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1話

「では勇者たちよ、明日から早速訓練を始めてもらう。今日のところはもう休むといい。ガルムよ。」


「はい、陛下。勇者様方、私めにお名前とジョブの報告をお願い申し上げます。報告を終えた方からお部屋へご案内いたしますゆえ…。」


始めに声を上げていた黒ローブの老人が深々と頭を下げた。

真っ先に報告に向かったのはまたしても小太りの男子生徒だった。


「はい!俺、村田(むらた) 洋太(ようた)っていいます!ジョブは魔術師です!」


老人は数秒じっと村田を見つめ頷く。

後ろに控えた同じく黒ローブを着た中年の女性が紙に書き込み、村田は侍女に連れられて行く。


続いてやはりおかっぱ頭の男子生徒が報告し、それに倣って他の生徒たちも報告するため列を作り始めた。


「私たちも行こっか。」


「うん。」


湊と希乃葉も同じように報告に向かう。

2人が列に並び自分の番を待っていると湊が突き飛ばすように押しのけられて尻餅をついた。


「っ…。」


「あっ、湊くんいたんだ?影薄いから見えなかったわ。丁度いいや。俺らめちゃくちゃ疲れちゃってさあ、とっとと休みたいんだよねぇ。優しい湊くんなら譲ってくれるよな?」


「あはは!そんなもやしじゃ鍛えたって意味ないだろうしぃ、有望なこうくんを優先すべきよねぇ?」


「ちがいねえ!」


ゲラゲラと下品に笑うガラの悪い男子2人と女子が1人。

湊は俯いて言い返そうとはしない。


「ちょっと!順番は守りなよ。並んだって大してかかる時間は変わらないでしょ?」


「は?…つか誰?」


「あ~あれじゃね?篠原のオトモダチ。」


「あ~ね。あは、超部外者じゃん。」


「…ごめん、俺、また並ぶから。」


「えっ!?ちょ、佐倉くん!」


ゆっくりと立ち上がった湊は俯いたまま最後尾に向かう。

慌てて追いかける希乃葉の背後でくすくすとあの3人の笑い声が聞こえた。


「佐倉くん、大丈夫?」


「…君まで来なくてよかったのに。」


「あいつらの傍になんていたくないもん。それに、今私の知り合いは佐倉くんだけなんだから一緒にいさせてよ。」


「…。」


「もう!そんな顔しないで。明日からの訓練で強くなってあいつら見返そう!」


そこまで言って希乃葉はしまったと思う。

彼のジョブは執筆家、戦い向きとは到底考えられない。

あの3人のジョブが何だったか覚えていないが戦闘で役に立たなそうなジョブは希乃葉と湊以外にはいなかった。


「そうだね、ありがとう。でも、俺のジョブじゃ無理だと思う。」


俯いたまま湊が返事をする。

かける言葉が見つからず気まずい空気のまま列は進んでいく。


「だったら私が、」


もう少しで順番が回ってくるところで希乃葉が口を開いた。


「私が強くなってあいつらのこと見返してあげる!」


「え…。」


「私のジョブ、魔術師なの!めちゃくちゃ強い、なんだろう…高位魔法?とかばんばん覚えてモンスターとか、魔王だってどっか~んってやっつけちゃうからさ!そしたらあいつらだって威張ってられないでしょ?だから、」


「やめてくれ。」


つらつらとできっこない未来を語る希乃葉。

漸く顔を上げた湊はそんな彼女を鋭く睨め付けた。


少しでも元気になってほしかった。放っておけばいいのに教科書を貸してくれた優しい彼に笑ってほしかった。

ちょっとした冗談のつもりだったのだ。


「あ…。」


「…ごめん、ただ、今日初めて話した同級生をそこまで気遣う必要はないよ。…先、行くね。」


いつの間にか残っている生徒は希乃葉と湊だけになっていた。

目を逸らしたまま希乃葉を横切り彼は報告に向かう。


(なんで、あんなこと言っちゃったんだろう。)


ジョブを偽ってまで余計なことを口走ってしまった。

是非お願いしますと返事が返って来るとでも思ったのか。

自己嫌悪で自然と視線が下を向く。

すると手にしたままだった借りた数学の教科書が目に入る。


(異世界召喚なんておかしなことが起きたから、私の頭も変になっちゃったんだ。)


