ある休日の出来事
A
SHARKの活動が年中無休なのは言うまでもないが、人間であれ星人であれどこかで休みを取らなければいずれ疲弊してしまうものである。
その為SHARKのメンバーは何かしらの事件が起きない限り二週に一度は非番の日があり、大きな事件の後は各自一日ずつ休みを取ることになっている。
先日のラーク星人テキラの事件の後、隊員たちは各自休みを取ったので、本日は副隊長の私が休みを取る番である。
私には一日休みの日のルーティンがある。三年程前に見つけたいい感じに寂れた雰囲気の喫茶店で朝食をとり、コーヒーを飲みながら読書をするのだ。
防衛軍基地内の自室ではどうしても仕事のことを考えてしまいがちなのと、休みの日であろうとお構い無しに何かしらの用事を頼みにくる輩が多いので、リフレッシュする為にはこうして外に出る必要がある。
今日も私は行きつけの喫茶店でいつものメニューを注文し、運ばれてくるのを待っている。
『それにしても……』
「ん?」
『いつ来てもこの店、子供が二人でやってんだよなぁ。親はどうしたんだ? それとも二人とも子供に見えるタイプの星人なだけで実は大人とか?』
「いや、見たとこアールブ星人みたいやし、子供で合うてると思うで。たぶん事故か事件で親を亡くしてもうて生きていく為にもう働かなあかんのやろな」
『そうか。二人ともまだ子供なのに大変なんだな。星によっちゃ学校に通ってる年頃だろうに』
「この星でも子供はだいたい学校に通ってるけど、ほとんどが人間の子で星人だと通えへん子もチラホラおるからなぁ」
『子供が学校に通って教育を受けられるのって、当たり前じゃないって事だな』
「ブレイダー、それは大人が口にすることちゃうで」
『どういうことだ?』
「子供たちが自らそういう意識を持つのは別にええことやと思う。けどな、大人はその言葉に甘えたらあかん。大人は子供がみんな教育を受けられる環境を当たり前にせなあかんねん」
『……ほう』
「現実的ではないかもしれへんし、具体的な行動は何も起こせへんかもやけど、少なくとも、そういう意識を持っとるべきやと私は思う」
『なるほどな』
なんてブレイダーと会話をしていると、店員さんが不思議なものを見るような目を取り繕った表情でモーニングとコーヒーを運んできた。ブレイダーの声は私以外には聞こえないので、傍から見れば私はずっと独り言を言っているようにしか見えない。やたらと独り言が多い変な人だと思われても仕方がないだろう。
私の元に料理を置いた直後、入り口から人が入ってきたので店員さんはすぐにそちらへ向かった。
「いただきます」
私がいつも注文するモーニングAセットはBLT+アボカドのサンドイッチに固ゆで卵とサラダとデザートが付いた、この店のモーニングの中では一番ボリュームのあるセットである。
黙々と食べていると何やら店の入り口の方が騒がしい。先程入ってきたのが悪質なクレーマーだったか、それともこの店に借金がありそれを取り立てにでも来たのか。
「おい、早く女を出せやこらぁ!!」
と、男の怒鳴り声が聞こえてきた。その言葉で何が来たのか私はだいたい察することができた。
『なんだ? 一体何が起きたんだ?』
「たぶん、星人狩りやろうな」
『星人狩り?』
「この星の人口の半分は人間やって前に言うたやろ? そんだけ人間の比率が高いとどうしても他の星人たちに比べて立場が優位になりがちやねん。たとえ法律上は人間も星人も平等やったとしてもな」
『ああ、だからMADみたいな星人の立場向上を目的としたテロ組織なんかが生まれたわけだろうしな』
「そ。ほんで、人間の金持ちの中には立場の弱い星人を金で買いたい奴もおんねん。奴隷としてな」
『なんだとっ!?』
「そしたら当然、その金持ちに星人を売ろうとする連中やっておるわけや。で、そういう輩はどこから星人たちを仕入れるかっていうたら、手っ取り早いのは人攫いや」
『……』
