射撃の名人はお年頃
A
ブレイダーの意識が落ちるとともに、身体が光に包まれて私の姿に戻った。身体の主導権もそのまま私に返ってくる。
私はゆっくりと起き上がると、身体がちゃんと動くかどうかを確認する。……うん、怪我とかは問題ない。が、しかし。
「痛たたた……」
ダメージそのものは身体にしっかりと残っていた。今日一日は痛みでまともに動けそうにない。
そしてこのダメージの元凶である二人を見ると、気まずそうに視線を逸らされた。私はそんな二人にゆっくりと近付いていく。
「さて、ブレイダーの身体が私と一体化してるにも関わらず、手加減なしでめっちゃ痛めつけてくれた件について何か申し開きはあるか?」
「「完全に失念していました! 申し訳ありません!!」」
さすが双子。謝罪の言葉も動きも完全にシンクロしている。
「本当に、レーベさんもティーレさんもやり過ぎです。副隊長の身体に何かあったらどうするんですか」
ウェールズも一緒に怒ってくれる。
この隊員はいつも私の味方をしてくれるので、場合によっては困ったことにもなるが、こういうときには心強い。
「戦闘訓練に許可を出したのも手加減抜きでやらせたのも訓練を監視していたのも俺だ。文句ならその二人ではなく俺に言え」
隊長がしゃしゃり出てきた。こうなると立場上、ウェールズは何も言えない。
「ほんなら言わせてもらいますけど、少しは手加減するように言ってくださいよ! こっちは感覚共有してるんですよ!? ダメージだって身体に残るんですよ!?」
しかし副隊長の私は隊長に好き放題に発言できるので、気が済むまで文句を言わせてもらった。
その結果、何も無ければ今日の残り半日と明日一日の休みをゲットしたのだった。やったね!
数日後、私たちは射撃訓練用の訓練場に集合していた。
私たちの中でも射撃の得意な者と不得意な者がいて、それぞれにわかりやすく態度に出ている。ちなみにブレイダーは射撃の装備が無いので今回は私の中で見学である。
訓練が始まり、各々が的を撃ち始める。
私と隊長とヘレナは並ぐらいの実力だが、レーベとティーレは射撃が苦手だ。まぁ接近戦で異常なまでの強さを発揮する二人なので、これで射撃まで上手かったら最強になってしまう。
『ほう、あいつはすげぇな。さっきから百発百中じゃねぇか』
そして、私たちの中で一番射撃が得意な、今ブレイダーが賞賛したのがウェールズだ。
「なんせ射撃の腕を見込まれてSHARKに入った奴やからなぁ。射撃であれに勝てるのは宇宙でもそうそうおらんやろ」
ついでに言っておくと、私たちが普段腰から提げているハンドガン――通称『シャークガン』――だけでなく、戦闘機での銃撃もウェールズが一番得意だ。
『あいつも宇宙レベルかよ……。SHARKの隊員ってのは人間辞めてる奴しかいねぇのか?』
「ん? ウェールズはそもそも人間とちゃうで?」
『え?』
「人間によう似とるけど、人間やのうてアーサー星人や。人間との違いは視力かな。目がごっつええねん」
もしかしたら射撃の上手さはその辺からきてるのかもしれない。アーサー星人は数が少ないのでまだ不明なところがかなり多い。
『そういえばSHARKには人間じゃないのも交じってるって言ってたな……』
「そうそう。私と隊長、レーベとティーレは人間で、ウェールズとヘレナが星人や。どっちも見た目は人間と区別つかんけどな」
ついでに言うと、ウェールズもヘレナも人間基準だとかなりの美男美女だ。この仕事をしていなければ結婚相手なんて選り取りみどりだっただろう。
『俺がこの星に来る際に調べたときには、この星は人間が暮らす星ってことだったけど、実際には人間だけじゃなく、いろいろな星人が暮らしている星なんだな』
「せやなぁ。でも人口の半分ぐらいは人間やから、他所の星には人間が暮らす星って認識されててもおかしくはないわな」
『なるほどな』
おまけに星人の中にはウェールズやヘレナのように見た目が人間と変わらない者も少なくないので、なおさら人間が暮らす星だと認識されやすいのだろう。
そんなことをブレイダーと話していると、ウェールズがこちらに近付いてきていた。
「あ、もう終わったん?」
「はい。いつも通り特に問題ありませんでした」
ウェールズの場合、射撃訓練は調子が悪くないかどうかを確認する作業なので、何も無ければ他の隊員たちよりも早く終わる。
「それで副隊長、少々お時間よろしいでしょうか?」
「私? 別にええよ」
何か話があるそうなので、近くの空いてる部屋に移動する。