そう言い聞かせて教科書を抱き込んだ。


「名前は佐倉 湊。ジョブは、執筆家…です。」


湊の報告の声が耳に届く。

なんとなく見送ろうと顔を向けて、希乃葉は顔を顰めた。


報告を聞いた老人の顔が強張っている。

全て見ていたわけではないがこんな反応を示したのはこれが初めてだろう。


「執筆家、じゃと…?」


まじまじと湊を眺めまわすその目は悪魔でも前にしているような恐々としたものだ。

そんな反応を見せたのは老人のみで控えている中年の女性も侍女も何事かと首を傾げている。


老人は少しの間押し黙り、深呼吸を1つしてわざとらしくにっこり微笑んだ。


「いやはや、申し訳ございません。少々珍しいジョブでありましたゆえ…。」


「では、お部屋へご案内いたします。」


先程まで控えていた侍女ではなく、いつの間に現れたのか執事が丁寧なお辞儀をした。

疑問には思いつつ湊は歩き出した執事の後に続く。


扉の向こうに消える彼の背中。

ざわざわと嫌な予感が胸を占める。


「貴女が最後でございます、こちらへ。」


呼ばれてハッと我に返った希乃葉は扉の方を気にしながら老人の元へ向かう。


(元々信用したつもりはなかったけど、正直に告げて大丈夫かな?)


漠然とした不安から希乃葉はそんなことを考える。

こういった異世界に召喚される物語の中には望ましくないスキルやジョブの持ち主が虐げられるようなものもあったと記憶している。

彼の執筆家や、自身の傍観者というジョブがその類であったとしたら?

老人だけがあのような反応を示した理由は分からないが嫌な想像というのは膨らんでしまうものだ。


「勇者様?」


「…私の名前は宮崎 希乃葉です。ジョブは、



魔術師です。」


希乃葉はジョブを偽ることを選んだ。

ほんの冗談で湊に告げた魔術師であることにした。


老人は先程まで同様にじっと希乃葉を見つめて、それから困惑した表情で目を瞬かせた。


嘘が早くもバレたのかと背に冷や汗が流れる。


「あ、あの…?」


「!…いや、申し訳ない。ノノハ殿ですな。報告感謝いたします。」


それ以上問い詰められることもなく希乃葉は侍女に連れられて広間を後にした。


長い廊下を歩き通された部屋は広々とした客室でふかふかなベッドに細工の綺麗なテーブルや椅子が置かれ、調度品はどれも質がいい。

しかも個室である。こんな部屋が人数分用意されているのかと驚く。


侍女にお手洗いの場所やクローゼットのものは好きに着替えていいこと、夕食はまた侍女が届けてくれることなどの説明を受けた。


侍女が出ていき希乃葉はベッドに腰掛け息を吐く。


「ステータス。」


ぱっと再び目の前に現れる文字列。

変わらずジョブの欄には傍観者と記されている。

改めて見てもどういったジョブなのか見当もつかない。


(いっそさっきのステータスみたいに鑑定スキルで詳細が出たり…。)


「したな…。」


ダメもとでそんなことを考えるとステータスの横に説明が現れた。

考えてみるもんだと希乃葉は現れた説明を読む。


傍観者:対象を見守る者。


「みじかっ!」


解像度は何一つ変わらなかった。

むしろ余計謎が増えたまである。対象とはなんぞやと希乃葉は頭を抱えた。


気を取り直してスキルの説明を読む。


鑑定:あらゆる物質の仔細を知ることが出来る。


傍観:対象を選択し見守ることが出来る。


蜃気楼:生み出した蜃気楼を通して傍観対象に干渉することが出来る。



「なるほどわからん。」



やっぱり分からなかった。

説明が説明になっていない。


大きくため息を吐いてベッドに身を預ける。


あまりに効果が分からないスキルに好奇心がむくむくと湧いてきてしまう。

危険が伴いそうなものはないし、と希乃葉は傍観のスキルを試しに使ってみることにした。


(鑑定のときも頭に思い浮かべただけだしこれもそれでできるのかな?…傍観!傍観!…何も起こらない。対象を選択し、ってあるから何か見たいものを思い浮かべるとか?)


そこまで考えてふっと浮かんだのは湊だった。

それと同時に視界が暗転し浮遊感が襲う。


(えっ…。)


次の瞬間、目の前に広がった景色は鬱蒼とした森。

そして足元には…



深手を負い大量の血を流して倒れ伏した湊の姿があった。


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