ブレイダーからめっちゃ怒りの感情が伝わってくる。そういうの嫌いそうだし。
「今回は厨房で料理作っとるお姉ちゃんの方がターゲットなんやろうな。流石に妹ちゃんの方はまだ幼すぎたか」
特にアールブ星人は人間基準で見ると容姿端麗な者が多いので、金持ちに高く売れると聞いたことがある。
食べながらブレイダーに説明していると、先程料理を運んできてくれた店員さんが攫われそうになっている姉に駆け寄ろうとして蹴飛ばされてしまった。
『あの野郎っ……!!』
ブレイダーから伝わってくる怒りが一気にヒートアップした。弱い者への暴力なんて絶対に許せないタイプだからなぁ。
『あおい、助けるぞ』
「え、なんで?」
私の言葉に、ブレイダーは理解できないと言わんばかりに声を荒らげる。
『こんな非道を見過ごせねぇだろ! SHARKの仕事じゃねえのか!?』
「SHARKの役割はこの星を侵略しようとする外敵からこの星と住んどる人々を守ることで、犯罪の取り締まりは管轄外や」
『なっ!? でもMADの時は――』
「あの時は通報があって侵略者の可能性があったから捜査した。そしたらたまたまテロ組織だっただけや。おまけに放っといたら市街地に被害が出るところやったから戦闘になった。今回は最初から侵略者ではなく人間の仕業やってわかってるし、被害に遭うのはアールブ星人の二人だけ。SHARKとして動く理由がなんにもないわ」
『な……』
「ついでに今日の私は休みであって仕事でここにおるわけでもない。私が助ける義理があるか?」
『……お前は平気なのか? 戦士でもない、なんの罪もないあんな子供が理不尽な目に遭うのが』
「そんなん、この星じゃよくあることや。いちいち気にしてられへんわ」
『そうか。わかった、もういい。俺に変われ。お前には頼まない』
「言うたやろ、今日は休みの日やと。あんたに変わったところで使うのは私の身体でもあるんやで? 疲れが残ってたら困るのは私の方や。そんなんで明日何か事件が起こったらどないするん?」
『それは……』
ブレイダーから苦悩の感情が伝わってくる。アールブ星人の子供を見捨てたくないが、私に助ける理由がないことも理解できたのだろう。
『あおい』
しかし、ブレイダーの声と感情からすぐに苦悩は消えた。感じ取れるのは何かを吹っ切ったような潔さだ。
『俺はやっぱりあの子供たちを見捨てたくない。でも、理屈でお前を説得できるほど頭が良いわけでもねぇ。だから、頼む。無理を言ってるのはわかってる。これは俺のただのわがままだ。それでも、あの子供たちを助けさせてくれ』
「わかった、ええよ」
『え?』
「SHARKの副隊長としてあの子たちを助けることはできひん。けど、今日は休日や。休みの日に私がプライベートで相棒の頼みを引き受けるのに理由なんか必要ないやろ」
アールブ星人の子供を助けるリスク、今後のブレイダーとの関係、ここで私たちが行動した場合に周囲に与える影響、それらを瞬時に頭の中で計算して私は答えた。
「……それに、休みの日に静かに過ごせる安息の場所が無くなるのは困るからな」
最後に、心からの本音をひとつつけ加える。
『……ありがとう、あおい』
「そんかわり、あんたにはバッチリ目立ってもらうから、覚悟してや」
『は?』
ブレイダーが訝しげな声をあげるのを無視して私は席を立つ。残された妹の方へ歩いていくと、その子はちょうど姉を連れ去られて打ちひしがれているところだった。
「私たちを助けてくれる人は……誰もいないの?」
「おるで」
その声に答えてやると、アールブ星人の子供はこちらを向いた。その泣き顔に向かって、私は思いっきり格好つけて言ってやった。
「あんたらを助けられるヒーローが、ここにな」
店の出入口に向かって歩きながらフラッシュ・スターを手に取り、いつもの掛け声を叫ぶ。
「フラッシュ・スター、スタート・アップ!!」
あとは頼むで。ヒーローさん。
B
あおいのやつ、俺をヒーローに仕立て上げやがった!?
