#2-1
……いただきます
早朝の鼻の良く通る澄んだ空気を吸って吐くを繰り返す。その当然の動作を意識しながら行う。
「いってきます、母さん」
玄関のドアノブに手を掛けて後ろに立っていた母に笑顔で言った。
「いってらっしゃい。毎日頑張るわねー、お母さん応援するわ」
「ありがと。絶対に強くなって騎士になるよ!」
少しだけ心配そうな顔色を見せた母にさらに笑顔を作り、外に足を踏み出した。
バスタリア王国の中心に位置する王都の西外れの下町を駆けて目的の場所に向かう。
数分で王国騎士団王都西支部の建物が目に入った。とても裕福とは言えない下町の中でドンっと目立つように建っている。
「おはようございます」
「お、ケイン。頑張れよー」
門前で立っていた騎士に挨拶をした俺は、その建物に入った。
中では疎らに騎士が始業の準備をしていて、邪魔にならないように端の方を通る。
建物内を迷う事なく突き進み、裏に作られた訓練場に辿り着いた。
「今日も来たかケイン!」
町は未だ眠りについている時間帯にも関わらず大剣で空を斬っていた男、グラファ・エンテセシスは額に溜まった汗を拭いて俺の近くまで歩いてきた。
「はい。俺、強くなりたいから」
この騎士団支部の若頭を務めているグラファの実力は誰もが認めており、何百年に一度の天才と言われている。
転生してから八年。運命まで何年あるかわからないが、強くなれるだけ力をつける。
そして、ユニークスキル同胞喰いを使わずにその運命に抗う。
「もう五年ほど経ったら本格的な稽古をつけてやってもいいんだがな」
そのためにこの人から剣を学んで強くなる。ただいくら強くなりたいとは言え、八歳児の肉体では限界があった。
この世界の人間はその身に魔力を循環させている。その魔力を力に変える事で鋼鉄でも変形させられる力を得ることもできる。
その魔力は鍛えれば増加してドンドンと強くなれる。そのピークは十代後半あたりだ。
「別に俺は構いませんよ」
俺は母に見せた笑顔とは全く違う、真剣な顔でグラファに訴えた。
伸び代が小さいが無いわけではない。やることはやる。
「……ケイン。お前なら俺を超えられるな」
男前の顔をさらに男前にしたグラファは稽古用の木刀を取りに行ってしまった。
王都郊外の深い入らずの森。危険区域に指定されているその森には王都を脅かす魔物が無数に存在している。
「はっ!!」
四足歩行の巨大な魔物を相手に俺は剣を振るう。転生して十七年、騎士団の一員になった俺は数人の同期とともに小隊を組み任務にあたっていた。
「ヤン!二時の方向からもう一体来たぞ!」
「オーケーケイン!ここは任せた!」
騎士になってから何度目かの任務で、容易くこなしていた。
———ヴォォォ……!!
そんな時、少し奥の森から凄まじい殺気が放たれてきた。
「この感じ……ビッグゼルベアか。みんな、ここは任せた!」
「おい、ケイン!ビッグゼルベアと一人で戦う気か!?」
「俺に任せとけ!」
俺は一人、小隊から離脱して殺気の元へ向かう。もしビッグゼルベアだとすれば、太刀打ちできるのは小隊内で俺だけだからだ。
草木を避けて足場の悪い岩場を越えるとそいつの姿を捉えた。
「……違う。こいつはアンダーベアじゃねえか……」
脅威レベルはビッグゼルベアを優に越える。地底奥深くで魔力を何十年と溜めて強化されたその大きな肉体には、俺の剣も短剣に見えてしまう。
そんな短剣を構えて、急所を見定める。
「これは、一人で来て正解だったな」
もしも小隊のみんなを連れてきていたら死人が出ていた。俺がアンダーベアに勝てるかどうかは知らないが。
「一気に決めるか……ウィンド!!ファイアバースト!!」
「ケイン・サランララ。貴公に第一級騎士の称号を授与する」
「は、有り難き幸せです」
アンダーベアを見事に討ち取った俺は、騎士になって一年足らずで最高位とも言える第一級騎士となった。
そして、俺は『グラファの右腕』と呼ばれるようになった。
さらに一年が経ち、俺は王都西部支部の騎士でありながら本部の任務を数度受けるようになっていた。
「あ、ミカさん。今日も一緒なんですね」
「うん、ケイン。でもなんだろうね、いつもは任務の内容を直ぐに教えてもらえるのに」
王国騎士団本部の一室に入るとミカ・カリスミアさんが一人部屋のど真ん中の椅子に座っていた。
