ようこそ、SHARKへ
A
目が覚めると既に昼を過ぎていた。実に丸一日眠っていたことになる。
まぁ昨日はいろいろあったから仕方ない。それに今日は非番だ。といっても昨日のことを報告しなければならないので完全な休みというわけではないが。
『名前を思い出せない?』
「ああ。俺が誰なのか、どこから来たのか。全く思い出せない」
『それじゃ、この星に来た目的は覚えとる?』
「それはわかる。俺はこの星を侵略しにきた。だがどうしてこの星を侵略しなくちゃいけなかったのかがわからねぇ。何か、大事な理由があったはずなんだが」
『この星に落ちてきたときの衝撃で忘れてもうたんかな?』
「いや、あの時は記憶が無くて戸惑ったりはしてなかったはずだ。だからそういうわけじゃねぇ」
それからもいくつか簡単な質問をしてみた。
『うーん、記憶を全部無くしたってわけやなくて、自分の出自に関する記憶だけを無くしたって感じかなー。もうちょい詳しく調べてみんとわからんけど』
昨日はそんな会話をした後、身体がまた光に包まれて、気が付くとまた姿が私に戻っていた。そして迎えに来た隊長に私とウェールズを拾ってもらい無事に基地まで帰ってこられたというわけだ。
『よう、目が覚めたか』
頭の中にあの騎士の声が響く。
「おはよう。あんたはよう眠れたか?」
『ああ、昨日は互いに大変だったからな。俺もさっき起きたばかりだ』
「そう。それで、なんか思い出した?」
『いや、相変わらず自分のことはさっぱりだ。どうやら記憶の一部を代償にすることが条件だったみたいだな』
「条件? なんの?」
『俺たちがこうなったことの、だ』
こうなったこと、と言われてもねぇ。
「そもそも、これってどういう状態なん? うちらの身体はどうなっとるん?」
『俺たちは今、身体を一体化させている。二つの人格が肉体を共有している状態だ』
「身体を一体化って……んなアホな」
『理屈とかはわからねぇから詳しい説明はできねぇけど、とにかく俺にはそういう能力があるんだよ』
「どえらい能力持ってんなぁ」
『それで、互いの肉体のデータと人格はフラッシュ・スターを使うことで好きなときに入れ替えることができる。あと、フラッシュ・スターを身につけておくことでこうして会話をしたり、感覚を共有することができる。大事な物だから失くすんじゃねえぞ?』
「ほんまにどういう仕組みなんやろうなぁ。分解して調べてみたいわぁ」
『大事な物だっつってんだろうが!』
怒られてしまった。二割くらい冗談だったのに。
「まぁこのペンダントについてはおいおい調べるとして、昨日ちょっと訊きそびれたことがあんねんけど、ええかな?」
『なんだ?』
「あんたの身体、洞窟の中で会うたときは人間と同じぐらいの大きさやったのに、私と一体化してからあんたに変身したときは怪獣と同じぐらいの大きさになってたやん? あれってどうなっとるん?」
『ああ、俺は状況に合わせて身体の大きさを変えることができるんだ。これは宇宙でもかなり珍しい能力だな』
あ、声がちょっと自慢げになった。
「……ほんまにどうなってんねん、あんたの身体。解剖してじっくり調べたいわぁ」
『今俺たちの身体は一体化してるってことを忘れるなよ。自分で自分の身体を解剖することになるぞ』
もちろんそんな器用な真似はできない。残念だ。
「他にもちょっと訊いてええか?」
『構わんが、ちゃんと答えられるかはわからねぇぞ』
「簡単な質問やから大丈夫。あんた、なんで私のこと助けたん? 侵略者やのに、そんな代償を払ってまで」
そう、これが一番の疑問。
あのとき洞窟の中で私は死んだはずだった。それがこうして生きていて、その場にいたこの騎士と身体が一体化しているということは、私は侵略者に助けられたということだろう。
『お前の方が俺を先に助けたんだろう。お前こそどうしてあのとき俺を助けた? 俺がこの星を侵略しに来たのはわかっていたはずだ』
「それは……」
どう答えようか迷っていると、部屋の通信用のスピーカーからヘレナの声が聞こえてきた。
『八神副隊長、起きていらっしゃいますか? 起きていたら通信司令室までお越しください。隊長が昨日のことについて訊きたいそうです』
ベッドから起き上がり、チャチャッと身支度を整える。
「ごめん、その質問の答えはまた今度な」
そう言って、私は部屋を出た。
通信司令室に入ると、隊長、ウェールズ、ヘレナの三人が待っていた。レーベとティーレは動かなくなったグレートホワイト号を回収しに行っているらしい。
「早速だが、昨日のことを報告してもらおうか。何があった?」
私は昨日の出来事を順を追って説明した。
山の中に宇宙船があったこと。洞窟の中で黒い騎士を発見したこと。騎士が侵略者だったので取り押さえようとしたこと。洞窟が崩れて生き埋めになったこと。騎士が私と身体を一体化させることで助かったこと。その後、グレートホワイト号が墜ちる寸前に黒い騎士に変身することでまたもや助かったこと。
「……すまない、最後のところをもう一回言ってもらっていいか?」
「? あの騎士と一体化した私は変身することでウェールズ共々助かりました。それで、あの怪獣が大人しくなるまで戦いました」
まぁ戦ったといっても攻撃を受けていただけなんだけど。
「八神、真面目に話しなさい」
なんと! 冗談だと思われてしまった!?