「そんで、どないしたん?」
「えっと……。できれば、ブレイダーと直接話をさせてもらえませんか?」
「ブレイダーと? 別にええけど、そしたらちょいと変身するなー」
『あおい、ちょっと待て』
フラッシュ・スターを手に取ったところでブレイダーに止められた。
「何?」
『話をするだけだろ? わざわざ変身しなくても、互いの同意があれば身体の主導権を交代することができるはずだ』
「そうなん? そんな便利なことができるん?」
『フラッシュ・スターを握って、人格を交代するイメージをしろ。できるだけ強く』
「副隊長?」
ブレイダーの声が聞こえないウェールズには何が起ころうとしてるのかわからないようだ。
「ちょいとブレイダーと代わるから待っといてな」
フラッシュ・スターを握ってイメージする。変身のときみたいに何か掛け声とかあった方がいいかな。
「……シフトチェンジ」
次の瞬間、フラッシュ・スターが目が眩むほどに光りだした――
B
フラッシュ・スターの光が消えると、俺は自分の身体を見下ろして姿があおいのままであることを確認する。次に手を軽く動かしてみて自分の思ったように動くかどうかを確認する。
よし、無事に身体の主導権だけを交代することができた。
『おおっ! 身体は私のままやのに私の意思で動かへん! ほんまに主導権だけが代わっとる!』
あおいがものすごく興奮している。普通ではできない体験だからそれも当然か。
『これ、仕事サボりたいときとかあんたに代わってもらって私は寝てられるってことちゃう!? めっちゃええやん!!』
よくねぇよ! というか興奮してたのそんな理由かよ!
「えーっと、あの……副隊長?」
ウェールズ隊員が心配そうにこちらを見ている。見た目はあおいのままだから人格が入れ替わっていることに気付けていないようだ。
「ああ、悪い。待たせたな。で、俺に何か用か?」
そう言うと、ウェールズ隊員は目を見開いてこちらをまじまじと見始めた。
「ブレイダーなのか……? 見た目は副隊長のままだが……」
「ああ。話をするだけみたいだったから、人格だけを交代した。わざわざ変身しなくても、これで俺と話せるだろ?」
ウェールズ隊員はこちらを凝視している。すると何かに気付いたようだ。
「ああ、よく見ると目の色がいつもと違って赤くなってるな」
『え、何? 私の目、充血してるん!?』
あおいが酷く驚いているので、ウェールズ隊員に充血してるのか聞いてみる。
「いえ、充血とかではなくて、虹彩の色が変わっています。カラーコンタクトを入れたような感じです」
『なんや、そういうことか……。しかし、それはなかなかおもろい変化やなぁ』
あおいが今度は興味を示し始めたが、付き合っていてはウェールズ隊員の用件を聞けない。
「それで、俺に話って何なんだ?」
「あ、ああ……」
ウェールズ隊員はコホンと咳払いをして、改まって俺に話しかけてくる。
「難しいかもしれないが、できればもっと身体を気遣ってくれないか?」
「……んん?」
なんか、いきなり身体の心配をされてしまった。何なんだこいつは。
「お前の身体は副隊長と一体化しているだろう? お前の身体が傷つくと、副隊長の身体も傷つくことになる。僕は副隊長が傷つくところを見たくない」
なるほど。あおいのことを心配していたのか。良い部下じゃないか。
『……』
「お前がダメージを受けることで、副隊長に痛い思いをしてほしくない。この前の戦闘訓練のときにそう思ったんだ」
確かにあのとき、あおいは俺と共にダメージを受けていたが、その後ちゃっかり休みをもらっていなかったか?
「まぁ、言いたいことはわかった。確かに俺たちは身体と感覚を共有してるんだから、互いに気を遣うべきだろうな。気をつける」
『ブレイダー、ちょいと』
俺がウェールズ隊員にそう言ったところで、あおいが俺に話しかけてきた。どうやらウェールズ隊員に伝言があるらしい。
そんなもの後で主導権を代わってから自分で言えよと思ったが、内容的にどうやら自分の口からは少し言いにくいことのようだ。
「ウェールズ隊員、あおいからの伝言だ」
「え? な、なんだ?」
「『心配してくれんのは嬉しいけど、それで実際にとやかく言うんは百年早い』だとさ」
ウェールズ隊員が驚いて目を見張った。まぁ立場が上の人を心配するのって、微妙なところではあるよな。相手によるところも大きいし。
ウェールズ隊員の話は終わりのようだったので、俺たちは先に訓練場に戻ったのだった。