騎士の三割程度を占める女性であるミカさんは、その中でだれよりも魔法の扱いに長けていた。
男は魔力で肉体強化するのが得意で、女は魔法を行使するのが得意だ。
「さーね。極秘任務とかじゃないか?俺も呼ばれたわけだし」
「ドウズさん、こんにちは」
「こんちゃーケインくん」
ミカさんの隣の席に向かっていると俺が入ってきた扉が再び開かれてドウズ・アルタイスさんが堂々と入ってきた。
俺よりも小柄なドウズさんは俺とミカさんの間に割って入るようにやってきて椅子に座った。
「久しぶりだねミカ」
「は、はいアルタイスさん」
どこからか取り出した薔薇を口に加えたドウズさんにミカさんはかなり引いている様子だった。
「おいおい、ミカに近づくんじゃないよ変態」
「げ、悪魔も同じ任務かよ」
「誰が悪魔だ!私にはアリス・ミラーって可愛い名前があんだよ」
ドウズさんを軽々と持ち上げた女性にしては屈強な肉体を持つアリスさん。いつからそこにいたのか。
「こんにちは、アリスさん」
「あ、大きくなったじゃん坊主」
「そうですかね?」
アリスさんと初めて会ったのは半年ぐらい前で、大して身長に変化はないと思っていたけど伸びているのだろうか。
「いやー、本当に大きくなったなケイン!」
「グラファさん!それにアイトさんとベルガァさんもお久しぶりです!」
笑いながら扉を勢いよく開けてきたグラファさんと、その両脇のアイト・べべズナさん、ベルガァ・ベルビアさん。
あれからグラファさんは本部の騎士としてトップに立っていた。アイトさんとベルガァさんはナンバー2、3だ。
「すごいメンツだな。北のミカに東のドウズ、南のアリス、そして西のケイン。そして本部のグラファプラスアルファ」
「おいアイト。お前は別にいいが俺を省略するのは許さねえぞ」
ほんわかとしているアイトさんに火花を散らすベルガァさん。二人はこの中でも年長者で三十代後半ぐらいだ。
それにしても、本当にどうして第一級騎士の中でもトップクラスの六人と俺が呼ばれたのだろうか。
今までにないほど脅威的な魔物が現れたのだろうか。
それとも、運命の時がきてしまったのか?
様々な可能性を考えていると部屋の奥の扉が開かれた。そこから現れたのは騎士団を纏めているご年配のガリバーさんだった。
「皆、良く集まってくれた」
「ガリバーさん。俺らが呼ばれたってことはなんかヤバいことでもあったのか?」
「まあ、待てグラファ」
落ち着いた様子のガリバーさんは俺たちに椅子に座るように促した。
「今回、皆を呼んだのは近年の他国の凄まじい成長に脅威を感じたからだ」
「確かにグエンマルバとかは最近荒々しいよな、いつ戦争になるか」
「だがよアイトさん。俺らがいたら、まー大丈夫じゃね?」
ガリバーさんの発言に俺はふぅと胸を撫で下ろした。その間に意見を言うアイトさんとドウズさん。
「そうだな。ここにいる皆がいれば問題はない」
「じゃあ何故なのかしら」
何が言いたいのかはっきりとわからないガリバーさんにミカさんは首を傾げた。
「つまりな、新たに騎士団を結成して他国にその存在を認知させるということだ」
「……新たな騎士団」
「うむ。大きな王国騎士団の内の七人と少数精鋭の騎士団では与える印象も違うだろう」
「なるほどね。だけどそれじゃ私らの今の地位は空白になっちまうけど、いいのかい?ガリバーのオヤジ」
ガリバーさんの話を理解したがアリスさんの意見にも頷けてしまう。
俺はまだ大した役職ではないから問題はないが、他の六人は支部長だったり本部長だったりと重役だ。
「まあ、なるとかなるだろう。王国騎士団を部下に任せてみるのもおもしろいだろ?」
「爺さん……あんた、わかってんなぁ」
かなり適当なことを言っているようだがガリバーさんはしっかりとしている。ちゃんと考えられているのだろう。
「それにしても、どうして俺も呼ばれたんですか?」
だからこそ、未熟な俺もその騎士団の話に組み込まれたことが引っかかってしまった。
「君はまだ若い。いずれ、他の者らと肩を並べる実力を得ると判断したからだ」
「うん、私もそう思うから心配しなくていいよケインくん」
俺の将来を見据えて……か。本当に嬉しいな、俺が認められているのは。
「それでガリバーさん、その騎士団の名は?」
グラファさんがずっと気になっていたことを渋々口にした。
「うむ。団長をグラファ・エンテセシスとする騎士団。その名は偉大なる騎士団だ」