「にわかには信じられないでしょうが、ほんまのことです。今だってあの騎士とは繋がっていて、会話をすることもできます」
頑張って力説してみるが、隊長はため息を吐くだけだった。
『なぁお前、こんな話をなんの証拠もなく信じてもらえると思ってたのか?』
騎士にも呆れ混じりの声で言われてしまった。
「でもなぁ、証拠って言われてもなぁ」
フラッシュ・スターでも見せる? でもあれ、見た目はただのペンダントだからなぁ。
『ところで、そろそろ俺にも説明してもらえねぇか。ここはどこで、お前たちは何者なんだ?』
記憶が無くて自分のことを説明できない奴に言われたくないが、まぁ今の状況なら知りたくもなるか。
「せやなぁ。まだ私らのこと、なんも話してないもんなぁ」
「八神、さっきから何を独り言を喋っているんだ?」
隊長が不思議そうに訊いてくるが無視する。まぁ確かに傍から見れば独り言をぶつぶつ言ってるようにしか見えないわな。
「ここは防衛軍の軍事基地。そして私たちはその精鋭部隊〝SHARK〟や」
『シャーク?』
「Space Harrier Attacking Righteous Knights、略してSHARKや。直訳すると〝宇宙からの侵略者と戦う正義の騎士団〟、ざっくり訳せば〝侵略者攻撃隊〟って感じやな」
『ってことは、つまり……』
「まぁ、あんたの敵ってことやな」
そう。私たちはあらゆる侵略者からこの星を守るために結成された防衛組織、その中でも秀でた能力を認められて選抜されたスペシャリストだ。侵略目的でやって来たというこの騎士とは敵対関係にある。
――が、しかし。
「でもさ、あんたは自分自信に関する記憶を無くしてもうて、侵略しに来たことは覚えとっても、何のために侵略しに来たんかは覚えてないんやろ?」
『まぁ、そうだが……』
「そんな状態でこの星を侵略してもしゃーないやん? それやったら記憶が戻るまで私らと一緒にこの星を守らへんか?」
『はぁっ?』
「あんたより先に他の星人がこの星を侵略してもうたら大変やろ? せやから、あんたの記憶が戻って侵略を開始するまで、あんた自身でこの星を守るんや。ええ考えやと思わん?」
それに、そもそも私と身体が一体化している内は侵略しようにもできないだろう。私が騎士の姿に変身しなければいいだけだ。
「おい八神、独り言もいい加減に――」
隊長が文句を言いかけたところで、レーベから通信が入った。
『正体不明の宇宙船団が接近中! 隊長、対応の指示を願います!』
モニターを確認すると、確かに複数の宇宙船が飛来しているようだ。
「ヘレナ、連絡をとってみろ」
隊長がまずヘレナに指示を出す。指示通り、ヘレナは宇宙船団との連絡を試みる。
「映像通信、拒否されました。呼びかけにも応答ありません」
ヘレナが結果を伝える。つまり、問答無用で侵略を開始するというわけか。
「なぁ、あれにうちらだけで勝てると思うか?」
騎士に問いかける。勝てるって言ってくれたら、ちょっくら行って変身して戦って、私が嘘をついていないこととこの騎士がSHARKの戦力になることを証明してこよう。
『あん? あれぐらいならまとめてぶっ飛ばせばいいだけじゃねぇか。楽勝だろ』
よし!