記憶がないせいでたまに忘れがちだが、俺はこの星を侵略しに来た、本来ならこの星の住人にとっての敵である。自分がどこの誰かもわからないまま侵略しても仕方がないので今は他の星の奴らに取られないようにしているだけで、決してこの星の住人の味方というわけではない。
だというのに、こんな正義のヒーローみたいな感じで助けに行ってそういうイメージを持たれてしまったら、記憶が戻った際にこの星を侵略しづらくなっちまう。この子供なんて特に、俺の事を窮地を救ったヒーローだと勘違いするだろう。こんな子供の期待を裏切れっていうのか、畜生が。
『ほら、さっさと追いかけな見失ってまうで。ヒーローさん』
「ヒーロー言うな!」
クソっ! と悪態をつきながら俺は店の外へと走り出す。店の前に出てみるとさすがに連中の姿はもう見えなかったが、それでも俺には秘策があった。
身体を巨大化させて街全体を見渡す。すると、一台だけ不自然なほど猛スピードで走っている車を見つけた。
その車を追いかける。思いっきり走ればすぐに追いつけそうだが、街中なのでそうもいかない。建物を踏まないように、道路を壊さないように慎重に歩く必要があるのでなかなか追いつけない。
そのうち、車は古びた建物の中に入っていった。廃工場だろうか。敷地も建物もそれなりの大きさはあるが、活気のようなものは感じ取れない。
身体を人間サイズに戻し、敷地内に入る。特に罠や警報装置の類が作動する様子もない。やはり使われなくなった建物を不法占拠しているだけの小悪党のようだ。
そのまま建物の中に入ると先程の車が見えた。さらにその奥には店で見た男三人と攫われた子供、そして見覚えのない男が一人いた。見覚えのない男は恐らく運転手だろう。
子供は身動き出来ないように手足を縛られ地面に転がされている。その近くで男たち三人が談笑し、もう一人はどこかへと電話していた。子供の売却先だろうか。
「なんだてめぇ、何勝手に入ってきてやがる!」
「死にたくなかったら動くな」
俺に気付いた男の一人が声を上げるが、俺は立ち止まることなく黒狼剣キバを抜きながら男に言葉を返す。この程度で怖じ気づくような小物を殺す必要はないが、悪党に容赦するつもりもない。
男たち三人は俺に向かって殴りかかってきたが、全て斬り伏せた。電話をしていた最後の一人は子供を人質に取ろうと向かっていったが、子供に近付く前にキバからエネルギー弾を放った。武装もしていない人間相手にブレイドバスターを使うまでもない。死んだかどうかはわからないが、男はその場に倒れて動かなくなった。
キバを仕舞い、子供に近付いていく。子供は俺の姿を見て少し脅えた。
「……誰?」
「ただの通りすがりだ。お前を家に帰してやる」
あおいの思惑通りになるのは嫌なので、というか普通に恥ずかしいので絶対にヒーローとは言わない。
子供の手足を縛っている縄を解いて立たせてやる。
男たちを倒すところを見ていた為かまだ俺を見て脅えているが、それは仕方ない。下手に逃げ出そうと考えられるよりは大人しくしてくれていた方が楽だ。
それに、俺はいずれこの星を侵略する身だ。慕われるよりは脅えられるぐらいがちょうどいい。
そのまま手を引いて元いた喫茶店まで戻ってくる。さっきまではいなかった、全身黒ずくめに白い差し色が入った服の人が何人も来ていて、残された妹と客たちに話を聞いていた。ぱっと見は怪しい連中だが、客たちの態度からすると悪人ではないのだろう。
「お姉ちゃん!」
俺が連れ帰ってきた姉に気付いた妹はすぐに駆け寄ってきて、そのまま姉に抱きついた。
「リシア、ごめんね。心配かけて」
姉の方は優しく受け止めて頭を撫でてやる。この光景が見れて、本当に助けて良かったと思う。
「あなたがこの子を助けた方ですね。迅速な対応により子供を救出して頂いたこと、深く感謝します。犯人グループのことなどいくつか訊きたいことがありますので、少しお話をよろしいでしょうか?」
「ああ」
黒ずくめの中の一人が近付いてきてそう言った。特に断る理由もないのでその人について行こうとする。
「あ、あの……助けてくれてありがとうございます。お、お名前を伺ってもよろしいでしょうかっ?」
助けた子供が俺に向かって声をかけてきた。
自分の居場所に帰ってきて妹と再会したことでようやく助かった実感が湧いて、相手が得体の知れない怖い存在であっても礼を言わなければならないと思ったのだろう。緊張で声が上擦っているし顔も赤らんでいるのに、律儀なことだ。
「ああ、俺は……ブレイダーって呼んでくれや。この星ではそう呼ばれてる」
記憶がないから本名もわかんねぇんだよな。
「ブレイダー様……本当に、本当にありがとうございました! このご恩は絶対に忘れません!」
「ありがとうございました!」
「……おう。まっ、助かって良かったな」
姉妹揃って礼を言われてしまった。
侵略者としては感謝されても困るのだが、しかし、まぁ悪い気はしないな。
――この時、何故かあおいが心の中でほくそ笑んでいる気がしたのだが、気のせいだろうか。




