛感した。


圧倒的な才能を目の前にして彼の心はぽっきり折れて書きかけの小説とともに夢を捨て去ってしまったのだった…。


筆を折った湊だったがそれで変わったことなどほんの些細なもので。

友達もいない彼がすることはやはり読書だった。

けれど目標も自信も失った湊はより暗く俯くようになり厄介な連中に目を付けられいじめの対象になってしまう。

とはいってもまだ直接的な暴力はなく教科書を入れたままのバックを池に捨てられたり陰口を言われたりという具合のもの。

正義感が強くクラス委員長でもあった熊谷なんかは目につけば注意をしてくれていたがなくなることはなかった。


席替えによって美月葉と隣の席になった湊は希乃葉が教科書を借りに来た時実はとても驚いていた。


なぜなら美月葉はクラスメイトとは必要最低限の会話をしようとせず人との関わりが煩わしいというような態度をとることすらあったからだ。

友人がほしくても作れない湊とは違い、友人などいらないという印象だったのだ。

そんな彼女と教科書を貸し借りするような気の知れた友人がいるとは思ってもみなかったのである。


だから、普段の湊であれば絶対に気にせず読書に集中しただろうについ気になってしまい声をかけたのだ。




(やっぱり、名前くらいは知っておきたかったな…。)


暗闇の中で湊はそんなことを思う。

出会いから別れまでが怒涛の展開かつ早すぎだ。


いっそ笑えてくるな、なんて考えていると暗闇に光が射しこむ。


次いで草木が風に揺れる音と、ギュイギュイやらビィビィやらあまり爽やかではない鳥(?)の囀りが聞こえてくる。

重い瞼をこじ開けると、金の絹糸のような髪が朝日で煌めく特徴的な長い耳を持った美しい女性が彼の顔覗き込んでいた。

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