「隊長、先程の私の話をお疑いのようなので、今から証拠をお見せします。単独での出撃許可を」
隊長は露骨にため息を吐いた後、眦をつり上げて一括した。
「ふざけるな! 許可できるわけねぇだろうが!!」
……まぁ、やっぱそうだよね。
「まったく、いつまでも寝ぼけやがって。レーベとティーレはそのまま警戒し、宇宙船団が規定の範囲に入ってきたら攻撃開始! 八神とウェールズはタイガーシャーク号で出撃し住民の避難誘導と、宇宙船団が攻撃可能な範囲にまで降下してきたら地上からレーベとティーレの援護! ヘレナは引き続き宇宙船団に連絡をとってみてくれ! SHARK、出動!!」
「「「フォー・リント!!」」」
隊長から命令が出てしまったので私はウェールズとタイガーシャーク号で出動する。
タイガーシャーク号とは対空兵装を装備した地上移動用の装甲車だ。地上のパトロールや何らかの理由で戦闘機が使えない場合はこれで出動する。
現場に到着し住民の避難誘導を開始した。宇宙船団の姿は地上から肉眼でも確認できるぐらいまで近付いていたが、なんとか敵の攻撃が始まる前に付近一帯の住民の避難を完了させることができた。
そして宇宙船団が規定の範囲に侵入する直前、地上に攻撃を開始した。
『敵の攻撃を確認! 反撃開始!』
『『反撃開始!』』
レーベとティーレも宇宙船団に攻撃する。激しい空中戦を繰り広げるなか、敵の宇宙船が降下するタイミングで私たちも地上から攻撃することで二人を援護する。空中と地上からの連携攻撃で一機ずつ宇宙船団の数を減らしていく。
……しかし、敵の数が多過ぎる。敵をある程度まとめて攻撃出来るだけの瞬間火力がこちらは出せないのだ。数が圧倒的に少ないだけにこちらの不利は否めない。
そしてついに、こちらの連携の合間を縫って敵の攻撃がソーシヤーク二号を捉えた。
フラフラと地上に堕ちていく。脱出しないところを見ると、衝撃で気絶したか脱出装置が壊れたのだろう。つまり、かなりマズイ。
「隊長、申し訳ありません! これより八神は独断で単独行動をとります!」
隊長に一言断りを入れて、隊長が返事をするより早く私は騎士に変身するべくフラッシュ・スターを取り出す。本当は隊長の見てるタイミングで変身して証明したかったのだが、そうも言っていられない。それにすぐ近くにウェールズがいるので、後で証言してくれるだろう。
「なぁ……ああ、もう! やっぱ名前がわからんと喋りにくいな。後で呼び名でも考えるか。で、あんた!」
『お、おう。俺か?』
「そうや! いきなりで悪いけど時間がないんや! 今からあんたに変身すんで!」
『わ、わかった。確かに急いだ方がいいな。いくぜ人間!』
私はフラッシュ・スターを握り締めて天に掲げ、叫ぶ。
「フラッシュ・スター、スタート・アップ!!」
B
俺は状況に合わせて身体の大きさを自由に変えることができると一体化した人間に説明した。
もちろん大きくなった方が戦いにおいては有利だ。だけど大きくなればなるほどエネルギーの消費は激しくなるので、あまり無闇に大きくなるわけにもいかない。
だから昨日のように相手が大きい場合や、今回のようにある程度大きくならないと救助が出来なかったり攻撃が届かなかったりするような場合はそれなりの大きさになる必要があるわけだ。
ちなみに、相手よりも圧倒的に大きくなって踏み潰すような卑怯なことは俺の信条にもとるためできない。そこはあらかじめ言っておく。
自分の姿に戻りつつ大きくなった俺は墜落しそうだった戦闘機をそっと受け止めて下に降ろした。中の人間の様子を見ることはできないが、無事であればいいと思う。
そして俺は付近の宇宙船を視認して盾から剣を抜き、構えた。剣に意識を集中させて身体中のエネルギーを集める。俺の愛剣である黒狼剣〝キバ〟の刀身が輝き始めた。
向かってくる宇宙船の数をもう一度確認し、それらを殲滅できるだけのエネルギーがチャージされたのを確かめる。
「ブレイド……バスタァァァァァッ!!」
キバを横薙ぎに振るう。前方広範囲の敵を一網打尽にする破壊光線により、宇宙船が次々に爆発四散していく。
この一撃により全ての宇宙船を破壊できた……と思ったのだが。
「チッ……一機だけ残りやがったか」
生き残った宇宙船がこちらにビームを放ってきた。盾で防ぎつつ間合いを詰めるためにジリジリと近付いていく。
宇宙船がヒット&アウェイ戦法でビームを放ってから離れようとするその瞬間――
「はぁっ!!」
気合一閃。
最後の一機を叩きつけるように斬り伏せ、破壊することに成功した。
『なぁなぁさっきの何!? 剣からビーム出たで! ビーム! どないなってんの!?』
人間がものすごい騒いでいる。興奮するのは結構だが、できれば少しぐらい労ってほしいもんだ。
「俺も仕組みとかは知らねぇよ。俺にとってはこれが普通だからな」
『ふうん、他にもたくさん不思議な能力持ってそうやなぁ』
「どうだろうな、まぁおいおいわかってくるだろ」
俺には人間にとって何がすごくて何が普通なのかがまだ全くわからないからな。
『ところでさ、あんたの呼び名なんやけど』
「呼び名? ……ああ、そういやさっきそんなこと言ってたな」
『あんたが名前を思い出すまでの間、なんもないままやと不便やろ? せやから代わりの名前でもあった方がええと思うんよ』
「代わりの名前か……」
『そんで思いついたんやけど、〝ブレイダー〟なんてどうやろ?』
「〝ブレイダー〟……ふむ」
どういう意味の言葉なのかは知らないが、なんとなく響きは格好良いな。
「ああ、良いんじゃねぇか」
『ならそう呼ばせてもらうわ。これから少なくともあんたが記憶を取り戻すまで、一緒に戦うパートナーや。よろしゅうな、ブレイダー』
「ああ、よろしくな。に――」
人間、と言いかけて、思いとどまった。向こうがわざわざこちらに名前を付けて呼んでくれてるのに、俺の方がいつまでも人間呼びは失礼だろう。
記憶を無くした俺と違って、こいつは既に自分の名前を名乗ってたじゃねぇか。
「よろしくな、あおい」